侵害差止等請求事件 » 平成 26 年(ワ)第 29478 号「ソルダペースト組成物及びリフローはんだ付方法」事件

名称:「ソルダペースト組成物及びリフローはんだ付方法」事件
特許権侵害に基づく損害賠償請求事件
東京地方裁判所:平成 26 年(ワ)第 29478 号 判決日:平成 27 年 9 月 15 日
判決:請求棄却
特許法29条2項、104条の3第1項
キーワード:特許無効の抗弁、進歩性、動機付け、数値限定発明

[概要]
本件発明と引用発明の相違点①(無鉛系はんだ粉末)は周知課題であり、また相違点②(少
なくとも分子量500の酸化防止剤)は、相違点①に係る周知事項の課題の解決手段として
周知である(周知に周知を適用)とされて、本件特許は特許無効審判により無効にされるべ
きものであるとして、本件特許権を行使することができないとされた事例。

[事件の経緯]
原告は、特許第4447798号の特許権者である。
原告は、被告に対し、被告によるソルダペーストの製造等が特許権侵害に当たると主張し
て、損害賠償金の支払いを求めた。
東京地方裁判所は、原告の請求を棄却した。

[本件発明]
本件発明は,以下の構成要件に分説される。
a-1 無鉛系はんだ粉末,
a-2 ロジン系樹脂,
a-3 活性剤,
a-4 及び溶剤を含有するソルダペースト組成物において,
b 分子量が少なくとも500であるヒンダードフェノール系化合物からなる酸化防止剤を
含有するソルダペースト組成物
c 分子量が少なくとも500であるヒンダードフェノール系化合物がトリエチレングリコ
ール-ビス〔3-(3-t-ブチル-5-メチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオネー
ト〕,・・・(略)・・・等である。

[争点]
被告各製品は,無鉛系はんだ粉末,ロジン,有機酸,溶剤及びトリエチレングリコール-
ビス〔3-(3-t-ブチル-5-メチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオネート〕を
含有するソルダペースト組成物である。
被告は,被告各製品が構成要件a-1~4を充足すること、後記(1)の点を除いて構成
要件b及びcを充足することを争っていない。本件の争点は,以下のとおりである。
(1)被告各製品が構成要件b及びcの「ヒンダードフェノール系化合物」を充足するか否

(2)本件特許が特許無効審判により無効にされるべきものとして,原告が本件特許権を行
使することができないか否かであり,被告は本件特許には以下の無効理由(一部抜粋)があ
ると主張した。
ア 特開平5-185283号公報(以下「乙1公報」という。)に記載された発明(以
下「乙1発明」という。)に基づく新規性欠如
イ 乙1発明に基づく進歩性欠如

[原告の主張]
争点(1)について
「ヒンダードフェノール系化合物」とは,本件特許の出願当時の化学分野における知見・・・
(略)・・・の記載に鑑みれば,一方又は両方のオルト位置に立体障害作用を示す置換基を持
ったフェノール系化合物をいうことが明らかである。
被告各製品が含有するトリエチレングリコール-ビス〔3-(3-t-ブチル-5-メチ
ル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオネート〕は,ヒドロキシフェニルのOH基に対する
一方のオルト位置に立体障害作用のある置換基であるt-ブチル基を有しているから,「ヒン
ダードフェノール系化合物」に当たる。
争点(2)について
ア 新規性について
本件発明と乙1発明は,①本件発明が無鉛系はんだ粉末を用いているのに対し,乙1発明
が無鉛系はんだ粉末に限定していない点(以下「相違点1-①」という。),②本件発明が酸
化防止剤として分子量が少なくとも500であるヒンダードフェノール系化合物を用いてい
るのに対し,乙1発明が酸化防止剤として用いるヒンダードフェノール系化合物の分子量を
限定していない点(以下「相違点1-②」という。)で相違する。
本件発明と乙1発明を対比すると,相違点1-①及び相違点1-②の各点において相違し
ているから,本件発明は新規性を有する。
イ 進歩性について
乙1発明の鉛入りはんだ粉末を無鉛系はんだ粉末に置換する動機付けがあったとはいえな
い。
酸化防止剤を選択するに当たって考慮すべき要素としては,分子量のほかに融点,沸点,
水酸基当量,フェノール水酸基価数等もあるところ,乙1公報には分子量のみに着目して分
子量の大きな酸化防止剤を用いることの示唆はない。

[被告の主張]
争点(1)について
原告が主張する「ヒンダードフェノール系化合物」の定義を直接記載している公知文献は
存在しない。かえって,フェノール性ヒドロキシ基(OH基)の両方のオルト位置にt-ブ
チル基等の立体障害作用を示す置換基を有することを要するとしている文献・・・(略)・・・
があることからすれば,「ヒンダードフェノール系化合物」の意義は多様であり,一義的に特
定することはできない。
争点(2)について
ア 新規性について
①乙1公報には無鉛系はんだ粉末が実質的に開示されているから相違点1-①は相違点と
ならない。
②乙1公報にはトリエチレングリコール-ビス〔3-(3-t-ブチル-5-メチル-4
-ヒドロキシフェニル)プロピオネート〕等の分子量が少なくとも500である酸化防止剤
が3種類開示されているから,相違点1-②は相違点とならない。
イ 進歩性について
相違点1-①及び相違点1-②が相違点であるとしても,・・・(略)・・・,いずれの点に
ついても当業者であれば本件発明の構成に至ることは容易であったといえるから,本件発明
は進歩性を欠く(特許法29条2項)。

[裁判所の判断]
『1 争点(1)(被告各製品が構成要件b及びcの「ヒンダードフェノール系化合物」を充
足するか否か)について
(1)本件発明はその特許請求の範囲において「ヒンダードフェノール系化合物」として5
種類の化合物を具体的に開示している(構成要件c)ところ,これらの中には,一方のオル
ト位置に立体障害作用を示す置換基を有するもの(トリエチレングリコール-ビス〔3-(3
-t-ブチル-5-メチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオネート〕)と両方のオルト位
置に立体障害作用を示す置換基を有するもの(1,6-ヘキサンジオール-ビス-〔3-(3,
5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオネート〕等)が含まれているから
(乙10,弁論の全趣旨),構成要件b及びcの「ヒンダードフェノール系化合物」は一方又
は両方のオルト位置に立体障害作用を示す置換基を有するフェノール系化合物と解すること
ができる。したがって,一方のオルト位置に立体障害作用を示す置換基を有するフェノール
系化合物であるトリエチレングリコール-ビス〔3-(3-t-ブチル-5-メチル-4-
ヒドロキシフェニル)プロピオネート〕を含有する被告各製品は,構成要件b及びcの「フ
ェノール系化合物」を充足するものと認められる。
(3)そして,被告各製品が構成要件a-1~4を充足すること,「ヒンダードフェノール系
化合物」の点を除いて構成要件b及びcを充足することは当事者間に争いがないから,被告
各製品は本件発明の技術的範囲に属するものと認められる。』

『2 争点(2)ア(乙1発明に基づく新規性欠如)について
ア 被告の上記①の主張について
本件特許の出願当時に頒布されていた無鉛系はんだに関する文献を見ると,いずれも「無
鉛」若しくは「鉛フリー」といった無鉛系であることを示す積極的な記載があり,又は鉛を
含有しないことがはんだに用いられる合金の具体的な組成(例えば,Sn-Ag)をもって
示されている(乙3~5,37~49)。一方,乙1公報には,「はんだ粉末は,通常の共
晶はんだを初め,ビスマス入り,銀入り等が挙げられる。」との記載があるのみで(乙1公
報の段落【0009】),「無鉛」等の記載はなく,はんだに用いられる合金の具体的な組
成も開示されていない。
そうすると,乙1公報の段落【0009】の記載をもって無鉛系はんだ粉末が開示されて
いるとみることはできないというべきである。
イ 被告の上記②の主張について
乙1公報には前記(1)ウのとおり12種類の化合物が酸化防止剤として列挙されている
が,これらの化合物の分子量に言及する記載はないから,乙1公報が酸化防止剤として用い
るヒンダードフェノール系化合物の分子量が少なくとも500であることを開示していると
は認めることはできない。
(4)以上によれば,本件発明と乙1発明は相違点1-①及び1-②の点で相違するから,
本件発明が新規性を欠くとは認められない。』

『3 争点(2)イ(乙1発明に基づく進歩性欠如)について
(1)相違点1-①(無鉛系はんだ粉末の使用)の容易想到性
イ ・・・(略)・・・,鉛入りはんだを無鉛系はんだに置換していくという周知の課題が存
在した中で,無鉛系はんだ粉末を含有するソルダペーストの開発手法としては,結果の良し
悪しはさておき,まずは,従来からある鉛入りはんだ粉末を含有させたフラックスの組成を
維持したまま,はんだ粉末を鉛入りのものから無鉛系のものに置換することが試みられてい
たと解されるから,乙1発明に接した当業者であれば,上記課題を解決するために,乙1発
明のソルダ-ペーストに無鉛系はんだ粉末を用いることは容易であったと認められる。そし
て,無鉛系はんだ粉末自体は周知技術であったから,これを用いることに技術上の困難性は
ない。そうすると,相違点1-①に係る本件発明の構成は当業者であれば容易に想到し得る
事項であると解すべきである。
(2)相違点1-②(分子量の限定)の容易想到性
イ ・・・(略)・・・,無鉛系はんだ粉末を含有するソルダペーストにはリフロー時の高温
におけるはんだの酸化等の課題があったところ,これを改善する手段として,分子量の大き
なフェノール系化合物を用いることが有利であることが知られていたのであるから,乙1発
明に接した当業者が乙1発明のソルダペーストに無鉛系はんだ粉末を用いた場合(このこと
が容易想到であることは前記(1)イのとおりである。)には,上記課題を解決するために分
子量の大きなヒンダードフェノール系化合物を酸化防止剤として用いることは容易であった
と認められる。しかも,分子量が500以上の酸化防止剤が複数知られていたことに照らす
と,分子量の下限値を500とすることについても,格別困難であったとは認められない。
そうすると,相違点1-②に係る本件発明の構成は当業者であれば容易に想到し得る事項で
あると解すべきである。』

『(4) 小括
以上によれば,本件発明は乙1発明に基づいて容易に想到することができたと認められる
から,原告は被告に対して本件特許権を行使することができない。』

[コメント]
本判決においては、本件特許の出願当時、鉛入りはんだを無鉛系はんだに置換することが
当該技術分野において課題とされており、また、無鉛系はんだ粉末を含有するソルダペース
トは、鉛入りはんだ粉末を含有するものと比べて酸化に弱く、高温となるリフロー時におい
て、はんだの酸化等の課題があり、当該酸化を防ぐためには高分子量の安定剤が有利である
ことが当業者に知られており、このような公知の課題を解決するために、鉛入りはんだの代
わりに無鉛系はんだを用いること、従来から酸化防止剤として使用されていたヒンダードフ
ェノール系化合物の分子量を大きくすることは当業者において容易であると判断された。こ
のように、出願当時の発明の課題をそのまま発明の課題解決手段とする場合や、発明の課題
を解決するための当業者の技術常識(例えば、高分子量のものが有利である)に基づいて単
に数値限定(例えば、分子量〇〇〇以上のものを使用)する場合には進歩性が認められ難い。
以上
(担当弁理士:福井 賢一)