IP case studies判例研究

平成31年(行ケ)第10049号「実時間対話型コンテンツを無線交信ネットワーク及びインターネット上に形成及び分配する方法及び装置」事件

名称:「実時間対話型コンテンツを無線交信ネットワーク及びインターネット上に形成及び分配する方法及び装置」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成31年(行ケ)第10049号 判決日:令和元年12月11日
判決:審決取消
特許法29条2項
キーワード:本件発明の認定、相違点の判断
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/112/089112_hanrei.pdf
[概要]
 引用発明の「ランク」と本件発明の「少なくとも単独の受信者の識別子」とが実質的に同一であることを前提に、当業者が相違点に係る本件発明の構成を容易に想到し得ると判断したことは、その前提を誤っている、という理由により、審決における容易想到性の判断が誤りだとして、本件発明の進歩性を否定した審決が取り消された事例。
[事件の経緯]
 原告は、特許第5033756号の特許権者である。
 被告が、本件特許の請求項1~7に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2017-800069号)を請求したところ、特許庁が、当該特許を無効とする審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。
[本件発明](筆者にて下線を付した。)
【請求項1】
 ハンドヘルド装置であって、
 操作者へ出力を提示する可視的ラスター・ディスプレイを含む少なくとも一つの出力デバイスと、
 操作者から入力を受けるスイッチ配列を含む少なくとも一つの入力デバイスと、
 無線トランスミッタと、
 前記少なくとも1つの出力デバイス、前記少なくとも1つの入力デバイス及び前記無線トランスミッタの動作を制御する処理回路と、
 前記処理回路で実行可能なプログラムとを備え、そのプログラムは、
 前記ハンドヘルド装置を操作者が操作する際に、操作者を支援するように、その操作に関する情報を前記可視的ラスター・ディスプレイを通じて表示させ、
 前記出力デバイスを通じて操作者へ、(a)前記ハンドヘルド装置から空間的に離間した遠隔サーバー又は(b)取り外し可能なメモリ・デバイスから与えられる第1のコンテンツの表現を提示させ、
 操作者により決定された関係に従って第1のコンテンツの提示に時間的に重なる第2のコンテンツと、少なくとも単独の受信者の識別子とを前記入力デバイスを通じて操作者から受け取らせ、
 前記無線トランスミッタを通じて、前記ハンドヘルド装置から空間的に離間した遠隔サーバーに対して第2のコンテンツの表現と少なくとも単独の受信者の識別子とを送ると共に、この遠隔サーバーが、前記操作者により決定された前記関係を保って配置された第1のコンテンツ及び第2のコンテンツを表す更なる表現を前記少なくとも単独の受信者が受信するように、前記更なる表現を送信させるように構成されているハンドヘルド装置。
[審決]
 下記の相違点1-3が認定されている。
 (相違点1-3)
 一致点の「前記トランスミッタを通じて、前記ハンドヘルド装置から空間的に離間した遠隔サーバーに対して第2のコンテンツの表現を送る」に関し、本件発明1は、「第2のコンテンツの表現」に加えて「少なくとも単独の受信者の識別子」とを送るのに対し、引用発明1は、そのような特定がない点。
 これに伴い、一致点の「操作者により決定された関係に従って第1のコンテンツの提示に時間的に重なる第2のコンテンツを前記入力デバイスを通じて操作者から受け取らせ」に関し、本件発明1は、「第2のコンテンツ」に加えて「少なくとも単独の受信者の識別子を入力デバイスを通じて操作者から受け取らせ」るのに対し、引用発明1は、「少なくとも単独の受信者の識別子を前記入力デバイスを通じて操作者から受け取らせ」ることについて、記載されていない点。
 審決は、以下の理由により、上記の相違点1-3を含めて、請求項1に係る発明は、甲1発明から当業者が容易に想到し得るものであると判断した。(④、⑤は省略する。筆者にて適宜下線を付した。)
 甲1には、演奏者は、HumJam.com ウェブ・サイトに、名前とパスワードを用いて「ログインした後」に、オンライン・グループのメンバになることが記載されている。
 ここで、甲1には、「ランク1」は誰でも演奏することができ、「ランク2」の演奏者は、「ランク2」の演奏グループに参加できることが記載されているから、「ランク」は「演奏グループ」を識別する情報の要素であるといえる。
 そして、「ランク2」の演奏者が「ランク1」あるいは「ランク2」を選択して演奏グループに参加すること、すなわち、演奏者が「ランク2」のグループか「ランク1」のグループかを選択するために HumBandTM楽器に「ランク」を入力すること、すなわち「ランク」を受け取らせることは、当然である。
 (省略)
 (省略)
 以上によれば、HumBandTM楽器に「演奏グループ」を識別する情報の要素である「ランク」が入力され、サーバーは「演奏グループ」を識別する情報を認識しているのだから、「演奏グループ」を識別する情報の要素である「ランク」をサーバーに送ることは、容易に想到し得ることである。
 ここで、「同報通信」は「少なくとも単独の受信者に対する通信」に含まれるから、演奏グループを識別する情報の要素である「ランク」を「少なくとも単独の受信者の識別子」と呼ぶことは任意である。
[取消事由]
1.請求人適格の判断の誤り
2-1.甲1を主引用例とする本件発明1の進歩性の判断の誤り
2-2.甲1を主引用例とする本件発明2ないし7の進歩性の判断の誤り
※裁判所は、取消事由1について理由がないと判断し、取消事由2-1、2-2について理由があると判断した。以下、独立クレームについての判断である、取消事由2-1についてのみ取り上げる。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線を付した。)
 取消事由2-1
『ア 「少なくとも単独の受信者の識別子」の意義』
 『(ウ) 以上の本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)の記載及び本件明細書の記載に鑑みると、本件発明1の「少なくとも単独の受信者の識別子」とは、「遠隔サーバー」が送信する「操作者により決定された…更なる表現」を受信する者を識別するための情報であり、ハンドヘルド装置の操作者が、同装置に前記識別子を入力することで、当該識別子により識別される特定の者を、前記更なる表現を受信する者として指定できる機能を有するものであり、これにより、受信者は、特段の操作を要することなく、上記表現を受信することができるものと解される。
 また、本件明細書の「本発明の実施形態」には、操作者が少なくとも1つの受信者を識別する方法として、「1つの電話番号を特定する」方法、「遠隔サーバーに記憶された電話番号又はeメール・アドレスのリストから1つの受信者を選択する」方法があり、当該遠隔サーバーにおいて、上記方法によって指定された受信先に対し、適宜な送達方法により上記更なる表現を送信することが記載されており(【0043】、【0044】)、このことも、上記解釈を裏付けるものといえる。』
 『イ 甲1の開示事項
 前記(2)ケのとおり、甲1には、演奏者と視聴者(聴衆)はそれぞれ、インターネット対応のHumBandTMを介して、演奏グループに参加することができ、演奏者はすべて、情報を自分のHumBandTMを介して送信し、視聴者はすべて、そのような演奏を、自分のHumBandTMを介して聴くことが記載されている。
 そして、前記(2)クのとおり、甲1には、「このサービス(ウェブ/チャット型サービスによるグループ対話式音楽演奏)を使用するために、人は、HumJam.com ウェブ・サイトに、名前とパスワードを用いてログインした後、オンライン・グループのメンバになる。」と記載されていることから、引用発明1のHumBandTM楽器において、「パフォーマンス」の「聴衆」となるには、HumJam.com ウェブ・サイトに、名前とパスワードを用いてログインし、所定のランクのオンライン・グループのメンバになる必要があることを理解できる。一方、甲1には、かかる方法のほかに、HumBandTM楽器において、「パフォーマンス」の「聴衆」となる方法は記載されておらず、その示唆もない。
 そうすると、仮に、被告の主張するとおり、甲1において、「演奏者」が「演奏グループ」(オンライン・グループ)の「ランク」を「HumBandTM楽器」に入力して、自己の参加する「ランク」を選択できることが開示されているとしても、甲1の記載からは、かかる選択によって、当該「ランク」に格付けされた者が当然に「パフォーマンス」の「聴衆」と指定されるものではなく、「聴衆」となるには、上記のような方法で所定のランクのオンライン・グループのメンバになる必要があることを理解できる。
  相違点の容易想到性
 前記アのとおり、本件発明1の「少なくとも単独の受信者の識別子」とは、「遠隔サーバー」が送信する「操作者により決定された…更なる表現」を受信する者を識別するための情報であり、ハンドヘルド装置の操作者が、同装置に前記識別子を入力することで、当該識別子により識別される特定の者を、前記更なる表現を受信する者として指定できる機能を有するものと解される。
 一方、前記イのとおり、甲1に記載された「ランク」は、本件発明1の「少なくとも単独の受信者の識別子」により実現している機能を果たすものではないから、これに相当するものとはいえない。
 そうすると、本件審決が、「ランク」を「少なくとも単独の受信者の識別子」と呼ぶことは任意であるとして、両者が実質的に同一であることを前提に、当業者が相違点1-3に係る本件発明1の構成を容易に想到し得ると判断したことは、その前提を誤るものといえる。』
[コメント]
 審決は、引用発明における、特定の聴衆が含まれる演奏グループである「ランク」も、「演奏グループ」を識別する情報の要素であると解釈し、本件発明の「少なくとも単独の受信者の識別子」と実質的に同一と判断した。これに対し、本判決は、特許請求の範囲及び明細書の記載に基づき、「少なくとも単独の受信者の識別子」とは、ハンドヘルド装置の操作者が、特定の者を受信者として指定できる機能を実現するための識別子であると解釈し、引用発明において、聴衆側の行為(ログインして所定のランクのメンバになる)が介在する「ランク」は、操作者が、特定の者を受信者として指定できる機能を実現するための識別子でないと判断した。両者の判断の違いは、本件発明1における「少なくとも単独の受信者の識別子」の解釈の違いに因る。
 「受信者の識別子」といった、抽象的・概念的なクレームの記載は、クレームの他の部分及び明細書の記載、並びに技術常識の参酌の仕方によって、とりわけ解釈の違いを生じ易い。クレーム・明細書を読むとき/作成するときには、クレームの抽象的・概念的な記載によって多様に解釈され得ることに留意する必要がある。

以上
(担当弁理士:赤尾 隼人)

平成31年(行ケ)第10049号「実時間対話型コンテンツを無線交信ネットワーク及びインターネット上に形成及び分配する方法及び装置」事件

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