審決取消請求事件 » 平成30年(行ケ)第10084号「アルミニウム缶内にワインをパッケージングする方法」事件

名称:「アルミニウム缶内にワインをパッケージングする方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成30年(行ケ)第10084号 判決日:令和元年8月29日
判決:請求棄却
特許法36条6項1号
キーワード:サポート要件
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/901/088901_hanrei.pdf

[概要]
本件明細書の記載及び本件優先日当時の技術常識から、当業者が本件発明1に係る数値範囲の全体にわたり本件発明1の課題を解決できると認識できるものと認められないから、本件発明1はサポート要件に適合するものと認めることはできないとして、サポート要件を満たしていないとした審決を維持した事例。

[事件の経緯]
原告は、特許第3668240号の特許権者である。
被告が、当該特許の請求項1~15に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2016-800043号)を請求し、原告が訂正を請求したところ、特許庁が、当該特許を無効とする審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却し、審決を維持した。

[本件発明1]
【請求項1】
アルミニウム缶内にワインをパッケージングする方法であって、該方法が:
アルミニウム缶内にパッケージングする対象とするワインとして、35ppm未満の遊離SO2と、300ppm未満の塩化物と、800ppm未満のスルフェートとを有することを特徴とするワインを意図して製造するステップと;
アルミニウムの内面に耐食コーティングがコーティングされているツーピースアルミニウム缶の本体に、前記ワインを充填し、缶内の圧力が最小25psiとなるように、前記缶をアルミニウムクロージャでシーリングするステップと
を含む、アルミニウム缶内にワインをパッケージングする方法。

[取消事由]
1.サポート要件の判断の誤り(取消事由1)
2.甲1を主引用例とする進歩性の判断の誤り(取消事由2)

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
サポート要件の適合性について
『ア 特許法36条6項1号は、特許請求の範囲の記載に際し、発明の詳細な説明に記載した発明の範囲を超えて記載してはならない旨を規定したものであり、その趣旨は、発明の詳細な説明に記載していない発明について特許請求の範囲に記載することになれば、公開されていない発明について独占的、排他的な権利を請求することになって妥当でないため、これを防止することにあるものと解される。
そうすると、所定の数値範囲を発明特定事項に含む発明について、特許請求の範囲の記載が同号所定の要件(サポート要件)に適合するか否かは、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識から、当該発明に含まれる数値範囲の全体にわたり当該発明の課題を解決できると認識できるか否かを検討して判断すべきものと解するのが相当である。
イ(ア) これを本件についてみるに、本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)の記載によれば、本件発明1は、アルミニウム缶内にワインをパッケージングする方法の発明であって、アルミニウム缶内にパッケージングする対象とするワインとして、「35ppm未満の遊離SO2」と、「300ppm未満の塩化物」と、「800ppm未満のスルフェート」とを有することを特徴とするワインを意図して製造するステップを含むものであるから、所定の数値範囲を発明特定事項に含む発明であるといえる。
次に、・・・(略)・・・本件発明1の課題は、アルミニウム缶内にパッケージングした「ワインの品質」が保存中に著しく劣化しないようにすることであり、ここにいう「ワインの品質」は、「ワインの味質」を意味するものと理解できる。
そして、・・・(略)・・・本件明細書の発明の詳細な説明には、ワインの品質(味質)が劣化したかどうかは味覚パネルによる官能試験によって判断されることの開示があることが認められる。
一方、上記の「許容可能なワイン品質が味覚パネルによって確認された」ワインについて、・・・(略)・・・表1を含む本件明細書の発明の詳細な説明の記載全体をみても、当該ワインの保存開始時(「初期」)の塩化物及びスルフェートの各濃度についての具体的な開示はない。
また、本件明細書の・・・(略)・・・との記載から、アルミニウム缶からワイン中に溶出する「過度のレベルのアルミニウム」がワインの味質に悪影響を及ぼすことは理解できるものの、本件明細書の発明の詳細な説明の記載全体をみても、アルミニウム缶に保存されたワイン中のアルミニウム含有量のみに基づいてワインの味質が劣化したかどうかを判断できることについての記載も示唆もない。
さらに、アルミニウム缶に保存されたワイン中のアルミニウム含有量とワインの味質の劣化との具体的な相関関係に関する技術常識を示した証拠は提出されておらず、上記の具体的な相関関係は明らかではない。・・・(略)・・・
そうすると、本件明細書の発明の詳細な説明の記載から、本件発明1の課題(「アルミニウム缶内にパッケージングしたワインの品質(味質)が保存中に著しく劣化しないようにすること」)を解決できるかどうかを確認する方法は、味覚パネルによる官能試験の試験結果によらざるを得ないことを理解できる。
(イ) しかるところ、前記(ア)のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明には、・・・(略)・・・「許容可能なワイン品質が味覚パネルによって確認された」ワインの保存開始時(「初期」)の塩化物及びスルフェートの各濃度についての具体的な開示はなく、仮にこれらの濃度が、本件発明1で規定するそれぞれの濃度(「300ppm未満の塩化物」及び「800ppm未満のスルフェート」)の範囲内であったとしても、それぞれの上限値に近い数値であったものと当然には理解することはできないから、上記保存評価試験の結果から、本件発明1の対象とするワインに含まれる塩化物の濃度範囲(300ppm未満)及びスルフェートの濃度範囲(800ppm未満)の全体にわたり「ワインの味質」が保存中に著しく劣化しないことが味覚パネルによる官能試験の試験結果により確認されたものと認識することはできないというべきである。
また、甲1及び甲43・・・(略)・・・によれば、ワインを組成する一般的な物質のうち、遊離SO2、塩化物イオン(Cl-)及びスルフェート(SO42-)以外にも、リンゴ酸、クエン酸等の有機酸がアルミニウムの腐食原因となることは、本件優先日当時の技術常識であったことが認められる。このような技術常識に照らすと、・・・(略)・・・これらのアルミニウムの腐食原因となる物質も、当該ワインの組成に含まれており、表1記載の保存期間「6ヶ月」に対応するアルミニウム含有量や味覚パネルによる官能試験の試験結果に影響を及ぼしている可能性があるものと理解できる。
以上によれば、本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件優先日当時の技術常識から、当業者が本件発明1に含まれる塩化物の濃度300ppm未満及びスルフェートの濃度800ppm未満の数値範囲の全体にわたり本件発明1の課題を解決できると認識できるものと認められないから、本件発明1は、サポート要件に適合するものと認めることはできない。
(3) 原告の主張について
原告は、・・・(略)・・・当業者であれば、アルミニウムの腐食原因であるワイン中の物質が「低い」濃度レベルであることを規定する、本件発明1の「35ppm未満」の遊離SO2、「300ppm未満」の塩化物及び「800ppm未満」のスルフェートとの要件を満たすワインをパッケージング対象とすることによって、これらの腐食原因物質の濃度が高いワインがアルミニウム缶にパッケージングされることを確実に防止できるという本件発明1の効果を容易に認識可能であり、本件発明1は、この効果によって、「アルミニウム缶内にワインをパッケージングし、これによりワインの品質が保存中に著しく劣化しないようにする」という課題・・・(略)・・・を解決するものであることを容易に認識できること、そして、アルミニウム缶の腐食原因である「塩化物」の濃度を300ppmよりも低くすればするほど、同腐食原因である「スルフェート」の濃度を800ppmよりも低くすればするほど、アルミニウム缶の腐食防止効果がより高まることは容易に認識できることからすると、本件発明1の上記効果は、特許請求の範囲の全てにおいて奏する効果であることを当業者が認識できることは明らかであり、本件明細書の【0038】ないし【0042】記載の試験結果を参酌しなくても、・・・(略)・・・本件発明1は、当業者が本件発明1の課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえるから、本件発明1は、サポート要件に適合する旨主張する。
しかしながら、前記(2)イ(ア)認定のとおり、本件発明1の課題は、アルミニウム缶内にパッケージングした「ワインの味質」が保存中に著しく劣化しないようにすることにあるものと認められるところ、・・・(略)・・・当業者が、本件明細書の発明の詳細な説明の記載から、本件発明1は、「35ppm未満」の遊離SO2、「300ppm未満」の塩化物及び「800ppm未満」のスルフェートとの要件を満たすワインをパッケージング対象とすることによる効果によって、本件発明1の上記課題を解決するものであることを認識できるものと認めることはできない。
また、原告が主張するようにアルミニウム缶の腐食原因である「塩化物」の濃度を300ppmよりも低くすればするほど、同腐食原因である「スルフェート」の濃度を800ppmよりも低くすればするほど、アルミニウム缶の腐食防止効果がより高まるといえるとしても、前記(2)イ(ア)認定のとおり、アルミニウム缶に保存されたワイン中のアルミニウム含有量とワインの味質の劣化との具体的な相関関係は明らかではなく、本件発明1の上記課題を解決できるかどうかを確認する方法は、味覚パネルによる官能試験の試験結果によらざるを得ない。そして、本件明細書の【0038】ないし【0042】及び表1記載の白ワインの保存評価試験の結果から、本件発明1の対象とするワインに含まれる塩化物の濃度範囲(300ppm未満)及びスルフェートの濃度範囲(800ppm未満)の全体にわたり「ワインの味質」が保存中に著しく劣化しないことが味覚パネルによる官能試験の試験結果により確認されたものと認識することはできないことは、前記(2)イ(イ)のとおりである。
したがって、本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件優先日当時の技術常識から、当業者が本件発明1に含まれる塩化物の濃度300ppm未満及びスルフェートの濃度800ppm未満の数値範囲の全体にわたり本件発明1の課題を解決できると認識できるものと認められないから、原告の上記主張は採用することができない。』

[コメント]
本判決の関連判決として特許権侵害差止等請求控訴事件(平成30年(ネ)第10040号)があるが、当該判決でもほぼ同じ理由で本件発明に係る本件特許にはサポート要件違反の無効理由が存在する旨が判示された。本件発明に係る特許請求の範囲、発明の課題、及び実施例の評価の各記載内容が整合していないことが今回の判断になった原因といえる。明細書等の作成段階では充分留意すべきである。
なお、審決では実施可能要件は充足すると判断されている一方、平成30年(ネ)第10040号の原審(東京地方裁判所平成27年(ワ)第21684号)では本件発明に係る本件特許には実施可能要件の無効理由も存在する旨が判示されているが、この点については本判決では判断されていない。
以上
(担当弁理士:赤間 賢一郎)