侵害差止等請求事件 » 平成26年(ネ)10082号 「4H型単結晶炭化珪素の製造方法」事件

名称:「4H型単結晶炭化珪素の製造方法」事件
特許権侵害差止請求控訴事件
知的財産高等裁判所:平成 26 年(ネ)10082 号 判決日:平成 27 年 11 月 5 日
判決:原判決取消
関連条文:特許法70条 1 項、2 項、特許法100条1項
キーワード:文言解釈、構成要件充足性

[概要]
「種結晶を用いた昇華再結晶法」の出発物質を実施例に記載の炭化珪素に限定して判断し
た原審に対して、特許請求の範囲や明細書には出発物質を限定する記載がないこと、及び昇
華再結晶法の出発物質として炭素と珪素を用いる従来技術も存在すること等の事情を参酌さ
れ、出発物質が炭化珪素に限定されないと判断し、差止請求が認容された事例。

[事件の経緯]
控訴人(原審原告)は、本件特許(特許第 3590464 号)の特許権者である。
控訴人が、被控訴人(原審被告)の行為が本件特許権を侵害するものとして、被控訴人の
行為の差止めを求めた(原審・東京地方裁判所平成 23 年(ワ)第 23651 号)ところ、東京地
裁が、控訴人の請求を棄却する判決をしたため、控訴人は、原判決を不服として控訴を提起
した。知財高裁は、控訴人の控訴を認容し、原判決を取り消した。

[本件訂正発明の構成要件の分説]
A 種結晶を用いた昇華再結晶法により
B 単結晶炭化珪素を成長させる際に、
C 炭素原子位置に窒素を5×10 18 cm -3 以上5×10 19 cm -3 以下導入することを特
徴とする
D 4H型単結晶炭化珪素インゴットの製造方法。

[原判決]
原判決では、構成要件Aの「昇華再結晶法」は、結晶性固体を「昇華」させて再び結晶さ
せる、すなわち、生成物と同じ物質からなる多結晶固体原料を昇華させてから結晶させて単
結晶の生成物を得ることを意味すると解するのが相当である、と判断し、被控訴人の方法は、
構成要件Aの「昇華再結晶法」に当たらない、と判断した。

[争点]
(1)被控訴人方法は,本件発明の技術的範囲に属するか
(2)本件発明は特許無効審判により無効にされるべきものか

[裁判所の判断](筆者にて、適宜抜粋、下線)
『(2) 構成要件Aの「昇華再結晶法」の充足性について
ア 「昇華再結晶法」(構成要件A)の意義
(ア) 特許請求の範囲(請求項1)は,「種結晶を用いた昇華再結晶法により」(構成要件
A)と規定するのみであり,坩堝に充填する出発原料を特に規定又は限定する記載は存しな
い。
(イ) 本件明細書の記載
a 本件明細書に記載された実施例では,坩堝に充填する出発原料として炭化珪素粉末が
用いられている(【0017】,【0019】)。
本件明細書に記載された実施例からは,本件発明が,坩堝に充填する出発原料として炭化
珪素粉末を用いる態様をその技術的範囲に含むものであることは明らかである。
ところで,前記のとおり,本件発明に係る特許請求の範囲(請求項1)には,坩堝に充填
する出発原料を特に規定又は限定する記載は存しないから,本件発明の技術的範囲は,実施
例として開示された,坩堝に充填する出発原料として炭化珪素粉末を用いる態様に限られる
か否かについて検討する。
b 本件発明は,前記(1)ア(イ)bのとおり,種結晶を用いて昇華再結晶を行う改良型のレ
ーリー法で単結晶炭化珪素を成長した場合でも,4H型単結晶炭化珪素を得るのは困難であ
るという問題があったことから,窒素が単結晶炭化珪素中で炭素原子位置を置換するという
性質を利用して,炭素原子位置に窒素を導入することにより,結晶中の炭素/珪素元素比を
実効的に増加させるという手法を採用することで,成長温度等の成長条件を大きく変化させ
ることなく,良質の4H型単結晶炭化珪素の成長を可能とするものであり,種結晶を用いて
昇華再結晶を行う従来方法に対し,さらに,「炭素原子位置に窒素を所定範囲内の量導入する」
という技術的事項を新たに適用するものであって,種結晶を用いた昇華再結晶法において,
上記技術的事項以外の成長条件については,従来の4H型の単結晶炭化珪素の成長方法にお
けるものを前提としていると認められるものである。
ここで,本件明細書には,従来から単結晶炭化珪素の成長に用いられている方法である「昇
華再結晶法(レーリー法)」(【0003】)や「種結晶を用いて昇華再結晶を行う改良型のレ
ーリー法」(【0004】)に関する記載があるが,これらの方法で出発原料(坩堝に充填され
る出発原料)として用いられる物質に関する記載はない。また,本件発明についても,「炭化
珪素からなる原材料を加熱昇華させ,単結晶炭化珪素からなる種結晶上に供給し,この種結
晶上に単結晶炭化珪素を成長する方法」(【0008】)であることが記載されているものの,
坩堝に充填される出発原料として用いられる物質に関する記載はないのであって,坩堝に充
填されるのが炭化珪素粉末であることが特定されているわけではない。
・・・(略)・・・
c 以上の文献等の記載からは,本件特許の出願当時,種結晶を用いた昇華再結晶法にお
いては,坩堝に充填する出発原料として炭化珪素固体(粉末)を用いるのが一般的態様であ
ったと認められるが,出発原料として珪素と炭素を用い,この両者を反応させて結晶状態の
炭化珪素を形成し,この炭化珪素を昇華させることで種結晶上に単結晶炭化珪素を形成する
態様も存したことが認められる。・・・(略)・・・
そして,半導体炭化珪素技術に関する書籍(甲3,25)では,種結晶を用いた昇華再結
晶法(改良レーリー法あるいは単に昇華法とも呼ばれる。)の基本プロセスは,準閉鎖空間内
で,原料から昇華した珪素と炭素とから成る蒸気が,不活性ガス中を拡散により輸送されて,
原料より温度の低く設定された種結晶上に過飽和となって凝結するというものであると説明
されていることに照らせば,坩堝に充填する出発原料の点では,種結晶を用いた昇華再結晶
法とレーリー法との間に基本的な相違はなく,坩堝に充填する原料に関する当業者の上記認
識は,種結晶を用いた昇華再結晶法においても妥当していたと考えられる。
そうすると,坩堝に充填する出発原料として,炭化珪素固体(粉末)を用いる場合のみな
らず,珪素と炭素を用いる場合についても,「種結晶を用いた昇華再結晶法」に含めて理解さ
れていたものと認められる。
・・・(略)・・・
したがって,「昇華再結晶法」(構成要件A)には,出発原料(坩堝に充填する材料)とし
て炭化珪素固体(粉末)を用いる態様のみならず,出発原料として珪素と炭素を用い,この
両者を反応させて結晶状態の炭化珪素を形成し,この炭化珪素を昇華させることで種結晶上
に単結晶炭化珪素を形成する態様も含まれるものと解される。』

[コメント]
原判決では、特許発明の技術的範囲が明細書(特に実施例)を参酌されて限定的(炭化珪
素粉末を用いる態様)に解されたが、本判決では、実施例として開示された炭化珪素粉末を
用いる態様のみに限定して解釈すべきであるとはいえない、と判断された。
「発明の技術的範囲」は、特許請求の範囲の記載に基づいて定め、その場合、願書に添付
した明細書の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈する
ことができるものの(特許法70条1項、2項)、本件においては請求項1において何ら限定され
ていない出発原料を実施例に記載の原料にまで限定されるべきではないと考える。
特に、本件発明は、種結晶を用いて昇華再結晶を行う従来方法に対して、さらに、「炭素原
子位置に窒素を所定範囲内の量導入する」という技術的事項を新たに適用するものであると
理解でき、上記技術的事項以外の成長条件については、従来の4H-SiCの成長方法におけるも
のを前提としていると認められる。また、従来技術(レーリー法や改良レーリー法等)にお
いて、出発原料として炭化珪素粉末を用いることが一般的態様であったと認められるものの、
炭素と珪素を出発原料とする態様も存在している。
このような事情に鑑みると、本件の特許発明における出発原料として炭素と珪素を用いる
態様を排除されていると解することはできない、とする知財高裁の判断は妥当と感じる。
以上
(担当弁理士:千葉 美奈子)