IP case studies判例研究

平成23年(ヨ)22027号「移動通信システムにおける予め設定された長さインジケータを用いてパケットデータ を送受信する方法及び装置」事件

名称:「移動通信システムにおける予め設定された長さインジケータを用いてパケットデータ
を送受信する方法及び装置」事件
特許権仮処分命令申立事件
東京地方裁判所:平成 23 年(ヨ)22027 号 決定日:平成 25 年 2 月 28 日
判決:申立却下
民法第1条第2項、同条第3項
キーワード:権利の濫用、信義則、標準規格、FRAND条件、FRAND宣言
[概要]
債権者は、債務者による本件各製品の輸入及び販売が、債権者が有する「移動通信システ
ムにおける予め設定された長さインジケータを用いてパケットデータを送受信する方法及び
装置」の特許権の侵害に当たる旨を主張し、本件特許権に基づく差止請求権を被保全権利と
して,債務者に対し,本件各製品の生産,譲渡等の差止め及び執行官保管を求めた。
[ETSIのIPRポリシー第4.1項]
・・・各会員は、自らが参加する規格または技術仕様の開発の間は特に、ETSIに必須
IPRについて適時に知らせるため合理的に取り組むものとする。特に、規格または技術仕
様の技術提案を行う会員は、善意をもって、提案が採択された場合に必須となる可能性のあ
るその会員のIPRについてETSIの注意を喚起するものとする。
[ETSIのIPRポリシー第6.1項]
特定の規格または技術仕様に関連する必須IPRがETSIに知らされた場合、ETSI
の事務局長は、少なくとも以下の範囲で、 当該のIPRにおける取消不能なライセンスを公
正、合理的かつ非差別的な条件(fair, reasonable and non-discriminatory terms and
conditions)で許諾する用意があることを書面で取消不能な形で3か月以内に保証することを、
所有者にただちに求めるものとする。・・・
[経緯]
1. 債権者が、本件出願の優先元となる韓国出願をした。
2. 債権者から提出された「代替的Eビット解釈」が、3GPP規格の技術仕様書に記
載され、標準規格の一つになった。
3. 債権者が、「代替的Eビット解釈」を具現化した発明に関する本件出願をした。約4
年後に設定登録された本件特許は、「代替的Eビット解釈」に準拠した製品や方法を
実施するためには避けられない必須特許である。
4. 債権者は、ETSIのIPRポリシー4.1項に従って、上記出願等に係るIPR
が、必須IPRであるか又はそうなる可能性が高い旨を知らせた。また、債権者は、
IPRポリシー6.1項に従ってFRAND宣言を行った。
5. 債権者は、FRAND条件でアップル社にライセンスを提供する用意があるが、ラ
イセンスの条件を規定する前に機密保持契約を締結することを求める旨を書簡で述
べ、その後、アップル社と秘密保持契約を締結した。
6. 債権者は、アップル社とライセンスの条件について協議したものの、ロイヤルティ
料率について妥結しなかった。
7. 債権者は、債権者によるライセンス提示が不本意ならば、アップル社において真摯
な対案を提示するよう要請をし、アップル社は、ライセンス契約書案を添付してラ
イセンス契約の申出をした。債権者は、ロイヤルティ料率が低額であることなどを
理由に、FRAND条件に基づくライセンス契約の申出に当たらないなどと意見を
述べた。
8. アップル社は、債権者に対し、クロスライセンスの提案を含むFRAND条件に基
づくライセンス許諾の枠組みを提案する用意がある旨を表明し、債権者は、それに
対して意見と提案をした。アップル社は、債権者に対し、算定基準等を示した上で、
互いに請求できるロイヤルティ料率を提示した。
[裁判所の判断]
債権者は、ETSIのIPRポリシー6.1項、IPRについてのETSIの指針1.4
項の規定により、本件FRAND宣言でUMTS規格に必須であると宣言した本件特許権に
ついてFRAND条件によるライセンスを希望する申出があった場合には、その申出をした
者が会員又は第三者であるかを問わず、当該UMTS規格の利用に関し、当該者との間でF
RAND条件でのライセンス契約の締結に向けた交渉を誠実に行うべき義務を負うものと解
される。
そうすると、債権者が本件特許権についてFRAND条件によるライセンスを希望する具
体的な申出を受けた場合には、債権者とその申出をした者との間で、FRAND条件でのラ
イセンス契約に係る契約締結準備段階に入ったものというべきであるから、両者は、上記ラ
イセンス契約の締結に向けて、重要な情報を相手方に提供し、誠実に交渉を行うべき信義則
上の義務を負うものと解するのが相当である。
そして、遅くとも、アップル社が、平成24年3月4日付け書簡で債権者に対し、債権者
がUMTS規格に必須であると宣言した本件特許を含む日本における三つの特許に関するF
RAND条件でのライセンス契約の申出をした時点(前記 7.)で、アップル社から債権者に
対するFRAND条件によるライセンスを希望する具体的な申出がされたものと認められ、
アップル社と債権者は、契約締結準備段階に入り、上記信義則上の義務を負うに至ったもの
というべきである。
債権者は、アップル社の再三の要請にもかかわらず、アップル社において債権者の本件ラ
イセンス提示又は自社のライセンス提案がFRAND条件に従ったものかどうかを判断する
のに必要な情報(債権者と他社との間の必須特許のライセンス契約に関する情報等)を提供
することなく、アップル社が提示したライセンス条件について具体的な対案を示すことがな
かったものと認められるから、債権者は、UMTS規格に必須であると宣言した本件特許に
関するFRAND条件でのライセンス契約の締結に向けて、重要な情報をアップル社に提供
し、誠実に交渉を行うべき信義則上の義務に違反したものと認めるのが相当である。
債権者が、債務者の親会社であるアップル社に対し、本件FRAND宣言に基づく標準規
格必須宣言特許である本件特許権についてのFRAND条件でのライセンス契約の締結準備
段階における重要な情報を相手方に提供し、誠実に交渉を行うべき信義則上の義務に違反し
ていること、債権者が,債務者の親会社であるアップル社に対し,本件FRAND宣言に基
づく標準規格必須宣言特許である本件特許権についてのFRAND条件でのライセンス契約
の締結準備段階における重要な情報を相手方に提供し,誠実に交渉を行うべき信義則上の義
務に違反していること、債権者のETSIに対する本件特許の開示(本件出願の国際出願番
号の開示)が、債権者の3GPP規格の変更リクエストに基づいて本件特許に係る技術(代
替的Eビット解釈)が標準規格に採用されてから、約2年を経過していたこと、その他アッ
プル社と債権者間の本件特許権についてのライセンス交渉経過において現れた諸事情を総合
すると、債権者が、上記信義則上の義務を尽くすことなく、債務者に対し、本件各製品につ
いて本件特許権に基づく差止請求権を行使することは、権利の濫用に当たるものとして許さ
れないというべきである。
[コメント]
FRAND宣言に基づき、差止請求権(被保全権利)が認められなかった。標準化技術や
規格に従うと不可避的に侵害することになる特許(必須特許)に関する事例として興味深い。

平成23年(ヨ)22027号「移動通信システムにおける予め設定された長さインジケータを用いてパケットデータ を送受信する方法及び装置」事件

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