IP case studies判例研究

平成23年(ワ)第6868号「シリカ質フィラー」事件

名称:「シリカ質フィラー」事件(損害賠償請求事件)
東京地方裁判所民事第46部:平成23年(ワ)第6868号
判決日:平成25年3月15日
判決:請求棄却
特許法第102条第2項、第104条の3、第36条第6項第2号
キーワード:測定方法、定義、データ、明確性
全文:http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20130318120515.pdf
[概要]
本件特許権の特許権者である原告が、被告によるシリカ製品(被告製品)が本件特許権の侵害
に当たるとして損害賠償を求めたが、争点に係る発明特定事項の解釈の相違(測定法の相違によ
る双方のデータの相違)は、特許権者が不利益を負うべきとして、被告製品は非侵害とされた。
[特許請求の範囲](請求項1:下線部補正事項)
シリカ質粉末を可燃性ガス-酸素火炎中で溶融して得られた球状シリカであって,粒径が30
μm以上の粒子を30~90重量%含有してなり,該粒径30μm以上の粒子の真円度が0.8
3~0.94,粒径30μm未満の粒子の真円度が0.73~0.90であることを特徴とする
シリカ質フィラー。
<争点>
争点1:被告製品についての本件発明の技術的範囲の属否(争点1),具体的には,「粒径30
μm未満の粒子の真円度が0.73~0.90」である構成要件Dの充足の有無。
争点2:特許法104条の3第1項の規定による本件特許権の権利行使の制限の成否。
争点3:被告が賠償すべき原告の損害額。
<争点1に関する原告の主張>
本件発明において,小粒径の粒子の真円度の範囲がより大きな粒子の真円度の範囲よりも低く
規定されていることは,本件発明が,シリカ母粒子の表面にヒューム粒子が付着していることを
当然の前提としているからにほかならない。本件発明の真円度を測定するに当たっては,シリカ
母粒子の表面に付着したヒューム粒子を除去しない状態の試料(以下「乾式の試料」という。)を
用いる必要があるというべきである。原告各測定データによれば,被告製品の粒径30μm未満
の粒子の真円度は,構成要件Dを充足する。
<争点1に関する被告の主張>
本件発明における平均粒径(粒度分布)の測定には,「湿式処理」をした試料が用いられている。
真円度の測定においても,平均粒径(粒度分布)の測定と同じく,湿式処理をした試料を対象に
測定されなければならない。湿式処理をした試料を用いて測定することが技術常識であった。被
告測定データによる被告製品の粒径30μm未満の粒子の真円度(平均真円度)は構成要件Dの
数値範囲を超えているから,被告製品は,構成要件Dを充足しない。
[裁判所の判断]
請求項1には,真円度の測定方法,その測定対象試料(粒子)の状態及び調整方法を規定する
記載は存在しない。明細書には,「真円度」の測定方法に関し,「真円度は,走査型電子顕微鏡及
び画像解析装置を用いて測定する。本発明においては,走査型電子顕微鏡として日本電子(株)
製,JSM-T200型を用い,画像解析装置として日本アビオニクス(株)製を用いたが,他
社製品を用いても同様の数値が得られる。」(段落【0007】)との記載がある。他方で,本件明
細書には,「真円度」の測定対象試料(粒子)の状態及び調整方法に関する記載はない。また,本
件明細書には,本件発明の「粒径が30μm以上の粒子」又は「粒径が30μm未満の粒子」に
ついてシリカ母粒子の表面にヒューム粒子が付着している状態の粒子を意味することを明示した
記載は存在せず,そもそもヒューム粒子に関する記載がない。
一方で,「平均粒径」の測定対象試料の調整方法に関しては,本件明細書に「平均粒径は,試料
0.3gを水に分散させ,それをレーザー回析式粒度分布測定装置(シーラスグラニュロメータ
ー「モデル715」)で測定した。以下の実施例,比較例も同様である。」(段落【0014】)と
の記載がある。
特許請求の範囲及び本件明細書には,「該粒径30μm以上の粒子の真円度が0.83~0.94」
(構成要件C)及び「粒径30μm未満の粒子の真円度が0.73~0.90」(構成要件D)に
いう各「粒子」の状態及びその真円度の測定に当たっての調整方法を限定する趣旨の記載は存在
しないから,真円度の測定がされる上記「粒子」は,本件出願時に通常行われていた試料の調整
方法によって調整されたものであれば,その調整方法は特に限定されるものではないと解すべき
である。本件発明の真円度を測定するに当たっては,乾式の試料又は湿式処理をした試料のいず
れを用いても差し支えないというべきである。
しかし、本件発明において小粒径の粒子の真円度の範囲がより大きな粒子の真円度の範囲より
も低く規定されていることは,本件発明がシリカ母粒子の表面にヒューム粒子が付着しているこ
とを当然の前提としているとの原告の主張(乾式の試料)は,採用することができない。
また、被告主張のように、本件発明の特許請求の範囲(請求項1)及び本件明細書のいずれに
も,「真円度」の測定対象試料(粒子)の状態及び調整方法に関する記載はないことに照らすなら
ば,原告の出願に係る本件明細書以外の特許明細書に湿式処理をした試料を用いた記載があるか
らといって,本件発明の真円度の測定対象試料(粒子)を湿式処理をした試料に限定すべきこと
の根拠となるものではない。
一方、原告測定データ1、2は信頼性はないが、データ3は,信頼することができる。原告測
定データ3によれば,被告製品は,構成要件Dの数値範囲内にある。
被告測定データ1は,信頼することができる。被告測定データ1によれば,被告製品は,構成
要件Dの数値範囲外にある。
本件発明の真円度を測定するに当たっては,乾式の試料又は湿式処理をした試料のいずれを用
いても差し支えない。本件発明の真円度の測定に当たり乾式の試料を測定対象とするか,又は湿
式処理をした試料を測定対象とするかによって真円度の数値に有意の差が生じる場合,当業者が
いずれか一方の試料を測定対象として測定した結果,構成要件所定の真円度の数値範囲外であっ
たにもかかわらず,他方の試料を測定対象とすれば上記数値範囲内にあるとして構成要件を充足
し,特許権侵害を構成するとすれば,当業者に不測の不利益を負担させる事態となるが,このよ
うな事態は,特許権者において,特定の測定対象試料を用いるべきことを特許請求の範囲又は明
細書において明らかにしなかったことにより招来したものである以上,上記不利益を当業者に負
担させることは妥当でないというべきであるから,乾式の試料及び湿式処理をした試料のいずれ
を用いて測定しても,本件発明の構成要件Dを充足する場合でない限り,構成要件Dの充足を認
めるべきではないと解するのが相当である。
したがって,被告製品は,構成要件Dを充足するものと認めることはできない。
[コメント]
構成要件Dの解釈について、明細書に測定方法に関する記載のない場合には、いずれの方
法により測定してもよいとの判断がなされる一方で、測定方法の相違により測定結果が異な
る場合には、いずれの測定方法の結果についても満足しなければならないことが示された。
出願人としては、測定方法を限定できない場合には、いずれの測定方法によって測定結果(発
明特定事項)を満足できる記載になるように請求項の記載を考慮して明細書を作成する必要
がある。
一方、明細書の記載に関して、本件では明確性要件の違反については判断されていないが、
その問題も含んでいる。測定方法に発明特定事項を定義する場合には、測定結果に影響を及
ぼす事項を余すところなく記載することが肝要である。
 

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