侵害差止等請求事件 » 平成26年(ワ)5210号「パック用シート」事件

名称:「パック用シート」事件
損害賠償請求事件
大阪地方裁判所:平成26年(ワ)5210号  判決日:平成28年1月21日
判決:請求認容
特許法70条
キーワード:技術的範囲、出願経過禁反言

[概要]
 「早期審査に関する事情説明書」に、本件特許発明を限定するような記載があるが、それらの記載が本件特許発明を限定したという趣旨として、審査上何らかの影響を与えたとも認められず、他にその趣旨が本件特許の査定の上で反映された事情もうかがわれないとして、本件特許発明を限定することなく、本件特許発明の技術的範囲が解釈された事例。

[事件の経緯]
 原告は、特許第4352416号の特許権者である。
 原告は、被告の行為が当該特許権を侵害すると主張して、損害賠償を求めた。
 大阪地裁は、原告の請求を認容した。

[本件特許発明(請求項1に係る発明を分説)]
A 美容用具として、不織布の引っ張り方向とする縦方向に鼻筋の方向を揃えて打ち抜いたフェイスマスク型パック用シートに、
B1 鼻翼の付け根から鼻尖を経て、もう片方の鼻翼付け根部分に、さらに眼の付け根に至り、もう片側の眼の付け根までを結ぶ線に囲まれるほぼ台形の領域に、
B2 縦方向もしくはやや斜め方向に「ハ」字状に走るミシン目状の切り込み線を複数列配した
C ことを特徴とするパック用シート。

[争点]
・争点1-1:被告製品は、本件特許発明の各構成要件を文言上充足するか
・争点1-2、2、及び3は省略

[被告の主な主張]
1.被告の第1主張(構成要件B1に対して)
 本件事情説明書において、①「本願発明の・・・(略)・・・中央部分には上下の伸びるミシン目状の切り込み線は変形をもたらすことを理由に設けておりません。」、②「中央部分の上下に伸びるスリットや小鼻へのスリットは個人々の使用感の違いから変形する恐れがあることを理由に設けておりません。」と記載されている。したがって、「ミシン目状の切り込み線」が、鼻の中央部分(鼻筋部分)に存在することを除外している。

2.被告の第2主張(構成要件B2の「ミシン目状の切り込み線」)
 本件事情説明書において、「本願発明は、鼻や頬の領域内には横へのミシン目を配することはありません。その理由は、・・・(略)・・・」と記載されている。したがって、「ミシン目状の切り込み線」は、横方向に切り込み線が入る十字状のものは含まれない。

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
1.構成要件B1について
(1)被告の上記第1主張に対しては、以下のように判断した。
 『・・・乙10の1の公報の図4におけるミシン目線(7)及び乙9公報の図1における中心部スリット(1)は、位置決め用の目印や折り曲げ線としての機能を有することから、その位置が鼻の中央部に限られることが重要であるのに対し、本件特許発明のミシン目状の切り込み線は、シートを横方向に伸び広げて鼻に密着させる機能を有するものであることから、むしろ鼻の中央部分以外の部分において重要な機能を有している。このような差異に鑑みると、本件事情説明書における上記記載は、鼻の中央部にミシン目状の切り込み線を設けることについて、本件特許発明における重要性が低いことを前提に、装着時の変形のおそれを考慮すると好ましくないとの趣旨をいうものにすぎないと認めるのが相当である。
 さらに、その後にされた拒絶理由通知(甲11)でも、中央部に位置合わせ用スリットを設けた鼻パックが記載された登録実用新案第3045353号公報(甲13)が引用文献として示されていることからすると、原告の本件事情説明書における上記記載が、鼻の中央部にミシン目状の切り込み線を設けないことをいう趣旨として、審査上何らかの影響を与えたとも認められず、他にその趣旨が本件特許の査定の上で反映された事情もうかがわれない。
 ・・・(略)・・・本件事情説明書及び本件意見書案の上記記載をもって、本件特許発明では鼻の中央部分にミシン目状の切り込み線を設けたものが含まれないと解することは相当でなく、そのようなものも含まれると解するのが相当である。』

(2)小括
 被告の上記第1主張に対しては、認めない判断をしたものの、「ほぼ台形の領域」の解釈を行った上で、以下のように判断した。
 『被告製品では、「ほぼ台形の領域」のうち、目頭の高さからやや下の部分までの領域に切り込み線が設けられていない点で本件特許発明と相違し、この点において本件特許発明の構成要件B1を文言上充足しないというべきである。』

2.構成要件B2について
(1)被告の上記第2主張に対しては、以下のように判断した。
 『本件事情説明書(乙2)によれば、その上記記載は、特開2007-136119号公報(甲16、乙10の2)に記載された発明との対比説明として記載されているものであるところ、同公報では、・・・(略)・・・、横方向のミシン目を設けることを必須としている。・・・(略)・・・、本件事情説明書の上記記載は、上記公報記載の発明との対比として、本件特許発明では横方向のミシン目状の切り込み線を配することが好ましくないことから必須のものとはしていない旨を述べたものにすぎないと認めるのが相当である。
 また、上記公報記載の発明では、そもそも縦横に設けられたミシン目は折り目として利用するものであるにすぎず、それを配する位置も明らかでないことから、横方向のミシン目の有無が審査上重視されたとも認められない。
 これらのことからすると、本件事情説明書の上記記載を根拠にして、本件特許発明の「ミシン目状の切り込み線」に、横方向に切り込み線が入るものは含まれないと解するのは相当でないというべきである。』

(2)小括
『被告製品は、・・・(略)・・・構成要件B2を充足する。』

3.まとめ
 以上のように、被告製品は、構成要件A、B2、及びCを充足するが、構成要件B1を充足しないため、本件特許発明の構成要件を文言上充足しないとされた。
 しかしながら、説明は省略するが、結果として、被告製品は、本件特許発明と均等なものとして、その技術的範囲に属するとされた。
[コメント]
 原告が特許庁に提出した「早期審査に関する事情説明書」には、「・・・設けておりません。」や「・・・配することはありません」とあり、本件特許発明を明確に限定しているようにも思える。しかしながら、本件においては、「早期審査に関する事情説明書」で対比した引用文献と同じような引用文献が後の拒絶理由通知書でも挙げられたため、これらの記載が審査上で影響・反映されてないことを、一つの理由として、本件特許発明を限定することなく、本件特許発明の技術的範囲が解釈された。
 例えば、後の拒絶理由通知書で、「早期審査に関する事情説明書」で対比した引用文献と異なる引用文献が挙げられた場合には、これらの記載が審査上で影響・反映されたとして、本件特許発明を限定した上で、本件特許発明の技術的範囲が解釈されるのであろうか?
 また、本件においては、特許庁審査官との面接時に「意見書案」を提出しているが、例えば、当該「意見書案」で、前記のような記載があった場合には、これらの記載が審査上で影響・反映されたとして、本件特許発明を限定し上で、本件特許発明の技術的範囲が解釈されるのであろうか?
 何れも気になるところである。
 なお、当該「意見書案」にも、本件特許発明の作用を限定するような記載(上記の記載ほど明確ではない記載)はあったが、その記載も、審査上、大きな影響を与えたと認められないとして、本件特許発明を限定することなく、本件特許発明の技術的範囲が解釈された。

 このように、本件においては、本件特許発明の特許性を主張するため、「早期審査に関する事情説明書」や「意見書案」に、特許請求の範囲で特定している以上の本件特許発明の構成及び作用効果が記載されていた。そして、これらの記載が、被告に多くの反論の材料を提供する要因となった。
 包袋に入る資料については、出願経過禁反言の根拠になるため、権利化後のことも考慮して、発明の特許性を主張する必要がある。

以上
(担当弁理士:鶴亀 史泰)