審決取消請求事件 » 平成30年(行ケ)第10134号「液晶媒体」事件

名称:「液晶媒体」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成30年(行ケ)第10134号 判決日:令和元年6月27日
判決:請求棄却
特許法36条6項1号
キーワード:サポート要件
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/790/088790_hanrei.pdf

[概要]
特許請求の範囲の記載ではp型及びn型の両方の液晶化合物に基づく液晶媒体を含むものの、明細書にはp型の液晶化合物のみが記載されているから、n型の液晶化合物については、当業者は本件明細書から発明の課題を解決できるものと認識することはできないとしてサポート要件を否定した審決を維持した事例。

[事件の経緯]
原告は、特許第4623924号の特許権者である。
被告が、当該特許の請求項1~3、7及び8に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2016-800057号)を請求し、原告が訂正を請求したところ、特許庁が、訂正請求を認めた上で、当該特許の請求項1、2、7、8に係る発明についての特許を無効とする審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。

[本件訂正発明]
【請求項1】(筆者にて適宜抜粋)
正または負の誘電異方性を有する極性化合物の混合物に基づく液晶媒体であって、これが、一般式I
【化1】

式中、
【化2】

は、1、4-フェニレン基であり、
【化3】

は、
【化4】

であり、
Z1、Z2およびZ3は、単結合であり、
Xは、n-C3H7であり、
aは、0であり、
bは、0であり、
cは、1である、
で表される1種または2種以上の化合物を含むことを特徴とする、液晶媒体であって、さらに、式RII、RIV、RV、RVII、RVIII、RXI、RXIIおよびRXIV:
・・・(略)・・・
のいずれかで表される化合物からなる群から選択された1種または2種以上の化合物を含むことを特徴とする、前記液晶媒体。

[取消事由]
取消事由1(サポート要件の判断の誤り)

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『2 取消事由1(サポート要件の判断の誤り)について
(1) 本件発明が解決しようとする課題及び課題を解決するための手段について
ア(ア) 課題について
・・・(略)・・・
本件明細書の上記記載からすると、本件発明が解決しようとする課題は、「極めて高い比抵抗値」、「高い透明点であるか大きい動作温度範囲」、「低い回転粘度であるか低温においても短い応答時間」及び「低いしきい値電圧」の4点(本件4点)において、従来技術の欠点を有しないか、又は有しても小さい程度に改善されたディスプレイ用の液晶媒体を提供する点にあり、その中でも、低いしきい値電圧を実現することに重点が置かれているものと認められる。
(イ) 解決手段について
a まず、前記アのとおり、本件明細書の段落【0016】には、本件発明の課題が記載され、これに続く段落【0017】【課題を解決するための手段】には、「この目的は、末端極性基および末端CH3基を有する液晶化合物を用いる場合に達成することができることが見出された。式Iで表される化合物は、弾性定数、特にK1を減少させ、特に低いしきい値電圧を有する混合物をもたらす。」と記載されていることからすると、上記課題を解決するための手段としては、基本的には、末端極性基及び末端CH3基を有する液晶化合物を用いることを想定していることが認められる。
・・・(略)・・・
(b) ところで、弁論の全趣旨によると、p型の液晶化合物はTN方式のディスプレイに用いられ、n型の液晶化合物はVA方式のディスプレイに用いられることが認められるところ、甲50文献及び乙10文献には、以下のとおりの記載がある。
i 甲50文献には、p形ネマティック液晶の場合は、ホモジニアス配向をさせたセルを、n形ネマティック液晶の場合は、ホメオトロピック配向させたセルをそれぞれ作製すること及び以下の式が記載されており、また、Vcは、しきい値電圧を意味し、K11、K33はそれぞれK1、K3と表記されることもあると説明されている。

・・・(略)・・・
(c) 前記(b)によると、本件特許の出願日当時、p型の液晶化合物を用いたディスプレイの場合は、しきい値電圧はK1と連動するが、n型の液晶化合物を用いたディスプレイの場合は、しきい値電圧はK3と連動し、K1とは連動しないことは周知であったと認められる。
そして、前記(a)のとおり、本件明細書は、本件発明の課題として、K1を減少させることにより、低いしきい値電圧を実現することに重点が置かれているから、本件明細書は、p型の液晶化合物を用いたディスプレイを前提としたものであり、開示する課題解決手段も、p型の液晶化合物を用いたディスプレイを前提としたものと解される。
また、本件明細書の実施例の液晶組成物は、すべてp型の液晶化合物を含んでいるが、n型の液晶化合物を含む実施例は存在しないこと(甲60)からも、本件明細書がp型の液晶化合物を用いたディスプレイを前提としたものであることが裏付けられるというべきである。
(ウ) 以上のとおり、本件明細書は、p型の液晶化合物を用いたディスプレイを前提として、発明の課題を、本件4点に係る欠点を改善することとし、その中でも、しきい値電圧に係る欠点を改善することを重視し、このしきい値電圧の低減は、K1を減少させることにより実現することを開示していることが認められる。
・・・(略)・・・
(2) 以上を前提に、サポート要件の具備の有無について検討する。
本件発明の各特許請求の範囲は、いずれも、「正または負の誘電異方性を有する極性化合物の混合物に基づく液晶媒体であって」と記載されているから、いずれも、n型の液晶化合物に基づく液晶媒体を含んでいる。
ところが、前記(1)のとおり、本件明細書には、p型の液晶化合物が用いたディスプレイを前提として、しきい値電圧の低減をK1を減少させることにより実現することが記載されているのみである。本件明細書には、n型の液晶化合物が用いられるディスプレイについて、K1を減少させることによってしきい値電圧を低減させることができるとの記載はなく、また、そのような技術常識があったとは認められないし、本件明細書の実施例にも、n型の液晶化合物は一切含まれていない。したがって、n型の液晶化合物については、当業者は、本件明細書から、発明の課題を解決できるものと認識することはできないというべきである。
以上のとおり、本件発明は、いずれも、発明の詳細な説明の記載により、発明の課題が解決できることを当業者が認識できる範囲を超えているというべきである。
なお、原告は、甲54実験、甲59実験、甲90実験について主張する。
しかし、上記のとおり、本件明細書には、n型の液晶化合物を用いたディスプレイにおいてK1を減少させることによって、しきい値電圧を低減できることは記載されておらず、また、上記実験結果が、本件特許の出願日当時、当事者の技術常識であったとも認められないから、上記実験結果を参照して、n型液晶化合物を用いたディスプレイにおいて、K1を減少させることによって、しきい値電圧を低減できることをサポート要件の判断に当たって考慮することはできないというべきである。
また、その他、原告が主張するところによっても、サポート要件に関する上記判断は左右されない。』

[コメント]
裁判所は、特許請求の範囲ではp型(正の誘電異方性)及びn型(負の誘電異方性)の液晶化合物の両方を含むように記載しているにもかかわらず、明細書中ではp型の液晶化合物を利用するディスプレイの態様のみを記載し、実際、実施例でもp型の液晶化合物のみが用いられている点、並びに課題を解決する手段の項では「この目的は、末端極性基および末端CH3基を有する液晶化合物を用いる場合に達成することができることが見出された。」と記載しているにもかかわらず、特許請求の範囲では一般式I中のXとして電気的に中性のn-C3H7が規定されている点を特許請求の範囲と明細書との不整合として指摘した上で、本件訂正発明のサポート要件を否定した。明細書中ではp型の液晶化合物及びそれを利用するディスプレイを想定していると判断される以上、妥当な判断といえる。
特許権者側として、訂正請求の段階で「正または負の誘電異方性を有する極性化合物」との記載を「正の誘電異方性を有する極性化合物」と訂正するか、又は権利化の段階で「正の誘電異方性を有する極性化合物」と「負の誘電異方性を有する極性化合物」に請求項を書き分けていれば少なくともp型の液晶化合物の態様については保護を維持することができたのではないであろうか。
出願時の明細書の作成の段階では、特許請求の範囲にp型及びn型の液晶化合物の両方を規定するのであれば、p型だけでなくn型の液晶化合物について実施形態及び実施例の充実を図ることが推奨される。
また、例えば本件のように「この目的は、末端極性基および末端CH3基を有する液晶化合物を用いる場合に達成することができることが見出された。」等のように記載して発明の特徴を端的に示そうとすることもある。場合にもよるが、当該記載と特許請求の範囲との整合性を考慮するとともに、「目的が達成される理由は定かでないものの、~と推測される。」等のような非限定的な記載ぶりとすることが望まれるであろう。課題の項のディスプレイ用途の記載にも同様のことが当てはまる。
以上
(担当弁理士:藤井 康輔)