IP case studies判例研究

令和3年(行ケ)第10080号「図柄表示媒体」事件

名称:「図柄表示媒体」事件
審決(無効・不成立)取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和3年(行ケ)第10080号 判決日:令和4年5月11日
判決:審決取消
特許法29条2項
キーワード:本件発明の認定、周知技術
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/172/091172_hanrei.pdf
[概要]
審決で認定した一致点及び相違点は誤りであり、当業者は引用発明及び周知技術に基づいて本件発明の構成に容易に想到し得たという理由により、本件発明の進歩性を肯定した審決が取り消された事例。
[特許請求の範囲]
【請求項1】
入射光をそのまま光源方向へ再帰反射する黒色の再帰反射材と、
前記再帰反射材の表面に印刷により形成された図柄からなる透光性の印刷層と、
を備えることを特徴とする図柄表示媒体。
[審決]
1 本件発明と甲4発明との対比
(一致点1)
「入射光をそのまま光源方向へ再帰反射する黒色の再帰反射材と、前記反射材の表面に印刷により形成された印刷層を備えることを特徴とする表示媒体」
(相違点1)
印刷層に関して、本件発明が「印刷により形成された図柄からなる透光性の印刷層」を備えるものであるのに対して、甲4発明は「溶剤インクジェット印刷を施すことにより形成された印刷層」である点
2 相違点1の判断(筆者にて下線)
甲4発明において、通常の照明下では視認し難く、通常の(ママ)照明下で現れる印刷層を実現する「黒色の再帰反射フィルムに透光性の印刷層を形成する」という組み合わせを導き出せるものではなく、甲5の1・・・(略)・・・及び甲11によっても黒色の再帰反射フィルムに透光性印刷層を備えるものが開示されていたということはできないことから、本件発明は、甲4発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。
[主な争点]
取消事由1-1(甲4発明の認定の誤り)について
取消事由1-2(一致点及び相違点の認定の誤り)について
取消事由1-3(相違点についての判断の誤り)について
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『2 取消事由1-1(甲4発明の認定の誤り)について
(1) 甲4(前掲)の記載等
ア 甲4は、米国FLEXcon社が発行・頒布したカタログである。
・・・(略)・・・
(3)上記(1)イ及びウの「Reflective…Film」との用語に加え、上記(1)エ及び(2)のとおり通常光下では黒色であった商品サンプルがフラッシュ光下では肌色様に見えることや弁論の全趣旨も併せ考慮すると、甲4に貼付された黒色の商品サンプルは、「黒色の再帰反射フィルム」であると認めるのが相当である
また、上記(1)ウの「従来の印刷手法に加え、溶剤及びUVインクジェットに対応しています」との記載は、甲4の黒色の再帰反射フィルムに溶剤インクジェット印刷を施すことが可能であることを意味するものと解され、溶剤インクジェット印刷が施されれば、黒色の再帰反射フィルムの上に印刷層が形成されることは明らかであるから、甲4には「溶剤インクジェット印刷を施すことにより印刷層を形成することができる黒色の再帰反射フィルム」が記載されているといえる
(4)そこで進んで、甲4に「溶剤インクジェット印刷を施すことにより透光性の印刷層を形成することができる黒色の再帰反射フィルム」が記載されているかにつき検討する。
ア 上記(1)ウのとおり、印刷層の形成に関し、甲4には「従来の印刷手法に加え、溶剤及びUVインクジェットに対応しています」との記載があるのみであり、溶剤インクジェット印刷が非透光性のインクを用いたものに限られるとの記載又は示唆はみられない。
イ ここで、溶剤インクジェット印刷の意義等に関し、下記の各証拠には、それぞれ次の記載がある
・・・(略)・・・
ウ 上記イによれば、本件出願日当時、溶剤インクジェット印刷においては、透光性(透明性)を有するCMYのインクが広く用いられていたものと認められるから、仮に、本件出願日当時、溶剤インクジェット印刷において非透光性のインクが用いられることがあったとしても、溶剤インクジェット印刷に対応しており、かつ、前記アのとおり、溶剤インクジェット印刷が非透光性のインクを用いたものに限られるとの記載も示唆もみられない甲4の記載に接した当業者は、甲4は透光性を有するインクを用いた溶剤インクジェット印刷に対応しているものと容易に理解したといえる
エ 以上によると、甲4には「溶剤インクジェット印刷を施すことにより透光性の印刷層を形成することができる黒色の再帰反射フィルム」が記載されていると認められるから、甲4発明は、そのように認定するのが相当である。これと異なる本件審決の認定は誤りである。』
『3 取消事由1-2(一致点及び相違点の認定の誤り)について
前記第2の2のとおりの本件発明と前記2のとおり認定した甲4発明とを対比すると、両者の一致点及び相違点は、次のとおりであると認められる(なお、被告も、甲4発明が前記2のとおりに認定されるのであれば、本件発明と甲4発明の一致点及び相違点が次のとおりとなることを争うものではない。)。これと異なる本件審決の認定は誤りであり、取消事由1-2は理由がある。
(一致点1’)
「入射光をそのまま光源方向へ再帰反射する黒色の再帰反射材を備え、前記再帰反射材の表面に印刷により形成された透光性の印刷層を備えることができる表示媒体」
(相違点1’)
印刷層に関し、本件発明が「印刷により形成された図柄からなる透光性の印刷層」を備えるのに対し、甲4発明は、透光性の印刷層を備えることはできるものの、図柄の印刷を実際に施して「図柄からなる透光性の印刷層」を形成していない点
4 取消事由1-3(相違点についての判断の誤り)について
(1)印刷により形成された透光性の印刷層を形成することについて
前記2において認定したとおり、甲4発明は、「溶剤インクジェット印刷を施すことにより透光性の印刷層を形成することができる黒色の再帰反射フィルム」であるから、溶剤インクジェット印刷を施すことにより甲4発明に透光性の印刷層を形成することは、甲4発明において普通に想定されていた事柄であるといえる。したがって、本件出願日当時の当業者は、甲4発明自体から、これに溶剤インクジェット印刷を施すことにより透光性の印刷層を形成するとの構成に容易に想到し得たものと認めるのが相当である。
この点に関し、被告は、黒色の再帰反射材の上に透光性の印刷層を設けることは甲4発明の目的に反すると主張するが、前記2(4)オにおいて説示したとおりであるから、これを採用することはできない。
(2) 図柄からなる印刷層を形成することについて
ア 前記2(1)のとおりの甲4の記載によれば、甲4発明は、図柄からなる印刷層を形成することを想定していると認めることができる。
イ さらに、下記の各証拠には、それぞれ次の記載等がある。
・・・(略)・・・
ウ 上記イによると、黒色の再帰反射フィルムに文字、図柄等からなる印刷層を形成することは、本件出願日当時の周知技術であったと認められる。以上に加え、上記アのとおり甲4発明自体が図柄からなる印刷層を形成することを想定していることも併せ考慮すると、本件出願日当時の当業者は、甲4発明及び上記周知技術に基づいて、甲4発明に図柄からなる印刷層を形成するとの構成に容易に想到し得たものと認めるのが相当である。』
[コメント]
審決では、甲4発明において、黒色の再帰反射フィルムに透光性の印刷層を形成するという組み合わせを導き出せるものではなく、各証拠によっても黒色の再帰反射フィルムに透光性印刷層を備えるものが開示されていたということはできないことから、本件発明は、甲4発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということはできないと判断したことに対して、本判決では、甲4発明自体が図柄からなる印刷層を形成することを想定していることも併せ考慮すると、本件出願日当時の当業者は、甲4発明及び上記周知技術に基づいて、甲4発明に図柄からなる印刷層を形成するとの構成に容易に想到し得たものと認めるのが相当であると判断した。
本件において、進歩性を肯定した審決が取り消されたのは、新たな各証拠により、出願時の技術常識が参酌され、また周知技術が認定されたことによるものであり、妥当な判断であると考えられる。

以上
(担当弁理士:片岡 慎吾)

令和3年(行ケ)第10080号「図柄表示媒体」事件

PDFは
こちら

Contactお問合せ

メールでのお問合せ

お電話でのお問合せ