IP case studies判例研究

平成30年(行ケ)第10133号「1-[(6、7-置換―アルコキシキノキサリニル)アミノカルボニル]-4-(ヘテロ)アリールピペラジン誘導体」事件

名称:「1-[(6、7-置換―アルコキシキノキサリニル)アミノカルボニル]-4-(ヘテロ)アリールピペラジン誘導体」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成30年(行ケ)第10133号 判決日:令和元年7月18日
判決:請求棄却
特許法126条6項、同1項ただし書各号
キーワード:特許請求の範囲の実質的変更
判決文: http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/825/088825_hanrei.pdf
[概要]
本件訂正前の請求項1の「R2は塩素であり」を「R2は水素であり」と訂正する訂正事項2は、訂正前の請求項1に「R¹及びR²が同時に水素原子であることはない」の記載があるとしても、特許請求の範囲の実質的変更に該当し、特許法126条6項に規定する要件に適合しないから、訂正事項2による訂正を認めることはできないと判断した事例。
[事件の経緯]
原告らは特許第6097946号の特許権者である。
原告らが、本件特許出願について訂正審判請求(訂正2017-390124号)をしたところ、特許庁が、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をしたため、原告らは、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告らの請求を棄却した。
[本件訂正後の発明]
本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は、以下のとおりである。
[請求項1]
下記化学式1で表される1-[(6、7-置換-アルコキシキノキサリニル)アミノカルボニル]-4-(ヘテロ)アリールピペラジン誘導体又は薬剤学的に許容可能なそれらの塩。(化学式省略(pdf版要約を参照。))
前記化学式1において、
X及びYはC-Hであり、
R¹はフッ素であり、
R²は水素であり、
R³はメチルであり、
R⁴はメトキシであり、R⁵は水素であり、そしてR⁶はメトキシである。
[請求項1に係る訂正事項]
訂正事項2・・・本件訂正前の請求項1の「R2は塩素であり」を「R2は水素であり」と訂正する。
[原告らの主張]
『本件訂正前の請求項1のただし書の「ただし、R1及びR2が同時に水素原子であることはない。」との記載は、いわゆる「除くクレーム」の記載であり、ただし書よりも前の本文に原則となる範囲が記載されていることを前提とし、その本文の範囲から例外的に除外される部分を規定するクレーム記載形式である。しかしながら、ただし書の記載は、本文の範囲(「R1はフッ素であり、R2は塩素であり」との記載)に文言上包含されていない部分(「R1及びR2が同時に水素原子である」との部分)を、本文の範囲から除外しようとするものであるから、本文の記載とただし書の記載に矛盾があり、両者の関係が不明瞭である。
また、ただし書における「同時に水素原子であることはない」との記載は、「いずれか片方が水素であってもよい」こと、すなわち、R1及びR2のいずれか片方が水素である化合物は除かずに維持することを明示するものであり、R1及びR2のそれぞれが水素であり得ることを前提としているが、本文においては、文言上R1及びR2の選択肢に水素が含まれていないから、本文の記載とただし書の関係は不明瞭である。
そうすると、本件訂正前の請求項1の本文のR1及びR2の範囲には、水素を含むはずであり、このことは、本件明細書に具体的に記載されているR1とR2の組合せ(表1の化合物1ないし196)の大部分(化合物1ないし168)がR1又はR2が水素であることとも整合している。
したがって、本件訂正前の請求項1の特許請求の範囲の記載及び本件明細書の記載を考慮すると、本件訂正前の請求項1の本文の「R1はフッ素であり、R2は塩素であり」との記載において実質的に理解されるR1の定義は「フッ素又は水素」、R2の定義は「塩素又は水素」であるというべきであるから、本文の上記記載は不明瞭である。』
『本件訂正前の請求項1の本文のR1及びR2についての記載はただし書の記載との関係において不明瞭であり、R2の範囲には水素が含まれるはずであると合理的に解釈されるから、訂正事項2により、本文のR2の範囲に水素を記載することは、本来の意味を明らかにする訂正に該当する。
したがって、訂正事項2は、明瞭でない記載の釈明を目的とする訂正である。』
『訂正事項2の特許法126条6項の要件の適合性の判断の誤り
前記(1)のとおり、本件訂正前の請求項1の本文の「R1はフッ素であり、R2は塩素であり」との記載は、ただし書の「R1及びR2が同時に水素原子であることはない。」との関係が不明瞭であり、実質的に、本文のR1及びR2の範囲は、塩素だけではなく水素を含むはずであると理解される。
そして、訂正事項2は、本件訂正前の請求項1の記載に基づいて理解されるR2の範囲から塩素を削除することによりR2の範囲を限定するものであり、実質上特許請求の範囲を変更する訂正ではないことは明らかであるから、これと異なる本件審決の判断は誤りである。』
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『訂正事項2が実質上特許請求の範囲を変更するものであるか否かについて
ア 訂正をすべき旨の審決が確定したときは、訂正の効果は出願時に遡って生じ(特許法128条)、訂正された特許請求の範囲の記載に基づいて技術的範囲が定められる特許発明の特許権の効力は第三者に及ぶことに鑑みると、同法126条6項の「実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するもの」であるか否かの判断は、訂正の前後の特許請求の範囲の記載を基準としてされるべきであり、「実質上」の拡張又は変更に当たるかどうかは訂正により第三者に不測の不利益を与えることになるかどうかの観点から決するのが相当である。
また、特許請求の範囲の記載に関し、同法36条5項前段は、特許請求の範囲には、請求項に区分して、各請求項ごとに特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならないと規定している。この規定の趣旨は、一つの請求項から発明が把握されるようにするため、各請求項ごとに特許出願人自らが「特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべて」と判断した事項を特許請求の範囲に記載することを求めたものと解されるから、客観的にみると、一つの請求項に内容的に重複する記載がある場合であっても、相互に矛盾するものでなければ、特許出願人自らが「特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項」と判断したものとして解釈するのが相当である。
以上を前提に、訂正事項2が実質上特許請求の範囲を変更するものであるか否かについて判断する。
イ 本件訂正前の請求項1のただし書の「ただし、R1及びR2が同時に水素原子であることはない。」との文言は、その文理上、R1及びR2の両方が水素原子でないことを特定するにとどまり、R1又はR2のいずれか一方が必ず水素原子であることまで特定したものと理解することはできない。
しかるところ、本件訂正前の請求項1の記載全体をみると、「R1はフッ素であり」及び「R2は塩素であり」との記載があり、この記載は、「R1」を「フッ素」に、「R2」を「塩素」にそれぞれ特定したものであることは明らかである。そして、この記載は、R1及びR2の両方が水素原子でないことをも意味するものと理解できるから、その点においては、ただし書の記載と重複する内容を含むものであるが、相互に矛盾するものではない。
また、本件明細書の「前記化学式1において、…R1及びR2は各々水素原子、C1-C6アルコキシ、C1-C6アルキルまたはハロゲンであり、…前記ハロゲンはフッ素、塩素、臭素またはヨー素を意味する。」(【0009】)及び「本発明による前記化学式1で表される化合物において、特に好ましくは、…R1及びR2は水素原子、F、Cl、メチルまたはメトキシであり」(【0010】)との記載中には、化学式1のR1及びR2の例としてF(フッ素)及びCl(塩素)が開示されているから、本件訂正前の請求項1において「R1」を「フッ素」に、「R2」を「塩素」に特定することは、本件明細書の記載との関係においても整合するものである。
そうすると、ただし書の記載と「R1はフッ素であり」及び「R2は塩素であり」との記載は、「特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項」であると理解できるものであり、本件訂正前の請求項1におけるR1及びR2の定義が不明瞭であるということはできない。
このように訂正事項2は、本件訂正前の請求項1記載の「R2」の「塩素」を「水素」に訂正するものであるから、特許請求の範囲を変更するものである。また、本件訂正前の請求項1の「R1はフッ素であり」及び「R2は塩素であり」との記載文言から、R1は「フッ素又は水素」を、R2は「フッ素又は水素」を実質的に意味するものと理解することはできないから、訂正事項2による特許請求の範囲の変更は、減縮的な変更には当たらない。
そして、訂正事項2により、請求項1に係る発明は、本件訂正前の請求項1に記載される化合物1の置換基である「R2」が塩素である化合物群から訂正後の「R2」が水素である化合物群に変更されることになるから、この変更により、本件訂正前の請求項1の記載の表示を信頼した第三者に不測の不利益を与えることになることは明らかである。
したがって、訂正事項2は、実質上特許請求の範囲を変更するものと認められるから、特許法126条6項の要件に適合しないというべきである。これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。』
[コメント]
特許法126条6項の規定の趣旨は『訂正前の特許請求の範囲には含まれない発明が訂正後の特許請求の範囲に含まれることとなると、第三者にとって不測の不利益が生じるおそれがあるため、そうした事態が生じないことを担保する』ことであり(知財高裁平成26年(ネ)第10109号同27年10月28日判決、知財高裁平成27年(行ケ)第10239号同28年11月21日判決)、本判決も同様の趣旨に基づき判断している。原告らは、本件訂正が特許法126条6項違反でないことを主張するために、『①本件訂正前の記載が明瞭でない』→『②本来の意味を明らかになるよう解釈することで、実質的に特許請求の範囲を拡張する』→『③拡張された範囲内での限定に過ぎないため、本件訂正は特許請求の範囲の変更でない』との三段論法に基づき主張しているが、②段階目の解釈が特許法126条6項の規定の趣旨に反することは明らかであり、やはり本件訂正には無理があったことは否めない。判決文中には、本件訂正前の補正が弁理士による錯誤によりされたものとの記載があるが、特許法126条6項の規定との関係で、一旦権利化されると訂正のハードルは著しく高まるため、補正、訂正に際して、弁理士には細心の注意が求められる。
以上
(担当弁理士:山下 篤)

平成30年(行ケ)第10133号「1-[(6、7-置換―アルコキシキノキサリニル)アミノカルボニル]-4-(ヘテロ)アリールピペラジン誘導体」事件

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