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令和2年(ネ)第10004号「光照射装置」事件

名称:「光照射装置」事件
特許権侵害差止等請求控訴事件
知的財産高等裁判所:令和2年(ネ)第10004号 判決日:令和2年9月30日
判決:原判決変更
関連条文:特許法102条2項
キーワード:損害額の推定の覆滅
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/805/089805_hanrei.pdf
[概要]
一審被告の各製品の構成における事情や業界常識等を考慮した上での損害額の推定覆滅事由の検討により、原審で認定された損害額が変更された事例。
[事件の経緯]
一審原告は、特許第4366431号の特許権者である(本件特許権は、平成22年8月26日から平成26年11月21日までの期間、一審原告と他社との間でそれぞれの持分を2分の1とする共有に係っていた。)。
一審では、一審被告による各製品につき、一審原告の特許権を侵害するとの判断がなされ、差止請求と損害額の一部について認められた。
一審原告及び一審被告は、それぞれ原判決を不服として、知財高裁に控訴した。
知財高裁は、原判決のうちの損害額に関して変更を行った。
[本件発明]
本件特許権者は、二度の訂正審判請求により上記特許権に係る特許請求の範囲の訂正を行っている。(以下、請求項1のみを転載する。)
【請求項1】
A 複数の同一のLEDを搭載したLED基板と、
B 前記LED基板を収容する基板収容空間を有する筐体と、を備えた、
C ライン状の光を照射する光照射装置であって、
D 電源電圧とLEDを直列に接続したときの順方向電圧の合計との差が所定の許容範囲となるLEDの個数をLED単位数とし、
E 前記LED基板に搭載されるLEDの個数を、順方向電圧の異なるLED毎に定まるLED単位数の最小公倍数とし、
F 複数の前記LED基板を前記ライン方向に沿って直列させてある
G 光照射装置。
[争点]
1 無効の抗弁の成否(訂正要件違反、進歩性欠如、サポート要件違反)
2 先使用権の成否
3 自由技術の抗弁の成否
4 作用効果不奏功の抗弁の成否
5 一審被告の過失の有無
6 一審原告の損害額(損害額の推定覆滅事由)
7 消滅時効の成否
8 一審原告の利益額(予備的請求関係)
以下、争点6の内容についてのみ取り扱う。
[一審原告の主張]
画像処理LED照明の市場の国内シェアにおいては、一審原告が1位、一審被告が2位であり、当該市場において一審原告のシェアは全体の2割を超えている。かかる事情により、原審が判断した推定覆滅の割合は見直されるべきである。
[一審被告の主張]
順方向電圧が同じである白色LEDと青色LEDにおいては、そもそも基板サイズが異なることがないため、一審原告の特許発明の作用効果を奏するものではない。また、これらと順方向電圧が異なる赤色LEDは、白色LEDや青色LEDと比較して暗く、検査用の照明としての需要が極めて少ないという業界常識があり、一審原告の特許発明の作用効果を奏する場合であっても、その効果による販売額への寄与や貢献は極めて低く、顧客吸引力があるとは認められない。つまり、損害額の推定においては、かかる事情を推定覆滅事由として考慮すべきである。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『7 争点6(一審原告の損害額)について
(1) 特許法102条2項に基づく損害額について
・・・(略)・・・
(a) ①について
本件再訂正により、本件再訂正前の第1次訂正発明(請求項1)の「LED基板」の枚数及び配置が「複数の前記LED基板を前記ライン方向に沿って直列させてある」構成に特定されたこと、第1次訂正発明の技術的意義は、前記2(1)ア、イ(イ)及びウで説示したとおりである。また、本件明細書の【0009】及び【0041】の記載から、順方向電圧の異なるLED毎に定まるLEDの個数をLED単位数の「最小公倍数」にすることにより可及的に小さくしたLED基板の直列させる数を変えることで、このLED基板を様々な長さの光照射装置に用いることができるようになることを理解できる。
これらを総合考慮すると、本件再訂正発明の技術的意義は、順方向電圧の異なる種類のLEDを用いたライン状の光を照射する光照射装置において、LED基板の大きさを同一にして、部品の共通化により部品点数の削減、製造コストの削減を実現することを主たる課題とし、電源電圧とLEDを直列に接続したときの順方向電圧の合計との差が所定の許容範囲となるLEDの個数をLED単位数とし、LED基板に搭載するLEDの個数を順方向電圧の異なるLED毎に定まるLED単位数の「最小公倍数」とする構成を採用したことにより、順方向電圧の異なるLED同士でLED基板に搭載されるLEDの個数を同一にし、順方向電圧の異なるLEDが搭載されるLED基板同士の大きさを同じにすることができ、また、LED基板を収容する筐体として同一のものを用いることができることから、LED基板及び筐体などの部品を共通化し、部品点数を削減することができるとともに、製造コストを削減するという効果を奏し、さらに、LED基板の大きさを可及的に小さくして、汎用性を向上させるという効果を奏し、加えて、「複数の前記LED基板を前記ライン方向に沿って直列させてある」構成を採用したことにより、可及的に小さくしたLED基板の直列させる数を変えることで、このLED基板を様々な長さの光照射装置に用いることができるという効果を奏することにあるものと認められる。
そして、被告各製品のうち、白色LED搭載製品と青色LED搭載製品は、順方向電圧が同じであり(白色LED搭載製品である被告製品1と青色LED搭載製品である被告製品3、白色LED搭載製品である被告製品4と青色LED搭載製品である被告製品6は、順方向電圧が同じであることは、争いがない。)、LED基板は共通のサイズのものを利用することができるので、被告各製品においては、本件再訂正発明は、白色LED搭載製品及び青色LED搭載製品と順方向電圧が異なる赤色LED搭載製品(被告製品2及び5)及び赤外LED搭載製品(被告製品7)について、専用のLED基板及びこれを収容する筐体を用意する必要はなく、白色LED搭載製品及び青色LED搭載製品と共通のサイズのLED基板及び同一の筐体を用いることができる点において主たる効果を発揮するものと認められる。
しかるところ、本件期間1ないし4における被告各製品の販売個数は、合計●●●個であり、このうち、被告製品2及び5は●個、被告製品7は●個であるから(前記イ(ア))、被告製品2、5及び9の販売個数(合計●●個)が占める割合は、全体の約●●●●である。
一方で、被告各製品のうち、白色LED搭載製品又は青色LED搭載製品を購入した者においても、その購入時に赤色LED搭載製品一緒に購入している場合や、既に赤色LED搭載製品を有し、又は将来赤色LED搭載製品を購入する予定である場合もあり得るから、白色LED搭載製品及び青色LED搭載製品においては本件再訂正発明の主たる効果が発揮されていないとまではいえないが、このような点を考慮してもなお、被告製品2、5及び7の販売個数(合計●●個)が全体の約●●●●であることは、本件期間1ないし4における被告各製品の売上げに対する本件再訂正発明の寄与ないし貢献の程度が相当低いことを示すものといえる。
したがって、被告製品2、5及び7の販売個数(合計●●個)が全体の約●●●●であることは、本件推定を覆す事情に該当するものと認められる。
これに反する一審原告の主張は採用することができない。
・・・(略)・・・
b 次に、一審被告は、本件再訂正発明の実施品であるライン光照射装置と実施品ではないライン光照射装置とは、照明器具としての性能に変わりがなく、ライン光照射装置であれば全て被告各製品及び原告が販売する原告各製品の競合品となることに鑑みると、仮に被告各製品が販売されなかったとしても、被告各製品の販売数量に対応する需要が、原判決別紙競合品(被告主張)一覧表記載の他社のライン光照射装置にも向かったであろうといえるから、このような被告各製品の競合品の存在は,本件推定を覆す事情に該当する旨主張する。
そこで検討するに、原判決別紙競合品(被告主張)一覧表記載の他社のライン光照射装置は、被告各製品の競合品に該当し、このような被告各製品の競合品の存在は、本件推定を覆す事情に該当するものと認められる。その理由は、次のとおり訂正するほか、原判決60頁2行目から61頁8行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。
・・・(略)・・・
(c) 原判決61頁8行目末尾に次のとおり加える。
「また、被告各製品のカタログ(甲3)及びウェブページ(甲4、13)には、被告各製品において本件再訂正発明を実施していることやその実施により光照射装置としての性能が向上し、部品点数及び製造コストの削減を図ることができることなどをうかがわせる記載は見当たらず、他方で、「業界最高クラスの光量を実現」、「驚異の明るさを実現」など被告各製品の光量の大きさに関する機能を宣伝文言としていることに照らすと、被告各製品において本件再訂正発明が実施されていることが大きな顧客吸引力となっていたということはできない。」
c 以上を前提に検討するに、前記a(a)及びbの本件推定を覆す事情の内容、本件再訂正発明の技術的意義等を総合的に考慮すると、被告各製品の限界利益の形成に対する本件再訂正発明の寄与は●●と認めるのが相当であり、前記寄与割合を超える部分については被告各製品の限界利益の額と控訴人の受けた損害額との間に相当因果関係がないものと認められる。
したがって、本件推定は上記a(a)及びbの本件推定を覆す事情により上記限度で覆滅されるものと認められる。』
[コメント]
本件の判断は、一審被告の主張に基づいて、業界常識、被告の各製品の構成や販売実績等を考慮してなされており、原審と比較すると、より妥当な判断と思われる。
また、本件の争点は、一審原告と一審被告の主張に基づく範囲に留まるが、侵害の成否や、一審被告製品の販売態様が異なっていた場合等を仮想的に検討することはできるであろう。
以上
(担当弁理士:植田 亨)

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