侵害差止等請求事件 » 平成24年(ワ)15613号「Cu-Ni-Si系銅合金条」事件

名称:「Cu-Ni-Si系銅合金条」事件
特許権侵害等差止請求事件
東京地方裁判所:平成 24 年(ワ)15613 号 判決日:平成 26 年 4 月 10 日
判決:請求棄却
特許法100条1項
キーワード:測定方法、測定箇所、構成要件充足性

[概要]
被告に侵害行為に対する原告の差止請求及び損害賠償請求に対し、請求棄却判決がなされ
た事案。

[本件発明](太字が争点、特に構成要件F)
A Niを1.0~4.5質量%(以下%とする),
B Siを0.25~1.5%を含有し,
C 更にZn,Sn,及びMgのうち1種類以上を含有し,Mgを含有する場合は0.05~
0.3%とし,Zn及び/又はSnを含有する場合は総量で0.005~2.0%とし,
D 残部がCuおよび不可避的不純物よりなる銅基合金の
E 圧延面においてX線回折を用いて測定した3つの(hkl)面のX線回折強度が,
(I(111)+I(311))/I(220)≦2.0
を満足し,
F 圧延面においてX線回折を用いて測定した(220)面のX線回折強度をI(220),およ
び純銅粉末標準試料においてX線回折を用いて測定した(220)面のX線回折強度をI
0(220)としたときの,I(220)/I0(220)が,
2.28≦I(220)/I0(220)≦3.0
を満足し,
G 圧延方向に直角な断面における結晶粒の幅方向の平均長さをa,厚み方向の平均長さをb
としたときに,
0.5≦b/a≦0.9
2μm≦a≦20μm
であることを特徴とする
H 高強度および高曲げ加工性を両立させたCu-Ni-Si系銅合金条。

[争点]
(1) 被告各製品の特定の当否
(2) 構成要件E及びFの数値限定を満たすM702S及びM702Uの製造販売の有無
(3) 本件特許の無効理由の有無
(4) 損害額

[裁判所の判断]
争点(2)(構成要件E及びFを充足するM702S及びM702Uの製造販売の有無)につ
いて
原告と被告は,前提として,X線回折強度はM702S等のどの部分をどのような方法で
測定すべきかを争っているので,以下,これらの点を検討する。

(1) X線回折強度の測定箇所について
本件発明は銅合金条という物に係る発明であり,構成要件E及びFの数値限定を含む本件
発明の構成要件を充足することにより,高強度及び優れた曲げ加工性を両立させた電子材料
用の銅合金条の提供を目的とするものであること,銅合金条は顧客がこれを適宜裁断して用
いるものであること,銅合金条の長さや幅は様々のものがあることが認められる。
このことからすると,本件発明に係る銅合金条は,顧客がどの部位を裁断しても電子材料
として高強度及び優れた曲げ加工性を両立させる性質を有している必要があるから,被告各
製品が本件発明の技術的範囲に属するというためには,被告各製品の全ての部位において本
件発明の構成要件を充足しなければならないと解すべきである。そうすると,板面方位指数
及び(220)面集積度を求めるためのX線回折強度は,銅合金条の任意の1点又は端末寄
りの数点だけでは足りず,銅合金条の全体にわたって測定すべきものということができる。
これに対し,原告は,現に測定した特定の部位又は両端部を除く部分において構成要件E
及びFの数値限定の範囲にあれば足りる旨主張するが,以上に説示したことに照らし,これ
を採用することはできない。

(2) X線回折強度の測定方法について
X線回折強度の測定方法には,得られたX線回折波形を積分した値(積分値,積分強度)
を測定する方法(以下「積分強度法」という。)と,X線回折波形の測定範囲中の最大強度の
絶対値(ピーク値,ピーク強度)を測定する方法(以下「ピーク強度法」という。)がある。
本件発明の構成要件Eの板面方位指数及び構成要件Fの(220)面集積度を求めるに当た
り,X線回折強度をいずれの方法で測定するかについては特許請求の範囲にも発明の詳細な
説明欄にも記載されていないが(実施例に関して,測定に使用する機器の名称と,管球の種
類,管電圧及び管電流が記載されているにとどまる。),原告は,銅合金条に係る本件発明に
おいては積分強度法によるべきことは明らかである旨主張する。
銅合金ないし圧延銅箔に関する発明についての公開特許公報には,X線回折強度の測定方
法につき,圧延面ないし断面の積分強度であることを示すものや、圧延面のピーク強度であ
ることを明示するものがある。本件特許の特許出願時において,圧延等の工程を経た銅又は
銅合金の性質を特定するための圧延面等のX線回折強度の測定方法として積分強度法とピー
ク強度法のいずれを採用するかについては,発明ごとに出願人が選定することが多いといえ
るのであって,本件発明に接した当事者が本件発明の技術的内容や本件明細書の記載から積
分強度法が採用されていると認識すると認めるべき証拠はない。そうすると,本件発明の構
成要件E及びFにおける圧延面のX線回折強度については,積分強度法とピーク強度法のい
ずれにおいてもその数値限定の範囲内にある必要があるものと解するのが相当である。

(3) 被告が製造販売するM702S又はM702Uの構成要件E及びFの充足性について
甲45実験及び甲46実験は,被告の製造販売する2本のM702Uの全体にわたってX
線回折強度を積分強度法にて測定し,(220)面集積度が構成要件E及びFを充足する旨を
示したものであるが,原告による実験に対しては次のような疑問点を指摘することができる。
原告が行った各実験は同一の試料であってもその都度異なる測定結果が生じるというので
あり,仮に各実験が正確であるとしても,わずかな測定部位等の違いにより(220)面集
積度の分布状況に0.1~0.5以上のずれが生じる可能性があることになる。そして,原
告の上記実験結果において,(220)面集積度の分布範囲が構成要件Fの数値限定の上限3.
0と同じ(甲8実験,甲45実験)であり,又は下限2.28と同じ(甲46実験)若しく
はこれに近接した数値(甲39実験)となっていることに照らすと,別の実験をしたり,異
なる部位を測定したりすることによって構成要件Fの数値限定の上限又は下限を超える可能
性が高いということができる。そうすると,上記の各証拠は,被告製品2に関して,構成要
件E及びFを充足するM702Uを被告が製造販売していたと認めるには足りないと解すべ
きものとなる。

したがって,本件の関係各証拠を総合しても,被告が構成要件E及びFを充足する銅合金
条を製造販売していたと認めることはできない。
なお,銅合金条の全体にわたってX線回折強度を測定し,その全てにおいて構成要件E及
びFの範囲内にあることの立証を要求することは,特許権者に対して酷な面がないではない。
しかし,原告は,X線回折強度により計算される板面方位指数及び(220)面集積度が所
定の範囲にあることにより顕著な効果を奏するとして,銅合金条に係る本件特許権を取得し
たものであるところ,種々の証拠に照らしても(220)面集積度等が所定の範囲内にある
ことの技術的意義は定かでないというほかない。本件におけるこのような事情からすれば,
原告においては被告の製造販売する銅合金条の全体につきX線回折強度を測定し,これが構
成要件E及びFを充足することを客観的な証拠をもって明確に立証しない限り本件特許権を
行使することができないと解しても不合理ではないと考えられる。

[コメント]
2つある測定方法のうち一方によってのみだが、被告製品の全体にわたって一応の構成要
件充足性を示した原告の実験結果について、裁判所は測定点数の少ない他の実験の結果も含
めて各実験間に数値のバラツキがあることを指摘し、異なる実験ないし異なる部位ごとに数
値限定の上下限を外れる可能性が高いとして、被告の侵害行為を認めなかった。
確かに原告の実験結果にはバラツキがあるものの、いずれの結果も構成要件Fの数値限定
の範囲内に入っているのであるから、そのバラツキをもって上下限を外れた場合を想定して
非侵害と結論付けるのは原告としては納得感の低いものではなかろうか。このような裁判所
の認定は、明細書に測定方法の明示がなかったこと、当初の測定点数が極端に少なかったこ
と、各実験条件の詳細を明示しなかったこと(同一条件にて測定しなかったと思われること)、
一方の測定方法(積分強度法)による結果のみを提示し、もう一方の測定方法(ピーク強度
法)による結果を示さなかったこと、被告が反証として構成要件EないしFの数値限定を満
たさない実験結果を提出したと思われること等が理由として挙げられよう。
いずれにしても請求項にて特定される特性の測定方法は詳細に記載すべきである。