審決取消請求事件 » 平成30年(行ケ)第10027号「油または脂肪中の環境汚染物質の低減方法」事件

名称:「油または脂肪中の環境汚染物質の低減方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成30年(行ケ)第10027号 判決日:平成31年1月28日
判決:審決取消
特許法29条2項
キーワード:進歩性、周知技術
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/299/088299_hanrei.pdf
[概要]
油または脂肪中の環境汚染物質の低減方法に係る本件発明について、優先日当時の蒸留及び環境汚染の状況に関する技術常識ないし周知の事項に照らせば、引用発明との相違点は容易に想到することができたとして、進歩性を肯定した審決を取り消した事例。

[事件の経緯]
被告は、特許第3905538号の特許権者である。
原告は、当該特許の請求項1等に係る発明について特許を無効とする無効審判(無効2013-800118号)を請求し、特許庁が、当該特許を無効とする審決(一次審決)をしたため、被告は、その取り消しを求めた(平成27年(行ケ)第10190号)。知財高裁は、被告の請求を認容し、一次審決を取り消した(一部取消)。
そして、前判決の確定後に、特許庁において、本件無効審判請求について再度審理がされ、特許庁が、当該特許を維持する審決(本件審決)をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、本件審決を取り消した。

[本件発明(訂正後)]
【請求項1】
環境汚染物質を含有する、食用であるかまたは化粧品中に用いるための海産油中の環境汚染物質の量を低減させるための方法であって:
該環境汚染物質が臭素化難燃剤およびPCBからなる群より選択され、
-揮発性作業流体を外部から該海産油に添加する過程であって、該揮発性作業流体が、脂肪酸エステル、脂肪酸アミドおよび遊離脂肪酸のうちの少なくとも1つを含む過程;
-該海産油が添加された該揮発性作業流体とともに少なくとも1回のストリッピング処理過程に付される過程であって、該ストリッピング処理過程が150~270℃の間の温度で実行され、食用であるかまたは化粧品中に用いるための該海産油中に存在するある量の環境汚染物質が、該揮発性作業流体と一緒に該海産油から分離される過程を含むことを特徴とする方法。

[取消事由]
取消事由1 本件発明と甲2記載の発明との相違点の認定の誤り
取消事由2 本件発明と甲2記載の発明との相違点の容易想到性判断の誤り
取消事由3 本件発明と甲3記載の発明との相違点の認定の誤り
取消事由4 本件発明と甲3記載の発明との相違点の容易想到性判断の誤り

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
3 取消事由1(本件発明と甲2記載の発明との相違点の認定の誤り)
『(2)本件発明1との対比について
ア 相違点6の認定について
(ア)原告は、相違点6に関し、①甲2発明1では、サケ頭油がPCB又は臭素化難燃剤を含有するか否かが明らかではない、②甲2発明1において、サケ頭油にリノール酸を添加して蒸留することにより、リノール酸及びコレステロールを気相に分離する際の蒸留条件において、サケ頭油中のPCB又は臭素化難燃剤が分離されるのか否かが明らかではない、③リノール酸が、甲2発明1における揮発性作業流体といえるのか否かが明らかではない、との本件審決の認定がいずれも誤りであると主張するので、以下検討する。
・・・(略)・・・
(オ)小括
以上によれば、本件審決には、相違点6について、リノール酸が揮発性作業流体といえるのか否かが明らかではないと認定した点において、誤りがあるというべきである。
イ 本件発明1と甲2発明1との一致点及び相違点
上記アのとおり、甲2発明1におけるリノール酸は、本件発明1における揮発性作業流体に当たると認められる。また、本件発明1と甲2発明1とは、揮発性作業流体を用いて海産油中の除去対象物質の量を低減させるとの点において技術思想が共通する。
そうすると、本件発明1と甲2発明1との一致点及び相違点は、次のとおりと認めるのが相当である。
<一致点>
「食用である海産油中の除去対象物質の量を低減させるための方法であって:
-脂肪酸である揮発性作業流体を外部から該海産油に添加する過程;
-該海産油が添加された該揮発性作業流体とともに少なくとも1回のストリッピング処理過程に付される過程であって、
該海産油中に存在するある量の該除去対象物質が、該揮発性作業流体と一緒に該海産油から分離される過程を含む方法」
<相違点6>
本件発明1では、海産油中に存在し、揮発性作業流体と一緒に海産油から分離される除去対象物質が、「臭素化難燃剤およびPCBからなる群より選択される環境汚染物質」であるのに対し、甲2発明1では、該除去対象物質が「コレステロール」であって、甲2発明1のサケ頭油が、「臭素化難燃剤およびPCBからなる群より選択される環境汚染物質」を含有するのか否か、該環境汚染物質が、該サケ頭油に添加されたリノール酸と一緒に、該サケ頭油から分離される過程を含むのか否かが明らかでない点。
<相違点7>
「ストリッピング処理過程」、すなわち分子蒸留を実行する温度範囲が、本件発明1では、「150~270℃の間の温度」であるのに対し、甲2発明1では、その温度範囲が特定されていない点。』

4 取消事由2(本件発明と甲2記載の発明との相違点の容易想到性判断の誤り)
『(1)本件発明1について
ア 相違点6に係る構成の容易想到性について
(ア)甲2発明1のサケ頭油を、臭素化難燃剤及びPCBが含まれるものとすることについて
a 上記2において認定したとおり、本件優先日前に頒布された刊行物である甲24には、魚貝類におけるPCB濃度が0.01~10ppmであること(上記2(3))、甲58には、ほとんど全ての魚油において2~5ppmのPCBが見出されること(同(10))がそれぞれ記載されている。・・・(略)・・・。これらの記載がされている刊行物の種類や公開時期等に鑑みれば、本件優先日当時、ほとんど全ての精製前の海産油にPCBが含まれていることは、周知の客観的事項であったと認められる。
b ・・・(略)・・・。また、被告は、甲2発明1の粗サケ頭油には、アラスカ海域で捕獲
されたサケが使用されたはずであると主張するが、これを認めるに足りる証拠は見当たらない。
したがって、この点についての被告の主張を採用することはできない。
c 以上によれば、甲2発明1のサケ頭油を「臭素化難燃剤およびPCBからなる群より選択される環境汚染物質」を含有するものとすることは、当業者が容易に想到することができたというべきである。
(イ)サケ頭油中のPCB及び臭素化難燃剤はリノール酸と一緒に分離されることについて
・・・(略)・・・
これらの記載によれば、PCBは、コレステロールが有意に蒸留されない175℃で検出レベル未満に減少するというのであるから、コレステロールを上回る揮発性を有する物質であると認められる。
・・・(略)・・・
d 以上によれば、コレステロールが気化する温度範囲では、より揮発性の高いPCB及び臭素化難燃剤も気化するというべきであるから、「臭素化難燃剤およびPCBからなる群より選択される環境汚染物質」を含有するサケ頭油を使用して、甲2発明1が特定する方法を実行すると、当該環境汚染物質は、当該サケ頭油に添加されたリノール酸と一緒に分離されることとなる。
そして、コレステロール、PCB及び臭素化難燃剤の揮発性の程度は、本件優先日当時において、周知の客観的事項であると認められる(甲21、28及び30は、本件優先日の約6年以上前に頒布された文献である。)から、当業者は、甲2発明1が特定する方法を実行すると、サケ頭油に含まれているPCB及び臭素化難燃剤が、当該サケ頭油に添加されたリノール酸と一緒に分離されることを容易に理解できたというべきである。
(ウ)小括
したがって、当業者は、相違点6に係る構成を容易に想到することができたと認めるのが相当である。
イ 相違点7に係る構成の容易想到性について
・・・(略)・・・
(エ)以上によれば、甲2発明1のサケ頭油から、分子蒸留によってPCBや臭素化難燃剤を除去しようとする場合に、その温度範囲を少なくとも175~260℃の間の温度とすることは、当業者が容易に想到することができたというべきである。
・・・(略)・・・
ウ 本件発明1の効果について
・・・(略)・・・甲2に接した当業者は、上記2(1)記載の技術常識を踏まえると、甲2発明1で使用されているリノール酸は、「望まれる蒸留物」(蒸留によって分離しようとする物質)の同伴剤、すなわち当該蒸留物の蒸留を促す剤として機能するものであることを理解できる。また、コレステロールを上回る揮発性を有する物質(例えば、PCBや臭素化難燃剤)の除去においても、リノール酸が同様の効果を奏する上に、(常圧で固化するコレステロールと比較すると)相当に低い温度で蒸留を実行可能であることについても予測できるというべきである。
したがって、本件発明1が、甲2発明1及び本件優先日当時の技術常識から予測できない顕著な効果を有すると認めることはできない。』

5 取消事由3(本件発明と甲3記載の発明との相違点の認定の誤り)について
『(2)本件発明1との対比について
ア 相違点8の認定について
(ア)原告は、相違点8に関し、①甲3発明1は、「魚油中の臭気物を除去するための方法」である、②甲3発明1において、該環境汚染物質が、該魚油に添加された単純エステルと一緒に、該魚油から分離される過程を含むのか否かが明らかでない、③単純エステルが揮発性作業流体といえるのか否かが明らかでない、との本件審決の認定がいずれも誤りであると主張する。
・・・(略)・・・
(オ)小括
以上によれば、本件審決には、相違点8について、単純エステルが揮発性作業流体といえるのか否かが明らかではないと認定した点において、誤りがあるというべきである。
イ 本件発明1と甲3発明1との一致点及び相違点
上記アのとおり、甲3発明1における単純エステルは、本件発明1における揮発性作業流体に当たると認められる。また、本件発明1と甲3発明1とは、揮発性作業流体を用いて海産油中の除去対象物質の量を低減させるとの点において技術思想が共通する。
そうすると、本件発明1と甲3発明1との一致点及び相違点は、次のとおりと認めるのが相当である。
<一致点>
・・・(略)・・・
<相違点8>
本件発明1では、海産油中に存在し、揮発性作業流体と一緒に海産油から分離される除去対象物質が、「臭素化難燃剤およびPCBからなる群より選択される環境汚染物質」であるのに対し、甲3発明1では、該除去対象物質が「臭気物」であって、甲3発明1の魚油が、「臭素化難燃剤およびPCBからなる群より選択される環境汚染物質」を含有するのか否か、該環境汚染物質が、該魚油に添加された単純エステルと一緒に、該魚油から分離される過程を含むのか否かが明らかでない点。』

6 取消事由4(本件発明と甲3記載の発明との相違点の容易想到性判断の誤り)について
『(1)本件発明1について
ア 相違点8に係る構成の容易想到性について
(ア)甲3発明1の魚油を、臭素化難燃剤及びPCBが含まれるものとすることについて
上記4(1)ア(ア)aにおいて認定したとおり、本件優先日当時、ほとんど全ての精製前の海産油にPCB及び臭素化難燃剤が含まれていることは、周知の客観的事項であったと認めるのが相当である。
したがって、甲3発明1の魚油を「臭素化難燃剤およびPCBからなる群より選択される環境汚染物質」を含有するものとすることは、当業者が容易に想到することができたというべきである。
(イ)魚油中のPCB及び臭素化難燃剤は単純エステルと一緒に分離されることについて
・・・(略)・・・
そして、臭気物が気化する温度範囲では、揮発性が高いPCB及び臭素化難燃剤も気化するというべきであるから(上記2(2)、同(10))、上記4(1)ア(イ)において説示したところと同様に、当業者は、甲3発明1が特定する方法を実行すると、魚油に含まれる「臭素化難燃剤およびPCBからなる群より選択される環境汚染物質」が、当該魚油に添加された単純エステルと一緒に分離されることを容易に理解できたというべきである。
(ウ)小括
したがって、当業者は、相違点8に係る構成を容易に想到することができたと認めるのが相当である。』

[コメント]
本判決では、本件発明と甲2、3発明との相違点6、8等が周知事項であるとして、相違点6、8等に進歩性を認めた、本件審決(進歩性肯定)が取り消されている。
一方、前判決では、甲1発明との相違点2は甲1発明の課題解決に不可欠な構成であり、周知技術に置換することに阻害要因が認められて、一次審決(進歩性否定)が取り消されている。
本件審決(進歩性肯定)、一次審決(進歩性否定)はいずれも取り消されており、引用発明との相違点への周知技術を適用することに関する進歩性の判断、主張の参考になる。
以上
(担当弁理士:光吉 利之)