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平成26年(ネ)10080号/平成27年(ネ)10027号「スピネル型マンガン酸リチウムの製造方法」事件

名称:「スピネル型マンガン酸リチウムの製造方法」事件
特許権侵害行為差止等請求控訴事件/同附帯控訴事件
知的財産高等裁判所:平成26年(ネ)10080号/平成27年(ネ)10027号 判決日:平成28年3月30日
判決:原判決中控訴人敗訴部分取消/附帯控訴棄却
特許法70条、29条2項、126条5項(134条の2第9項で準用)
キーワード:訂正の再抗弁、除くクレーム、新規事項
[概要]
原審の侵害訴訟では差止請求等が認められ無効理由もないとされたが、関連の審決取消訴訟では無効理由ありと判断されていた場合に、控訴審では、審決取消訴訟と同様の無効理由による無効の抗弁が採用された。
また、附帯控訴では、被控訴人が、製造工程で添加される材料が最終目的物では「含まない」との訂正(除くクレーム)による再抗弁を行ったが、当該訂正事項の開示が明細書になく自明でもなく新規事項であるとされて、控訴人の行為が非侵害と判断された事例。
[事件の経緯]
被控訴人(原審原告)は、特許第4274630号の特許権者である。
被控訴人(原審原告)が、控訴人(原審被告)の行為が当該特許権を侵害すると主張して、控訴人の行為の差止め等を求めた(東京地裁平成24年(ワ)第30098号)ところ、東京地裁が、被控訴人の請求を認容する判決をしたため、控訴人は、原判決を不服して、控訴を提起した。なお、平成25年(行ケ)10239号の審決(無効審判維持審決)取消訴訟において、上記特許権に係る審決は取り消されていた。
知財高裁は、控訴人の控訴を認容した。
[本件発明(訂正発明1)]
【請求項1】(差戻し後の無効審判における訂正請求:下線部が訂正箇所)
電析した二酸化マンガンをナトリウム化合物もしくはカリウム化合物で中和し,pHを2以上7.5以下とすると共にナトリウムもしくはカリウムの含有量を0.12~2.20重量%とした電解二酸化マンガンに,リチウム原料と,上記マンガンの0.5~15モル%がアルミニウム元素で置換されるように当該元素を含む化合物とを加えて混合し,750℃以上の温度で焼成することを特徴とするスピネル型マンガン酸リチウム(結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含むものを除く。)の製造方法。」
[争点]
主位的請求
予備的請求1
(3) 訂正発明1に係る本件訂正の適法性(争点(8))
予備的請求2
[控訴人の主張]
(訂正発明1に係る本件訂正の適法性)
本件明細書には,「(結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含むものを除く。)」に関する記載はなく,「結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含まない」との技術的思想についても,本件明細書に一切開示がない。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『主位的請求については,控訴人は本件発明1の技術的範囲に属する控訴人方法1を使用していると認められる(争点(1)及び(6))が,本件発明1に係る特許には新規性欠如の無効理由はない(争点(2))ものの,進歩性欠如の無効理由がある(争点(3))と判断する。また,予備的請求1については,訂正発明1に係る本件訂正は不適法であり許容されない(争点(8))上,控訴人が控訴人方法2を使用しているとは認め難い(争点(9))と判断する。さらに,予備的請求2については,控訴人方法3は訂正発明4の技術的範囲に属すると認められる(争点(13))ものの,訂正発明4に係る特許にも進歩性欠如の無効理由がある(争点(14))と判断する。』
『6 争点(8)(訂正発明1に係る本件訂正の適法性)について
・・・(略)・・・
ア 「(結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含むものを除く。)」の意義
訂正事項3は,本件発明1の請求項1に「スピネル型マンガン酸リチウムの製造方法。」とあるのを「スピネル型マンガン酸リチウム(結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含むものを除く。)の製造方法。」に訂正するものであり,スピネル型マンガン酸リチウムのうち結晶構造中にナトリウム又はカリウムを実質的に含むものは,本件発明1の製造方法により製造されるスピネル型マンガン酸リチウムから除かれることを明らかにするものである。
ここに「結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含む」とは,LiMn2O4の結晶構造中に,ナトリウムやカリウムが,結晶構造中の原子と置換されるなどの態様により,「実質的に」存在する形態を指すと解される。一方,かかる「結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含む」形態を除くスピネル型マンガン酸リチウムにおいて,電解二酸化マンガンの中和に用いられたナトリウムやカリウムがどのような形態で存在するのかについては,これを確定するに足りる証拠はなく,これについての何らかの技術常識があるとも認められないものの,LiMn2O4の結晶構造の外側に,ナトリウムやカリウムが何らかの形で存在する形態を指すものと一応解される。
・・・(略)・・・
しかしながら,本件明細書には,スピネル型マンガン酸リチウムの製造過程において用いられる電解二酸化マンガンにおけるナトリウム又はカリウムの存在形態,あるいは,「本発明」における製造方法により得られるスピネル型マンガン酸リチウムにおけるナトリウム又はカリウムの存在形態を具体的に特定する記載や,これを示唆する記載は一切見当たらない。
したがって,本件明細書には,「結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含む」形態を除くスピネル型マンガン酸リチウムについて,少なくとも明示的な記載はないと認められる。
ウ 「(結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含むものを除く。)」との事項が,本件明細書の記載から自明な事項であるか否か
・・・(略)・・・
(ア) 本件発明1は,電析した二酸化マンガンをナトリウム化合物又はカリウム化合物で中和し,所定のpH及びナトリウム又はカリウムの含有量とした電解二酸化マンガンに,リチウム原料と,アルミニウムその他特定の元素のうち少なくとも1種以上の元素で置換されるように当該元素を含む化合物とを加えて混合し,所定の温度で焼成して作製することを特徴とするスピネル型マンガン酸リチウムの製造方法であるところ,このような製造方法で製造したスピネル型マンガン酸リチウムにおいて,原料として用いられた電解二酸化マンガンの中和に用いられたナトリウム又はカリウムがどのような形態で存在するかについては,本件出願当時,少なくともこれがLiMn2O4の結晶構造中ではなく,その外側に存在するとの技術常識が存在することを認めるに足りる証拠はない。
・・・(略)・・・
(ウ) これらの事情に加え,ナトリウムを添加剤として添加する場合と,電解二酸化マンガンの中和に用いる場合とで,焼成時のナトリウムの挙動に差異があることを示す技術常識が存在すると認めるに足りる証拠はないことに照らせば,スピネル型マンガン酸リチウムの製造工程において用いられる電解二酸化マンガンをナトリウム又はカリウムで中和処理するとの本件明細書の記載に接した当業者は,中和処理に用いられたナトリウムやカリウムが,焼成後に得られるスピネル型マンガン酸リチウムの結晶構造中に取り込まれることをごく自然に理解するというべきである。これに対し,本件明細書の記載から,本件発明1の製造方法により製造されたスピネル型マンガン酸リチウムにおいて,ナトリウムやカリウムがLiMn2O4の結晶構造中ではなくその外側に存在することを,本件明細書に記載されているのも同然の事項として理解することは,到底できないというべきである。
さらに,「本発明」におけるスピネル型マンガン酸リチウムの製造の際に用いられる原料や製造工程の具体的な内容を含む本件明細書の記載を見ても,上記の理解を否定すべき事情は見当たらない。
・・・(略)・・・
したがって,訂正事項3に係る本件訂正は,本件明細書に記載された技術的事項の範囲内においてするものであるということはできない。
(2) 被控訴人の主張について
・・・(略)・・・
しかしながら,前記(1)ウのとおり,中和剤あるいは添加剤として用いられたナトリウムが,焼成後のリチウムマンガン複合酸化物やスピネル型マンガン酸リチウムの結晶構造中に取り込まれることが知られており,それとは逆に結晶構造中に取り込まれることなく存在する場合があるとか,その存在形態が具体的にどのようなものであるかを示す知見を認めるに足りる証拠はないから,単にナトリウムやカリウムを置換元素として記載せず,「含有量(重量%)」により示したからといって,かかる記載に接した当業者が,ナトリウムやカリウムがスピネル型マンガン酸リチウムの結晶構造中に実質的に含まれていないことを,記載されているのも同然のこととして理解するとはいえない。
また,被控訴人が指摘する水洗実験である被控訴人実験(2)及び(5)(甲12,18)については,これらの実験結果自体は事後的な検証であって,本件出願当時の技術常識を示すものではないから,これに基づいて,本件明細書に,ナトリウムやカリウムがスピネル型マンガン酸リチウムの結晶構造中に実質的に含まれていないことが開示されていると理解することはできない。
したがって,被控訴人の上記主張は採用することができない。』
[コメント]
本件控訴審と審決取消訴訟とが同じ知的財産高等裁判所(部)で判断されており、主位的請求において無効の抗弁が認められたのは、当然の結果であると言える。また、附帯請求では、被控訴人が「除くクレーム」による訂正の再抗弁を行っているが、明細書の記載に基づかない新規事項であるとされている。本件の「除くクレーム」では、製造工程において発明特定事項として添加される材料が、最終目的物では「含まない」とされていることについて、「含む」ことの解釈から「含まない」ことの解釈を導いている。また、補正事項中に「実質的」の文言を含んでいることから、除かれる対象が定まらずに広く解釈されているとも考えられる。「除くクレーム」による補正を行う場合には、引用文献との差異を明確にするとともに、除く対象を明確にすることも肝要である。
以上
(担当弁理士:光吉 利之)

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