侵害差止等請求事件 » 平成26年(ネ)第10104号「窒化物半導体発光素子」事件

名称 : 「窒化物半導体発光素子」事件
特許権侵害差止等請求控訴事件
知的財産高等裁判所:平成 26 年(ネ)第 10104 号 判決日:平成 27 年 6 月 16 日
判決:控訴棄却(原告の請求を棄却した原審の維持)
特許法第70条第1項
キーワード:明細書の参酌
[概要]
原告が、差止等を請求した原審が棄却されたことに対して、控訴したが、原審が維持され
た事案。
[特許請求の範囲](下線は争点:筆者付記)
【請求項1】
A) 厚みが50μm以上であり,少なくとも下面から厚さ方向に5μmよりも上の領域で
は結晶欠陥の数が1×10
7
個/cm
2
以下である,ハライド気相成長法(HVPE)
を用いて形成されたn型不純物を含有するGaN基板と,
B) 前記GaN基板の上に積層された,活性層を含む窒化物半導体層と,
C) 前記窒化物半導体層に形成されたリッジストライプと,該リッジストライプ上に形成
されたp電極と,
D) 前記GaN基板の下面に形成されたn電極と,
を備えたことを特徴とする窒化物半導体素子。
[争点]
「少なくとも下面から厚さ方向に5μmよりも上の領域では結晶欠陥の数が1×10
7
個/
cm
2
以下である・・・GaN基板」という解釈について
<原告の主張>
少なくとも「下面」,つまり,「n電極を形成する面」から厚さ方向に5μmよりも上の領
域では結晶欠陥の数が1×10

個/cm

以下であるGaN基板をいうものであり、GaN
基板それ自体に上下方向を特徴付ける属性を備えるものではない。
よって,ある領域よりも上の結晶欠陥の数が1×10

個/cm

以下であるGaN基板は、
権利範囲内である。
<被告の主張>
基準面より上の領域の結晶欠陥の数が所定の数(1×10

個/cm

)以下であり,基準
面より下の領域との間で結晶欠陥の数の偏在があり,かつ,後者の数が前者の数よりも相対
的に多いものとして特定されるGaN基板を意味する。
よって,結晶欠陥の数には偏差がなければならない。つまり,基準面より上が所定密度以
下であっても,それより下も同じ程度のもの,すなわち均一な欠陥密度のものは権利範囲外
である。
[裁判所の判断](適宜筆者が要約)
(1) 本件発明の請求項1では,「少なくとも下面から厚さ方向に5μmよりも上の領域で
は結晶欠陥の数が1×10

個/cm

以下である…GaN基板」という限定があるのみで,
下面から厚さ方向に5μm隔たったGaN基板内部に想定される仮想的な面(基準面)より
下の領域における結晶欠陥の数について限定がない。つまり,基準面の上の領域と比較して
それより下の領域の結晶欠陥の数が,多いもの,同数のもの,少ないもの,のいずれについ
ても含み得るか否かが明らかでない。従って,構成要件Aにいう「GaN基板」の意義につ
いて,以下のとおり,本件特許の特許請求の範囲及び本件明細書の詳細な説明の記載並びに
本件特許の出願経過を踏まえて検討する必要がある。
本件明細書の記載に接した当業者において,「GaN基板」に,上記のような偏在があるも
のだけでなく,結晶欠陥の偏在のないものが含まれると直ちに理解するとは考えられない。
出願経過を見るに,・・・,本件発明の「GaN基板」は,本件当初明細書等における「第
2の窒化物半導体」に相当するものであり,本件原出願及びこれからの分割出願である本件
出願においては,・・・いずれも,下地層に接近した側に結晶欠陥が多い領域と,下地層より
離れた側に結晶欠陥が少ない領域とを有する第2の窒化物半導体層を備えることを必須の構
成としていたことが明らかである
本件原出願等においても,結晶欠陥が少ないGaN基板の上に活性層を含む窒化物半導体
層を積層することによって,信頼性の高い素子を提供することを技術的意義とするものであ
るから,下地層より離れた結晶欠陥が少ない側に活性層を,下地層に接近した結晶欠陥が多
い側にn電極を設けることは必至であって,逆の領域に活性層を設けることはあり得ない。
従って、本件当初明細書等において,第2の窒化物半導体の基準面より上の,活性層を設
ける側の領域と比較してそれより下の領域の結晶欠陥の数が少ない構成や,両領域の結晶欠
陥が同数の構成は,特許請求の範囲及び発明の詳細な説明に記載されていなかったものと認
められる。
(2)原告は,特許請求の範囲(構成要件A)には,GaN基板について「少なくとも下面
から厚さ方向に5μmよりも上の領域では・・・」と記載されているのみで,下面から5μ
mまでの領域については何も規定されていないのであるから,下面から5μmまでの当該領
域の結晶欠陥の数が5μmよりも上の領域よりも相対的に多いとする認定は,当該特許請求
の範囲の記載から離れ,特許請求の範囲には記載されていない構成要件を付加する不合理な
認定である旨主張する。
しかし,特許請求の範囲に記載された用語について,発明の詳細な説明等にその意味する
ところや定義が記載されているときは,それらを考慮して特許発明の技術的範囲の認定を行
うことは当然に許されるものである(特許法70条1,2項)。
本件発明の「GaN基板」は素子を構成する物の一部であり,当然に下面から厚さ方向に
5μm以下の領域を有するものであるから,「少なくとも下面から厚さ方向に5μmよりも上
の領域では結晶欠陥の数が1×10

個/cm

以下である,ハライド気相成長法(HVPE)
を用いて形成されたn型不純物を含有するGaN基板」との用語の意義を解釈するため,発
明の詳細な説明の記載等を斟酌し,その技術的意義を明らかにすることは,特許請求の範囲
に記載のない構成要件を付加することにはならない。また,この技術的意義を明らかにする
過程において,本件明細書のほかに,出願経過を踏まえて,出願人の合理的意思を斟酌する
ことは,当然のことといえる。
[コメント]
技術革新が速い技術分野においてこのような訴訟は今後も起こり得ると思われる。すなわ
ち,特許権者の方法を用いてエピタキシャル成長を進めた場合,成長が進むに連れて上方の
半導体層内の欠陥密度を低下させることができた(この前提として基板側の欠陥密度は高か
った)のだが、それよりも後の技術により、欠陥密度を全体にわたって低くしながらエピタ
キシャル成長ができるようになったと思われる。被告は,おそらくこの後の技術を用いて素
子を製造したが、特許権者は、請求項の文言上は含まれるとして、訴えを提起したものと思
われる。
発明の思想からいって、被告製品の構成に対して権利を含めるのは行き過ぎであり、裁判所が
限定解釈したことは妥当と思われる。
発明の本質よりも広く請求項1を記載して特許になった場合においては、文言的な解釈よりも
限定的に解釈される可能性があることは心に留めておくのがよいと思われる