IP case studies判例研究

平成26年(ネ)第10126号「伝送レイテンシ(遅延時間)を縮小する方法等に関する職務発明対価請求」事件

名称:「伝送レイテンシ(遅延時間)を縮小する方法等に関する職務発明対価請求」事件
職務発明対価請求控訴事件
知的財産高等裁判所第 2 部:平成26年(ネ)第10126号 判決日:平成27年7月30日
判決:控訴棄却
特許法35条3項、特許法35条4項、特許法35条5項
キーワード:職務発明、相当の対価、不合理、独占的利益
[概要]
本件は,被控訴人の従業者であった控訴人が,被控訴人に対し,職務発明である証券取引所コ
ンピュータに対する電子注文の際の伝送レイテンシ(遅延時間)を縮小する方法等に関する発明
について特許を受ける権利を被控訴人に承継させたことにつき,特許法35条3項(5項適用)
に基づき,相当対価286億9190万5621円の内金2億円等の支払を求めた事案。
[原審の判断(平成25年(ワ)第6158号 職務発明対価請求事件)]
原判決は,①本件発明について,被控訴人発明規程の定めにより対価を支払うことが不合理と
認められるとして,特許法35条3項及び5項による相当対価の請求の可否を検討することとし
たが,②本件発明(米国特許商標庁審査官から新規性欠如の拒絶理由を通知され,出願が放棄さ
れている。)に基づく独占的利益は生じていないから,相当対価の支払を請求することはできな
いとして,原告の請求を棄却した。
[前提となる事実(原審より抜粋、原告が控訴人:X、被告が被控訴人:野村證券)]
(4) 本件米国出願の経緯
米国特許商標庁の審査官は,本件米国出願について,…米国特許法102条(b)項…に基づき
拒絶すべきである旨のオフィスアクションを通知した。これに対して出願人ら…は,応答書にお
いて,…最終オフィスアクションにおいても,本件米国出願は拒絶すべきものであるとの見解を
変えなかった。これに対して,被告及び被告のグループ会社…らが…応答期限までに応答しなか
ったことから,…本件米国出願は放棄され,本件米国出願については特許権を取得できないこと
が確定するとともに…,米国以外の国においても特許権を取得できないことが確定した(なお,
米国特許法122条(b)(2)(B)(i)の非公開申請をする際,出願人は,公開制度を有する外国で対
応特許が将来的に出願されないことの証明書を添付する必要がある。)。
(5) 被告の職務発明に関する規程の定め
別紙参照。
[争点]
争点1:被控訴人発明規程の定めにより相当の対価を支払うことの不合理性
争点2:独占的利益の有無
[裁判所の判断]
(争点1) 不合理性の有無について
ア 協議の状況
控訴人が被控訴人に入社した際又はその後に,被控訴人が,被控訴人発明規程に関して,控訴
人と個別に協議を行ったり,その存在や内容を控訴人に説明の上,了承等を得たことがあったと
は認められない。また,平成20年4月1日後の被控訴人発明規程1の改正に際して,被控訴人
が,控訴人を含む被控訴人の従業者らと協議を行ったことがあったとも認められない。
被控訴人は,控訴人を特定社員へ転換する際の書面(甲2)に,被控訴人の規程・制度等を確
認することを求める記載があり,控訴人がこれに署名して特定社員になっているから,協議はあ
った旨を主張する。しかしながら,単に,被控訴人発明規程を確認することを求めただけでは,
「協議」があったとはいえない。
イ 開示の状況
被控訴人発明規程1は,被控訴人社内のイントラネットを通じて被控訴人の従業者らに開示さ
れており,控訴人もその内容を確認することができた(甲2,4,乙8,9)。一方,被控訴人
発明規程2が従業者らに開示されていたとは認められず,控訴人が本件発明に係る特許を受ける
権利を被控訴人に承継させる前に,控訴人に個別に開示されたことがあったとも認められない。
被控訴人は,被控訴人発明規程1の5条3項に報奨金が支払われる場合が開示され,その額に
ついては別に定められていることが明記されているから,控訴人は被控訴人発明規程2の存在を
知ることができた旨を主張する。
しかしながら,被控訴人発明規程1の5条3項は,「報奨金の額,支払方法等については,別
途定める手続きにより決定するものとする。」と定めているのであるから(甲4),この条項か
ら,被控訴人発明規程2が別途存在するとは直ちに推知し得ない。
ウ 意見の聴取の状況
従業者等に対し意見を陳述する機会を付与すれば足りるところ,被控訴人発明規程は,意見聴
取,不服申立て等の手続は定めておらず,また,被控訴人が個別に控訴人に対して意見陳述の機
会を付与したことは認められない。
オ 検討
そこで,検討するに,上記イからエまでの認定によれば,被控訴人発明規程は,控訴人を含む
被控訴人の従業者らの意見が反映されて策定された形跡はなく,対価の額等について具体的な定
めがある被控訴人発明規程2に至っては,控訴人を含む従業者らは事前にこれを知らず,相当対
価の算定に当たって,控訴人の意見を斟酌する機会もなかったといえる。そうであれば,被控訴
人発明規程に従って本件発明の承継の対価を算定することは,何ら自らの実質的関与のないまま
に相当対価の算定がされることに帰するのであるから,特許法35条4項の趣旨を大きく逸脱す
るものである。そうすると,算定の結果の当否を問うまでもなく,被控訴人発明規程に基づいて
本件発明に対して相当対価を支払わないとしたことは,不合理であると認められる。
(争点 2) 独占的利益の有無について
使用者等は,職務発明について無償の法定通常実施権を有するから(特許法35条1項),相
当対価の算定の基礎となる使用者等が受けるべき利益の額は,特許権を受ける権利を承継したこ
とにより,他者を排除し,使用者等のみが当該特許権に係る発明を実施できるという利益,すな
わち,独占的利益の額である。この独占的利益は,法律上のものに限らず,事実上のものも含ま
れるから,発明が特許権として成立しておらず,営業秘密又はノウハウとして保持されている場
合であっても,生じ得る。
しかしながら,前記1のとおり,本件発明は,本件システムにおいて実施されておらず,しか
も,本件システムそれ自体が,既に本件発明の代替技術といえる。のみならず,証拠(乙26,
28,30,32)及び弁論の全趣旨によれば,本件米国出願がされた平成22年8月の前後か
ら,①FPGAを実装することで既存の純粋なソフトウェアでは不可能なほど加速された低レイ
テンシの市場データ配信処理が可能になるとの論文(乙32)の公表(平成21年10月)…本
件米国出願の前後から本件審査期間を通じて,FPGAを実装することで格段に加速された低レ
イテンシの取引を実現できることを示唆又は開示する研究成果の公表等が相次いでいるといえ,
本件発明には,本件システム以外に多数の代替技術が存する(これら代替技術が既に実際の取引
に応用されているのかは,本件証拠上不明であるが,本件発明も,現時点で実施されていない点
でこれら代替技術と同様である。)。そうすると,本件発明が営業秘密として保持されていること
による独占的利益は,およそ観念し難い。以上によれば,本件発明に基づく独占的利益は生じて
おらず,かつ,将来的にも生ずる見込みはないというほかない。
以上のとおりであり,控訴人の本件請求は理由がない。
[コメント]
特許法35条4項の不合理性を実質的に判断した初めての裁判例であるため、本判決を取り上
げた。本判決でも、原審と同じく控訴人の控訴が棄却された。「協議」「基準の開示」「意見の聴
取」は,一般的に,適正な手続のための基本的要素であるところ,被控訴人発明規程は,そのい
ずれについても不十分であると認められたため,不合理と認められたのは妥当である。

平成26年(ネ)第10126号「伝送レイテンシ(遅延時間)を縮小する方法等に関する職務発明対価請求」事件

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