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令和元年(行ケ)第10126号「鋼矢板圧入引抜機及び鋼矢板圧入引抜工法」事件

名称:「鋼矢板圧入引抜機及び鋼矢板圧入引抜工法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和元年(行ケ)第10126号 判決日:令和2年10月22日
判決:審決取消
特許法29条2項
キーワード:動機付け、進歩性
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/795/089795_hanrei.pdf
[概要]
鋼矢板圧入引抜機に係る本件発明について、原出願時の技術常識ないし周知事項をかんがみれば、引用発明との相違点は容易に想到することができたとして、進歩性を肯定した審決を取り消した事例。
[事件の経緯]
被告は、特許第5763225号の特許権者である。
原告が、当該特許の請求項1~9に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2019-800010号)を請求したところ、特許庁が、当該請求を不成立とする審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。
[本件発明]
【請求項1】
下方にクランプ装置を配設した台座と、台座上にスライド自在に配備されたスライドベースの上方にあって縦軸を中心として回動自在に立設されたガイドフレームと、該ガイドフレームに昇降自在に装着されて鋼矢板圧入引抜シリンダが取り付けられた昇降体と、昇降体の下方に形成されたチャックフレームと、チャックフレーム内に旋回自在に装備されるとともにU型の鋼矢板を挿通してチャック可能なチャック装置とを具備してなる鋼矢板圧入引抜機において、
前記クランプ装置は、台座の下面に形成した複数のクランプガイドに、相互に継手を噛合させて圧入した既設のU型の鋼矢板の上端部に跨ってクランプする複数のクランプ部材を組み替え可能に装備するとともに、複数のクランプガイドのピッチ及び複数のクランプ部材の形状を異ならしめてなり、
前記既設のU型の鋼矢板の継手ピッチに応じて、クランプガイドとクランプ部材を組み替えてクランプピッチを変更することによって、前記既設のU型の鋼矢板の継手ピッチが400mm、500mm、600mmのいずれであっても前記既設のU型の鋼矢板の先頭からクランプ可能としたことを特徴とする鋼矢板圧入引抜機。
[審決]
審決では、相違点を「既設のU型の鋼矢板の先頭からクランプ可能とした」構成について、本件発明1では、「継手ピッチ400mm、500mm、600mmのいずれであっても」既設のU型の鋼矢板の先頭からクランプ可能なのに対し、甲1発明では、「継手ピッチ500mm、600mm」のみ可能であって、「継手ピッチ400mm」のものは、既設のU型の鋼矢板をクランプ可能であるが、先頭の鋼矢板をクランプするものではない点とした。そして、1台の圧入機では、400mmの場合には正規状態で施工できないことを前提としていた甲1発明において、400mm・500mm・600mmのいずれの場合も正規状態で施工可能とすることを当業者が容易に想到し得たとはいえないと判断した。
[取消事由]
1.無効理由1(甲1号証の1ないし3に基づく進歩性欠如)についての判断誤り
2.無効理由2(甲1号証の1ないし3に基づく進歩性欠如)についての判断誤り
[原告の主張]
(1)課題の認識及び解決への動機付け
甲1発明では、400mmの場合に2枚目クランプ状態で施工することによって、重大な問題(装置への過負荷、圧入引抜力の制限、共下がり・共上がりの発生等)が発生している。したがって、甲1発明において、かかる重大な問題を解決するための、強い動機付けが認められる。
甲1発明において400mmの場合には正規状態で施工できず2枚目クランプ状態で施工すること(本件発明1との相違点)の原因は、甲1発明のチャック装置の横寸に基づく干渉問題による。当業者にとって、甲1発明に干渉問題が存在することは自明であった。
本件原出願時に、400mmの鋼矢板の施工専用に用いる圧入機(以下「400mm専用機」という。)は周知であり、400mm専用機ではチャック装置が小さいため干渉問題が生じず、正規状態で施工できることも周知であった。
甲1発明において干渉問題が存在するのは、400mmの場合にも500mm・600mm用の大きなチャック装置を用いているためであること、干渉問題の解決のために400mm用の小さなチャック装置を用いればよいことも自明である。当業者は、この自明の理を、甲1発明自体の構成と、400mm専用機では干渉問題は生じないという周知の事実から認識するのであり、開示又は示唆は不要である。
(2)取消事由1:無効理由1についての判断誤り
本件原出願時に、圧入機の技術分野において、圧入する対象に応じて最適な一体型チャックフレームと交換する手段が、公知の手段として存在していた。すると、上記(1)のとおり、甲1発明において、400mm用の小さなチャック装置を用いれば干渉問題を解消できることは自明であることから、必要に応じて、甲1発明の500mm・600mm用チャック装置を備えた一体型チャックフレームから、400mm用の小さなチャック装置を備えた周知の一体型チャックフレームへと交換することは、甲2及び甲18の教示により当業者が容易に想到することである。
(3)取消事由2:無効理由2についての判断誤り
本件原出願時に、圧入機の技術分野において、圧入する対象に応じて先端のチャック装置の部分を交換できるものとする着脱式チャック装置は周知であった。すると、上記(1)のとおり、甲1発明において、400mm用の小さなチャック装置を用いれば干渉問題を解消できることは自明であることから、甲1発明の一体型チャックフレームに代えて、周知の着脱式チャック装置を採用し、400mmの鋼矢板を施工する際には400mm用の小さなチャック装置を用いるものとすることは、上記周知技術を知る当業者が容易に想到することである。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『1 取消事由1及び2について
(1) 引用発明の認定及び本件発明1との対比について
原告は、本件審決の引用発明(甲1発明)の認定並びに一致点及び相違点の認定を争っておらず、当裁判所も、これらの認定を相当と認める。
(2) 技術常識について
証拠(甲1-1、6-1、10-1、12)によれば、本件原出願時の技術常識として次を認定できる。
ア 鋼矢板圧入引抜機は、通常、正規状態で施工するものであり、正規状態での施工には、既設のU型の鋼矢板から強力な反力が得られ、共上がりや共下がりが発生しないという利点がある。
イ 2枚目クランプ状態での施工には、過負荷がかかるため圧入機が不安定化し、圧入引抜力が制限されるという問題点がある。
ウ チャック装置が大きすぎる場合には、チャック装置が本体側に近づくと干渉問題が発生するために、正規状態での施工が不能になることがある。
(3) 周知事項について
後掲各証拠によれば、本件原出願時において次の事項が当業者にとって周知であったと認定できる。
ア 鋼矢板圧入引抜機には、圧入施工する対象(U型の鋼矢板、ハット形の鋼矢板、鋼管矢板等)に合わせてチャック装置の交換が可能な構成が採用されている。具体的には、チャック装置の交換は、一体型チャックフレームの交換や着脱式チャック装置の交換という公知又は周知の手段によって実現される(甲2-2・2-3、3-2・3-3、4-2・4-3、5-1・5-2、10-1、11、18~25)。
イ 継手ピッチ400mmのU型鋼矢板用のチャック装置には、幅が大きな鋼矢板(例えば、φ600~φ1000mmの鋼管矢板、有効幅900mmのハット形鋼矢板)に用いられるチャック装置と比べて、幅が小さいものが使用される(甲2-2・2-3、13-2、14-1~14-3)。
(4) 相違点の容易想到性について
正規状態での施工の利点(上記(2)ア)及び2枚目クランプ状態での施工の問題点(同イ)にかんがみると、甲1発明において、400mmの場合に2枚目クランプ状態で施工すると、地盤が硬い場合や鋼矢板が長い場合には施工不能となるおそれがあるから、正規状態での施工が可能になるように構成することを当業者は動機付けられるといえる。
ここで、600mm用のチャック装置のままで400mmの鋼矢板を正規状態で施工すると、チャック装置が大きすぎるために干渉問題が生じる(上記(2)ウ)。この干渉問題を解決するために、上記(3)の周知事項を適用して、必要に応じて圧入機に仕様変更を加えつつ、600mm用のチャック装置よりも小型であり干渉問題の解消が可能な400mm用のチャック装置を備える一体型チャックフレームに交換することにより、あるいは、600mm用の着脱式チャック装置よりも小型であり干渉問題の解消が可能な400mm用の着脱式チャック装置に交換することにより、400mmの場合でも正規状態での施工が可能になるように構成することは、当業者が容易に想到し得たことといえる。
・・・(略)・・・
3 結論
以上によれば、本件発明1について、原告主張の取消事由1及び2はいずれも理由があるから、本件審決を取り消すべきである。また、本件発明2~9についても、本件審決の判断は、本件発明1に無効理由がないからその従属請求項である本件発明2~9にも無効理由はないとするものであり、付加された構成の容易想到性を判断していないので、この点を判断させるため、本件審決を取り消すべきである。』
[コメント]
特許庁は、鋼矢板の種類に応じて一体型チャックフレームなどを交換することが開示されているが、400mmの場合に小さな一体型チャックフレームなどに交換することは、記載も示唆もされていないとして、400mmの場合でも正規状態で施工可能とすることを当業者が容易に想到し得たとはいえないと判断した。これに対し、裁判所は、2枚目クランプ状態で施工すると、施工不能となるおそれがあるから、400mmの場合でも正規状態での施工が可能になるように構成することは、当業者が容易に想到し得たと判断した。2枚目クランプ状態で施工することによる問題やチャックフレームなどの交換が原出願時点で技術常識ないし周知事項である場合、400mmの場合でも正規状態で施工可能とすることは、単なる設計変更であり、裁判所の判断は妥当であると考えられる。
以上
(担当弁理士:冨士川 雄)

令和元年(行ケ)第10126号「鋼矢板圧入引抜機及び鋼矢板圧入引抜工法」事件

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