IP case studies判例研究

平成27年(ネ)10047号「入力支援コンピュータプログラム」事件

名称:「入力支援コンピュータプログラム」事件
差止請求控訴事件
知的財産高等裁判所:平成 27 年(ネ)10047 号 判決日:平成 27 年 9 月 30 日
判決:控訴棄却
特許法70条
キーワード:構成要件充足性
[概要]
被控訴人(原審被告)の実施が、控訴人(原審原告)の特許権に係る特許発明の構成要件
を充足しないとして、控訴人(原審原告)の特許権を侵害しないとされた事例。
[事件の経緯]
控訴人(原審原告)は、特許第 4611388 号の特許権者である。
控訴人が、被控訴人(原審被告)の行為が当該特許権を侵害すると主張して、被控訴人の
行為の差止め等を求めた(東京地裁平成 26 年(ワ)第 65 号)ところ、東京地裁が、控訴人
の請求を棄却する判決をしたため、控訴人は、原判決を不服として、控訴を提起した。
知財高裁は、控訴人の控訴を棄却した。
[本件発明1]
【請求項1】
[A1]・・(略)・・コンピュータプログラムであって、
[A2] 利用者が前記入力手段を使用してデータ入力を行う際に実行される入力支援コン
ピュータプログラムであり、
[B ] 前記記憶手段は、
ポインタの座標位置によって実行される命令結果を利用者が理解できるように前
記出力手段に表示するための画像データである操作メニュー情報と、当該操作メニ
ュー情報にポインタが指定された場合に実行される命令と、を関連付けた操作情報
を1以上記憶し、
・・(略)・・
[C1] 前記処理手段に、
[D ] ・・(略)・・
[E ] (2)前記入力手段を介してポインタの位置を移動させる命令を受信すると、・・
(略)・・、当該特定した操作情報における操作メニュー情報を、前記記憶手段か
ら読み出して前記出力手段に表示すること、
[F ] ・・(略)・・
[C2] を実行させることを特徴とする入力支援コンピュータプログラム。
[被控訴人製品]
『被告製品にインストールされた本件ホームアプリは,利用者がタッチパネルを使用して
ホーム画面のショートカットアイコンの並べ替えを行う際に実行される,ホーム画面をカス
タマイズするコンピュータプログラムであり,』『次のようにして行われることが認められ
る。
a 利用者がタッチパネル上のショートカットアイコンを指で長押し(ロングタッチ)する
と,当該ショートカットアイコンは,指に追従してタッチパネル上を移動させることが
できる状態になるので,利用者は,タッチパネル上の指の位置を動かすことにより,当
該ショートカットアイコンを移動させ,並べ替えることができる。
b 上記のとおり,利用者がタッチパネル上のショートカットアイコンを指で長押し(ロン
グタッチ)すると,その際のホーム画面のページ番号に応じて,画面上に左右スクロー
ルメニュー表示が表示される。・・(略)・・
c ・・(略)・・
d ・・(略)・・』
[争点]
・本件ホームアプリが、本件発明1の構成要件(B,E、F)の「ポインタ」を用いるか
・本件ホームアプリにおいて、構成要件(E)の「入力手段を介してポインタの位置を移動
させる命令を受信すると…操作メニュー情報を…出力手段に表示する」処理が実行されるか
[控訴人の主張]
主体的主張:ポインタの用語の定義が明細書にないので、一般的な技術用語として考慮す
べき。そうすれば、画面上に表示されるものではない。
予備的主張:ポインタが画面上に表示されるものとしても、本件ホームアプリを実行した
際に指に追従して移動するショートカットアイコン(ロングタッチをしたショートカットア
イコン)は,本件発明1の「ポインタ」に相当するから,本件ホームアプリは,本件発明1
の「ポインタ」を用いており,また,「指に追従して移動するショートカットアイコンの座標
位置」が,「ポインタの座標位置」(構成要件B)に相当する。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『(2) 本件発明1の「ポインタ」の意義について
ア 本件発明1の特許請求の範囲の請求項1に「ポインタの座標位置によって実行される命令
結果を利用者が理解できるように前記出力手段に表示するための画像データである操作メニ
ュー情報」(構成要件B),「当該操作メニュー情報にポインタが指定された場合に実行される
命令」(構成要件B),「ポインタの位置を移動させる命令」(構成要件E),「当該出力手段に
表示した操作メニュー情報がポインタにより指定されなくなるまで」(構成要件F)との記載
があることに照らすと,本件発明1においては,利用者が「出力手段に表示するための画像
データである操作メニュー情報」を「ポインタ」によって指定するのであるから,本件発明
1の「ポインタ」は,出力手段に表示されるものであり,また,「座標位置」を有し,「ポイ
ンタの位置」は移動させることができることを理解することができる。
また,本件明細書の発明の詳細な説明には,「ポインタ」の用語を直接定義する記載はない
が,「ポインタ」に関し、・・(略)・・②「「ポインタの座標位置」とは,前記出力手段におけ
る画面上での現在位置を示す絵記号である「カーソル(マウスカーソル)」が指し示している
画面上での座標位置である。・・(略)・・
以上の請求項1の記載及び本件明細書の記載事項を総合すると,本件発明1の「ポインタ」
は,出力手段である画面上に表示され,画面上の特定の位置を指し示す絵記号等のデータ要
素であり,「座標位置」を有するものであって,入力手段を用いてその位置を移動させること
が可能であるものと解される。』
『イ 控訴人は,前記アの主張の予備的主張として,仮に本件発明1の「ポインタ」が,出
力手段である画面上に表示され,何かの位置を指し示すものであり,その位置を「入力手段
を介して…移動させる」ものであるとしても,(構成要件B)に相当する旨主張する。
(ア) そこで検討するに,・・(略)・・
そうすると,本件ホームアプリの「ショートカットアイコン」は,出力手段である画面上に
表示され,画面上の特定の位置を指し示すデータ要素であり,「座標位置」を有するものであ
って,入力手段を用いてその位置を移動させることが可能であるものといえるから,本件発
明1の「ポインタ」に相当するものと認められる。したがって,本件ホームアプリは,本件
発明1の「ポインタ」を用いているものといえるから,更に進んで,争点(1)オについて判断
する。』
『以上の請求項1の記載及び本件明細書の記載事項によれば,本件発明1の「入力手段を介
してポインタの位置を移動させる命令を受信する」とは,利用者が入力手段を介して画面上
のポインタの位置を移動させる操作を行ったことを検知して,その操作をポインタの座標位
置を移動させる命令(電気信号)に変換し,処理手段がその電気信号を受信することを意味
するものと解される。』
『(イ) これを本件ホームアプリについてみるに,本件ホームアプリがインストールされた被
告製品においては,利用者がタッチパネル上のショートカットアイコンを指で長押し(ロン
グタッチ)すると,その際のホーム画面のページ番号に応じて,画面上に左右スクロールメ
ニュー表示が表示され,当該ページが,左端ページであれば「右スクロールメニュー表示」
のみが,右端ページであれば「左スクロールメニュー表示」のみが,それ以外のページであ
れば「左右スクロールメニュー表示」がいずれも表示されるものであり(前記1(3)イ(ア)),
左右スクロールメニュー表示は,利用者がタッチパネル上のショートカットアイコンを指で
長押し(ロングタッチ)する操作を行うことによって表示されるものであって,利用者がタ
ッチパネル上の指の位置を動かすことにより,当該ショートカットアイコンを移動させる操
作によって表示されるものとはいえない。
このことは,①・・(略)・・,②甲17の2(被控訴人作成の「IS04 取扱説明書」)によ
れば,「ロングタッチする」という項目に,「画面の項目やアイコンを指で押さえたままにし
ます。」と記載されているから,本件ホームアプリにおける「ロングタッチ」とは,ショート
カットアイコンを指で押さえたままにすること,すなわち,指を移動しないまま,ショート
カットアイコンを押し続ける操作であり,指の移動を伴うドラッグ操作は含まれないことか
らも明らかである。』
『そうすると,本件ホームアプリにおいては,利用者が入力手段を介して画面上のポインタ
(ロングタッチをしたショートカットアイコン)の位置を移動させる操作を行ったことを検
知して,その操作をポインタの座標位置を移動させる命令(電気信号)に変換し,処理手段
がその電気信号を受信することによって,控訴人が主張する「操作メニュー情報」である左
右スクロールメニュー表示を画面上に表示させているものとはいえないから,「入力手段を介
してポインタの位置を移動させる命令を受信すると…操作メニュー情報を…出力手段に表示
する」(構成要件E)処理が実行される構成を備えているものと認めることはできない。』
[コメント]
本件発明は、マウスなどのポインティングデバイスを根幹とするもので、明細書自体もポ
インタが画面に表示されるものとして記載されており、この発明をタッチパネルのような入
力デバイスに拡張して解釈することが難しかったのかもしれない。そのためか、ポインタの
用語の解釈を証明するための証拠に、ポインティングデバイスのことを示す証拠を控訴人が
使用してしまうというミスが見られる。また、構成要件Eの主張についても本件発明と被控
訴人製品の動作が異なるので、無理がある。判決の結果は妥当であろう。
控訴人(原告)の主体的主張についての均等論の主張があったが、予備的主張についての
均等論の主張がなかった。裁判所が予備的主張を認めたため、均等論について判決では判断
されていない。この点、「ポインタの移動」という要件について均等論にも踏み込んだ判断が
あれば、より参考になると思われる。
本願の出願時にはポインティングデバイスが主流であったが、現在はタッチパネルが普及
している。GUIに関する案件の明細書作成において、発明自体が現時点の入力デバイスの
みに限定されるものであるか否かを検討し、種々の入力デバイスに適用できるのであれば、
将来の入力デバイスも含むように請求項の用語を検討すべきと考える。
以上
(担当弁理士:坪内 哲也)

平成27年(ネ)10047号「入力支援コンピュータプログラム」事件

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