審決取消請求事件 » 令和2年(行ケ)第10043号「架橋アクリル系樹脂粒子及びその製造方法、樹脂組成物並びに包装物品」事件

名称:「架橋アクリル系樹脂粒子及びその製造方法、樹脂組成物並びに包装物品」事件
特許取消決定取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和2年(行ケ)第10043号 判決日:令和3年3月30日
判決:決定取消
特許法29条2項
キーワード:進歩性、相違点の容易想到性、課題
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/217/090217_hanrei.pdf

[概要]
 本件発明の粒子中の揮発分による表面ムラ発生や塗膜表面の傷付き性低下との課題や課題解決のための加熱減量の低減との構成が本件優先日当時、当業者に知られていたと認めることはできないし他の動機付けとなる証拠もないとして、当該構成は容易想到とした決定が取り消された事例。

[事件の経緯]
 原告は、特許第第6313974号の特許権者である。
 当該特許について、4件の特許異議の申立てがされて併合審理(異議2018-700836号)したところ、特許庁は、原告の訂正請求を認めた上で、当該特許の一部を取り消す決定をしたため、原告は、特許庁長官を被告として、その取り消しを求めた。
 知財高裁は、原告の請求を認容し、決定を取り消した。

[本件発明]
【請求項1】
 メチルメタクリレート、エチルメタクリレート、プロピルメタクリレート、n-ブチルメタクリレート、イソブチルメタクリレート、及びt-ブチルメタクリレートよりなる群から選択される少なくとも一種を含むアクリル系モノマー(アクリル酸及びメタクリル酸を除く)を含む原料モノマーの重合体であるアクリル系樹脂(粘着剤を除く)を含み、120℃で1.5時間加熱後の残存モノマー及び水分を含む揮発分の揮発による加熱減量が1.5%以下であり、体積平均粒径の2倍以上の粒径を有する大径粒子の含有量が1.0体積%以下であり、体積平均粒径が3~50μmであり、分級されたものであって、バインダー樹脂及び粘度を調整するための溶媒(水を除く)と共に樹脂組成物を構成し、上記樹脂組成物から形成される塗膜表面に凹凸を形成することを特徴とする架橋アクリル系樹脂粒子。

[決定の理由]
 合成樹脂粒子の技術分野において、樹脂粒子中に存在する水分、残存モノマー、溶媒などの揮発分を低減化せしめることは一般的な共通課題であるので、引用発明c-1において、その低減化方法はさておき、粒子中に存在する水分又は残存モノマーなどの加熱減量の上限値を、例えば1.5重量%以下に規定する程度のことは、当業者が適宜なし得ることである。

[争点]
 進歩性欠如の判断の違法性の有無(相違点に係る容易想到性の判断の当否)

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『被告は、本件発明の加熱減量の上限値である1.5%は臨界的意義を有しないと主張する。
 しかし、本件明細書の【表1】によると、本件発明1の加熱減量の上限値1.5%を超える比較例1(加熱減量1.8%)、比較例2(加熱減量2.2%)、比較例4(加熱減量1.56%)は、いずれも塗膜の表面性の評価が「C」となっているから、加熱減量の上限値1.5%は、本件発明の臨界的意義を有していると認められる。この点に関する被告の主張は採用することはできない。』

『(3) 引用発明c-1は、粒子径分布が好適範囲に管理されていても、平均粒子径から大きく逸脱する粗大粒子が存在する場合には、表示品位の低下や、光学フィルムに欠点が生じる(段落[0005])ため、好適な粒子径を逸脱する粗大な粒子の含有量が低レベルに低減された微粒子、及び、このような微粒子の製造方法、並びにこの微粒子を含む樹脂組成物を提供するものであり(段落[0006])、湿式分級と乾式分級とを組み合わせた方法により処理することで、粒径の好適範囲から逸脱する粗大粒子や微小粒子を一層効率よく低減するものである(段落〔0009〕)。
 本件発明は、前記(1)アのとおり、架橋アクリル酸系樹脂粒子の揮発分が塗膜表面にムラなどを生じさせる結果、塗膜表面の傷付き性能の低下が生じてしまうことを解決することを課題としているところ、甲2-3には、このような本件発明の課題は現れていない。
 また、前記(2)によると、合成樹脂粒子の製造については、水分量を低減させ、残存モノマーを低減させることにより、その品質を向上させることが知られていたことは認められるが、前記(2)の各証拠から、本件発明のように、粒子中の揮発分が表面ムラの発生や、塗膜表面の傷付き性低下などを生じさせていたこと(本件明細書の段落【0005】)という課題や、この課題を解決するために、加熱減量を減ずるという構成を採用することが、本件優先日当時、当業者に知られていたと認めることはできないし、まして、本件発明の「加熱減量の上限値1.5%」が当業者に知られていたと認めることはできない。
 そして、他に、上記の点について動機付けとなる証拠が存するとは認められないから、甲2-3によって、相違点c-1を容易に想到することができたと認めることはできず、本件発明1は、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
 被告は、合成樹脂粒子の技術分野において、粒子の残存モノマー、水分などの揮発分が存在することに起因して、何らかの問題が発生する場合に、当該揮発分の量を一定量以下に低減化させることは、一般的な共通課題であるから、本件発明1は、引用発明c-1から容易想到であると主張するが、被告の上記主張を採用することができる証拠がないことは、既に説示したところから明らかである。
 (4)以上によると、本件発明1が、当業者が容易に発明をすることができたものであるとする本件決定の判断に誤りがある。』

[コメント]
 決定が、合成樹脂粒子の技術分野において、樹脂粒子中に存在する水分、残存モノマー、溶媒などの揮発分を低減化せしめるという一般的な共通課題に基づき、引用発明c-1において、その低減化方法はさておき、粒子中に存在する水分又は残存モノマーなどの加熱減量の上限値を、例えば1.5重量%以下に規定する程度のことは、当業者が適宜なし得ることであるとして、課題の一般化ないし上位概念化により引用発明c-1における水分又は残存モノマーなどの加熱減量の上限設定が容易であるとしたのに対し、裁判所は、本件発明及び各甲号証のそれぞれの課題を子細に検討し、本件発明の課題は本件優先日当時、当業者に知られていたとは認められず、他にその点について動機付けとなる証拠も存在しないとして、決定を取り消した。
 「回路接続用部材」事件(平成20年(行ケ)第10096号)を端緒とする近年の審決取消訴訟での特許要件(進歩性)の判断において発明の課題が重視される傾向に沿った判決であるといえる。
 実務上、合成樹脂粒子の技術分野において常に付きまとうであろう水分や残存モノマーに由来する課題であると一般化ないし上位概念化された場合には、ともすれば反論の余地を見失いかねないものの、根気よく課題の相違点を検討することも有効であり得ることを示す事案である。明細書作成段階においては、技術の細分化や汎用化の度合いに応じて、抽象化し過ぎないよう課題を記載することが、後々の進歩性主張の礎となり得ることに留意が必要である。

以上
(担当弁理士:藤井 康輔)