審決取消請求事件 » 平成30年(行ケ)第10149号「冷却空洞が改善されたピストン」事件

名称:「冷却空洞が改善されたピストン」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成30年(行ケ)第10149号 判決日:令和元年11月13日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:手続違背、進歩性
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/035/089035_hanrei.pdf

[概要]
 本件審決では、甲1文献を主引用例として、本件補正発明の独立特許要件を判断しているところ、同文献は、本件拒絶理由通知及び本件拒絶査定の手続においては、記載の仕方が適切とはいえないものの、本件拒絶理由通知、本件拒絶査定のいずれにおいても主引用例とされていたものというべきであり、手続が違法であるとまではいえないとされた事例。

[事件の経緯]
 原告は、本願(特願2014-556707)に係る発明について、拒絶査定不服審判請求を行い、同時に特許請求の範囲を補正する手続補正書を提出した。特許庁が、上記請求を不服2017-14219号事件として審理を行い、補正を却下した上、拒絶審決をしたため、原告は、その取消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却し、審決を維持した。

[本件補正発明](下線は、補正箇所)
【請求項1】
 内燃機関のためのピストンであって、/筒状の外面を有する本体を備え、前記外面内に延在する環状の最上リング溝と下方リング溝とを有し、トップランドが前記最上リング溝から上部燃焼面へ延在し、前記本体は、ピンボア軸に沿って互いに並んだピンボアを有する一対のピンボスを有し、ピストンはさらに、/前記最上リング溝内に配置される第1のピストンリングと、/前記下方リング溝内に配置される第2のピストンリングと、/上部燃焼面の平坦な最上部分から垂下する凹んだ燃焼ボウルとを備え、/前記本体は、環状の封止冷却空洞を有し、そこに冷却媒体が配置され、前記封止冷却空洞は、前記第1のピストンリングと第2のピストンリングとの間に径方向に並んで構成され、前記封止冷却空洞は前記燃焼ボウルと前記封止冷却空洞の間にピストン本体の材料の薄い領域を形成するよう構成され、前記封止冷却空洞は、最上面と最下面とを有し、前記最上面は、前記最上リング溝と実質的に径方向に並び、前記最下面は、前記下方リング溝の下方を延在する、ピストン。

[取消事由]
 (1) 手続違背(取消事由1)
 (2) 甲1発明に基づく進歩性判断の誤り(取消事由2)

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
(1)取消事由1(手続違背)について
『(1) 手続の経緯
 ア 本件拒絶理由通知及び本件拒絶査定
 (ア) 原告は、平成29年1月27日付け本件拒絶理由通知書(甲4)により、拒絶理由通知を受けた。
 本件拒絶理由通知書には、次の記載がある。
 「[理由1]について
 ・・・(略)・・・
 引用文献1には、・・・(略)・・・、ピストンが記載されている。・・・(略)・・・。
 引用文献2にも同様の記載がされている(図3)。
 してみれば、本願の請求項1、4-6に係る発明と引用文献1、2に記載された発明との間に差異はない。」
 「[理由2]について
 ・・・(略)・・・
 本願の請求項1、4-6に係る発明は、引用文献1、2に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものである([理由1]参照)。」
 「<引用文献等一覧>
 1.特開昭52-092034号公報(判決注:甲12)
 2.特開平4-265451号公報(判決注:甲1)」
 (イ) 原告は、平成29年4月21日付け手続補正書(甲6)により特許請求の範囲を補正するとともに(4月21日付け補正)、同日付け意見書(甲5。以下「本件意見書」という。)を提出した。
 本件意見書には、次の記載がある。
 「(3)特許法第29条に基づく拒絶理由について
 ・・・(略)・・・
 このように、補正後の本願発明のような、リング溝を用いてリングベルト領域を規定し、当該領域をもとに、ピストンの冷却を促進する好適な範囲が規定された冷却空洞は、引用文献1にも2にも開示されておりません。したがいまして、補正後の請求項1およびその従属請求項に係る本願発明は、引用文献に記載の発明に対して新規性および進歩性を有するものと思料致します。
 ・・・(略)・・・」
 (ウ) 原告は、平成29年5月25日付け本件拒絶査定書(甲7)により拒絶査定を受けた。
 本件拒絶査定書には、次の記載がある。
 「この出願については、平成29年1月27日付け拒絶理由通知書に記載した理由2によって、拒絶をすべきものです。」
 「理由2(特許法第29条第2項)について
 ・・・(略)・・・、引用文献2には、図1等にピストン上面のリング溝付近のみに冷却空洞を設けることが記載されている。よって、ピストン頂面が過熱され易いという課題を基に、冷却空洞の位置を設定することは当業者であれば容易になし得ることである。
 したがって、本願の請求項1に係る発明は、引用文献1、2に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものである。」
 イ 本件審判について
 (ア) 原告は、平成29年9月26日付けで、審判請求書(甲8)を提出するとともに、手続補正書(甲9)を提出し、特許請求の範囲の請求項1を補正した(本件補正)。
 上記審判請求書には、次の記載がある。
 「【拒絶査定の要点】
 ・・・(略)・・・
 (4)本願発明と引用発明との対比
 補正後の請求項1に係る本願発明は、燃焼面の最上部分から垂下する「燃焼ボウル」を備える。引用文献1~4の発明は、その最上部分に特段の特徴がなく、この燃焼ボウルに相当する構成は開示されていないため、引用文献をいかに組み合わせても、補正後の請求項1に係る発明に想到することは不可能である。
 ・・・(略)・・・」
 (イ) 本件審判合議体は、平成30年6月11日、本件補正は特許法17条の2第5項2号の特許請求の範囲の減縮を目的としたものに該当するとした上で、独立特許要件について検討した。その際には、甲1発明を引用発明1として、前記のとおりの相違点1ないし3を指摘した上、相違点1については、甲1発明に加えて甲2文献の記載事項を甲2技術として引用して容易に想到することができると判断し、その余の相違点については、甲1発明のみに基づいて容易に想到することができると判断して、本件補正を却下するとともに、実質的に同様の理由により、本願発明についても容易に想到することができると判断した。
 (2) 検討
 ア 以上によれば、本件拒絶理由通知書、本件拒絶査定書のいずれにおいても、甲12文献と甲1文献が、「引用文献 1、2」と並列して記載され、甲1文献は「引用文献2」とされている上、進歩性に関し、甲1発明の認定や本願発明との一致点、相違点についての記載もないから、一見すると甲1文献が副引用例ではないかとの誤解を招き得る記載といえなくもない。
 しかし、上記認定によれば、本件拒絶理由通知書は、理由1では、甲12文献については具体的な記載内容を摘示し、甲1文献(引用文献2)については「引用文献2にも同様の記載がされている(図3)」と摘示して、甲1文献には甲12文献と同様の技術事項が記載されていることを前提に、本願発明は、甲12文献及び甲1文献にそれぞれ記載された発明と同一の発明であるから、新規性を欠くと判断し、理由2では、「([理由1]参照)。」として、本願発明は、甲12文献及び甲1文献にそれぞれに記載された発明から、新規性欠如と同様の理由により進歩性を欠くと判断して、新規性欠如及び進歩性欠如の拒絶理由を通知したものと理解することができる。
 また、本件拒絶査定書では、結論として、本件拒絶理由通知書記載の理由2によって拒絶すべきものであることが記載され、理由2において、甲12文献及び甲1文献双方を引用し、甲1文献の具体的な記載内容を摘示した上で、本願発明は、甲12文献及び甲1文献のそれぞれに記載された発明から進歩性を欠くと判断しており、甲12文献及び甲1文献に記載された発明に基づく進歩性欠如を理由に拒絶査定をしたものと理解することができる。
 以上によれば、本件拒絶理由通知及び本件拒絶査定においては、甲12文献を主引用例とする進歩性欠如のほか、甲1文献を主引用例とする進歩性欠如を根拠に、拒絶理由が通知され、かかる拒絶理由が解消されていないとして、拒絶査定がされたものといえる。
 加えて、前記のとおり、原告は、本件拒絶理由通知に対する本件意見書において、4月21日付け補正後の本願発明が、甲12文献の記載事項のみならず、甲1文献の記載事項との対比において「空洞部の具体的な存在範囲が特定されていない引用文献2に開示された空洞部3とも異なる」旨を主張した上で、4月21日付け補正後の本願発明のような、リング溝を用いてリングベルト領域を規定し、当該領域をもとに、ピストンの冷却を促進する好適な範囲が規定された冷却空洞は、甲12文献にも甲1文献にも開示されておらず、甲12文献及び甲1文献記載の発明に対して新規性及び進歩性を有する旨の意見を述べている。また、原告は、審判請求書においても、甲12文献の記載事項のみならず、甲1文献の記載事項を摘示した上で、いずれの引用発明からも当業者が本願発明を容易に発明することができたものではない旨記載している。これらによれば、原告も、甲12文献及び甲1文献のそれぞれが、進歩性欠如の主引用例となり得ることを前提とした対応をしているものと理解できる。
 そうすると、本件拒絶理由通知及び本件拒絶査定の手続においては、記載の仕方が適切とはいえないものの、甲1文献を主引用例とする進歩性欠如の拒絶理由が通知されていたものというべきである。
 イ 本件審決では、甲1文献を主引用例として、本件補正発明の独立特許要件を判断しているところ、同文献は、前記アのとおり、本件拒絶理由通知、本件拒絶査定のいずれにおいても主引用例とされていたものと評価することができる。そして、本件補正前の本願発明との相違点である相違点2、3については、本件補正発明と実質的に同様の理由、すなわち、甲1発明から容易に想到できると判断されている。
 相違点1については、新たに甲2文献も引用されているが、相違点1は本件補正により付加した事項であるから、この点について新たな副引用例を追加し、拒絶理由を通知することなく補正却下の決定を行ったことに違法はない(特許法50条ただし書)。
 ・・・(略)・・・。
 (3) 小括
 以上によれば、本件手続が違法であるとまではいえず、取消事由1は、理由がない。』

 (2)取消事由2(甲1発明に基づく進歩性判断の誤り)について
 『イ 相違点1の容易想到性について
 (ア) 甲1発明は、凹んだ燃焼室を有さない二サイクルエンジンについてのものであり、甲1文献には、従来技術では、ピストン頂面が受ける燃焼圧力に耐えるようにするため、ピストン頂面付近の肉厚を厚くしていたが(【0002】、図4)、冷却不足が起きて、ピストン外周の摺動面にスカフィングが発生したりリングスティックが発生するなどの不具合があり、また、ピストン重量が増し、往復運動のときの慣性が大きくなる不具合があったことから(【0003】)、空洞部を設けることにより、頂面付近の熱をスカート方向に拡散して、ピストンの冷却性を向上し、軽量化を図るものである(【0004】)との記載がある。
 一方、甲2技術は、内燃機関のためのピストン頂面の熱をピストンスカート部へ流動して低下させるものであるから、技術分野、解決すべき課題及び作用が共通するといえ、甲1発明に甲2技術を適用する動機付けはあるというべきである。
 (イ) 原告は、二サイクルエンジンにおいて、ピストンの頂面付近の肉厚を厚くしている甲1発明に、甲2技術を適用してピストン頂部に凹部を設けることには、阻害要因があると主張する。
 しかしながら、・・・(略)・・・、二サイクルエンジンにおいても、ピストン頂面に凹んだ形状の燃焼室を設けることは周知であったと認められる。そして、甲1発明は、二サイクルエンジンにおいて、従来技術のピストンの有する課題を解決するため、空洞部を設けることによって、熱を下方に拡散するものであるところ、かかる課題を解決するために、周知技術である凹んだ形状の燃焼室の構成を採用することが妨げられる理由があることはうかがわれず、ピストン頂面付近の肉厚を厚くすることが必須の構成とはいえないから、甲2技術を適用することに阻害要因はない。
 (ウ) そして、甲1発明に甲2技術を適用すれば、ピストン頭部の「上部燃焼面の平坦な最上部分から垂下する凹んだ部分」が設けられ、この「凹んだ部分」を設けることに起因して、ピストン1の頭部の「凹んだ部分」と空洞部との間にピストン本体の材料の薄い領域が形成されることになるから、相違点1に係る構成は、容易に想到することができる。
 よって、相違点1は、当業者が甲1発明及び甲2技術から容易に想到することができたものである。』

[コメント]
 判決では、審決が主引用例とした甲1文献が、拒絶理由通知書及び拒絶査定書では引用文献2とされ、引用発明の認定や本願発明との一致点及び相違点についての詳細な記載がなかった点につき、記載の仕方が適切とはいえないと判断された。実務上、複数の引用例をそれぞれ主引用例として拒絶される場合、実際にこのような記載もあり得る。しかし、本件の拒絶理由通知書及び拒絶査定書を十分に検討すると、甲1文献を主引用例とした進歩性欠如の拒絶理由が記載されていると理解され、また、原告もこれを理解して意見書及び審判請求書にて反論しているようであり、妥当な判決といえる。

以上

(担当弁理士:吉田 秀幸)