審決取消請求事件 » 令和2年(行ケ)第10135号「イソブチルGABAまたはその誘導体を含有する鎮痛剤」事件

名称:「イソブチルGABAまたはその誘導体を含有する鎮痛剤」事件
審決(無効・成立)取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和2年(行ケ)第10135号 判決日:令和4年3月7日
判決:請求棄却
特許法134条の2第9項において準用する同法126条5項
キーワード:新規事項の追加、訂正要件
判決文: https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/012/091012_hanrei.pdf

[概要]
医薬用途発明における具体的な医薬用途は「効果を奏すること」が、当業者によって、本件出願日当時の技術常識も考慮して、本件明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項として存在しなければならならず、ないことを示して、医薬用途を追加する訂正が、新規事項追加に該当するとして、訂正の要件を満たさないと判断した事例。

[本件訂正発明](下線は訂正箇所)
【請求項1】(訂正事項1)
式I

(式中、R1は炭素原子1~6個の直鎖状または分枝状アルキルであり、R2は水素またはメチルであり、R3は水素、メチルまたはカルボキシルである)の化合物またはその医薬的に許容される塩、ジアステレオマー、もしくはエナンチオマーを含有する、痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤。

【請求項2】(訂正事項2)
式I

(式中、R3およびR2はいずれも水素であり、R1は-(CH2)0-2-iC4H9である)の化合物の(R)、(S)、または(R、S)異性体を含有する、神経障害又は線維筋痛症による、痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤。

[主な争点]
1 本件訂正についての判断の誤り(取消事由1)
2 実施可能要件についての判断の誤り(取消事由2)
3 サポート要件についての判断の誤り(取消事由3)
※以下、取消事由1についてのみ記載する。

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『 1 取消事由1(本件訂正についての判断の誤り)について
(1) 訂正の要件(新規事項の追加)について
ア 原告は、本件化合物2につき神経障害や線維筋痛症による痛覚過敏や接触異痛の痛みに対して「効果を奏すること」を当業者が理解できるか否かは実施可能要件等の記載要件に係る判断において検討すべき事柄であるから、本件化合物2につき神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置に鎮痛剤として「有効であること」が記載されているに等しいと当業者が理解するとはいえないとして訂正事項2-2に係る本件訂正が新規事項の追加に当たると判断した本件審決は特許法134条の2第9項において準用する同法126条5項の適用を誤るものであると主張する。
イ 特許無効審判における訂正の請求は、「願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」しなければならず(特許法134条の2第9項において準用する同法126条5項)、同事項とは、当業者によって、明細書、特許請求の範囲又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり、訂正が、このようにして導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該訂正は、いわゆる新規事項の追加とならず、「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる(知財高裁平成18年(行ケ)第10563号同20年5月30日判決参照)。
しかるところ、本件発明2は、公知の物質である本件化合物2について鎮痛剤としての医薬用途を見出したとするいわゆる医薬用途発明であるところ、訂正事項2-2に係る本件訂正は、「請求項1記載の(鎮痛剤)」とあるのを「神経障害又は線維筋痛症による、痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における(鎮痛剤)」に訂正するというものであり、鎮痛剤としての用途を具体的に特定することを求めるものである。そして、「痛みの処置における鎮痛剤」が医薬用途発明たり得るためには、当該鎮痛剤が当該痛みの処置において有効であることが当然に求められるのであるから、訂正事項2-2に係る本件訂正が新規事項の追加に当たらないというためには、本件化合物2が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤として「効果を奏すること」が、当業者によって、本件出願日当時の技術常識も考慮して、本件明細書(本件訂正前の特許請求の範囲を含む。以下同じ。)又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項として存在しなければならないことになる。
ウ この点に関し、原告は、新規事項の追加に当たるか否かの判断においては、訂正事項が当業者によって明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項であるか否かが検討されれば足りることから、本件審決の判断には誤りがあると主張する。しかしながら、上記のとおりの本件発明2の内容及び訂正事項2-2の内容に照らせば、本件化合物2が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置に「効果を奏すること」が本件明細書又は図面の記載から導かれなければ、訂正事項2-2につき、これが当業者によって本件明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項であるとはいえない。したがって、原告の上記主張を前提にしても、訂正事項2-2に係る本件訂正が新規事項の追加に当たらないというためには、本件化合物2が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤として「効果を奏すること」が本件明細書又は図面に記載されているか、記載されているに等しいと当業者が理解するといえなければならないというべきである。
エ したがって、訂正事項2-2に係る本件訂正が新規事項の追加に当たらないというためには、本件化合物2が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤として「効果を奏すること」が本件明細書に記載されているか、記載されているに等しいと当業者が理解するといえなければならないというべきであるとした本件審決(なお、本件審決は、本件訂正の許否の判断において、本件明細書に加えて図面の記載についても検討しており、本件審決のいう「明細書」は図面を含む趣旨と解される。)は、特許法134条の2第9項において準用する同法126条5項の適用を誤るものではない。』

[コメント]
医薬用途発明において、医薬用途の有用性を薬理データ等により具体的に示すべきとの争点は、これまでに実施可能要件の観点から種々の裁判例において示されてきた。例えば、「脂質含有組成物およびその使用方法」事件(平成28年(行ケ)第10216号)や、「抗ウイルス剤」事件(平成27年(ワ)第23087号)では、医薬用途発明において実施可能要件を満たすものといえるためには、明細書の発明の詳細な説明が、その医薬を製造することができるだけでなく、出願時の技術常識に照らし、医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されている必要がある旨が判示されている。
本判決では、新規事項追加に関する訂正要件の観点から、本件特許発明の具体的な医薬用途に係る効果を奏することが、当業者によって、本件出願日当時の技術常識も考慮して、本件明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項として存在しなければならない、と判示された。
なお、明細書等での記載は、当該用途を一行記載するなど、一般的に記載するだけでは不十分である旨の指摘もなされている。
審査や審判審理において、引用文献との相違点を明確にする目的等のため、医薬用途をより具体的に限定することがある。この場合に当該具体的な用途において効果を奏することを、実施例における評価系及びその結果、更には出願日当時の技術常識等を考慮することにより説明できるように留意する必要がある。
また、出願前の検討においては、将来的な実施時の効能・効果の記載や、アピールされ得る効果等との摺り合わせを綿密に行った後、請求項で特定する用途、及び、明細書にて記載しておくべき用途が決定される。このような具体的な用途に係る効果が、実施例にて用いる評価系で十分に説明できることを、実施可能要件の観点だけでなく、新規事項追加の観点からも確認することが重要となる。
本判決では、多数の技術常識を示す資料も参照しつつ、実施例に記載された評価系と具体的な用途との関連性を主張しようと試みているが、技術常識を示す資料だけでは、一貫性のある主張になりにくい場合がある。
よって、例えば、一つの評価系では、将来的な落とし所となり得る用途に係る効果を十分に説明できないと考えられる場合には、技術常識を示す資料だけに頼らず、補助的な評価系を組み合わせたり、より直接的に評価できる評価系を探索した上で、出願に備えていくことが必要となる。
以上
(担当弁理士:春名真徳)