審決取消請求事件 » 令和元年(行ケ)第10082号「二酸化炭素含有粘性組成物」事件

名称:「二酸化炭素含有粘性組成物」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和元年(行ケ)第10082号 判決日:令和2年8月5日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:進歩性、動機付け
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/624/089624_hanrei.pdf

[概要]
 甲1発明のA剤に含まれる、皮膚上の皮膜形成に寄与する「増粘剤」であるポリビニルアルコール又はカルボキシメチルセルロースを、このような機能を有する「増粘剤」であるとはいえないアルギン酸ナトリウムに置換する動機付けがあるものと認めることはできないため、審決の容易想到性の判断に誤りはないと判断し、原告の請求を棄却した事例。

[事件の経緯]
 被告は特許第4659980号の特許権者である。
 原告が、本件特許について特許無効審判請求(無効2018-800053号)をしたところ、特許庁が、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
 知財高裁は、原告の請求を棄却した。

[本件発明1]
 本件特許の特許請求の範囲の請求項1の記載は、以下のとおりである。
[請求項1]
 部分肥満改善用化粧料、或いは水虫、アトピー性皮膚炎又は褥創の治療用医薬組成物として使用される二酸化炭素含有粘性組成物を得るためのキットであって、
1)炭酸塩及びアルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物と、酸を含む顆粒(細粒、粉末)剤の組み合わせ;又は
2)炭酸塩及び酸を含む複合顆粒(細粒、粉末)剤と、アルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物の組み合わせからなり、
 含水粘性組成物が、二酸化炭素を気泡状で保持できるものであることを特徴とする、
 含水粘性組成物中で炭酸塩と酸を反応させることにより気泡状の二酸化炭素を含有する前記二酸化炭素含有粘性組成物を得ることができるキット。

[主な取消事由]
 甲1を主引用例とする本件発明1の進歩性の判断の誤り(取消事由1)

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『原告は、甲1に接した当業者であれば、甲1発明において、「血行促進」という課題を解決するために、A剤の含水粘性組成物に含有される、造膜形成能(皮膜形成能)を有するポリビニルアルコール又はカルボキシメチルセルロースを、皮膜形成能を有する増粘剤として周知であり、かつ、安全性が高く、粘度の高い水性粘稠液を形成する増粘剤として慣用されていたアルギン酸ナトリウムに置換する動機付けがあるものといえるから、甲1及び本件優先日当時の技術常識に基づいて、甲1発明において、相違点1-1に係る本件発明1の構成のうち、「炭酸塩及びアルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物」の構成とすることを容易に想到することができたものであり、これを否定した本件審決の判断は誤りである旨主張する。』
『甲1発明のパック剤は、皮膚に塗布し、乾燥後に皮膜となったものを剥離して使用するものであって、使用時に皮膚上で皮膜を形成して作用するものと理解できるから、甲1には、甲1発明のA剤に含まれる「ポリビニルアルコール」及び「カルボキシメチルセルロースナトリウム」は、皮膚上の皮膜形成に寄与する「増粘剤」であることの開示があるものと認められる。
 他方で、甲1には、「本発明のパック剤には上記必須成分のほかに、通常のパック剤に使用される…増粘剤…などを適宜配合することができる。」(前記2(1)カ)との記載はあるが、「アルギン酸ナトリウム」についての記載はなく、「アルギン酸ナトリウム」が皮膚上の皮膜形成に寄与する「増粘剤」であることを示唆する記載もない。
『原告は、甲87ないし89を根拠として挙げて、本件優先日当時、アルギン酸ナトリウムが、皮膚上の皮膜形成に寄与する「増粘剤」として周知であった旨主張する。
 そこで検討するに、甲87(特開平成9-278926号公報)には、「【発明の属する技術分野】本発明は、主として、青果物や加工食品等を高品質な状態に保存するのに使用されるガス透過性フィルムに関する。」(【0001】)、・・・(略)・・・「本発明のガス透過性フィルムは、アルギン酸と水溶性化合物を含む水溶液で皮膜を形成し、この皮膜をカルシウム塩等の多価金属塩で凝固させて、不溶化されたアルギン酸凝固フィルムを水洗してガス透気度を調整する。アルギン酸と水溶性化合物とを含む水溶液は、たとえば、段ボール箱や食品等の被コーティング物の表面に塗布して皮膜とし、あるいは、スリットから多価金属塩の水溶液中に押し出して皮膜とする。」(【0015】)・・・』
『上記記載から、アルギン酸を含む水溶液を段ボール箱や食品等の被コーティング物の表面に塗布することにより皮膜が形成されることを理解できるが、他方で、甲87には、アルギン酸又はアルギン酸を含む水溶液が人体の皮膚上の皮膜形成に寄与することについての記載も示唆もない。
 ・・・(略)・・・
 そうすると、原告の上記主張は採用することができない。他に本件優先日当時、アルギン酸ナトリウムが、皮膚上の皮膜形成に寄与する「増粘剤」として周知であったことを認めるに足りる証拠はない。
(ウ) 以上によれば、甲1に接した当業者において、甲1発明のA剤に含まれる、皮膚上の皮膜形成に寄与する「増粘剤」であるポリビニルアルコール又はカルボキシメチルセルロースを、このような機能を有する「増粘剤」であるとはいえないアルギン酸ナトリウムに置換する動機付けがあるものと認めることはできないから、原告の前記主張は採用することができない。』
『次に、原告は、①本件優先日当時、甲1発明の目的である「血行促進」は、造膜形成(皮膜形成)における物理的刺激の付与のほかに、二酸化炭素の経皮吸収によってももたらされることは技術常識であり、二酸化炭素の経皮吸収の効率性の向上のため、気泡状の二酸化炭素を効率的に発生・保持させ、気泡状の二酸化炭素の保留性(持続性)を高めることは、自明又は周知の課題であった(甲5、18、62ないし65)、②そして、本件優先日当時、気泡膜を形成する媒質の粘性を高めることにより気泡の安定性が増すこと(甲15、16)、界面活性剤が気泡の発生・保持に効果的に作用すること(甲70ないし72)、アルギン酸ナトリウムは、高分子界面活性剤であり、起泡剤(気泡剤)として利用することができること(甲60)、アルギン酸ナトリウムを含む増粘剤が、発生した気泡状の二酸化炭素を閉じ込める効果を有すること(甲5、61)は、いずれも技術常識であり、また、アルギン酸ナトリウムは、難溶性であるため、アルギン酸ナトリウムを水の存在下で増粘剤として利用する場合には、アルギン酸ナトリウム水溶液を利用することが慣用されていたこと(甲21、44、58)からすると、気泡状の二酸化炭素の保留性(持続性)を高めるために、アルギン酸ナトリウムを事前に溶解した水溶液を選択することは必然であるといえる、③そうすると、甲1に接した当業者は、甲1発明において、「血行促進」という課題を解決するために、A剤の含水粘性組成物に含有される、造膜形成能(皮膜形成能)を有するポリビニルアルコール又はカルボキシメチルセルロースに代えて、二酸化炭素の経皮吸収の効率性を向上させるための増粘剤としてアルギン酸ナトリウムを選択することは、設計事項であるといえるから、当業者は、甲1及び本件優先日当時の技術常識に基づいて、甲1発明において、相違点1-1に係る本件発明1の構成のうち、「炭酸塩及びアルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物」の構成とすることを容易に想到することができたものであり、これを否定した本件審決の判断は誤りである旨主張する。
 そこで検討するに、前記2(2)の認定事実によれば、甲1には、従来の「パック剤」においては、添加成分の一つとして配合される血行促進作用を有する合成又は天然エキス等が、少量の配合では効果が不充分であり、多量の配合では血行は促進されるが、その反面、適用部位に不快な刺激感を与えるとともに、連続使用すると皮膚炎を惹起させるなどの欠点があったため、炭酸ガス又は炭酸ガス発生物質を含有する甲1記載のパック剤は、炭酸ガスを皮膚に直接作用させることで皮膚の血流をよくすることにより、このような欠点を解消し、短時間で優れた血行促進作用を示し、適用部位に不快な刺激感を与えず、肌にしっとり感を与え、連続使用しても皮膚炎を起こさない性質のパック剤を提供することを目的とするものである旨の記載があることが認められ、上記記載から、甲1発明のパック剤は、炭酸ガスを皮膚に直接作用させることにより、「短時間で」優れた血行促進作用を示し、肌にしっとり感を与えることに技術的意義があるものと理解できる。
 そうすると、仮に原告が上記①で主張するように、本件優先日当時、「血行促進」は、造膜形成(皮膜形成)における物理的刺激の付与のほかに、二酸化炭素の経皮吸収によってももたらされることは技術常識であり、二酸化炭素の経皮吸収の効率性の向上のため、気泡状の二酸化炭素を効率的に発生・保持させ、気泡状の二酸化炭素の保留性(持続性)を高めることは、自明又は周知の課題であったとしても、甲1発明のパック剤の上記技術的意義に照らすと、甲1に接した当業者において、甲1発明のパック剤において上記課題があると認識するものと認めることはできない。
 以上によれば、甲1に接した当業者は、甲1発明において、二酸化炭素の経皮吸収の効率性の向上のため、気泡状の二酸化炭素を効率的に発生・保持させ、気泡状の二酸化炭素の保留性(持続性)を高める必要性があるものと認識するものとはいえないから、甲1発明のA剤に含まれる、皮膚上の皮膜形成に寄与する「増粘剤」であるポリビニルアルコール又はカルボキシメチルセルロースを、二酸化炭素の経皮吸収の効率性を向上させるための増粘剤としてアルギン酸ナトリウムに置換する動機付けがあるものと認めることはできないし、また、上記置換をすることが当業者が適宜選択し得る設計事項であるものと認めることはできない。
 したがって、原告の前記主張は採用することができない。』
『以上のとおり、本件審決における相違点1-1に係る本件発明1の構成のうち、「炭酸塩及びアルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物」の構成の容易想到性の判断に誤りはない。』

[コメント]
 本件特許は、大合議事件(平成30年(ネ)第10063号)の特許権のうちの1件であり、大合議事件でも特許無効の抗弁の審理内で本件特許の進歩性の有無が争われた以外に、合計11の無効審判が請求されたが、2021年4月1日時点で10の無効審判で請求棄却とされている(特許有効)。原告は甲1発明の目的である「血行促進」が、二酸化炭素の経皮吸収によってももたらされるとの技術常識を挙げ、かかる技術常識を考慮すると、ポリビニルアルコール又はカルボキシメチルセルロースを、アルギン酸ナトリウムに置換する動機付けがあると主張したが、かかる主張は甲1発明の作用効果と齟齬があり、動機付けがないとする裁判所の判断は妥当と言える。結局、アルギン酸ナトリウムが皮膚上の皮膜形成に寄与する「増粘剤」としての機能を有する点を示す証拠が無ければ、本件特許を無効とすることはできないであろう。

以上
(担当弁理士:山下 篤)