IP case studies判例研究

平成29年(ワ)第15518号「自立型思考パターン生成機」事件

名称:「自立型思考パターン生成機」事件
損害賠償請求事件
東京地方裁判所:平成29年(ワ)第15518号 判決日:令和元年6月26日
判決:請求棄却
特許法70条、100条、101条1号、民法709条
キーワード:特許権侵害訴訟、文言解釈、AI特許
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/873/088873_hanrei.pdf
[概要]
被疑製品のパンフレットや紹介動画などで言及されている機能の記載に基づき、AI関連発明の構成要件を必ずしも被疑製品が備えるとはいえず、認めるに足りる証拠がないとして、差止請求及び損害賠償請求が棄却された事例。
[事件の経緯]
原告は、特許第5737641号(以下、「本件特許権1」)、特許第5737642号(以下、「本件特許権2」)及び特許第5807829号(以下、「本件特許権3」)の特許権者である。
原告は、被告製品「アメリア」をインストールした装置が特許権1~3を直接侵害又は間接侵害すると主張して、被告に対し、特許法100条1項に基づき差止請求および102条3項に基づく損害賠償請求を求めた。東京地裁は、被告製品をインストールした装置が特許権1~3の技術的範囲に属さないとして、原告の請求を棄却した。
[本件発明]
(本件発明1;本件特許権1の請求項1)
1A 画像情報、音声情報および言語を対応するパターンに変換するパターン変換器と、パターンを記録するパターン記録器と、
1B パターンの設定、変更およびパターンとパターンの結合関係を生成するパターン制御器と、
1C 入力した情報の価値を分析する情報分析器を備え、
1D 有用と判断した情報を自律的に記録していく自律型思考パターン生成機。
(本件発明2-1;本件特許権2の請求項1)
2A 言語情報をパターンに変換するパターン変換器と、パターンおよびパターン間の関係を記録するパターン記録器と、
2B 処理を行うためにパターンを保持するパターン保持器と、パターン保持器を制御する制御器と、パターン間の関係を処理するパターン間処理器を備え、
2C 入力した言語情報の意味、新規性、真偽および論理の妥当性を評価し、自律的に知識を獲得し、知能を向上させる人工知能装置。
(本件発明3-7;本件特許権3の請求項7)
3A 情報をパターンに変換するパターン変換器と、
3B パターン、パターン間の接続関係、パターン間の関係およびパターンの励起の履歴を記録するパターン記録器と、
3C パターンおよびパターン間の接続関係を人間の指示または自律的に登録および変更するパターン登録器と、
3D パターンの処理を制御するパターン制御器と、パターンを情報に変換するパターン逆変換器と、
3E パターンおよびパターン間の関係を分析するパターン分析器を備え、
3F 人間の指示および学習により情報および情報の構造を分析・記録する処理を実施し、情報間の関係をパターン間の接続関係およびパターン間の処理により自律的に構築していく人工知能として機能させるためのソフトウェア。
[被告の行為]
コンピュータ用ソフトウェア製品「アメリア」又は「Amelia」を提供。
[争点](ここでは、争点2~4のみを紹介)
(1)被告による本件製品の製造販売等の有無(争点1)
(2)本件製品をインストールした装置(以下「アメリア」という。)が本件発明1の技術的範囲に属するか(争点2)
ア 構成要件1Aの充足性(争点2-1)
イ 構成要件1Bの充足性(争点2-2)
ウ 構成要件1Cの充足性(争点2-3)
エ 構成要件1Dの充足性(争点2-4)
(3)アメリアが本件発明2の技術的範囲に属するか(争点3)
構成要件2C(2C’、2C”)の充足性(争点3-1)
(4)本件製品が本件発明3の技術的範囲に属するか(争点4)
ア 構成要件3Bの充足性(争点4-1)
イ 構成要件3Cの充足性(争点4-2)
ウ 構成要件3E(3E’)の充足性(争点4-3)
エ 構成要件3K(3K’)の充足性(争点4-4)
(5)本件特許1が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるか(争点5)
(6)本件特許2が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるか(争点6)
(7)本件特許3が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるか(争点7)
(8)差止めの必要性(争点8)
(9)原告の損害額(争点9)
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『2 争点2(アメリアが本件発明1の技術的範囲に属するか)について
(1) 本件発明1の内容
本件特許1の特許請求の範囲及び本件明細書等1の記載によれば、本件発明1は、①自律型思考パターン生成機に関する発明であり、②従来、機械に動作を行わせる場合、人間が、計算機に専用のプログラム言語により作成した種々のプログラムを作成し、適切に条件を検出し、動作させるためにプログラムの修正をする必要があり、また、逐次、情報の価値を判断し、有用と判断した情報を機械に入力する必要があって、これらを行うには多大な時間を要する等の課題を解決するため、③画像情報、音声情報及び言語を対応するパターンに変換して記録し、パターンの設定、変更やパターンとパターンの間に結合関係を生成する等の制御をするなどの構成を備えることにより、④機械に動作を行わせる場合に逐次人間がプログラムを設定する必要がないようにし、入力した情報の価値を分析し、有用と判断した情報を自律的に記録することを可能にした発明であると認められる。
(2) 争点2-1(構成要件1Aの充足性)について
以下のとおり、本件装置が「画像情報を対応するパターンに変換するパターン変換器」を有すると認めることはできないので、同装置は構成要件1Aを充足しない。
・・・略・・・
これらの記載によれば、本件発明1における「パターン」とは、画像、音声及び言語に係る事象の特徴を、計算機たる検出器が識別することができる「1」、「0」等の何らかの信号の組合せに変換したものを意味し、構成要件1Aは、少なくとも、「画像情報・・・を対応するパターンに変換するパターン変換器」、すなわち、画像情報を上記信号の組合せに変換する変換器を有することを特定したものであるということができる。
イ 原告は、本件製品のパンフレットや動画において、アメリアが「感情的な対応力」を有するとされ、アメリアの表情が「EQ(共感指数)」により変化させられ、ユーザがアメリアの感情を画像で確認できるようになっていることなどを根拠として、本件装置は「画像情報・・・を対応するパターンに変換するパターン変換器」を有していると主張する。
しかし、・・・略・・・、原告が指摘する本件パンフレットの記載や動画を総合すると、本件装置が様々な感情に対応する表情のアメリアの画像を保有し表示することができるとは認められるものの、本件装置が、外部から入力された表情等に関する画像をパターンに変換する機能を有していると認めるに足りる証拠はない。
・・・略・・・
(4) 争点2-4(構成要件1Dの充足性)について
以下のとおり、本件装置が「有用と判断した情報」のみを「自律的に記録」していると認めることはできないので、本件装置は構成要件1Dを充足しない。
・・・略・・・
そうすると、本件発明1に係る自律型思考パターン生成機が自律的に記録するのは、情報分析器が有用と判断した情報に限られると認めるのが相当である。
イ 原告は、本件製品のパンフレットの記載などに基づき、「仕事を覚える」、「処理マップを自分で作成する」、「知識を保存・応用する」、「知識を自動的に応用する」などの行為を行うには、「有用と判断した情報を自律的に記録していく」ことが必須であると主張する。
しかし、情報として得た知識を保存し、関連する情報の接続関係を把握する機能を有していれば、問題となっている事例と関連・類似する事例を情報の結合関係から特定し、その解として結合されている情報を提示することができ、これにより上記の機能を発揮することは可能であるから、必ずしも、入力する情報の有用性について判断し、有用な情報のみを記録するとの機能を備えている必要はないというべきである。』
『3 争点3(アメリアが本件発明2の技術的範囲に属するか)について
(1) 本件発明2の内容
・・・略・・・
そして、本件発明2-3は、自律的に知識を構築するに当たり、不明な点を人間等に質問して、その回答を元に知識を更新していくことを特徴とする発明であり、本件発明2-6は、パターンを変換し制御出力を生成するパターン逆変換器を備え、獲得した知識に基づいて機械の制御を行うことができることを特徴とする発明であると認められる。
(2) 争点3-2(構成要件2C(2C’、2C”)の充足性)について
以下のとおり、本件装置は、「入力した言語情報・・・を評価」したことに基づいて「自律的に知識を獲得」ないし「自律的に知識を構築」するものと認めることはできないので、本件発明2-1の構成要件2C、本件発明2-3の構成要件2C’及び本件発明2-6の構成要件2C”を充足しない。
・・・略・・・
そうすると、構成要件2C(2C’、2C”)は、「入力した言語情報の意味、新規性、真偽および論理の妥当性を評価」し、その評価の結果に基づいて「自律的に知識を獲得」ないし「自律的に知識を構築」することを特定したものと認められる。
・・・略・・・
しかし、前記のとおり、構成要件2C等は、「入力した言語情報の意味、新規性、真偽および論理の妥当性を評価し、自律的に知識を獲得し」と規定し、「評価し又は自律的に知識を獲得し、」とはされていないのであるから、その文言の通常の意味に照らすと、入力した言語情報の意味等の妥当性を評価した上で、その評価を踏まえて妥当性が確認された情報を知識として自律的に獲得すると解するのが自然である。
・・・略・・・
ウ 以上の解釈を踏まえ、本件装置が構成要件2C等を充足するかを検討すると、本件製品等のパンフレット等には、本件製品が入力した言語情報の意味等の妥当性を評価した上で、その評価を踏まえて妥当性が確認された情報について自律的に知識として獲得していることを示す記載は存在しない。』
『4 争点4(本件製品が本件発明3の技術的範囲に属するか)について
・・・略・・・
(2) 争点4-2(構成要件3Cの充足性)について
構成要件3Cは、「パターンおよびパターン間の接続関係を人間の指示または自律的に登録および変更するパターン登録器と、」であるところ、本件発明3の「パターン」の意義が本件発明1と同一であることについては、当事者間に争いがない。
また、本件特許3の特許請求の範囲及び本件明細書等3の記載に照らすと、「パターンの変更」の意義についても、本件発明1と異なるものではないと認められるところ、前記2(3)で判示したとおり、本件製品に既に記録されているパターンとしての信号は、それ自身が何らかの情報と対応付けられた信号であるから、この信号に対して改めて何らかの変更をする必要性は乏しく、本件製品のパンフレット等に記載を総合しても、「パターンの変更」をする「パターン登録機」を有すると認めるに足りる証拠は存在しない。
そうすると、本件発明1の構成要件1Bについて判示したのと同様の理由から、本件製品が「パターンの変更」をする機能を有しているとは認められないので、同製品は構成要件3Cを充足しない。』
[コメント]
ソフトウェア発明の各請求項の構成要件の充足性を立証するためには、被疑品の仕様、ソースコード、動作情報などの情報を取得して、構成要件を満たすかを直接立証する必要があるのが一般的であるが、製品を紹介するパンフレットや動画などを証拠にして間接的に立証しようとしている。システムがサーバサイドで動作している場合には、サーバでの内部処理に関する仕様、ソースコード、動作などの情報を得ることは不可能であるため、パンフレットのような証拠を用いたものと推測する。外部からわかる機能のみをもって、その機能を実現する具体的な構成を立証することは困難であるため、今回の事例の結論は妥当と考える。
なお、外部からわかる入力データ又は出力データに基づき、内部処理を認定した判例があるが(平成28年(ネ)第10027号「電子ショッピングモールシステム」事件)、請求項に記載の構成要件が入力データ又は出力データと1対1の関係又はそれに準ずる関係であったために認められたものである。この判例の考え方は、本件では適用できないと考えられる。
AI発明は、学習フェーズと、学習結果を用いた判断フェーズとがあり、両者はかならずしも同時に実装されるわけではない。しかし、本件特許権1~3は、学習フェーズと判断フェーズとが混在して請求項に記載されており、権利行使が難しいと考えられる。事実、学習フェーズに関する構成要件を有さないという判断がなされている。AI発明を起案する場合には、各々のフェーズの独立請求項を起案できるかを検討すべきと考える。
以上
(担当弁理士:坪内 哲也)

平成29年(ワ)第15518号「自立型思考パターン生成機」事件

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