平成6513日判決 東京地裁 営業誹謗行為に基づく損害賠償請求 請求棄却

昭和63年(ワ)3438号

 

 営業誹謗行為に基づく損賠賠償請求訴訟において、損害賠償請求権の消滅時効の始期(民法724条)に関する「損賠及び加害者を知ったとき」は、加害者によってなされた加害行為の違法性を判決等によって確定的に知ったときであることを要さず、加害行為が違法である蓋然性を主観的に認識したときを指すとして、時効消滅により原告の請求を棄却した事例。

 

キーワード:営業誹謗行為、損害賠償、消滅時効、不正競争防止法2条1項14号、民法709条、民法724

 

1.事件の概要

<前訴の経緯>

 本件原告、被告は共に精米機等を製造販売する競業関係にある。本件訴訟前に、本件被告は選穀機に関する2件の特許権に基づいて、本件原告の石抜選穀機の製造販売行為の差止および損害賠償を求めて本件原告を被告として2件の訴え(前訴)を提起した。前訴はいずれも請求棄却(本件被告敗訴)が確定した。

 

<前訴に関連する被告の営業誹謗行為について>

 前訴に先立って、本件被告は本件原告製品が特許権を侵害する旨の文書をユーザーや農協等に配布したため、本件原告は被疑侵害製品を回収交換した。また、本件原告は本件被告に対して実施料相当額の和解金を支払った。前訴はこれらの措置にも係わらず、提起されたものであった。

 前訴の確定により、本件被告の文書配布行為は虚偽であることが法的にも確定した。そこで、本件原告(前訴被告)は、本件被告(前訴原告)の行為は、不正競争防止法の営業誹謗行為(平成5年改正後の2条1項14号)に該当するとして、原告製品の回収交換について、その費用の損害賠償および名誉回復のための謝罪広告を請求し、和解金として支払った分については不当利得の返還を請求したのが本件である。

 

<争点>

         営業誹謗行為に対する損害賠償請求の時効に関する適用条文

         営業費捧行為における損害賠償請求の消滅時効の始期


2.裁判所の判断

 裁判所は時効に関する適用条文および時効の始期について以下のように判示し、損害賠償請求権および不当利得返還請求権は時効により消滅しているとして、被告の時効の援用を認め、原告の請求を棄却した。

 

2−1.時効に関する適用条文について

 民法七二四条前段が不法行為による損害賠償請求権の消滅時効について、特別の定めをした趣旨は、不法行為に基づく法律関係が、通常、未知の当事者間に、予期しない偶然の事故に基づいて発生するものであるという特質に照らし、被害者がその損害又は加害者を直ちに知ることができない場合もあることから、加害者に対する賠償請求が可能な程度に損害と加害者を知った時を消滅時効の起算点とすることによって被害者を保護すると共に、加害者は、損害賠償の請求を受けるかどうか、いかなる範囲まで賠償義務を負うかが不明である結果、極めて不安定な立場におかれるので、被害者において損害及び加害者を知りながら相当の期間内に権利行使に出ないときには損害賠償請求権が時効にかかるものとして加害者を保護することにあると解される。右のような、不法行為に基づく法律関係の特質は、金銭賠償による損害賠償の場合であろうと、民法七二三条に基づく名誉を回復するための謝罪広告請求の場合であろうと差異はないから、民法七二四条にいう「損害賠償」は、金銭賠償による損害賠償と謝罪広告による原状回復とを含む広義の損害賠償を意味するものと解するのが相当である。

 したがって、民法七二四条前段の消滅時効の規定は、民法七二三条に基づく名誉を回復するための謝罪広告請求権についても適用されるものである。

 また、不正競争防止法のうち、私法的請求権について定めた部分は、民法の不法行為についての一般規定に対する特別規定と解されるから、不正競争防止法に基づく損害賠償請求権、信用回復措置としての謝罪広告請求権の消滅時効については、同法に特別の定めのないかぎり、一般法である民法七二四条前段の規定が適用されるものであるところ、本件は、不正競争防止法一条一項六号に該当する行為をしたことを理由とする、同法一条の二第一項の規定に基づく損害賠償請求及び同法一条の二第四項の規定に基づく信用回復措置としての謝罪広告請求であり、同法には右各請求権についての消滅時効の定めはないから、民法七二四条前段の規定が適用される。

 

2−2.営業費捧行為に関する時効の始期について

 特許権侵害の有無が訴訟で争われるような事件においては、特許権侵害の成否の判断は微妙な場合が少なくなく、特許関係訴訟の処理の経験の深い弁護士、弁理士の間でも見解が分かれ、明確な鑑定が得られない場合があるものと推認することができ、そのような場合には、特許権侵害の成否を確定的に認識するには、判決の確定をまたなければならないことになる。しかし、民法七二四条前段の「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」とは、加害者によってなされた加害行為の違法性を確定的に知ったときであることを要するものではなく、被害者にその意思があれば加害者に対し損害賠償等の請求をできる程度に加害行為が違法である蓋然性を認識したときを指すものと解するのが相当である。これを本件についてみると、原告は、当初、原告製品が本件塵埃回収法の特許権、本件一体駆動装置の特許権に抵触しないとの確信が得られず、損害金相当額を被告に送金したり、原告製品を回収するなどしたが、その後前記の訴訟では、原告製品は、本件両特許権を侵害しない旨争ったのであるから、遅くともそれらの訴訟で本件両特許権の侵害を争った時には、原告製品が本件両特許権を侵害する旨の記載が虚偽であるとして損害賠償等の請求ができる程度に被告等の行為が違法である蓋然性を認識していたものと認めるのが相当である。