侵害差止等請求事件 » 平成27年(ワ)11185号「半導体用ボンディングワイヤ」事件

名称:「半導体用ボンディングワイヤ」事件
特許権侵害差止等請求事件
東京地方裁判所:平成27年(ワ)11185号  判決日:平成29年1月31日
判決:請求棄却
特許法70条1項、2項
キーワード:構成要件の意義及びその充足性
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/495/086495_hanrei.pdf

[概要]
スパッタリングを併用するオージェ分析による深さ方向の分析結果が試料の表面粗さ等の各種要因により影響を受けることに鑑みると、被告製品に本件拡散層が存在すると認めるに足りる証拠はないから、被告製品は原告の特許権に係る特許発明の構成要件を充足していないとして、被告の行為は原告の特許権を侵害しないとされた事例。

[事件の経緯]
原告は、特許第4868694号、特許第4672373号等の特許権者である。
原告は、被告の行為が当該特許権を侵害すると主張して、被告の行為の差止め等を求めた。
東京地裁は、原告の請求を棄却した。

[本件発明1]
導電性を有する第1の金属としてPd、Cu、Ni、Feから選ばれる1種または該第1の金属を主成分とする合金からなる芯線と、前記芯線の第1の金属とは異なる導電性を有する第2の金属として、Pt、Pdから選ばれる1種または該第2の金属を主成分とする合金からなる外周部、さらにその芯線と外周部の間に、前記第1の金属と前記第2の金属の少なくとも一方を3%以上の濃度で含有する厚さ0.05~2μmの拡散層を有することを特徴とする半導体用ボンディングワイヤ。

[本件発明2]
銅を主成分とする芯材と、該芯材の上に芯材と異なる組成の導電性金属の表皮層を有するボンディングワイヤであって、前記表皮層の主成分が、金、パラジウム、白金、ロジウム、銀又はニッケルから選ばれる2種以上の主要金属(以下「表皮主要金属」という。)であり、前記表皮層の表面に接する側に第1の表皮主要金属と第2の表皮主要金属とが濃度勾配を形成する第1の濃度勾配領域を有し、第1の濃度勾配領域において深さ方向に第1の表皮主要金属は濃度が減少するとともに第2の表皮主要金属は濃度が増加し、表皮層の表面は第1の表皮主要金属を含有するとともに第2の表皮主要金属を12mol%以上含有・・・(略)・・・していることを特徴とする半導体装置用ボンディングワイヤ。

[被告の行為]
被告は、被告製品の少なくとも一部を国内で製造している。被告製品1(1)などは、芯線(芯材)をCu(銅)とし、外周部(表皮層、外層)にPd(パラジウム)及びAu(金)を含有する半導体(装置)用ボンディングワイヤである。

[争点]
(1)被告製品1(1)の本件発明1の技術的範囲への属否(構成要件1C「厚さ0.05~2μmの拡散層」の充足性。なお、被告はこれ以外の構成要件の充足性を争わない。)
(2)被告製品1(1)の本件発明2の技術的範囲への属否(原告マテリアルズ社は構成要件2E-2及び2E-3の充足性を主張しない。また、被告は後記ア~ウ以外の構成要件の充足性を争わない。)
ア 構成要件2C「表皮層の表面に接する側に・・・(略)・・・第1の濃度勾配領域を有し」の充足性

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『1 争点(構成要件1C「厚さ0.05~2μmの拡散層」の充足性)について
・・・(略)・・・
(4)特許請求の範囲及び本件明細書1の上記各記載によれば、被告製品1(1)が本件発明1のボンディングワイヤに当たるというためには、芯線と外周部の間に本件拡散層、すなわち、芯線のCuと外周部のPdが相互拡散により混合された領域であり、少なくとも一方を3%以上の濃度で含有し、厚さを0.05~2μmとする層が存在すると認められることを要する。
本件オージェ分析報告書のオージェ図に、被告製品1(1)の芯線と外周部の間に0.063~0.134μmの厚さでCu及びPdをそれぞれ3%以上含有する領域が存在する旨示されていることは原告マテリアルズ社の主張するとおりであるが(甲14~17、28参照)、一方、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
・・・(略)・・・
(5)上記認定事実によれば、被告製品1(1)の芯線と外周部の間にCu及びPdの双方が存在する領域が存在することがうかがわれる。しかし、スパッタリングを併用するオージェ分析による深さ方向の分析結果が試料の表面粗さ等の各種要因により影響を受けることからすれば、芯線と外周部の間にCu及びPdが共に存在する領域が存在せず、又はその領域の厚さが0.05μm未満の場合にも、そのような領域が0.05μm以上存在するとの分析結果が示されるというのである。
また、本件オージェ分析報告書の測定結果は表面から所定の深さにおける測定領域内全体の元素の存在割合を示すと解されるところ、CuとPdが共に存在する領域が存在しなくても、測定領域内の箇所ごとのワイヤ表面から界面までの距離に0.05μm以上の差があるとすれば、測定領域内全体をみた場合にはこの差に相当する厚さの範囲でCuとPdが共に存在するとの分析結果が示されることになる。そして、本件オージェ分析報告書における測定領域がワイヤの長手方向では20μmの長さに及ぶことに照らすと、上記のような差が存在することは十分に考えられる。
これに加え、本件オージェ分析報告書のオージェ図に示されたPd及びCuの双方を含有する領域の厚さは、試料がSiO2であると仮定した場合に1分後に分析される深さが試料の表面から約5nmであるとみて、スパッタリングに要した時間を距離に換算したものであり(乙36参照)、Cu及びPdという組成の相違を勘案した場合にいかなる数値になるかを示す証拠はない。
したがって、上記オージェ図から、被告製品1(1)の芯線と外周部の間にCuとPdが共に存在する領域が存在するとも、上記領域の厚さが0.063~0.134μmの範囲内にあるとも認めることはできない
(6)以上によれば、被告製品1(1)に本件拡散層が存在すると認めるに足りる証拠はないから、被告製品1(1)が本件発明1の技術的範囲に属するとは認められないと判断するのが相当である。』

『2 争点ア(構成要件2C「表皮層の表面に接する側に・・・(略)・・・第1の濃度勾配領域を有し」の充足性)について
・・・(略)・・・
(2)・・・(略)・・・前記1に判示したとおり、スパッタリングを伴うオージェ分析の結果は各種要因に影響され、急峻な界面を有する場合でも成分割合が徐々に変化するような分析結果が現れ得ること、本件オージェ分析報告書の測定結果は表面から所定の深さにおける測定領域内全体の元素の存在割合を示すにとどまることに鑑みれば、上記オージェ図をもって直ちに濃度勾配の存在を認めるに足りないと解すべきである。
(3)これに加え、特許請求の範囲の記載によれば、本件発明2のボンディングワイヤは芯材の上に表皮層を有するものであるところ(構成要件2A)、「層」とは一般に「重なること。重なり」を意味する用語であるから、表皮層は円周状をなす芯材の表面全体に重ねられたものであり、表皮層のワイヤの表面に接する側に形成される第1の濃度勾配領域もワイヤの全周にわたって存在するものと解される。また、表皮層の表面は、第1の表皮主要金属を含有するとともに第2の表皮主要金属を12mol%以上含有するとされている(構成要件2Cの後半部分)。さらに、本件明細書2(甲10)の発明の詳細な説明の欄をみても、表皮層ないし第1の濃度勾配領域がワイヤ表面の一部に形成されていれば足りる旨の記載ないし示唆は見当たらない。
そうすると、被告製品1(1)にAuを第1の表皮主要金属、Pdを第2の表皮主要金属とする第1の濃度勾配領域が存在するというためには、ワイヤ表面の全周にわたってAuがPdと共に含有されていると認められることを要する。
(4)そこで、被告製品1(1)の表面の組成について検討すると、証拠(甲69、乙4)及び弁論の全趣旨によれば、被告製品1(1)は線径の太いワイヤをダイヤモンドダイスにより伸線したものであること、伸線する前のワイヤの表面にはAuが全周にわたり存在しているが、伸線の過程でAuが削られていくこと、本件表面オージェ分析報告書は、・・・(略)・・・視野3か所につき、・・・(略)・・・Au、Pd及びCuのマッピングをして表面被覆成分の分布を確認したものであり、このうちAuのマッピング写真には3か所とも強度が最低であることを示す黒い色が広く不均一に分布していること、2視野目・・・(略)・・・ではAuより芯材であるCuの強度が高いことが認められる。そうすると、被告製品1(1)の表面にはAuを含有しない領域や、AuよりCuを多く含有する領域が少なからず存在するということができるから、被告製品1(1)のワイヤ表面におけるAuの分布は不均一なものであって、本件の関係各証拠上、ワイヤ表面の全周にわたってAuが含有されているとは認められないと解すべきものとなる。
(5)以上によれば、被告製品1(1)につき第1の濃度勾配領域の存在を認めることはできないから、被告製品1(1)は本件発明2の技術的範囲に属しないと判断するのが相当である。』

[コメント]
裁判所は、当該測定方法に固有の誤差の存在を子細に認定し、原告の測定結果が真に正しいとは認められないとして構成要件の充足性を否定した。原告が明細書とは異なる測定方法にて被告製品を評価していることから、結論的には裁判所の判断には賛同し得るものの、明細書の記載及び原告測定結果がそのような誤差を内包した上での値であるとの理解に立てば、原告の主張を認める余地も残されていたのではなかろうか。どのような測定方法であっても一定程度の誤差は避けられないことから、実務的には、誤差を可能な限り生じさせない手順や前処理を明細書に記載しておくか、誤差が生じることを前提として、それを踏まえた上での評価結果であることを明記しておくかのいずれかの対応となろう。
「表皮層」の解釈については判断が分かれるところであろう。表皮層が奏する技術的意義との関係から表面全体を覆う必要があるのか、あるいは一部を覆うだけでよいのかで定まると考えられるが、必ずしも表面全体を覆う必要がないのであれば、「表皮層は表面の一部を覆っていればよい」、「表皮層には一部露出している部分が存在していてもよい」等の記載を設けておくことが好ましいと考える。「拡散層」についても同様である。
以上
(担当弁理士:藤井 康輔)