侵害差止等請求事件 » 平成26年(ネ)10109号「経皮吸収製剤,経皮吸収製剤保持シート,及び経皮吸収製剤保持用具」事件

名称:「経皮吸収製剤,経皮吸収製剤保持シート,及び経皮吸収製剤保持用具」事件
特許権侵害行為差止等請求控訴事件
知的財産高等裁判所:平成 26 年(ネ)10109 号 判決日:平成 27 年 10 月 28 日
判決:控訴棄却
特許法104条の3、126条6項
キーワード:無効の抗弁、訂正要件

[概要]
控訴人が行った訂正が実質上特許請求の範囲を変更するものとして訂正の対抗主張が認め
られず、訂正前の内容について控訴人の特許が特許無効審判により無効にされるものとして、
被控訴人らの実施が控訴人の特許権を侵害しないとされた事例。

[事件の経緯]
控訴人(原審原告)は、特許第 4913030 号の特許権者である。
控訴人が、被控訴人(原審被告)らの行為が当該特許権を侵害すると主張して、被控訴人
らの行為の差止め等を求めた(東京地裁平成 25 年(ワ)第 4303 号)ところ、東京地裁が、
控訴人の請求を棄却する判決をしたため、控訴人は、原判決を不服として、控訴を提起した。
この間、控訴人は3度の訂正請求を行った。
知財高裁は、控訴人の控訴を棄却した。

[本件発明]
【請求項1】
水溶性かつ生体内溶解性の高分子物質からなる基剤と,該基剤に保持された目的物質とを
有し,皮膚に挿入されることにより目的物質を皮膚から吸収させる経皮吸収製剤であって,
前記高分子物質は,コンドロイチン硫酸ナトリウム,ヒアルロン酸,グリコーゲン,デキ
ストラン,キトサン,プルラン,血清アルブミン,血清α酸性糖タンパク質,及びカルボキ
シビニルポリマーからなる群より選ばれた少なくとも1つの物質であり,
尖った先端部を備えた針状又は糸状の形状を有すると共に前記先端部が皮膚に接触した状
態で押圧されることにより皮膚に挿入される,経皮吸収製剤。

[本件訂正発明(第3次訂正)]
【請求項1】
シート状の支持体の少なくとも一方の面に経皮吸収製剤が1又は2個以上保持され,皮膚
に押し当てられることにより前記皮膚吸収製剤が皮膚に挿入される経皮吸収製剤保持シート
であって,
前記経皮吸収製剤は,水溶性かつ生体内溶解性の高分子物質からなる基剤と,該基剤に保
持された目的物質とを有し,皮膚(但し,皮膚は表皮及び真皮から成る。以下同様)に挿入
されることにより目的物質を皮膚から吸収させるものであり,
前記高分子物質は,コンドロイチン硫酸ナトリウム,ヒアルロン酸,グリコーゲン,デキ
ストラン,プルラン,血清アルブミン,血清α酸性糖タンパク質,及びカルボキシビニルポ
リマーからなる群より選ばれた少なくとも1つの物質(但し,デキストランのみからなる物
質は除く)であり,
尖った先端部を備えた針状又は糸状の形状を有すると共に前記先端部が皮膚に接触した状
態で押圧されることにより皮膚に挿入され,
経皮吸収製剤を前記形状に成形する際に,基剤は,水に溶解して曳糸性を示す状態に調製
することを特徴とする,経皮吸収製剤である,
経皮吸収製剤保持シート。
[被告製品]
被告各製品は、ヒアルロン酸からなる基剤と,目的物質として,基剤を構成するヒアルロ
ン酸,並びに同基剤に保持されたコラーゲン及びEGF:ヒトオリゴペプチド-1とを有し,
皮膚に挿入されることにより,ヒアルロン酸,コラーゲン及びEGF:ヒトオリゴペプチド
-1を皮膚から吸収させる経皮吸収製剤であって,尖った先端部を備えた針状の形状を有す
ると共に前記先端部が皮膚の接触した状態で押圧されることにより皮膚に挿入される経皮吸
収製剤。

[争点]
1.乙15文献に基づく新規性欠如(無効理由1)
2.訂正の対抗主張の成否

[控訴人の主張]
1.乙15文献に基づく新規性欠如(無効理由1)
『(イ) 目的物質が基剤に保持されているとはいえないこと
・・・(略)・・・
本件発明の「経皮吸収製剤」における「基剤に保持された目的物質」とは,製剤が皮膚に挿
入された時に,目的物質が,皮膚を貫通する強度を与える基剤とともに皮膚に挿入され,体
内で基剤とともに溶解し吸収されるように,あらかじめ基剤に保持されて製剤を形成してい
ること,すなわち,目的物質が基剤に混合されて基剤とともに存在していることを意味する
ものと解すべきである。
したがって,乙15記載のランセットのように,目的物質が,ランセットの本体に形成さ
れたチャンバ又は縦孔の中に封止されている状態は,「基剤に保持された目的物質」(構成要
件B)の構成を備えているとはいえない。』

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
1.乙15文献に基づく新規性欠如(無効理由1)について
『乙15文献は,本件優先日1の後であり,本件優先日2の前である平成17年(2005
年)6月30日に頒布された刊行物である。
しかるところ,本件優先日1に係る優先権の主張の基礎とされた先の出願(特願2005
-23276号)の願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲及び図面には,本件発明
のうち,基剤を構成する高分子物質が「ヒアルロン酸,デキストラン,キトサン及びプルラ
ンからなる群より選ばれた少なくとも1つの物資」である構成のものについては記載されて
いない(甲20及び弁論の全趣旨)から,当該構成に係る本件発明との関係においては,特
許法41条2項により,同法29条1項3号の規定の適用について,本件特許の特許出願が
本件優先日1の時にされたものとみなされることにはならない。
したがって,本件優先日1の後ではあるが,本件優先日2の前に頒布された乙15文献は,
本件発明との関係において,特許法29条1項3号所定の「特許出願前に日本国内又は外国
において,頒布された刊行物」に当たるものといえる。
・・・(略)・・・
以上を前提として,乙15記載の医療用針が本件発明の各構成要件の構成を備えるものか
否かにつき検討する。
・・・(略)・・・
(イ) 乙15記載の医療用針においては,「医療用針」の内部に設けられた「複数の縦孔」内
に,「薬剤」が収容され,当該縦孔は「生分解材料からなる封止部」によって封止されている。
そこで,上記のとおり,「目的物質」に相当する「薬剤」が,「基剤」に相当する「医療用
針」の内部に設けられた縦孔に収容・封止されることをもって,目的物質が「基剤に保持さ
れた」ものといえるか否かにつき検討する。
a 本件発明の特許請求の範囲(本件訂正前の請求項1)記載の「基剤に保持された目的物質」
との構成は,目的物質が基剤に「保持」されていることを規定するものであるところ,同特
許請求の範囲には,「保持」の態様について限定する記載はない。そして,「保持」とは,一
般に,「たもちつづけること。手放さずに持っていること。」(広辞苑第6版(乙19))を意
味する用語であることからすると,「基剤に保持された目的物質」とは,目的物質が基剤にた
もちつづけられる状態にあること全般を意味するものといえる。
また,本件明細書の「発明の詳細な説明」には,「保持」の用語を定義付ける記載はなく,
かえって,「基剤に目的物質を保持させる方法としては特に限定はなく,種々の方法が適用可
能である」(段落【0070】)ことが明示されている。
加えて,本件特許の特許請求の範囲の請求項4には,請求項1を引用した発明として,「前
記基剤は多孔性物質を含有し,前記目的物質は前記多孔性物質に保持され,前記目的物質が
徐放される,請求項1に記載の経皮吸収製剤」が記載され,また,本件明細書の段落【00
16】,【0018】及び【0072】には,「目的物質」が「多孔性物質」に「保持」される
ことが記載されている。これらの記載における「目的物質」が「多孔性物質」に「保持」さ
れるとは,「多孔性物質」に存在する孔の中に「目的物質」が収容されている構成を意味する
ものと理解することができる。
そして,以上のような理解を前提とすれば,乙15記載の医療用針における「薬剤」が「医
療用針」の内部に設けられた「複数の縦孔」内に収容され,当該縦孔が「生分解材料からな
る封止部」によって封止されている状態は,構成要件Bの「目的物質」に相当する「薬剤」
が,「基剤」に相当する「医療用針」にたもちつづけられている状態であるといえるから,乙
15記載の医療用針は,構成要件Bの「基剤に保持された目的物質とを有し」との構成を備
えていると認められる。
・・・(略)・・・
以上によれば,乙15記載の医療用針は,本件発明の各構成要件の構成を全て備えている
ものと認められる。』

2.訂正の対抗主張の成否について
『(1) 本件訂正に係る各訂正事項が訂正要件を満たすものか否かについて
・・・(略)・・・
(イ) 特許法は,訂正審判又は特許無効審判における訂正請求による特許請求の範囲等の訂正
について,特許請求の範囲の減縮,誤記又は誤訳の訂正,明瞭でない記載の釈明を目的とす
るものに限って許されるものとし(126条1項,134条の2第1項),更に,「実質上特
許請求の範囲を拡張し,又は変更するものであってはならない」(126条6項,134条の
2第9項)ことを定めている。これは,訂正をすべき旨の審決が確定したときは,訂正の効
果は特許出願の時点まで遡って生じ(128条),しかも,訂正された特許請求の範囲,明細
書又は図面に基づく特許権の効力は不特定多数の一般第三者に及ぶものであることに鑑み,
特許請求の範囲等の記載に対する一般第三者の信頼を保護することを目的とするものであり,
特に,126条6項の規定は,訂正前の特許請求の範囲には含まれない発明が訂正後の特許
請求の範囲に含まれることとなると,第三者にとって不測の不利益が生じるおそれがあるた
め,そうした事態が生じないことを担保する趣旨の規定であると解される。
(ウ) そこで,以上を踏まえて検討するに,本件訂正における訂正事項①は,本件訂正前の請
求項1について・・・(略)・・・同請求項の「経皮吸収剤。」(構成要件G)を「である,経
皮吸収製剤保持シート。」(構成要件H’)に訂正するというものであり,発明の対象を「経皮
吸収製剤」という物の発明から「経皮吸収製剤保持シート」という物の発明に変更するもの
といえる。
そして,①本件訂正前の特許請求の範囲中には,請求項19として,「シート状の支持体の
少なくとも一方の面に請求項1~17のいずれかに記載の経皮吸収製剤が1又は2個以上保
持され,皮膚に押し当てられることにより前記皮膚吸収製剤が皮膚に挿入される経皮吸収製
剤保持シート」との記載があり,「経皮吸収製剤」の発明とは別に,「経皮吸収製剤保持シー
ト」の発明の記載があること,②本件明細書には,「経皮吸収製剤」の発明は,「難経皮吸収
性の薬物等であっても高い効率で皮膚から目的物質を吸収させることができる」という効果
(段落【0059】)を奏することが,「経皮吸収製剤保持シート」の発明は,「本発明の経皮
吸収製剤を簡便かつ効率的に投与することができる」という効果(段落【0060】)を奏す
ることが記載されるなど,「経皮吸収製剤」の発明と「経皮吸収製剤保持シート」の発明とは,
構成及び効果を異にする別個の発明として開示されていることを併せ考慮すると,本件訂正
前の請求項1の「経皮吸収製剤」という物の発明を「経皮吸収製剤保持シート」という物の
発明に変更する訂正事項①に係る訂正は,実質上特許請求の範囲を変更するものとして,特
許法134条の2第9項において準用する同法126条6項に違反するものと認められる。
仮にこのような物の発明の対象を変更する訂正が許されるとすれば,「その物の生産にのみ用
いる物」又は「その物の生産に用いる物」の生産等の行為による間接侵害(同法101条1
号ないし3号)が成立する範囲も異なるものとなり,特許請求の範囲の記載を信頼する一般
第三者の利益を害するおそれがあるといえるから,前記(イ)で述べた同法126条6項の規
定の趣旨に反するといわざるを得ない。他方で,本件においては,請求項19の「経皮吸収
製剤保持シート」の発明について,発明の対象を変更することなく必要な訂正を行い,当該
請求項に基づいて特許権を行使することも可能であるから,請求項1について,発明の対象
の変更となるような訂正をあえて認めなければ,特許権者である控訴人の権利保護に欠ける
という特段の事情もない。
以上によれば,上記のとおり発明の対象を変更することとなる訂正事項①に係る訂正は,
実質上特許請求の範囲を変更するものとして許されないものというべきである。』

[コメント]
無効の抗弁の検討に際し、裁判所は、本件訂正発明の内容を特許請求の範囲に記載された
「保持」を文言どおりに広く解釈し、乙15記載の発明が本件訂正発明の構成要件を備える
と判断した。権利化段階において、特許請求の範囲の記載を合理的な範囲で最大限に解釈す
る法理に則ったものであり、妥当な判断と考える。文献に記載の発明との構成の差異を主張
するのであれば、明細書にのみ記載された構成に基づくのではなく、その構成を特許請求の
範囲に明確に反映するべきであろう。控訴人としては、「基剤と目的物質とが混合されて一体
となった経皮吸収製剤」のような記載とすべきではなかったか。ただし、このような訂正を
行うのであれば、裁判所も指摘する「多孔性物質に保持」された形態に係る請求項4は削除
すべきであろう。訂正(補正も含む。)する際には、一の請求項のみに着目するのではなく、
他の請求項との整合性も併せて検討する必要あることを再確認させられる。
訂正の対抗主張については、「経皮吸収製剤」から「経皮吸収製剤保持シート」と発明の物
としての形態が変更されているので、やはり訂正要件違反であるとの判断は妥当と考える。
控訴人としては、裁判所が指摘するように請求項19の「経皮吸収製剤保持シート」の発明
に基づく主張とすべきであったであろう。あるいは、判決文第16~17頁に被控訴人らが
『本件訂正後の請求項1は,その実質を全く変えることなく,例えば,次のように,「経皮
吸収製剤」の発明として記載することが可能である。』と主張する内容にてチャレンジする
ことも筆者としては興味深いところである。
以上
(担当弁理士:藤井 康輔)