侵害差止等請求事件 » 平成28年(受)第632号「シートカッター」事件

名称:「シートカッター」事件
特許権侵害差止等請求事件
最高裁判所:平成28年(受)第632号 判決日:平成29年7月10日
判決:上告棄却
特許法104条の3
キーワード:訂正の再抗弁
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/898/086898_hanrei.pdf

[概要]
特許権者が、事実審の口頭弁論終結時までに訂正の再抗弁を主張しなかったにもかかわらず、その後に訂正審決等が確定したことを理由に事実審の判断を争うことは、訂正の再抗弁を主張しなかったことについてやむを得ないといえるだけの特段の事情がない限り、特許権の侵害に係る紛争の解決を不当に遅延させるものとして、特許法104条の3及び104条の4の各規定の趣旨に照らして許されないものというべきである、とされた事例。

[事件の経緯]
(1)権利関係
Xは、特許第5374419号(発明の名称:シートカッター)の特許権者であり、Yは、シートカッターを販売した個人事業主である。

(2)一審
原告Xが、被告Yの行為が上記特許権を侵害すると主張して、被告Yの行為の差止め等を求めた(東京地裁平成25年(ワ)第32665号)。
被告Yは、①新規事項の追加、②サポート要件違反、③明確性要件違反に係る無効理由が存在することを理由として、無効の抗弁(特許法104条の3第1項の規定に基づく抗弁)を行った。
東京地裁は、平成26年10月30日に、被告Yの何れの無効の抗弁を認容せず、原告Xの請求を認容する判決をした。

(3)控訴審(原審)
控訴人Yは、一審判決を不服として、控訴(知的財産高等裁判所平成26年(ネ)第10124号)を提起した。
控訴人Yは、上記①~③の他に、④新規性欠如、⑤進歩性欠如に係る無効理由が存在することを理由として、無効の抗弁を行った。
なお、被控訴人Xは、控訴人Yの無効の抗弁に対して、訂正の再抗弁を行っていない。
知財高裁は、平成27年12月16日に、控訴人Yの上記④の無効の抗弁を認容し、一審判決中、控訴人Yの敗訴部分を取り消す判決をした。

(4)上告審(本審)
上告人Xは、控訴判決(原審判決)を不服として、上告した。
最高裁は、上告人Xの上告を棄却した。

(5)備考
Yは、平成26年1月(一審の訴状送達日よりも後)に、上記①~③に係る無効理由が存在することを理由として、無効審判(無効2014-800004号)を請求したところ、特許庁は、平成26年7月(一審の判決日よりも前)に、請求不成立の審決をした。
Yは、審決を不服として、平成26年8月(一審の判決日よりも前)に、審決取消訴訟(平成26年(行ケ)第10198号)を提起したところ、知財高裁は、平成27年12月16日(控訴審(原審)の判決日と同日)に、Yの請求を棄却する判決をした。
Xは、平成28年1月に訂正審判(訂正2016-390002号)を請求し、特許庁は、平成28年10月(上告審(本審)の判決日よりも前)に、Xの請求を認容し、訂正すべき旨の審決をした。
なお、Xは、控訴審(原審)の控訴提起日~口頭弁論終結時に、上記審決取消訴訟が係属中であったため、訂正審判の請求又は特許無効審判における訂正の請求をすることができなかった。

[争点]
原審(控訴審)の口頭弁論終結時までに、訂正審判の請求又は訂正の請求をすることが法律上できず、訂正の再抗弁を主張しなかった事情において、本審(上告審)係属中に訂正審決が確定し、本件特許に係る特許請求の範囲が減縮されたことにより、原判決(控訴判決)の基礎となった行政処分が後の行政処分により変更されたものとして、民訴法338条1項8号に規定する再審事由があるといえるか。

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『3(1) 特許権侵害訴訟において、その相手方は、無効の抗弁を主張することができ、これに対して、特許権者は、訂正の再抗弁を主張することができる。特許法104条の3第1項の規定が、特許無効審判手続による無効審決の確定を待つことを要せずに無効の抗弁を主張することができるものとしているのは、特許権の侵害に係る紛争をできる限り特許権侵害訴訟の手続内で迅速に解決することを図ったものであると解される。そして、同条2項の規定が、無効の抗弁が審理を不当に遅延させることを目的として主張されたものと認められるときは、裁判所はこれを却下することができるものとしているのは、無効の抗弁について審理、判断することによって訴訟遅延が生ずることを防ぐためであると解される。以上の理は、訂正の再抗弁についても異ならないものというべきである(最高裁平成18年(受)第1772号同20年4月24日第一小法廷判決・民集62巻5号1262頁参照)。
また、特許法104条の4の規定が、特許権侵害訴訟の終局判決が確定した後に同条3号所定の特許請求の範囲の訂正をすべき旨の審決等(以下、単に「訂正審決等」という。)が確定したときは、当該訴訟の当事者であった者は当該終局判決に対する再審の訴えにおいて訂正審決等が確定したことを主張することができないものとしているのは、上記のとおり、特許権侵害訴訟においては、無効の抗弁に対して訂正の再抗弁を主張することができるものとされていることを前提として、特許権の侵害に係る紛争を一回的に解決することを図ったものであると解される。
そして、特許権侵害訴訟の終局判決の確定前であっても、特許権者が、事実審の口頭弁論終結時までに訂正の再抗弁を主張しなかったにもかかわらず、その後に訂正審決等の確定を理由として事実審の判断を争うことを許すことは、終局判決に対する再審の訴えにおいて訂正審決等が確定したことを主張することを認める場合と同様に、事実審における審理及び判断を全てやり直すことを認めるに等しいといえる。
そうすると、特許権者が、事実審の口頭弁論終結時までに訂正の再抗弁を主張しなかったにもかかわらず、その後に訂正審決等が確定したことを理由に事実審の判断を争うことは、訂正の再抗弁を主張しなかったことについてやむを得ないといえるだけの特段の事情がない限り、特許権の侵害に係る紛争の解決を不当に遅延させるものとして、特許法104条の3及び104条の4の各規定の趣旨に照らして許されないものというべきである。
(2) これを本件についてみると、前記事実関係等によれば、上告人は、原審の口頭弁論終結時までに、原審において主張された本件無効の抗弁に対する訂正の再抗弁を主張しなかったものである。そして、上告人は、その時までに、本件無効の抗弁に係る無効理由を解消するための訂正についての訂正審判の請求又は訂正の請求をすることが法律上できなかったものである。しかしながら、それが、原審で新たに主張された本件無効の抗弁に係る無効理由とは別の無効理由に係る別件審決に対する審決取消訴訟が既に係属中であることから別件審決が確定していなかったためであるなどの前記1(5)の事情の下では、本件無効の抗弁に対する訂正の再抗弁を主張するために現にこれらの請求をしている必要はないというべきであるから、これをもって、上告人が原審において本件無効の抗弁に対する訂正の再抗弁を主張することができなかったとはいえず、その他上告人において訂正の再抗弁を主張しなかったことについてやむを得ないといえるだけの特段の事情はうかがわれない。』
以上により、原判決には、「再審事由があるといえるから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある」旨の所論の違法はなく、論旨は採用することができない、とされた。

[コメント]
訴訟実務において、訂正の再抗弁の主張に際して、実際に適法な訂正請求等を行っていることが訴訟上必要であるか否かについての争いが有り、必要であるというのが、現在の通説的な考えになっていると思われる。
本判決においては、訂正審判の請求等をすることが法律上できない事情の下では、「本件無効の抗弁に対する訂正の再抗弁を主張するために現にこれらの請求をしている必要はないというべき」とした。そして、当該事情の下でも、「上告人が原審において本件無効の抗弁に対する訂正の再抗弁を主張することができなかったとはいえず」、訂正審判の請求等をすることが法律上できないことだけでは、訂正の再抗弁を主張しなかったことについてやむを得ないといえるだけの特段の事情とはされなかった。

したがって、無効の抗弁に対して、訂正の再抗弁が必要であると判断する場合には、訂正審判の請求又は訂正の請求をすることが法律上できるかに関わらす、主張すべきであろう。
但し、訂正の再抗弁をするということは、権利範囲が狭くなることにつながるため、訂正の再抗弁の必要性が微妙な場合には、非常に悩ましい。斯かる場合においては、例えば、予備的主張として訂正の再抗弁を主張するなどの工夫が必要であろう。
以上
(担当弁理士:鶴亀 史泰)