侵害差止等請求事件 » 平成 23 年(ネ)10002 号「サトウの切り餅」事件

名称:「サトウの切り餅」事件
特許権侵害差止等請求控訴事件
知的財産高等裁判所:平成 23 年(ネ)10002 号
判決日:平成 24 年 3 月 22 日(中間判決日:平成 23 年 9 月 7 日)
判決:控訴認容(請求額59億円に対し、認容額8億)
特許法100条1項,2項,102条2項又は3項
キーワード:技術的範囲,特許無効,不法行為に基づく損害賠償

[概要]
特許権者である食品の製造及び卸販売等業者が、餅の製造及び卸販売等業者の製品(被告
製品)の製造等に対し、特許権侵害差止等を請求した控訴事件である。原審(東京地裁平成
21 年(ワ)第 7718 号)において「被告製品は,本件発明の構成要件B(載置底面又は平坦上
面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,この立直側面に沿う方
向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設ける
こと)を充足せず,本件発明の技術的範囲に属するものとは認められない」として、原告の
請求をいずれも棄却した。原判決の取消しを求めた本件控訴において、中間判決「被告製品
は,本件特許の技術的範囲に属する。同特許は特許無効審判により無効にされるべきものと
は認められない。」とされ、本判決「被控訴人は,控訴人に対し,8億0275万9264円・・
を支払え。」として請求が一部認容された。
[特許請求の範囲]
【請求項1】
A 焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の
B 載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、
この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切
り込み部又は溝部を設け、
C この切り込み部又は溝部は、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周
連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した
切り込み部又は溝部として、
D 焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり、最中や
サンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に
膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成した
E ことを特徴とする餅。
[争点]
争点1:被告製品が本件発明の構成要件B及びDを充足し,その技術的範囲に属するか否か
争点2:本件発明に被告主張の無効理由があり,原告の本件特許権の行使が特許法104条
の3第1項により制限されるか否か
争点3:被告が賠償すべき原告の損害額
[裁判所の判断]
原判決を取り消し,原告の請求を以下第2~4項の限度で認容するものと判断する。
2 被控訴人は,別紙物件目録1ないし5記載の各食品を製造し,譲渡し,輸出し,又は譲
渡の申出をしてはならない。(中間判決)
3 被控訴人は,前項記載の各食品及びその半製品並びにこれらを製造する別紙製造装置目
録記載の装置を廃棄せよ。
4 被控訴人は,控訴人に対し,8億0275万円・・を支払え。
その理由は,以下のとおりである。
<争点1について>(中間判決)
被告製品と本件発明1を対比すると,
(1) 被告製品は,本件発明の構成要件Bを充足する。(中間判決要約参照)
具体的には、被告製品における「上面17及び下面16に挟まれた側周表面12の長辺部」
は,本件発明の構成要件Bの「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の
立直側面である側周表面」に,以下同様に,「同長辺部の上下方向をほぼ3等分する間隔で長
辺部の全長にわたりほぼ並行に」は,「この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に
長さを有する」に,「2つの切り込み部13」は,「一若しくは複数の切り込み部又は溝部」
に該当する。
(2) 被告製品は,本件発明の構成要件Dを充足する。
具体的には、本件発明は,載置底面又は平坦上面に切り込み部等を設ける構成を除外する
ものであるとは解されない。また,切餅の載置底面又は平坦上面に切り込み部が設けられて
いると,焼き上げられるに際して,上記切り込み部において若干の膨化変形が生じるとして
も,構成要件Dの「焼板状部」に当たると解するのが合理的である。また、構成要件Dは,
角形の切餅に関して,焼き上げるに際し,均等膨化したもののほか,不均一に膨化したもの
も含んだものとして特定しているものと理解することができる。被告製品の焼き上がり形状
は,ほぼ均等膨化するものもあると解される。
(3) 以上のとおり,被告製品は本件発明の技術的範囲に属する。
<争点2について>(中間判決)
(1) 無効理由⑤(新規性なし)及び無効理由⑥(容易想到性)について
本件発明は,本件特許出願前に公然実施をされた発明又は公然知られた発明とはいえず,
また,上記本件特許出願前に公然実施をされた発明又は公然知られた発明(本件こんがりう
まカット)に基づき容易に想到できたともいえない。具体的には、本件こんがりうまカット
は,切餅の載置底面又は平坦上面に十文字の切り込みが施され,本件発明の構成要件Aにお
いて,本件発明と一致するが,切餅の側周表面に,周方向に一周連続させて角環状とした若
しくは対向二側面に切り込み等を設け,焼き上げるに際して上記切り込み部等の上側が下側
に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身が
サンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように
構成したことを特徴とする餅との点,すなわち,構成要件BないしEにおいて,本件発明と
相違する。
(2) 無効理由①(特許法36条6項2号違反-構成要件D)について
構成要件Dの記載部分は,角形の切餅に関し,焼き上げるに際して,均等膨化したもの,
及び,不均一に膨化したものの両者を含むものとして特定しているものと理解することがで
き,この点について,不明確な点はないといえる。
(3) 無効理由②(特許法36条6項1号違反-構成要件D)について
構成要件Dには,角形の切餅に関して,焼き上げるに際して,均等膨化したもののほか,
不均一に膨化したものも含んだものとして特定しているものと理解することができ,均等膨
化のためには,切り込み部を長く形成することや均等に形成することが有利であることは,
技術常識といえる。したがって,本件発明は,発明の詳細な説明に記載されていない発明に
ついて,特許請求の範囲(請求項1)に記載したものとはいえない。
(4) 無効理由③,④(特許法36条4項1号違反-構成要件B,C,D)について
発明の詳細な説明の記載には,当業者において,構成要件B,C,Dに関連する事項を理
解して,本件発明を実施することができる程度に明確かつ十分な記載がされているといえる。
(5) 以上のとおり,本件特許には,被告の主張する無効理由は存しない。
<争点3について>
(1) 特許法102条2項に基づいて算定される損害額について
被告製品の平成20年5月1日から平成23年10月31日までの売上高は,乙155(被
告管理本部副本部長兼経理部長であるBが被告の会計書類に基づいて作成した報告書)に基
づき、合計162億1731万7021円と認められる。被告が被告製品を製造,販売した
場合の利益率(平成20年度ないし平成22年度)は,少なくとも原告が主張する30%を
下回ることはない。被告製品における侵害部分の価値ないし重要度,顧客吸引力,消費者の
選択購入の動機等を考慮すると,被告が被告製品の販売によって得た利益において,本件特
許が寄与した割合は15%と認めるのが相当である。以上から、特許法102条2項に基づ
いて算定される損害額は,合計7億2977万9264円と認められる。
(2) 特許法102条3項に基づいて算定される損害額について
本件発明の内容,被告製品に対する本件発明の寄与度等を考慮すると,本件発明の実施料
率は,売上額の3%を超えないものと認められるから,特許法102条3項に基づいて算定
される損害額は,同条2項に基づいて算定される損害額を超えることはない。
(3) 弁護士費用等について
原告が,本件訴訟の提起及び追行を,原告代理人に委任したことは当裁判所に顕著であり,
本件での逸失利益額,事案の難易度,審理の内容等本件の一切の事情を考慮し,被告の不法
行為と相当因果関係のある弁護士費用及び弁理士費用としては,7298万円と認めるのが
相当である。
(4) 以上から,被告は,原告に対し,8億0275万円について賠償する義務を負う。
(5) 被告の損害不発生の主張について
被告製品は,本件発明の構成要件を全て充足するのみならず,本件発明の作用効果も奏す
るものであり,実質的にみても本件特許権を侵害するものであり,原告に損害が発生してい
るものと認められる。
(6) 特許権侵害について被告に故意,過失がないとの主張について
被告には,被告製品の製造・販売による本件特許権侵害に関して,少なくとも過失が認め
られる。具体的には、特許庁の判定制度は,法的拘束力がなく,上記分割特許は本件特許と
は異なることからすれば,上記各判定の結果に基づいて被告製品を製造販売した被告の行為
について,過失がなかったとすることはできない。また,原審において,被告製品が本件発
明の技術的範囲に属しないと判断されたとしても,原審の判断をもって,被告製品は本件発
明の技術的範囲に属しないと信ずるにつき相当の理由があったとすることはできない。さら
に,本件特許に係る審決についても,これをもって,被告製品が本件発明の技術的範囲に属
しないと信ずるにつき相当の理由があったとする根拠にはならない。
<その他>:中間判決後の被告の新たな防御方法の提出の可否について>
被告が中間判決後においてした,先使用の抗弁,権利濫用の抗弁,公知技術(自由技術)
の抗弁に係る主張,及び乙45ないし150の提出,証人尋問の申出,検証の申出について
は,いずれも,被告の重大な過失によって時機に後れて提出された防御方法に該当し,これ
により訴訟の完結を遅延させることとなると判断する(適時提出義務の違反)。
[コメント]
原審におけるクレームの限定解釈が、控訴審において是正された事案であり、実務的に、
原告側のみならず、被告側の主張として参考になる事案である。また、本件の第三者への影
響等が考慮され、侵害の認定および特許無効の判断が中間判決として早期に判示された。損
害額の認定に係る本判決と合せて検証することによって、侵害事件における訴訟手続および
裁判所の判断の過程が、丁寧で分かり易い点においても参考となる判決であるといえる。さ
らに、通常あまり表にでない「適時提出義務の遵守」に関する厳しい論述も参考となる。
以上