IP case studies判例研究

平成29年(行ケ)第10180号「登記識別情報保護シール」事件

名称:「登記識別情報保護シール」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29年(行ケ)第10180号 判決日:平成30年3月28日
判決:審決取消
特許法29条第2項
キーワード:進歩性、周知の課題、動機付け
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/679/087679_hanrei.pdf
[概要]
本件課題は、本件原出願日前に、当業者において周知の課題であり、主引用発明に副引用発明を適用する動機付けがあるとして、特許を維持した審決の相違点の想到容易性の判断に誤りがあると判断された事例。
[事件の経緯]
被告は、特許第6035579号(本件特許)の特許権者である。
原告が、本件特許の請求項1~4に係る発明についての特許無効審判(無効2017-800009号)を請求したところ、特許庁が、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。
[本件発明1]
登記識別情報通知書の登記識別情報が記載されている部分に貼り付けて登記識別情報を隠蔽・保護するための、一度剥がすと再度貼り直しできない登記識別情報保護シールであって、前記登記識別情報保護シールを構成する粘着剤層の少なくとも前記登記識別情報に接触する部分には前記登記識別情報通知書に粘着しない非粘着領域を有することを特徴とする登記識別情報保護シール。
[審決が認定した相違点]
本件発明1は、「粘着剤層の少なくとも登記識別情報に接触する部分には登記識別情報通知書に粘着しない非粘着領域を有する」のに対し、甲1発明は、そのようなものではない点。
[審決の判断]
登記識別情報保護シールにおいて、登記識別情報保護シールを登記識別情報通知書に何度も貼り付け、剥離を繰り返すと、粘着剤層が多数積層して、登記識別情報が読み取れにくくなるという課題は、上記のとおり、周知の課題であるから、甲第1号証発明において、内在する自明の課題といえるが、甲第1号証発明には、当該課題を解決するための手段は示されていない。
・・・(略)・・・
甲3文献には,本件課題は記載も示唆もされていない。また,甲3発明は,例えば,採血,検尿等に使用される検体用容器等に使用するもので,ラベルに貼着された封緘シールを剥離除去して,ラベルの記録面に記載された秘密情報を読み取るものであって,再度,当該ラベルに新たな封緘シールを貼着して使用することは想定していない。したがって,甲3発明において,封緘シールをラベルに何度も貼り付け,剥離することを繰り返すと,粘着剤の層が多数積層して,ラベルの記録面に記載された秘密情報が読み取れにくくなるといった課題が,自明であるとはいえない。
・・・(略)・・・
したがって,甲1発明に甲3発明を適用する動機付けはない。
[争点]
甲1発明に甲3発明を適用することに動機付けがあるか。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『イ 甲1発明に甲3発明を適用する動機付け
登記識別情報保護シールを登記識別情報通知書に何度も貼り付け、剥離することを繰り返すと、粘着剤層が多数積層して、登記識別情報を読み取りにくくなるという登記識別情報保護シールにおける本件課題は、登記識別情報保護シールを登記識別情報通知書に何度も貼り付け、剥離することを繰り返すと必然的に生じるものであって、登記識別情報保護シールの需要者には当然に認識されていたと考えられる(甲15)。現に、本件原出願日の5年以上前である平成21年9月30日には、登記識別情報保護シールの需要者である司法書士に認識されていたものと認められる(甲26の3)。そして、登記識別情報保護シールの製造・販売業者は、需要者の要求に応じた製品を開発しようとするから、本件課題は、本件原出願日前に、当業者において周知の課題であったといえる。
そうすると、本件課題に直面した登記識別情報保護シールの技術分野における当業者は、粘着剤層の下の文字(登記識別情報)が見えにくくならないようにするために、粘着剤層が登記識別情報の上に付着することがないように工夫するものと認められる。甲3発明は、秘密情報に対応する部分には実質的に粘着剤が設けられていないものであり、甲3発明と甲1発明は、秘密情報保護シールであるという技術分野が共通し、一度剥がすと再度貼ることはできないようにして、秘密情報の漏洩があったことを感知するという点でも共通する。したがって、甲1発明に甲3発明を適用する動機付けがあるといえる。
甲1発明に甲3発明を適用すると、粘着剤層が登記識別情報の上に付着することがなくなり、本件課題が解決される。したがって、甲1発明において、甲3発明を適用し、相違点に係る構成とすることは、当業者が容易に想到するものと認められる。
ウ 被告の主張について
(ア) 被告は、甲3発明には、シールを何度も貼り付け、剥離することを繰り返すという課題は存在せず、その使用目的から容器又はシールを使い回すことは倫理上許されないから本件課題とは矛盾し、阻害要因がある、と主張する。
しかし、甲3発明のシールは何度も貼り付け、剥離することを予定されていないとしても、一度剥がした後に新たなシールを貼付することは可能である。また、甲3発明が、医療、保健衛生分野において使用される検体用容器等に使用される場合には、何度も貼り付け、剥離することはないのは、検体用容器等の用途がそのようなものであるからであって、甲3発明自体の作用、機能に基づくものではなく、甲3発明は保健、衛生分野に限って使用されるものではないから、甲1発明と組み合わせるのに阻害要因があるとはいえない。したがって、被告の主張には、理由がない。』
[コメント]
審決は、本件課題が周知であると認めながらも、甲3発明では本件課題が自明でないとして、甲1発明に甲3発明を適用する動機付けを否定した。これに対し、本判決は、当業者であれば周知の課題を解決できるように工夫をするから、秘密情報部分に粘着剤が設けられておらず、技術分野が共通している甲3発明を適用する動機付けがあったと判断した。
一見すると、甲3発明には、本件課題が存在しないように見受けられるが、それは検体用容器(実施形態の一例)という用途に因るものと判断された。たらればの話になるが、用途や倫理の観点ではなく、甲3発明の作用や機能の観点から、本件課題が存在しない点を説明することができていれば、また違った展開になっていたかもしれない。
以上
(担当弁理士:椚田 泰司)

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