IP case studies判例研究

平成29年(行ケ)第10194号(第1事件)、平成29年(行ケ)第10190号(第2事件)「ガスセンサ素子及びその製造方法」事件

名称:「ガスセンサ素子及びその製造方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29年(行ケ)第10194号(第1事件)、平成29年(行ケ)第10190号(第2事件) 判決日:平成30年9月20日
判決:審決取消
特許法29条2項
キーワード:進歩性、動機付け
判決文: http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/002/088002_hanrei.pdf
[概要]
甲3には、製造誤差の程度を勘案して固体電解質体の表面が露出する程度の隙間を設定すること等が記載も示唆もされていないし、当該事項が当業者にとって当然の技術常識であると認めるに足りる証拠も見当たらないから、引用発明2に甲3技術を適用するに当たり、当業者が「電極と接着剤との間に隙間を設ける」構成を採用する動機付けがあると認めることはできないとして、進歩性を否定した審決が取り消された事例。
[事件の経緯]
被告(第1事件被告)は、特許第5104744号の特許権者である。
原告(第1事件原告)が、当該特許の請求項1~4に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2014-800031号)を請求し、被告が訂正を請求したところ、特許庁が、被告の訂正請求を認めた上、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消す旨の判決(前判決)をし、その後、前判決は確定した。
特許庁において、上記無効審判の審理が再開され、被告が訂正を請求したところ、特許庁が、被告の訂正請求を認めた上、請求項1に係る発明についての特許を無効とする、請求項2、3に係る発明についての審判請求は成り立たない、との審決(本件審決)をしたため、原告は、第1事件を、被告は、第2事件をそれぞれ提起した。
知財高裁は、被告の請求を認容し、審決のうち、請求項1に係る発明についての特許を無効とする、との部分を取り消した。
[本件発明1(本件訂正後の請求項1に記載された発明](「1A)」等の符号は本件審決で付されたもの)
1A) 固体電解質シートの両表面の互いに対向する位置に一対の電極を設けてなるガスセンサ素子において、
1B) 上記固体電解質シートは、電気絶縁性を有するアルミナ材料からなるアルミナシートに設けた充填用貫通穴内に、酸素イオン導電性を有するジルコニア材料からなるジルコニア充填部を配設してなり、
1C) 上記一対の電極は、上記ジルコニア充填部の両表面に設けてあり、
1D) 上記アルミナシートの両表面には、該アルミナシートよりも薄く、電気絶縁性を有するアルミナ材料からなる一対の表面アルミナ層が積層してあり、
1E) 該一対の表面アルミナ層には、上記ジルコニア充填部の配設箇所に対応して開口用貫通穴が設けてあり、
1F) 該開口用貫通穴は、上記ジルコニア充填部よりも小さく、上記ジルコニア充填部における上記電極よりも大きな形状に形成し、
1G) 上記開口用貫通穴の周縁部は、上記ジルコニア充填部の両表面における外縁部に重なって、
1H) 上記表面アルミナ層によって、上記ジルコニア充填部が上記充填用貫通穴から抜け出るのを防止し、
1I) 上記ジルコニア充填部に設けた上記電極と上記開口用貫通穴との隙間から、上記ジルコニア充填部の表面を露出させることを特徴とする
1K) ガスセンサ素子。
[主な取消事由]
本件発明1における相違点1の容易想到性についての判断の誤り(被告主張の取消事由・取消事由2)
[本件発明1と引用発明2の1との相違点]
<相違点1>
本件発明1は、
「1D) 上記アルミナシートの両表面には、該アルミナシートよりも薄く、電気絶縁性を有するアルミナ材料からなる一対の表面アルミナ層が積層してあり、
1E) 該一対の表面アルミナ層には、上記ジルコニア充填部の配設箇所に対応して開口用貫通穴が設けてあり、
1F) 該開口用貫通穴は、上記ジルコニア充填用貫通穴よりも小さく、上記ジルコニア充填部における上記電極よりも大きな形状に形成し、
1G) 上記開口用貫通穴の周縁部は、上記ジルコニア充填部の両表面における外縁部に重なって、
1H) 上記表面アルミナ層によって、上記ジルコニア充填部が上記充填用貫通穴から抜け出るのを防止し、
1I) 上記ジルコニア充填部に設けた上記電極と上記開口用貫通穴との隙間から、上記ジルコニア充填部の表面を露出させる」のに対して、
引用発明2の1は、そのような表面アルミナ層を備えていない点。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『(3)本件審決が認定した引用発明2の1及び甲3技術1並びに本件発明1と引用発明2の1との一致点及び相違点については、当事者間に争いがない。
(4)本件審決は、本件発明1における相違点1のうち、構成要件1I)の「ジルコニア充填部に設けた電極と開口用貫通穴との隙間から、ジルコニア充填部の表面を露出させること」に関し、引用発明2の1に甲3技術1を適用して接着剤表面アルミナ層とするに当たり、
①甲3の記載から、接着剤表面アルミナ層が、第1電極や第2電極の表面の周縁部と重複してしまうと、第1電極又は第2電極の他の部分、及び、接着剤表面アルミナ層の他の部分と比較して厚くなってしまうことから、アルミナからなる接着剤の層を導体層の平坦部と略面一にすることによって、各未焼成シート又は各未焼成スペーサに亀裂が発生することを防止するという目的が果たせなくなることは当業者にとって明らかであるから、アルミナからなる接着剤の層と導体層が略面一であることが必須であるのに対して、アルミナからなる接着剤の層と導体層の側面とが隙間を空けることなく接することは必須ではないことは、当業者にとって明らかである、
②第1電極又は第2電極の表面の周縁部に、接着剤表面アルミナ層を隙間なく接触させるように設計又は製造を行うと、避けることのできない製造誤差により、第1電極又は第2電極と接着剤表面アルミナ層が重複することがあり得るので、そのような事態を回避するために、第1電極及び第2電極と接着剤アルミナ層との間に隙間を設けることによって余裕を持たせ、第1電極及び第2電極と接着剤表面アルミナ層との重複を回避することは、当業者が適宜なし得ることである、
③そして、その隙間をどの程度にするかは、製造誤差の程度等を勘案して当業者が適宜設定し得るものであって、固体電解質体の表面が露出する程度の隙間とすることも適宜設定し得る範囲内のものである、と判断した。
(5)そこで検討するに、本件審決が認定したとおり、甲3には、甲3技術1が記載されており、本件特許に係る出願当時、積層タイプのガスセンサ素子において、これを構成する各未焼成シートをアルミナからなる接着剤を介して積層することは、当業者にとって周知の技術であったと認められる。しかし、甲3には、①接着剤が導体層の周縁部に重複すると、亀裂の発生を防止することができないから、導体層と接着剤とが隙間なく接することは必須ではないことや、②避けることのできない製造誤差により、接着剤が導体層の周縁部に重複すること、また、③製造誤差の程度を勘案して、固体電解質体の表面が露出する程度の隙間を設定することは、記載も示唆もされていないし、上記①~③の事項が、当業者にとって当然の技術常識であると認めるに足りる証拠も見当たらない。
仮に、「製造誤差」を考慮して接着剤の量を調整することが、当業者の技術常識であるとしても、甲3の段落【0049】及び【0050】の記載、及び当該段落が引用する図6~9に接した当業者は、接着剤の量は、導体層に設けられた平坦部と略面一となるように、すなわち、当該平坦部との間にできるだけ隙間を生じないように調整するものと理解すると認めるのが相当である。
そうすると、引用発明2の1に甲3技術1を適用するに当たり、当業者が「電極と接着剤との間に隙間を設ける」構成を採用する動機付けがあると認めることはできず、構成要件1I)に係る「上記ジルコニア充填部に設けた上記電極と上記開口用貫通穴との隙間から、上記ジルコニア充填部の表面を露出させる」構成を、当業者が容易に想到できたということはできない。
(6)原告の主張について
この点に関連して、原告は、甲3に導体層等の周りを接着剤で埋めることについての記載はないから、導体層と接着剤とを隙間なく密着させることまでが必要とされているのではないと主張する。
甲3に、導体層等の周りを接着剤で埋めるとの文言が明記されていないのは原告が主張するとおりであるが、甲3に、上記(5)の①~③の事項が記載も示唆もされていないことは、上記(5)において説示したとおりである。そして、甲3の段落【0049】には、接着剤を導体層における平坦部と略面一になるように塗布したと記載されている上に、当該段落が引用する図6及び7、並びに段落【0050】が引用する図8及び9には、当該接着剤が導体層に隙間なく接するように塗られている図が描かれていることからすると、これらの記載に接した当業者は、接着剤を当該平坦部との間にできるだけ隙間を生じないように塗布するものと理解するのが自然というべきである。
したがって、この点についての原告の主張を採用することはできない。』
[コメント]
特許庁は、「電極と接着剤との間に隙間を設ける」という構成は、甲3の目的を果たすのに必須の構成とされていないとした上で、避けることのできない製造誤差による不利益を回避するために隙間を設けることは、当業者が適宜なし得ることであるとした。
これに対して、裁判所は、避けることのできない製造誤差による不利益を回避することは、当業者にとって当然の技術常識であると認めるに足りる証拠も見当たらないし、甲3の記載(接着剤が導体層に隙間なく接するように塗られている図が描かれていること)からすると、当業者は、接着剤をできるだけ隙間を生じないように塗布するものと理解するのが自然というべきである、と認定した。
甲3に接着剤が導体層に隙間なく接するように塗られている図が描かれていることや、隙間を設けてもよい記載がない以上は、甲3に接した当業者であれば、隙間を設けない構成を採用することが自然であると思われる。甲3に記載されていない懸念事項(製造誤差による不利益等)まで読み込んで、隙間を設ける構成を採用する動機付けがあるとする特許庁の認定は、本願の構成(隙間を設ける)を知った上で、甲3の構成を本願の構成となるように変更しようとしているように見え、後知恵感がある。
裁判所の判断は、後知恵を極力排除した判断と考える。技術常識であれば、証拠に記載がなくても設計変更できると考えることはできるが、技術常識でない事項まで読み込んで本願発明の構成に想到できるとした特許庁の判断は、やや行き過ぎのように感じる。
なお、本件の前判決(平成27年(行ケ)10126号)では、請求項1において、「開口用貫通穴」につき、「上記電極よりも大きな形状に形成」としか限定してなかったため、引用発明2及び甲3技術に基づき進歩性が否定(進歩性を肯定する審決が取消)されていたが、本判決では、「ジルコニア充填部に設けた上記電極と上記開口用貫通穴との隙間から、上記ジルコニア充填部の表面を露出させる」という構成が訂正により追加された結果、進歩性が認められた結果となった。
以上
(担当弁理士:奥田 茂樹)

平成29年(行ケ)第10194号(第1事件)、平成29年(行ケ)第10190号(第2事件)「ガスセンサ素子及びその製造方法」事件

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