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平成22年(ネ)第10043号 「プラバスタチンナトリウム」事件(特許権侵害差止請求控訴事件)

名称:「プラバスタチンナトリウム」事件(特許権侵害差止請求控訴事件)
知財高裁特別部(大合議部):平成 22 年(ネ)第 10043 号 判決言渡:平成 24 年 1 月 27 日
(原審:東京地裁:平成19年(ワ)第35324号 判決言渡: 平成22年3月31日)
判決:請求棄却
特許法:70条、104条の3
キーワード:特許発明の技術的範囲、プロダクト・バイ・プロセス・クレーム
[概要]
プロダクト・バイ・プロセス・クレームにより特定された発明につき、当該発明の技術的
範囲は,原則、当該製造方法により製造された物に限定されるものとして解釈・確定される
べきであり、被告製法は,本件製法要件を充足しないから、非侵害と判断された事例。
[特許請求の範囲]
【請求項1】
次の段階:
a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し,
b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し,
c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し,
d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え,そして
e)プラバスタチンナトリウム単離すること,
を含んで成る方法によって製造される,プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未
満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム。
[主な争点]
被告製品が本件各発明の技術的範囲に属するか。
[原審の判断]
① 物の発明について,特許請求の範囲に当該物の製造方法が記載されている場合には,「物
の発明」であるからといって,製造方法の記載を除外して技術的範囲を解釈すべきではない。
② 物の構成を記載して当該物を特定することが困難であって,製造方法によって物を特定せ
ざるを得ないなどの特段の事情があるときは,製造方法の記載を除外して,技術的範囲を解
釈することができる。
③ 本件特許は,物の特定のために製造方法を記載する必要はないこと,そのような特許請求
の範囲の記載となるに至った出願の経緯からすれば,上記特段の事情は認められない。
④ 被告製品は工程a)要件を充足しないので,特許権侵害とはならない。
[知財高裁の判断]
1 本件各発明の技術的範囲について
特許権侵害訴訟における特許発明の技術的範囲の確定について,法70条は,その第1項
で「特許発明の技術的範囲は,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなけれ
ばならない」とし,その第2項で「前項の場合においては,願書に添付した明細書の記載及
び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする」などと
定めている。
したがって,特許権侵害を理由とする差止請求又は損害賠償請求が提起された場合にその
基礎となる特許発明の技術的範囲を確定するに当たっては,「特許請求の範囲」記載の文言を
基準とすべきである。
そうすると,本件のように「物の発明」に係る特許請求の範囲にその物の「製造方法」が
記載されている場合,当該発明の技術的範囲は,当該製造方法により製造された物に限定さ
れるものとして解釈・確定されるべきであって,特許請求の範囲に記載された当該製造方法
を超えて,他の製造方法を含むものとして解釈・確定されることは許されないのが原則であ
る。
もっとも,本件のような「物の発明」の場合,特許請求の範囲は,物の構造又は特性によ
り記載され特定されることが望ましいが,物の構造又は特性により直接的に特定することが
出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するときには,・・・その技術的範囲は,
特許請求の範囲に特定の製造方法が記載されていたとしても,製造方法は物を特定する目的
で記載されたものとして,特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく,「物」
一般に及ぶと解釈され,確定されることとなる。
また,特許権侵害訴訟における立証責任の分配という観点からいうと,物の発明に係る特
許請求の範囲に,製造方法が記載されている場合,その記載は文言どおりに解釈するのが原
則であるから,真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム(下記※1参照)に該当すると
主張する者において「物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不
可能又は困難である」ことについての立証を負担すべきであり,もしその立証を尽くすこと
ができないときは,不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム(下記※2参照)である
ものとして,発明の技術的範囲を特許請求の範囲の文言に記載されたとおりに解釈・確定す
るのが相当である。
※1 真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム
物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難であるとの事
情が存在するため,製造方法によりこれを行っているクレーム
※2 不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム
物の製造方法が付加して記載されている場合において,当該発明の対象となる物を,その構造又
は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在する
とはいえないクレーム
そこで,本件発明1において,上記「物の特定を直接的にその構造又は特性によることが
出願時において不可能又は困難であるとの事情」が存在するか否かについて検討する。
証拠及び弁論の全趣旨によれば,・・・特許請求の範囲請求項1に記載された「プラバスタ
チンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満
であるプラバスタチンナトリウム」には,その製造方法によらない限り,物を特定すること
が不可能又は困難な事情は存在しないと認められる。したがって,本件発明1の技術的範囲
は,本件製法要件によって製造された物に限定される。
・被告製品の構成要件充足性について
ア 物としての同一性の有無
被告製品は,プラバスタチンラクトンの混入量が0.2重量%未満であり,エピプラバの
混入量が0.1重量%未満であるプラバスタチンナトリウムであるから,本件発明1の構成
要件中,後段の「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバ
の混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」を充足する。
イ 本件製法要件の充足性の有無
・被告製法(え)、被告製法(お)の2
工程a)の「濃縮有機溶液」には該当しないと認めるのが相当である。
したがって,被告製法は,本件発明1の工程a)の要件を充足しないことになる。
ウ 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,被告製品は本件発明1の技術的
範囲には属さないと認められる。
2 本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものかについて
前記1で述べたことによると,一審被告たる被控訴人の製造販売する被告製品は本件発明
1の技術的範囲に属しないことになるが,以下,念のため,一審被告たる被控訴人が抗弁と
して主張する「本件特許が特許無効審判により無効にされるべき」かについての判断も示す
こととする。
(1) 発明の要旨の認定について
法104条の3は,「特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において,当該特許が特許無
効審判により無効にされるべきものと認められるときは,特許権者又は専用実施権者は,相
手方に対しその権利を行使することができない。」と規定するが,法104条の3に係る抗弁
の成否を判断する前提となる発明の要旨は,上記特許無効審判請求手続において特許庁(審
判体)が把握すべき請求項の具体的内容と同様に認定されるべきである。
すなわち,本件のように,「物の発明」に係る特許請求の範囲にその物の「製造方法」が記
載されている前記プロダクト・バイ・プロセス・クレームの場合の発明の要旨の認定につい
ては,前述した特許権侵害訴訟における特許発明の技術的範囲の認定方法の場合と同様の理
由により,① 発明の対象となる物の構成を,製造方法によることなく,物の構造又は特性に
より直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するとき
は,その発明の要旨は,特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく,「物」
一般に及ぶと認定されるべきであるが(真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム),② 上
記①のような事情が存在するといえないときは,その発明の要旨は,記載された製造方法に
より製造された物に限定して認定されるべきである(不真正プロダクト・バイ・プロセス・
クレーム)。
この場合において,上記①のような事情が存在することを認めるに足りないときは,これ
を上記②の不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームとして扱うべきものと解するのが
相当である。
上記の観点から本件を検討するに,本件特許には,上記①にいう不可能又は困難であると
の事情の存在が認められないことは前述のとおりであるから,特許無効審判請求における発
明の要旨の認定に際しても,特許請求の範囲に記載されたとおりの製造方法により製造され
た物として,その手続を進めるべきものと解され,法104条の3に係る抗弁においても同
様に解すべきである。
(具体的な検討については省略するが、乙30文献に記載された発明に基づいて進歩性なし
→本件特許権を行使することができない、と判断された。)

平成22年(ネ)第10043号 「プラバスタチンナトリウム」事件(特許権侵害差止請求控訴事件)

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