侵害差止等請求事件 » 平成26年(ワ)第21436号「治療用マーカー」事件

名称:「治療用マーカー」事件
特許権侵害行為差止請求事件
東京地方裁判所:平成26年(ワ)第21436号 判決日:平成28年7月20日
判決:請求認容
特許法100条
キーワード:特許権侵害行為差止、積層体の技術的範囲、利用発明

[概要]
7層構造を有する治療用マーカーである被告製品が、5層構造としてクレームされた治療用マーカーの特許権を侵害するとして、差止請求が認容された事例。

[事件の経緯]
原告は、特許第3609289号の特許権者である。
原告は、被告の行為が当該特許権を侵害すると主張して、被告の行為の差止め等を求めた。
東京地裁は、原告の請求を認容して差止を認めた。

[本件発明]
【請求項1】
A 表面に治療用の目印となるマークが印刷されている基台紙と、
B 該基台紙の裏面に剥離可能に積層されている透明な保護シート層と、
C 該保護シート層の裏面に積層され、前記基台紙に印刷されたマークと同一のマークを形成するインク層と、
D 該インク層の裏面に積層されている接着層と、
E 該接着層の裏面に剥離可能に積層されている保護紙とによって構成され、
F 前記保護紙を剥がして、前記基台紙に水分を含ませると共に、前記接着層を皮膚に押し当てることにより、前記接着層、インク層及び保護シート層を皮膚側に転写して、各種の治療の際の目印となり、前記保護シート層、インク層及び接着層が皮膚に対して柔軟性に富み、かつ摩擦に強いものである治療用マーカー。

[被告の行為]
被告は、別紙被告製品目録記載の各製品のうち同目録記載1ないし4及び9ないし11の各製品(以下併せて「被告旧製品」という。)を製造し、販売し又は販売の申出を行っていたことがあり、平成26年2月頃以降は、同目録記載5ないし8及び12ないし17の各製品(以下併せて「被告新製品」という。)を製造し、販売し又は販売の申出をも行っている。

[争点]
(1) 被告各製品が本件発明の技術的範囲に属するか
(2) 本件特許権が特許無効審判により無効にされるべきものか否か
ア 無効理由1(サポート要件違反・実施可能要件違反)の成否
イ 無効理由2(明確性要件違反)の成否
ウ 無効理由3(乙1発明に基づく進歩性欠如)の成否
(3) 差止めの必要性(説明省略)

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『1 本件発明の意義等
・・・(略)・・・従来、放射線治療において患部を特定するための目印として、患者の皮膚に油性インク等を用いてラインや十字等の目印を記入していたところ、皮膚のしわ等により正確な直線を引くことができなかったり、滲んでしまってラインが不鮮明になったり、術者や患者の衣服や手を汚してしまうという課題があったことから、患者の皮膚に治療用の目印をマーキングする際に、術者や患者の衣服等を汚すことがなく、また、鮮明で正確な目印をマーキングできるようにすることを目的とするものである。
そして、本件発明の治療用マーカーは、・・・(略)・・・によって構成されており、これを使用するときには、前記保護紙を剥がして、前記基台紙に水分を含ませると共に、前記接着層を皮膚に押し当てることにより、前記接着層、インク層及び保護シート層を皮膚側に転写し、転写されたマークを各種の治療の際の目印とし、転写されたマークは、保護シート層によって表面を保護されているので、衣服等で擦れたりしても消えることがなく、長期間に渡って目印を施した状態を維持することができる構成を有することによって、上記課題を解決するものと認められる。』
『2 争点(1)(被告各製品が本件発明の技術的範囲に属するか)について
・・・(略)・・・
(2)構成要件A(「治療用」「治療用の目印となるマーク」)の充足性について
・・・(略)・・・
被告各製品の構成に照らすと、被告各製品は、台紙に積層された顔料層等を皮膚に転写して使用するものであって、治療時には台紙は存在しないから、台紙に印刷されたラインそのものを治療時に目印として使用するものではない。・・・(略)・・・
構成要件Aの「治療用の目印となるマーク」の意義について検討するに、本件発明の構成要件をみると、構成要件Cには「該保護シート層の裏面に積層され、前記基台紙に印刷されたマークと同一のマークを形成するインク層と」とあり、インク層のマークが基台紙に印刷されたマークと同一の形状であることが示されている。そして、構成要件Fには、「前記接着層、インク層及び保護シート層を皮膚側に転写して、各種の治療の際の目印となり」とあり、インク層が皮膚に転写されて治療の際の目印となることが示されている。そうすると、構成要件Aの「治療用の目印となるマーク」とは、「インク層に形成される治療用のマークと同一のマーク」をいうものと解される。・・・(略)・・・
被告各製品の台紙には、貼り付ける時に位置を確認できる合わせ用ラインが印刷されているから、インク層に形成される治療用のマークを皮膚に貼り付ける際の位置合わせのためのマークが台紙に印刷されているといえる。・・・(略)・・・そうすると、被告旧製品は、「インク層に形成される治療用のマークと同一のマーク」を有すると認めるのが相当である。・・・(略)・・・
以上から、被告各製品は「治療用の目印となるマーク」を有する。』
『(3)構成要件B(「裏面に」「透明な保護シート層」)の充足性について
ア 「裏面に」につき
被告は、「裏面に」とは「裏面に直接」を意味するものであり、被告各製品は、台紙の裏面に直接積層されているのはデンプンのり層であって、剥離可能な保護シート層ではないから構成要件Bを充足しないと主張する。しかし、被告が指摘する本件明細書等の記載部分をみると、「基台紙5の裏面には水溶性の糊がコーティングされている。」との記載も存在しており、基台紙と保護シート層の間に水溶性の糊によるコーティング、すなわち介在層が存在する実施例が記載されている。そもそも、本件明細書等には、保護シート層が接着能を有することを示唆する記載はないところ、接着能を有しない保護シートを台紙に接着させるために糊などの接着層の介在を要することは明らかであるから、本件発明は、少なくとも台紙と保護シートの間にデンプンのり層を含む接着能を有する層の介在を前提としているというべきである。そして、広辞苑(第6版)によれば、「裏面」とは「うらがわの面」を意味するものであって、「裏面に直接に」ということまでを意味するものではなく、また、本件明細書等のその余の記載をみても、「裏面に直接に」と限定的に解するべきであることを示唆する記載はない。
したがって、構成要件Bの「裏面に」とは、台紙の片方の面を表面(表側の面)とした場合の反対側の面を指して、「裏側に」あるという位置関係を示すものであると認めるのが相当であり、「裏面に直接」の意味であると限定的に解することはできない。そうすると、仮に被告が主張するように、被告各製品の台紙の裏面に直接積層されているのはデンプンのり層であったとしても、被告各製品は構成要件Bの「裏面に」を充足すると認めるのが相当である。
イ 「透明な保護シート層」につき
本件発明は、・・・(略)・・・であるから、保護シートが「透明な」とされているのは、皮膚に転写された治療用のマークが保護シートを通して目印として利用可能な程度に容易に目視できることを意味するというべきである。そして、「保護シート層」は、皮膚に転写された顔料層による目印が衣服等にこすれるなどして剥離することを防止し、長期間にわたって維持するためのものであるから、顔料層を完全に被覆したシート状のものであって容易に剥離しないものをいうと解することが相当である。・・・(略)・・・
被告各製品において、透明な保護シート層に当たる「シート層」ないし「高輝度反射層」は、デンプンのり層を介して、台紙のマークが印刷されている面を表面とした場合の反対側の面である裏面に積層されているから、結局、被告各製品はいずれも構成要件Bを充足する。』
(構成要件C~Eは省略)
『(7)構成要件Fの充足性について
被告は、被告各製品においては皮膚側に転写されるのは「接着層、保護層、顔料層及び高輝度反射層」の4層であるから、構成要件Fの「前記接着層、インク層及び保護シート層を皮膚側に転写して」を充足しないと主張する。しかし、被告各製品においては、接着層、インク層に当たる「顔料層」及び保護シート層に当たる「高輝度反射層」又は「シート層」が転写されるのであるから、構成要件Fの「前記接着層、インク層及び保護シート層を皮膚側に転写して」を充足するというべきである。
なお、被告は、本件発明は5層構造であるところ、被告各製品は7層構造であり、特に接着層の幅を広くしているために皮膚への接着力に優れるものとしていることから、保護層が必要となっており、本件発明とは技術的思想が異なる旨主張するが、被告各製品において接着層の幅を広くすることで接着力が増大するという作用効果が生じていたとしても、そもそも被告各製品は、水転写タイプの治療用マーカーであって保護シート層が存在することにより長時間維持できるという本件発明の技術的意義を具備しているのであるから、保護層が存在することをもって、被告各製品が本件発明の技術的範囲に属さないということはできない。
また、被告は、被告各製品では、顔料層に比べて接着層が非常に広いことから柔軟性に乏しいとか、被告新製品の高輝度反射層は非常に薄く隙間が多いから(乙7・写真4)、顔料層を十分保護するものではないなどとも主張しているが、高輝度反射層が顔料層を十分に保護するものであることは前記(3)で説示したとおりであり、また、被告各製品は、「皮膚と一緒に伸縮し、1週間ほどは落ちない」といった特徴(甲6、甲14・4~6頁)を有しているのであるから、被告各製品は、「皮膚に対して柔軟性に富み、かつ摩擦に強いものである」と認められる。以上から、被告各製品は、構成要件Fを充足する。・・・(略)・・・
以上のとおり、被告各製品は、いずれも本件発明の構成要件を全て充足するから、本件発明の技術的範囲に属する。』
『3 争点(2)(本件特許権が特許無効審判により無効にされるべきものか否か)について
(1) 無効理由1(サポート要件違反・実施可能要件違反)について
・・・(略)・・・
本件明細書等には、基台紙と保護シート層の間に水溶性の糊のコーティングが存在する場合が開示されており、介在層を含む場合の構造が開示されている。また、本件発明は、介在層の存在を要件とするものでもないし、介在層がなければ実施できないというものでもないから、糊以外の介在層についての開示がないことをもってサポート要件や実施可能要件に違反するということもできない。』
『(2) 無効理由2(明確性要件違反)について
・・・(略)・・・
本件明細書等の記載からすると、本件発明における「裏面に」は直接の裏面に限定されるものではないことが明らかであり、「裏面に」の文言が不明確であるということはできない。
構成要件Bの「透明な」とは、皮膚に転写された治療用のマークが保護シートを通して目印として利用可能な程度に容易に目視できることを意味するものと理解できるから、「透明な」の文言が不明確であるということはできない。』
『(3) 無効理由3(乙1発明に基づく進歩性欠如)について
・・・(略)・・・
本件発明において基台紙に印刷されている「治療用の目印となるマーク」は、「インク層に形成された治療用の目印となるマークと同一の位置にあるマーク」であるところ、乙1発明に乙2文献の記載を組み合わせたとしても、位置決めを正確にするという課題を解決するために、インク層と同一の位置のマークを基台紙に印刷することや、転写シールを治療用に用いることとしてインク層に治療用のマークを形成することまでを容易に想到できるとはいえない。』

[コメント]
本件は、裁判所が、本件発明の意義を検討した上で、各層の機能と積層形態を認定し、それに基づいて、被告製品に対して、本件特許権の文言侵害の成立を認めたケースである。特に本件では、クレームされた積層体の各層に加えて、別の層が追加されている場合の文言侵害が争いとなったが、本件発明の意義に基づいて、構成要件Bの「裏面に積層された」を「裏側に積層された」と解釈している点や、構成要件Fの「前記接着層、インク層及び保護シート層を皮膚側に転写して」を、各層が転写されていればよいと解釈しており、この点は、権利者側に有利な解釈であったと言える。
ただ実務としては、余計な争いを避けるべく、「A層とB層と・・・・層とをこの順で含む」と言ったオープンクレーム形式で、クレームを記載するのが望ましいと言える。
また、被告製品が追加された構成により追加の効果を有するため、技術的思想が異なるとの主張に対しても、本件発明の技術的意義を具備しているため、追加の構成(保護層)が存在することをもって、被告各製品が本件発明の技術的範囲に属さないということはできないと判示している。これは、利用発明に対する技術的範囲の解釈に通じるものである。
以上
(担当弁理士:梶崎 弘一)