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令和2年(行ケ)第10034号「ボール配列用マスクの製造方法」事件

名称:「ボール配列用マスクの製造方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和2年(行ケ)第10034号 判決日:令和3年3月4日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:進歩性、動機付け、阻害要因
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/074/090074_hanrei.pdf
[概要]
 マスクに凹部を形成する方法に係る甲1発明において、本件発明に係る互いに分離独立した複数の突起を有するマスクを製造することに対する動機付けがそもそもないため、甲1発明を主引用例とする進歩性の判断に誤りはないとして進歩性を肯定した審決が維持された事例。
[事件の経緯]
 被告は、特許第6302430号の特許権者である。
 原告が、当該特許の請求項1に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2018-800134号)を請求し、被告が訂正を請求したところ、特許庁が、当該特許の訂正を認めた上で、無効審判の請求を不成立とする審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
 知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。
[本件発明](下線部は訂正に係る部分)
【請求項1】
 メッキにより形成され、振り込まれた導電性ボールが挿通する複数の開口部が形成されたマスク本体と、メッキにより形成され、導電性ボールが振り込まれる側ではなく基板の電極と対向する側となる前記マスク本体裏面の前記開口部以外に部分的に突出され、互いに分離独立した複数の突起とを備え、前記分離独立した複数の突起の先端部は、その周縁エッジ部が丸味を持ったR形状に形成されており、布拭き取り時の引っ掛かりを防止するボール配列用マスクの製造方法であって、
 SUS母材上に前記分離独立した複数の突起形成用のレジスト層を形成する工程と、
 前記分離独立した複数の突起が所定の高さとなるようにSUS母材上にメッキすることにより、一次メッキ層を形成する工程と、
一次メッキ層の形成が終わったら、前記突起形成用のレジスト層を除去する工程と、
 前記突起以外の一次メッキ層を取り除き、SUS母材上に一次メッキ層による突起を残す工程と、
 前記SUS母材上の前記突起間に複数の開口部形成用のレジスト層を形成する工程と、
 前記マスク本体が指定の厚さとなるようにSUS母材上及び前記突起上にメッキすることにより、二次メッキ層を形成する工程と、
 二次メッキ層の形成が終わったら、前記複数の開口部形成用のレジスト層を除去する工程と、
 前記SUS母材から一次メッキ層及び二次メッキ層からなる突起とマスク本体のメッキ層を剥離する工程と、
 を備えたことを特徴とするボール配列用マスクの製造方法。
[審決の理由の要旨]
 ア 甲2ないし8に記載の突起部等と、甲1発明の凹部とは、平面視において、輪郭の内側が突出した凸の形状であるか、輪郭の内側が窪んでいる凹の形状であるかという点で真逆のものであり、凹部輪郭のレジスト膜に囲まれた捨て電着層を用いた凹部形成方法である甲1発明を、突起部等の形成方法に転用することの動機付けはない。
 イ 甲1発明の課題は、電気めっき法では、めっきの析出速度は電流密度によって決まり、マスク全体の厚みのばらつきが大きくなって導電性ボールの搭載不良が発生しやすくなることであるところ、甲2において、仮に、突起部の周縁部と、当該突起部の端面の中央部との間に厚みのばらつきが生じたとしても、突起部の周縁部における電流密度は、周縁部において概ね一様であることから、そのような電流分布によって析出された突起部の端面は、中央部が僅かに窪んだ形状となるにすぎず、他の突起部も同様の形状となることを鑑みれば、このような形状の突起部を複数有するマスクにおいて、導電性ボールの搭載不良が発生しやすくなるといった問題が生じることは考えられないから、甲1発明を転用して、突起部輪郭のレジスト膜の外側に捨て電着層を形成する突起部形成方法とする動機付けはない。
 ウ 甲1発明に甲2を適用して突起を形成することは、厚みを有して強度ないし耐久性を保つよう形成されるマスクにつき、ダミーパターンを採用して構成されるマスクと同様に、2次電着層12のみの厚さからなる薄い箇所の面積を増やすものであり、マスクとしての耐久性が低下することは明らかであるから、その採用には阻害要因がある。
[取消事由]
 甲1を主引用例とする本件発明の進歩性の判断の誤り
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『3 本件発明と甲1発明の相違点の認定に誤りがあるとの主張について
・・・(略)・・・
(2)原告は、さらに、甲1発明において複数の凹部を形成した場合に、凹部の周りには枠状の部分が形成され、当該枠状の部分は、本件発明の「突起」に相当するから、本件審決における本件発明と甲1発明の相違点の認定には誤りがあると主張する。
ア しかし、本件発明における「突起」が、平面的な枠状のものも含むことについては、本件明細書には記載も示唆もない。
・・・(略)・・・
イ 原告は、甲1の図1がマスクの製造工程を模式的に示す部分断面図であることは、当業者にとって明らかであり、実際のマスクにおいては、格子状に配置される突条の内側に、レジスト膜で囲まれる捨て電着層が複数形成され、格子状の骨組が、甲1発明の「凹部ではない領域」、すなわち突起に相当すると主張する。
 しかし、甲1には、製造されるマスクが、格子状に配置される突条の内側に、レジスト膜で囲まれる電着層が複数形成されるという形態であることを示す記載は全く存在しない。
また、本件発明では、「前記マスク本体裏面の前記開口部以外に部分的に突出され、互いに分離独立した複数の突起」が存在するが、前示したところに照らせば、原告のいう「格子状に配置される突条」が「突起」に当たると認めることはできないし、甲1には、甲1発明におけるパターン開口部以外の「凹部ではない領域」が、「互いに分離独立した複数の」ものであることの開示はもちろん、その示唆もない。
(3)以上によれば、本件審決において、甲1発明の「凹部ではない領域及び凹部の縁部である領域とを併せた領域における一方の面を基準面として2次電着層12の厚さを超える部分」が、布拭き取り時の引っ掛かりが生じないことを理由に、本件発明における「突起」とはいえないとした点は適切でないものの、本件審決が、本件発明と甲1発明との相違点として、甲1発明に「前記マスク本体裏面の前記開口部以外に部分的に突出され、互いに分離独立した複数の突起」が存在しないと認定したことに誤りはなく、本件審決に相違点の看過等の対比の誤りがあるとはいえない。
4 相違点に係る容易想到性についての判断に誤りがあるとの主張について
(1)甲1発明において、本件発明に係る構造を有するマスクを製造することに対する動機付けの有無について
ア・・・(略)・・・すなわち、甲1発明と本件発明とは、製造しようとするマスクの構造が、凹部を形成するものか、突起を形成するものかという点で基本的に異なる。また、甲1発明は、「ダミーパターンを形成することなしに、安定した厚みが得られるマスクを提供することを目的とするもの」であり(【0004】)、マスク裏面の拭き取りの際に突起先端部の周縁エッジ部に引っ掛かりが生じる問題の解消を目的とする(本件明細書【0004】、【0013】)本件発明とは、その課題や目的も異にしている。したがって、同じマスクとはいえ、両者の相違は実質的に大きなものというべきである。
 そして、パターン開口部付近に凹部を形成することを目的とする製造方法に係る発明である甲1発明の当該製造方法を、構造も、製造工程も異なる別個の物(複数の別個独立の突起を有するマスク)の製造に用いることについて、甲1には、記載がないことはもちろん、その示唆もない。
 そうすると、甲1には、本件発明に係る構造を有するマスクを製造することに対する動機付けとなり得る記載はなく、その課題や目的の違い等に照らし他に動機付けとなり得る事情も認められない。
イ(ア)・・・(略)・・・
(イ)原告は、甲1の図1(m)は部分断面図であって、メタルマスク全体の断面を記載したものではなく、メタルマスクでは、開口部を有する凹部が複数、連続的に形成されることも多く、甲1発明は、結果として突条(枠状)の凸部が形成される発明であるから、甲1発明が凹部を形成する発明であることのみを前提として、甲2ないし8に記載の突起部等と、甲1発明の凹部とは、真逆のものであるとする本件審決の判断は誤りであると主張する。
 しかし、甲1発明において凹部を連続的に形成し、結果として凹部に挟まれるように、凹部より高い部分ができたとしても、本件発明のように意図的に突起を形成する場合と工程が異なることは前記(ア)のとおりであり、両者が同じ意味合いを持つものとはいえない。また、本件発明における「突起」が、平面的な枠状のものも含むことについて、本件明細書には記載も示唆もないことは前記3(2)のとおりである。したがって、本件審決の判断に誤りはない。
 しかし、仮に、マスクの裏面に配設される突起部の電流密度が部位により異なっていたとしても、そのことが、甲2ないし8において、開口パターンと比べると面積が大きいレジスト膜を形成する凹部パターンの周辺部分において、めっきの厚みが厚くなってしまうことに起因するマスク全体の厚みのばらつきが生じることを示すものとはいえず、甲1発明を甲2ないし8に転用すべき動機付けになるものとはいえない。したがって、本件審決の判断に誤りはない。
・・・(略)・・・
(2)阻害要因について
 前記(1)によれば、甲1発明に接した当業者において、本件発明に係る構造を有するマスクを製造することについて動機付けがそもそもないのであるから、本件審決の甲1を主引用例とする進歩性の判断に誤りはないのであるが、なお念のため阻害要因の有無について検討する。
ア 前記(1)アのとおり、甲1発明は、「ダミーパターンを形成することなしに、安定した厚みが得られるマスクを提供することを目的とするもの」であるところ、甲1発明において、凹部ではない領域及び凹部の縁部である領域とを併せた領域における一方の面を基準面として2次電着層12の厚さを超える部分を、上記相違点に係る構成である「互いに分離独立した複数の突起」とすれば、厚みを有して強度ないし耐久性を保つよう形成されるマスクを、従来技術であるダミーパターンを採用して構成されるマスクと同様に、2次電着層12のみの厚さからなる薄い箇所の面積を増やすことになり、マスクとしての耐久性が低下することは明らかであるから、その採用には阻害要因があるというべきである。
 この点原告は、ボール搭載用マスクでは、印刷用マスクと異なり、単にブラシ等(線状部材)を用いて半田ボールを開口部へ重力により挿入するにすぎないため、マスクにはごく小さなストレスしかかからないから、甲1発明において、本件発明との相違点に係る構成を採用することによる耐久性の低下は阻害要因とはならないと主張する。
 しかし、甲1発明の明細書には、導電性ボール搭載用マスクでは耐久性の低下が問題にならないことを示す記載はなく、むしろ、「例えば第1の金属膜の厚みが非常に薄いマスクの場合は金属膜厚の薄い部分が増えてしまい、マスクとしての耐久性が低下するという問題があった。」(【0004】)等の記載からすれば、導電性ボール搭載用マスクにおいても耐久性の増強が課題と位置づけられていることは明らかである。
 また、甲1発明のマスクには、ブラシ等(線状部材)を用いて半田ボールを開口部へ重力により挿入する段階だけではなく、一体化した1次電着層6と2次電着層12を電鋳母型1から引き剥がすことでマスク15を得る段階があり、さらに、引き剥がしたマスクを搬送等のために取り扱う段階、布拭き取りの段階等の種々の段階においてストレスがかかることが想定され、耐久性の低下が問題となることは明らかである。
イ ・・・(略)・・・
 そうすると、甲1発明に対して、原告主張の突起形成を行うことには阻害要因があるというべきである。
5 小括
 以上によれば、本件発明は、甲1発明及び甲2ないし8に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明し得たものであるということはできず、本件審決の判断に誤りはない。
6 結論
 以上のとおり、原告主張の取消事由は理由がないから、本件審決を取り消すべき違法は認められない。』
[コメント]
 原告が主張するように、甲1発明において複数の凹部を形成した場合には、凹部の周りには枠状の部分が本件発明と同様の工程で形成され、当該枠状の部分は、「突起」と解することも可能である。したがって、訂正前の請求項1に係る発明は、甲1発明から当業者が容易に想到し得るとも考えられる。しかし、訂正で「互いに分離独立した複数の」突起との構成に限定したことにより、当該突起は、前記枠状の部分とは明らかに異なる構造となり、本件発明に係るマスクと甲1発明に係るマスクは完全に別物になった。本件は、訂正が有効に働いた事例である。

以上
(担当弁理士:福井 賢一)

令和2年(行ケ)第10034号「ボール配列用マスクの製造方法」事件

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