審決取消請求事件 » 平成29年(行ケ)第10236号、第10237号「フルオレン誘導体の結晶多形体およびその製造方法」事件

名称:「フルオレン誘導体の結晶多形体およびその製造方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29年(行ケ)第10236号(甲事件)、第10237号(乙事件)
判決日:平成31年2月14日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:進歩性、動機付け
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/599/088599_hanrei.pdf

[概要]
専ら合成樹脂の原材料として使用される単量体について、単体で使用されて機能を発揮する医薬化合物とは異なり、その用途・性質の面から直ちに結晶多形体の探索が基礎づけられるものではないとして、当業者が結晶多形体を得る動機付けはないと判断された事例。

[事件の経緯](原告・被告は甲事件での関係を表す)
被告は、特許第4140975号の特許権者である。
原告が、当該特許の請求項1~10に係る発明(本件発明1~10)についての特許を無効とする無効審判(無効2013-800029号)を請求し、被告が訂正を請求したところ、特許庁が、当該特許一部について無効とする審決をしたため、原告・被告双方が、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告・被告双方の請求を棄却した。

[本件発明]
【請求項1】
ヘテロポリ酸の存在下、フルオレノンと2-フェノキシエタノールとを反応させた後、得られた反応混合物から50℃未満で9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの析出を開始させることにより9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの粗精製物を得、次いで、純度が85%以上の該粗精製物を芳香族炭化水素溶媒に溶解させた後に65℃以上で9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの析出を開始させる9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの結晶多形体の製造方法。

[事件の概略]
原告は無効審判請求し、請求不成立審決(第一次審決)の後に、知財高裁に訴訟提起した(平成26年(行ケ)第10202号)。裁判所は本件発明1~6、10についてはサポート要件違反に該当すること等を理由に、審決を取り消した(前訴判決)。上告不受理決定を経て、前訴判決は確定した。
特許庁は審理再開し、請求項5、10の削除を含む訂正を認めた上で、本件発明1~4、6、8、9については結晶多形体探索の動機付けがないなどとして進歩性を肯定し、無効理由がないと判断した。なお本件発明7は、前訴判決の拘束力が及ぶとして、公然実施により新規性がなく、無効理由を有すると判断した。
本件発明1について裁判所が認定した相違点1-1~3は以下の通り。
(相違点1-1)本件発明1が、粗精製物の段階で「50℃未満でBPEFの析出を開始」させるのに対して、引用方法発明においては粗精製物の段階における析出開始温度が特定されていない点。
(相違点1-2)本件発明1においては、「次いで,該粗精製物を芳香族炭化水素溶媒に溶解させた後にBPEFの析出を開始」させるという特定の溶媒を用いた再結晶化の操作を更に行いBPEFの結晶多形体を製造しているのに対して、引用方法発明では特定の溶媒を用いた再結晶化の操作を更に行わないでBPEFの白色結晶を製造している点。
(相違点1-3)本件発明1においては、再結晶化の段階で「65℃以上でBPEFの析出を開始」させているのに対して、引用方法発明では再結晶化の段階がなく、その段階における析出開始温度も特定されていない点。

[取消事由]
・原告主張の取消事由等
1.本件発明1の容易想到性判断の誤り(取消事由1)
2.本件発明2の容易想到性判断の誤り(取消事由2)
3.本件発明3の容易想到性判断の誤り(取消事由3)
4.本件発明4の容易想到性判断の誤り(取消事由4)
5.本件発明6の容易想到性判断の誤り(取消事由5)
6.本件発明7の容易想到性判断の誤り(予備的主張)
7.本件発明8の容易想到性判断の誤り(取消事由6)
8.本件発明9の容易想到性判断の誤り(取消事由7)
・被告主張の取消事由
1.本件発明7の公然実施及び公知についての認定判断の誤り(取消事由8)
※以下、取消事由1についてのみ記載する。

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『17 取消事由1(本件発明1の容易想到性判断の誤り)について
(1) 相違点1-1について
・・・(略)・・・甲6の実施例10について、析出開始温度が記載されていないものの、実質的には本件明細書の実施例4と同じ製造方法であると認められる(甲7)。
・・・(略)・・・
したがって、第二次審決が説示するように、相違点1-1は、実質的な相違点であるとは認められない。
(2) 相違点1-2の容易想到性について
ア 異なる結晶多形体を製造する動機付けについて
本件発明1では、BPEFの多形体Bを製造するために特定の溶媒(芳香族炭化水素溶媒)を用いた再結晶化操作が行われているのに対し、引用方法発明では、多形体Aと異なる結晶多形体を得るための再結晶化操作が行われず、単に多形体Aの白色結晶が製造されているにすぎない。したがって、引用方法発明に接した当業者が、多形体Aと異なる結晶多形体を製造しようと動機付けられるのかどうかについて、以下検討する。
(ア)a 前記5~9で認定した各刊行物の記載によると、「多くの化合物について、結晶多形体が存在しており、結晶多形体の違いにより、化合物の嵩密度・・・(略)・・・、バイオアベイラビリティー、安定性などが変わり得るもので、特にバイオアベイラビリティーの向上等が求められる医・農薬品化合物や単体で特異的な機能性発現が求められる化合物の分野では、結晶多形体の制御は、工業的にも重要なものとされている。」という技術常識が、本件優先日当時に存在していたことが認められるものの、このような技術常識から直ちにBPEFについて、多形体Aと異なる結晶多形体を製造する動機付けの存在を認めることはできない。
b 本件明細書(甲1)、甲6、9~13及び弁論の全趣旨によると、本件で問題になっているBPEFは、専ら合成樹脂(ポリマー)の原材料として使用される単量体(モノマー)であり、最終的には溶融重合又は溶液重合されて結晶形をとどめなくなり、結晶多形体の違いにかかわらず、同じ化学構造のポリマーとなる化合物であると認められるのであり、単体で使用され何らかの機能を発揮する医薬品化合物のようなものとは異なり、その用途・性質の面から直ちに結晶多形体の探索が基礎付けられるようなものではないといえる。
c 本件明細書の段落【0003】によると、BPEFについて、高純度で高い反応性を有し、ポリマーに合成したときに分子量が高くて分子量分布が狭く、かつ未反応モノマーやオリゴマー含有率が低いことが要求されていたと認められるところ、本件優先日当時、それらの事項やその他の物性、嵩密度をはじめとする粉体特性等に関して、多形体Aについて何らかの課題があったり、工業的プロセスでの不都合があったりして、多形体A以外の結晶多形体を得る必要性があると当業者に認識されていたことを認めるに足りる証拠はない。
d(a) 上記c認定の本件明細書の記載及び甲67・・・(略)・・・からすると、モノマーとしてのBPEFについて、高純度化の要求があり、結晶形の違いが、ある種のモノマーの純度に影響を与える場合があると当業者が認識していたことは認められるが、①・・・(略)・・・結晶多形体の制御のためには、できるだけ多くの析出条件で網羅的に結晶化を試みるというスクリーニング法に依拠せざるを得なかったところ、このようなスクリーニング法を採用して、所望の物性や粉体特性等を有する結晶多形体の析出条件を特定することは、当業者にとっても相応の試行錯誤、すなわち、相応の労力や費用を要するものであったと認められること、②本件優先日当時、・・・(略)・・・高純度のBPEFを得る方法が既に明らかになっていたことや甲6の段落【0025】に必要に応じて再結晶化やそれ以外の精製操作を行ってもよい旨の記載があることからすると、BPEFの高純度化を目指す当業者としては、上記①のとおり費用・労力がかかり、かつ所望の純度向上が得られるか不透明な新たな結晶多形体を探索するという手法ではなく、通常は、純度の向上が確実に見込まれ、より適切といえる上記②のような各手法を選択するといえる。
・・・(略)・・・
f 以上をまとめると、本件優先日当時、BPEFについて、その用途・性質の面からみて、直ちに結晶多形体探索の動機付けがあるとはいえず、かつ、多形体Aについて純度向上やその他の物性、粉体特性等の点で特に課題が認識されておらず、しかも、純度向上のためには結晶多形体の制御以外に他に適切な手法が複数あったのであるから、敢えて時間や費用を要する異なる結晶多形体を製造する動機付けがあったと認めることはできない。
・・・(略)・・・
イ 特定の溶媒を用いることについて
甲6、9~13には、BPEFを析出する際の溶媒として芳香族炭化水素を用いることができることが記載されている。
しかし、・・・(略)・・・BPEFを析出する際の溶媒としては、芳香族炭化水素以外にも混合溶媒を含む様々なものがあり、かつ、芳香族炭化水素以外の溶媒を用いても高純度化は期待できるから、そのような中で、当業者が敢えて芳香族炭化水素という特定の溶媒を異なる結晶多形体を得るための再結晶化工程に使用することを容易に想到し得るとはいえない。
ウ 小括
以上からすると、相違点1-2について、引用方法発明に基づいて当業者が容易に想到することができたものとはいえない。
(3) 相違点1-3の容易想到性について
ア 再結晶化の段階で析出開始温度を明示的に65℃以上としている文献等は存在せず、当業者において、再結晶化の際に析出開始温度を65℃以上とすることが動機付けられるものではない。
したがって、相違点1-3について、当業者が容易に想到することができたとはいえない。
・・・(略)・・・
(4) 以上のとおり、相違点1-2、相違点1-3が容易想到であるとはいえないから、その余の点について判断するまでもなく、原告主張の取消事由1は、理由がない。』

[コメント]
裁判所は、専ら合成樹脂(ポリマー)の原材料として使用される単量体(モノマー)の結晶多形体である本件発明の多形体Aについて、あえて結晶多形体を探索する必要性がある課題やプロセス上の不都合がないことを理由に、当該多形体を製造する動機付けを否定し、発明の効果を参酌することなく進歩性があると判断した。また、結晶化に用いる溶媒として芳香族炭化水素を用いることも容易想到でないとも判断されており、本判決の進歩性の判断は比較的緩やかな印象を受ける。
対照的に、医薬品化合物の技術分野では、結晶多形体を探索することは技術常識であって動機付けがあると判断され、結晶多形体の効果の顕著性についても否定する数多くの判決がなされている(知財高裁平成29年(行ケ)10147、知財高裁平成28年(行ケ)10112、平成18年(行ケ)第10271号等)。医薬品化合物の結晶多形体の発明については、依然厳格に進歩性が判断されるものと思われる。
以上
(担当弁理士:小林 隆嗣)