審決取消請求事件 » 平成30年(行ケ)第10012号「スプレー缶用吸収体およびスプレー缶製品」事件

名称:「スプレー缶用吸収体およびスプレー缶製品」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成30年(行ケ)第10012号 判決日:平成31年1月31日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:進歩性、数値限定、技術的意義
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/387/088387_hanrei.pdf

[概要]
主引用発明の実施例で市販品が部材として使用され、当該市販品のうち請求項の数値範囲と重複するものが普通に存在するため、実施を試みる際に重複部分を採用することは容易に想到できるとして、進歩性なしと判断した無効審決を維持した事例。

[事件の経緯]
原告は、特許第5396136号の特許権者である。
被告は、本件特許の請求項1、2、6及び8に係る発明について無効審判を請求した。特許庁は、訂正請求を認めた上で、請求項1、6、8に記載された発明についての特許を無効とし、請求項2についての本件審判の請求を却下した。このため、原告は無効審決部分(請求項1、6、8)について、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却し、審決を維持した。

[本件発明]
【請求項1】(本件発明1、かっこ内符号は筆者が付した)
噴射口を備えたスプレー缶(1)に、可燃性液化ガスおよび保液用の吸収体(2)を充填したスプレー缶製品であって、
上記吸収体(2)が、灰分を1重量%以上12重量%未満の範囲で含有するセルロース繊維集合体から構成され、
上記スプレー缶内に、上記噴出口側に空間(12)を有して、スプレー缶形状に対応する形状に成形された上記吸収体を収容し、上記空間と上記吸収体の間には、上記吸収体の表面を通気可能に保護する通気性蓋状部材(4)を配設し、
かつ、上記蓋状部材(4)は、上記スプレー缶内に圧入されて上記吸収体表面に密接する円板状多孔質体、または上記吸収体表面に一体的に形成された多孔質保護層であることを特徴とするスプレー缶製品。

[審決]
本件発明1と甲1の第1発明との相違点を下記にように認定した上で、各相違点について容易想到であると判断した。なお、記載要件についても、サポート要件違反であると判断した。
(相違点1)
本件発明1のセルロース繊維集合体は、「灰分を1重量%以上12重量%未満の範囲で含有する」ものであるのに対して、甲1の第1発明のセルロース繊維集合体は、どの程度の灰分を含んでいるのか、不明な点。
(相違点2)
本件発明1は、「上記スプレー缶内に、上記噴出口側に空間を有して、スプレー缶形状に対応する形状に成形された上記吸収体を収容し、上記空間と上記吸収体の間には、上記吸収体の表面を通気可能に保護する通気性蓋状部材を配設し、かつ、上記蓋状部材は、上記スプレー缶内に圧入されて上記吸収体表面に密接する円板状多孔質体、または上記吸収体表面に一体的に形成された多孔質保護層である」のに対して、甲1の第1発明は、蓋状部材を備えていない点。

[取消事由]
1.取消事由1(サポート要件の判断の誤り)
2.取消事由2-1(甲1の第1発明を主引用例とする本件発明1等の進歩性の判断の誤り)
3.取消事由2-2(甲1の第2発明を主引用例とする本件発明1等の進歩性の判断の誤り)

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
1 取消事由2-1(甲1の第1発明を主引用例とする本件発明1、6及び8の進歩性の判断の誤り)について
(1)本件明細書の記載事項等について
『(イ)「本発明」は、高価な原料使用や複雑な製造工程を要することなく、液化ガスの吸収性、保持力に優れ、傾斜状態や倒立状態での使用または保管時の液漏れを防止可能な吸収体を得ること、それにより、低コストで、安全性および保液性が確保できるスプレー缶製品を実現することを目的とするものであり、「本発明者等」が見出した「吸収体の性能が古紙原料に含まれる灰分によって大きく左右されるという知見」に基づいて、本件発明1においては、灰分を1重量%以上12重量%未満の範囲で含有するセルロース繊維集合体から構成される吸収体と、この吸収体の表面を通気可能に保護する通気性蓋状部材とを備える構成を採用したものである(【0016】、【0017】)。』
(2)甲1の記載事項について
『イ 前記アの記載事項によれば、甲1には、①スプレー缶製品の吸収体として、従来使用されていた古紙等の粉砕品には、リサイクルにより傷ついた繊維が含まれているため液体の保持力が悪く、原料の品質にもばらつきがあり、また、印刷インク等の不純物が付着しているため液吸収性が悪く、スプレー缶を倒立状態で使用した場合や保管した場合に液漏れの原因となるという問題があったため、より吸収性能・保液性に優れた吸収体が必要とされていたこと、②「本発明」は、上記課題を解決するための手段として、スプレー缶製品の吸収体として、繊維長を0.35mm以下の微細セルロース繊維を45質量%以上含有するセルロース繊維集合体の構成を採用したものであり、これにより、吸収体をセルロース繊維集合体として缶内に充填し、保液力を向上できること、③吸収体の原料として使用するセルロース繊維は、針葉樹、広葉樹の漂白または未漂白化学パルプ、溶解パルプ、古紙パルプ、更にはコットン等、任意の原料のセルロース繊維を適宜粉砕処理することで用いることが可能であり、中でも、NBKP、LBKPパルプが、吸収性・保水性、および液化ガスに着色が起こらないという点で優秀であり、好適に用いられること、④「本発明」の実施例1に係る吸収体は、市販の広葉樹漂白クラフトパルプ(LBKP)を湿式粉砕して得られた微細セルロース繊維(平均繊維長は0.25mm)45質量%と、市販の広葉樹漂白クラフトパルプ(LBKP)を乾式解繊装置で解繊して得たセルロース繊維55質量%とを筒状の不織布袋に充填し、略円筒形状としたものであることの開示があることが認められる。』
(3)本件発明1の進歩性の判断の誤りの有無
ア 相違点1の容易想到性について
『(ア)甲1には、実施例1において、市販のLBKP(広葉樹漂白クラフトパルプ)を用いてセルロース繊維の吸収体を得たことが記載されているが(【0041】)、そのLBKPの灰分含有量についての記載はない。
しかしながら、甲37(「非木材繊維利用の現状と将来」(紙パ技協誌第51巻第6号、1997年6月))の「表18 主要非木材および木材の化学組成」に、「広葉樹材」の原料は灰分含有量が「0.1%~2.0%」であることが記載されていること(80頁・表18)に照らすと、灰分量が「1重量%を超える程度」の市販のLBKPが普通に存在するものと認めるのが相当である。
そうすると、当業者は、甲1に基づいて、市販のLBKPを用いて、甲1の第1発明の実施を試みる際に、「1重量%を超える程度」の灰分を含有するセルロース繊維集合体から構成される吸収体(相違点1に係る本件発明1の構成に含まれる構成)に容易に想到することができたものと認められる。
(イ)これに対し、原告は、本件発明1は、「吸収体の性能が古紙原料に含まれる灰分によって大きく左右される」という従来なかった技術的知見を適用し、吸収体中に含まれる灰分量を所定の範囲に調整し、通気性蓋状部材を載置するという従来技術とは異なる簡易な方法によって、当該課題を解決したことに技術的意義があるから、相違点1に係る本件発明1の構成に至るためには、スプレー缶用吸収体の保液性能が、吸収体中に含まれる灰分含有量に左右されるという技術的知見を見出し、その数値範囲を最適化するという観点から、吸収体中の灰分含有量を1重量%以上12重量%未満に調整するという点を想到することが必要である旨主張する。
しかしながら、当業者は、甲1に基づいて、「1重量%を超える程度」の灰分を含有するセルロース繊維集合体から構成される吸収体(相違点1に係る本件発明1の構成に含まれる構成)に容易に想到することができたものと認められることは、前記(ア)のとおりであって、相違点1に係る本件発明1の構成に至るためには、スプレー缶用吸収体の保液性能が、吸収体中に含まれる灰分含有量に左右されるという技術的知見を見出すことは必ずしも必要ではないというべきである。
したがって、原告の上記主張は採用することができない。
(ウ)よって、本件審決における相違点1の容易想到性の判断に誤りはない。』
イ 相違点2の容易想到性について
『以上によれば、当業者は、スプレー缶を倒立状態で使用した場合の吸収体に充填された可燃性液化ガスの液漏れの防止を確実にし、吸収体を安定して保持するために、甲1の第1発明において、甲2の連続気泡状パッキングを適用する際に、甲2記載の連続気泡状パッキングの構成のものを吸収体の表面に密接に配置し、相違点2に係る本件発明1の構成を容易に想到することができたものと認められる。』
2 結論
『以上のとおり、原告主張の取消事由2-1は理由がないから、本件発明1、6及び8についての本件特許には、特許法123条1項2号(同法29条2項違反)の無効理由がある。
そうすると、その余の取消理由について判断するまでもなく、原告の請求は棄却されるべきものである。』

[コメント]
裁判所は、相違点1「セルロース繊維集合体は、灰分を1重量%以上12重量%未満の範囲で含有するものである」の技術的意義を認めつつも、主引用発明の実施例で市販品が部材として使用され、当該市販品のうち請求項と重複するものが普通に存在するため、実施を試みる際に重複部分を採用することは容易に想到できると判断している。
原告は、相違点1に係る構成に至るためには、スプレー缶用吸収体の保液性能が、吸収体中に含まれる灰分含有量に左右されるという技術的知見を見出し、その数値範囲を最適化するという観点から、吸収体中の灰分含有量を1重量%以上12重量%未満に調整するという点を想到することが必要である旨の主張をしていた。これに対して裁判所は、相違点1に係る本件発明1の構成に至るためには、スプレー缶用吸収体の保液性能が、吸収体中に含まれる灰分含有量に左右されるという技術的知見を見出すことは必ずしも必要ではないというべきである、と説示している。
相違点に係る構成が一定の技術的意義を有する場合でも、当該構成が普通に採用されるものであるときは、その構成に至るために技術的知見を見出すことは必ずしも必要ではない旨を説示して、進歩性を否定したケースであり、妥当な判断であると考える。
なお、本判決と同日付けで、同じ当事者及び同じ特許が対象となった侵害訴訟の控訴審判決(平成30年(ネ)第10033号 特許権侵害差止等請求控訴事件(原審・大阪地方裁判所平成26年(ワ)第6361号))がなされている。この事件でも、本判決と同じ無効理由(進歩性なし)が主張されて、無効の抗弁が認められることで非侵害との結論になっている。
以上
(担当弁理士:梶崎 弘一)