IP case studies判例研究

平成27年(行ウ)第627号「サービス獲得方法、その装置」事件

名称:「サービス獲得方法、その装置」事件
手続却下処分取消等請求事件
東京地方裁判所:平成27年(行ウ)第627号 判決日:平成28年7月19日
判決:請求棄却
特許法184条の4第4項
キーワード:正当な理由
[概要]
国内書面提出期間内に翻訳文提出手続を行うことができなかったことについて、特許事務所が期間徒過を回避するために相応の措置を講じていたとはいえないとして、特許法184条の4第4項所定の「正当な理由」があったとは認められないとされた事例。
[事件の経緯]
原告は、本件特許事務所の弁理士を代理人として、特許庁長官に対し、国内書面及び明細書等翻訳文を提出し、併せて、国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出できなかったことについて「正当な理由」があったこと等を主張する回復理由書を提出したところ、特許庁長官が却下処分をした。原告は、同却下処分について、行政不服審査法による異議申立てをしたが、特許庁長官は、同異議申立てには理由がないとしてこれを棄却する決定をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
しかし、東京地方裁判所は原告の請求を棄却した。
[争点]
本件の争点は、原告が国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出できなかったことにつき、特許法184条の4第4項所定の「正当な理由」があるか否かである。
[原告の主張](筆者にて適宜抜粋)
『(1)「正当な理由」の解釈について
特許法における期間徒過については、平成23年改正及び平成27年改正により、救済の範囲をより広げる方向へと改正されているから、こうした改正の経緯に照らせば、「正当な理由」は、より広い範囲で権利回復が可能となるよう極力緩和して解すべきである。そして、「正当な理由」の文言を導入する契機となった特許法条約12条1項の“Due Care”の国際的な解釈によれば、「正当な理由」は、①期間徒過が生じる前に、状況に応じたしかるべき措置を講じていたこと、及び②同措置の下で、予見・回避し得なかった期間徒過が生じたことで足りると解される。
これに対し、特許庁が平成24年3月に策定・公表した「期間徒過後の手続に関する救済規定に係るガイドライン【四法共通】」(以下「本件ガイドライン」という。)は、後知恵による判断を許容・促進するもので、実質的に救済を許さない判断枠組みであるから妥当でない。
(2)本件特許事務所が、期間徒過が生じる前に、状況に応じたしかるべき措置を講じていたこと
本件特許事務所は、コントロールし得る範囲内で合理的に採り得る種々の対策を採り、問題のない期間管理システムを運用するとともに、状況に応じたしかるべき措置を講じていた。
(3)上記(2)の措置の下で、本件特許事務所が予見・回避し得なかった期間徒過が生じたこと
本件特許事務所は、上記(2)のとおり、コントロールし得る範囲内で合理的に採り得る種々の対策を採り、問題のない期間管理システムを構築した。それにもかかわらず、次のとおり、偶発的な間違いが発生したのであるから、本件特許事務所がしかるべき措置を講じていたにもかかわらず、当該措置の下で予期・回避し得なかった期間徒過が発生したといえる。
ア 平成25年4月2日午後2時ころからメールプロバイダ内部の機器の故障によるメールサーバーの障害が発生し、本件特許事務所において、約半日にわたって電子メールの送受信ができなくなった。本件特許事務所においてこのような通信障害は発生したことがなく、予測できなかったため、事前に他の班から受信班への応援を仰ぐような措置を講ずることはできず、翌日である同月3日の受信処理も通常の人的態勢で行わざるを得なかった。
イ 原告から大韓民国特許庁に対する出願手続を受任したY.P.Lee、Mock&Partners(以下「本件韓国事務所」という。)は、平成25年4月3日午前11時39分、本件特許事務所に対し、本件国際出願に基づく我が国への国内移行を依頼する旨の電子メール(以下「本件メール」という。)を送信した。本件特許事務所のALPは、同日、本件メールを他の電子メールと共に受信し、同日午後1時31分、本件韓国事務所に本件メールを受領した旨を電子メールで通知した。
ウ 本件特許事務所は、平成25年6月27日午後5時46分、本件韓国事務所から、本件国際出願に基づく国内移行日及び出願番号を問い合わせる電子メールを受信した。本件特許事務所は、同電子メールを受けて調査した結果、本件各手続を行わないまま国内書面提出期間を徒過してしまったこと(以下「本件期間徒過」という。)を認識し、同月28日午後3時59分、本件韓国代理人に対し、本件期間徒過を認識した旨を報告する電子メールを送信した。
エ 本件特許事務所は、本件期間徒過を認識した後、本件特許事務所の内部ネットワーク上のフォルダを精査し、その結果、平成25年4月3日の日付フォルダ直下の「新件午後」フォルダの直下にある「確認済」フォルダ内に本件メールが存在せず、他方、同日の日付フォルダ直下にある「印刷済み」フォルダ内に本件メールが存在することが判明した。
オ 本件期間徒過の原因は、受信第1担当者が本件メールの受信作業を行った際、本件メールを、本来格納すべき日付フォルダ直下の「新件午後」フォルダではなく、同日の日付フォルダ直下にある「印刷済み」フォルダに格納してしまったためであると推測される。
当該受信第1担当者は、本件期間徒過以外には支障なく受信班の業務を遂行しており、能力的には何ら問題がなかったが、本件特許事務所のコントロールし得ないところで発生したメールサーバーの障害によって精神的負担が増して混乱をきたしていたことや当日の午前中における大量の事務作業による極度の緊張から解放された安ど感等によって、本件メールの移動処理を誤ったのである。このような状況下では、こうしたミスの発生を回避することはできなかったし、また、通信機器の不良が回線のどこで発生するかは予測し得ず、事前にあらゆる機器の状態を把握して不良の発生を防止することも事実上不可能であった。
(4)以上によれば、原告が国内書面提出期間内に本件翻訳文提出手続を行うことができなかったことについて正当な理由がある。』
[被告の主張](筆者にて適宜抜粋)
『(1)我が国は、特許法184条の4第4項の「正当の理由」について、個別の事案における様々な事情を配慮しつつ柔軟な救済を図ることができるよう、特許法条約12条の「Due Care」と同様の考え方を採用したものである。そして、特許庁は、「正当な理由」の内容や判断の指針及び手続を例示した本件ガイドラインを定め、本件ガイドラインに従って、出願人等が手続をするために講じた措置が、状況に応じて必要とされるしかるべき措置、すなわち、相応の措置であったといえるにもかかわらず、何らかの理由により期間徒過に至ったときには、「正当な理由」があるものと認められるとする統一的な処理を行っているのであって、このような本件ガイドラインの判断基準は、「正当な理由」の解釈として何ら不合理なものではない。
そして、明細書等翻訳文の提出期限(国内書面提出期間)は、出願人等の権利の得喪に関わる重要な事項であり、出願人等や当該国際特許出願の国内移行手続を受任した代理人は、明細書等翻訳文の提出期限を徒過しないよう細心の注意を払うことが要求されるのであるから、「正当な理由」があると認められるためには、出願人等や代理人において、かかる注意義務を負うことを前提に、期間徒過を回避するための相応の措置を講じていたと認められることが必要と解される。また、代理人が補助者を使用して業務を行う場合には、①補助者として業務の遂行に適任な者を選任し、②補助者に対し的確な指導及び指示をし、③補助者に対し十分な管理・監督を行った場合にのみ、期間徒過の原因となった事象の発生前に講じた措置が相応の措置であったと判断すべきである。
(2)本件特許事務所においては、受信第1担当者が、受信メールをALPの共有端末から日付フォルダ直下の「新件午後」フォルダへ手動により移動させる場合、人為的ミスによって受信メールが誤って別フォルダに移動してしまう可能性がある。このことは、通常の注意力を有する者であれば予見可能であり、かつ、原告の主張を前提とすれば、本件特許事務所では、新規出願の場合、受信第1担当者が出願班のスタッフに電子メールのプリントアウトを渡すことにより初めてシステムに必要なデータが入力され、期間管理等が可能になるのであるから、本件特許事務所においては、こうした事態を回避するための対応策を構築すべきであった。
しかるに、本件特許事務所は、ALPの共有端末で所定の時間帯ごとに受信した全ての電子メールが、受信第1担当者によって日付フォルダ直下の「新件午後」フォルダへ全て移動されたか否かにつき、何ら確認する態勢を採っていない。
したがって、本件特許事務所において、人為的ミスによる事象の発生を回避する措置を講じていたと判断することはできず、相応の措置が講じられていたということはできない。』
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『2 特許法184条の4第4項所定の「正当な理由」の有無について
上記1の業務管理体制及び受信メールの処理手順の定めを前提に、原告が本件国内書面提出期間内に翻訳文提出手続を行わなかったことにつき「正当な理由」があるか検討する。
(1) 原告は、本件期間徒過の直接の原因につき、本件特許事務所において受信班の受信第1担当者が、本件メールを、日付フォルダ直下の「新件午後」フォルダへ移動すべきところ、誤って日付フォルダ直下の「印刷済み」フォルダに移動したためであるとしつつ、同ミスを回避することはできなかった旨主張し、本件特許事務所の従業員が作成した陳述書にも同様の記載がある。
そこで検討するに、上記1(2)で認定した受信処理の手順の定めによれば、ALPの共有端末から本件特許事務所内のネットワーク上への受信メールの移動は、受信班のスタッフが手作業で行うのであるから、移動先のフォルダを誤るミスが生じ得ることは容易に予想される。それにもかかわらず、本件特許事務所においては、受信第1担当者が、ALPの共有端末から本件特許事務所内のネットワーク上の日付フォルダ直下の「新件午後」フォルダ直下に全ての受信メールを移動したことについて、何らこれを確認する態勢を採っていなかったのであって(上記1(2)イ)、その結果、本件期間徒過に至ったものである。
また、上記1(2)イの手順の定めによれば、まず、受信第1担当者が受信メールの件数をカウントし、受信第2担当者においてそれが正しいことを確認した上で(上記1(2)ア)、その後、印刷担当者が「新件午後」フォルダ直下にある受信メールを印刷し、これを「新件午後」フォルダ直下の「印刷済み」フォルダに移動した後、受信第1担当者が受信メールの印刷物の件数及び内容と受信メールの件数及び内容とを確認する作業を行うのであるから(1(2)ウ、エ)、受信第1担当者が定められた手順どおりに受信メールの印刷物の件数と受信メールの件数とを対照していれば、本件メールが印刷されておらず、その受信処理においてミスがあったことは容易に判明したはずである。このように、本件期間徒過の原因についての原告の主張を前提とすると、本件特許事務所は、受信第1担当者による受信メールの移動ミスに気付くことができたはずの機会があったにもかかわらず、これを看過したこととなるのであって、本件特許事務所において上記1(2)の手順の定めが遵守されていたのかについても疑問がある。
以上によれば、本件期間徒過について「正当な理由」があったとはいえない。』
[コメント]
特許事務所においては、通常、補助者(事務員)を使用して業務を行っているが、このような状況において、補助者の行為に起因して期間徒過が発生する可能性がある。この場合、期間徒過の原因となった事象の発生前に講じた措置が相応の措置といえるか否かについては、補助者を使用する特許事務所が以下のaからcの要件を満たしているか否かによって判断される(参考:期間徒過の手続に関する救済規定に係るガイドライン)。
a 補助者として業務の遂行に適任な者を選任していること
b 補助者に対し的確な指導及び指示を行っていること
c 補助者に対し十分な管理・監督を行っていること
本件においては、電子メールの受信に関して、チェック態勢が採られておらず、bとcの要件を満たしていないと判断された。特許事務所は、業務・管理システムの中で起こり得る人為的ミスを常に検討し、事前に十分な対策を講じておく必要がある。
以上
(担当弁理士:福井 賢一)

平成27年(行ウ)第627号「サービス獲得方法、その装置」事件

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