IP case studies判例研究

平成28年(行ケ)第10011号「掘削土飛散防止装置」事件

名称:「掘削土飛散防止装置」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)第10011号 判決日:平成28年12月7日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:進歩性、動機付け、使用形態の相違
[概要]
副引用発明の掘削土飛散防止装置は土砂の取除き作業を目的とし、一方で、主引用発明の伸縮カバーはこのような目的を有しないほか、副引用発明のジャバラ筒と主引用発明の伸縮カバーとは使用態様も異なるから、副引用発明の掘削土飛散防止装置を主引用発明の伸縮カバーに組み合わせる動機付けはないとして、本件発明の進歩性が肯定された事例。
[事件の経緯]
被告は、特許第4553629号の特許権者である。
原告が特許無効審判(無効2013‐800233号)を請求し、被告が訂正請求をしたところ、特許庁が、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件発明1]
【請求項1】
地盤を掘削するための掘削ビットをハンマシャフトの先端に備えたダウンザホールハンマと、/前記ハンマシャフトの一端が連結され、前記ダウンザホールハンマを回転駆動するための回転駆動装置と、/前記回転駆動装置から垂下し、前記ダウンザホールハンマを囲繞するように設けられ、下端側から前記ダウンザホールハンマの掘削ビットが突き出るように形成されたケーシングと、/前記ダウンザホールハンマの掘削ビットによって削り出される掘削土が吹き上げられた際に通過するようになっており、前記ケーシングの内壁と前記ダウンザホールハンマとの間に形成された通路と、/前記ケーシングに形成され、前記通路を通り抜けて吹き上げられた掘削土を前記ケーシングの外側に排出するための排土口と、を有する掘削装置を用いた掘削施工において排出される前記掘削土が、当該掘削装置の周囲に飛散するのを防止するための掘削土飛散防止装置であって、
前記掘削土飛散防止装置は前記ケーシングの少なくとも一部を囲繞するように、前記回転駆動装置から前記ハンマシャフトに沿って垂下した状態で取り付け可能に構成された筒状部を含んでおり、
筒状部は蛇腹状の側壁を有するように形成され、自在に伸縮できるように構成され、
また、前記掘削土飛散防止装置は前記排土口を介して前記ケーシングの外側へ排出された前記掘削土が衝突するようになっている衝突部を含んでおり、
前記排土口から所定距離離隔した状態で、前記衝突部が前記ケーシングの外側から前記排土口を臨むように設けられ、
前記掘削土飛散防止装置は、さらに、蛇腹状の側壁を有する前記筒状部の下端近傍に、その一端が連結されたワイヤーと、
少なくとも掘削作業中において、垂下された状態の前記筒状部の上端から下端までの長さを調整するために、前記ワイヤーを自在に巻き取りまたは繰り出すことができるように構成されており、前記ワイヤーの他端が連結されている巻き取り装置と、を有しており、
前記巻き取り装置によって前記ワイヤーが巻き取られた際には、巻き取りに伴って前記筒状部が縮退し、/前記巻き取り装置によって前記ワイヤーが繰り出された際には、繰り出しに伴って前記筒状部が排土口のみならずケーシングを取り囲むことができる筒状部が伸展するようになっていて、
サイレンサーとして機能するようにもした、
前記衝突部に衝突した前記掘削土は、当該掘削装置の周囲に飛散することなく、前記衝突部と前記排土口との間の間隙を介して、自重によって前記衝突部の下方へ向かって落下するようになっていることを特徴とする掘削土飛散防止装置。
[取消事由]
取消事由1.明確性判断の誤り
取消事由2.新規性判断の誤り
取消事由3.引用発明1に基づく本件発明1の進歩性判断の誤り
取消事由4.公知公然実施発明(甲8)に基づく本件発明1の進歩性判断の誤り
取消事由5.本件発明5の進歩性判断の誤り
取消事由6.本件発明6の進歩性判断の誤り
取消事由7.手続上の瑕疵
[審決で認定された相違点2]
・相違点2
本件発明1は、装置が「さらに、/蛇腹状の側壁を有する前記筒状部の下端近傍に、その一端が連結されたワイヤーと、/少なくとも掘削作業中において、垂下された状態の前記筒状部の上端から下端までの長さを調整するために、前記ワイヤーを自在に巻き取りまたは繰り出すことができるように構成されており、前記ワイヤーの他端が連結されている巻き取り装置と、を有しており、/前記巻き取り装置によって前記ワイヤーが巻き取られた際には、巻き取りに伴って前記筒状部が縮退し、/前記巻き取り装置によって前記ワイヤーが繰り出された際には、繰り出しに伴って前記筒状部が排土口のみならずケーシングを取り囲むことができる筒状部が伸展するようになって」いるのに対し、引用発明はその特定がない点。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
取消事由6(進歩性判断の誤り)について
『そして、引用例2には、伸縮カバー(34)の構成について「中空コンクリート杭(1)の外周」を覆うものであって、「上端はチャック部(54)に、下端は掘削場所の周囲を覆うように設置されている」ものであると記載され(【0042】)、その作用については、押し上げられた土砂(17)は、「カバー(34)と中空コンクリート杭(1)との間を通って落下し、中空コンクリート杭(1)の周囲に堆積する」との記載があるにとどまる(【0047】)。一方、引用例2には、周囲に堆積した土砂(17)の除去に関する記載はなく、さらには、堆積した土砂の除去作業と伸縮カバー(34)との関係に関する記載もない。
そうすると、引用発明の伸縮カバー(34)は、押し上げられた土砂(17)を、中空コンクリート杭(1)との間を通って落下させ、中空コンクリート杭(1)の周囲に堆積させるという土砂の飛散を防止する目的を有するものということはできるものの、堆積土砂の取除き作業等を行うことを目的とするものということはできない。』
『引用発明6の掘削土飛散防止装置のジャバラ筒4は、削孔作業中、下端と地表との間に所定の高さを有するのに対し、引用発明の伸縮カバー(34)は、掘削時、下端が掘削場所の周囲を覆うように設置され、接地しており、使用態様が相違する。そして、作業中、筒状部の下端を所定の高さに維持することを前提とした引用発明6の掘削土飛散防止装置を、筒状部の下端を接地させる引用発明に適用することは直ちに想到できるものではない。』
『(ウ) 動機付けについて
以上のとおり、引用発明6の掘削土飛散防止装置は、堆積土砂の取除きや羽根上の土砂の取除き作業を行うことを目的とするものである一方で、引用発明の伸縮カバー(34)がこのような目的を有するということはできないほか、引用発明6の掘削土飛散防止装置のジャバラ筒4と、引用発明の伸縮カバー(34)とは、作業中、下端が接地しているか否かで使用態様も異なるものであるから、引用発明6の掘削土飛散防止装置を引用発明の伸縮カバー(34)に組み合わせようとする動機付けは存しないというべきである。したがって、引用発明において相違点2に係る本件発明1の構成を備えるようにすることを、引用発明6に基づいて当業者は容易に想到することができない。』
『b  原告は、引用発明6の掘削土飛散防止装置も、引用発明の伸縮カバー(34)も、土砂の飛散を防止することには変わりがない旨主張する。確かに、引用発明6の掘削土飛散防止装置は、「従来のリーダレスオーガ削孔機の重大な欠陥であった土砂飛散の問題を根本的に解消」するものである(【0008】)。しかし、前記(ウ)のとおり、引用発明6の掘削土飛散防止装置と引用発明の伸縮カバー(34)の目的は相違し、筒状部が接地しているか否かという使用態様も相違するから、引用発明6の掘削土飛散防止装置が、土砂の飛散を防止する機能を有するものであったとしても、これらの相違を捨象して、引用発明6の掘削土飛散防止装置を引用発明に適用することが容易になるものではない。また、前記(ア)aのとおり、引用発明6のワイヤーに関する構成は、削孔作業中に筒状部を所定の高さに保持することにより、堆積土砂の取除きや羽根上の土砂の取除き作業を行うことを目的とするためのものであって、筒状部の高さ保持のために採用された構成であるから、引用発明6の掘削土飛散防止装置からワイヤーに関する構成だけを取り出すことはできない。したがって、引用発明6の掘削土飛散防止装置が土砂の飛散を防止するという機能を有していたとしても、このことを根拠に、引用発明6の掘削土飛散防止装置のうちワイヤーに関する構成だけを引用発明に適用することを容易に想到できるものではない。』
[コメント]
本件発明がA(蛇腹状の側壁を有する筒状部)+B(筒状部を巻き取るためのワイヤー及び巻き取り装置)である場合において、引用文献甲(引用例2)にAが記載され、引用文献乙(引用例6)にはB+C(筒状部の下端を地面に対して高さHに維持すること)が記載されている場合に、引用文献甲と乙の組み合わせで本件発明が容易に想到し得ると判断されるケースがある。
それに対して、本判決では、(1)引用文献甲と乙に係る発明の目的のみならず、使用態様も相違していることから、これらの文献に係る発明の組み合わせの動機づけを否定して、本件発明の進歩性を肯定した。
なお、原告の主張に対する見解としては、(1)に加えて、(2)引用文献乙に記載の発明はB+Cで一体として見るべきであり、Bのみを抽出して認定すべきではないという判示も行っている。この(2)の判示が本判決の結論に影響しているかどうか定かではないが、意見書において一般的に行われる反論の手法である。
以上
(担当弁理士:佐伯 直人)

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