審決取消請求事件 » 平成29年(行ケ)第10160号「光安定性の向上した組成物」事件

名称:「光安定性の向上した組成物」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29年(行ケ)第10160号 判決日:平成30年10月11日
判決:請求棄却
特許法29条2項、特許法44条1項
キーワード:進歩性、分割出願
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/048/088048_hanrei.pdf

[概要]
被覆層を有しない経口固形組成物に係る本件各訂正発明の容易想到性判断に際し、フィルムコーティングを施すことで、光に起因する着色による外観変化などを防止する甲1発明には、フィルムコートを有しない経口固形組成物に変更することに関し、阻害要因があるとして、本件各訂正発明は甲1発明に基づいて容易に発明することができたとはいえないと判断した事例。

[事件の経緯]
被告は特許第5689192号(本件特許)の特許権者である。
原告が、本件特許について特許無効審判請求(無効2016-800114号)をし、被告が訂正を請求したところ、特許庁が、訂正請求を認めた上、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。

[本件訂正発明1]
(a)ベシル酸アムロジピン、(b)酸化鉄、(c)炭酸カルシウム及び結晶セルロースからなる群より選ばれる少なくとも一つの賦形剤、並びに(d)デンプンを含有し、デンプンの含有量が30重量%以下であり、かつ被覆層を有しない経口固形組成物(但し、マンニトールを含まない組成物である)。

[主な取消事由]
1 甲1記載の発明に基づく容易想到性判断の誤り(取消事由1)
2 分割要件適合性についての判断の誤り(取消事由3)

[裁判所の判断]
(取消事由1)
『甲1の記載事項の概要は次のとおりと認められる。
ノルバスク錠は、ベシル酸アムロジピンのフィルムコート錠である。有効成分のベシル酸アムロジピンにつき、固体状態での光に対する苛酷試験において、わずかに黄色化と分解物のスポットが認められた。製剤の分割後の安定性に関し、光に対する苛酷試験では、分割面がわずかに淡黄色に着色するが、分解物のスポットを認めないことが確認された。』
『被告は、ベシル酸アムロジピンの含有量を伴わない認定や、添加物の一部の成分のみを選択した認定は、許されないと主張する。
そこで検討するに、引用発明は、特許出願に係る発明が進歩性を有しているか否かを判断するに当たり、特許出願に係る発明との対比により一致点及び相違点を抽出し、当該引用発明を出発点として、相違点に係る特定事項を備えた発明を当業者が容易に想到できたか否かを検討するための基礎となるものである。そうすると、このような引用発明の目的に照らせば、引用発明は、本件発明と引用発明との一致点及び相違点を抽出するための対比が可能な程度に特定されていれば足り、本件発明との対比に明らかに関係がない事項についてまで、引用例に記載されているとおりにそのまま認定しなければならないものではないと解される。また、審決が問題にしているベシル酸アムロジピンの含有量の限定や添加剤の限定は、課題解決のために必要な構成であるとはいえない。
本件において、甲1発明(したがって甲1発明〔原告〕)は、本件訂正発明1との一致点及び相違点を抽出するための対比が可能な程度に十分特定されたものというべきである。そして、甲1が医薬品インタビューフォームの抜粋であることは、上記判断を左右しないというべきである。したがって、この点についての被告の主張を採用することはできない。』
『本件訂正発明1と甲1発明との一致点及び相違点は、次のとおりと認めるのが相当である。
・・・(略)・・・
<相違点1>
本件訂正発明1は、酸化鉄を含有するのに対し、甲1発明は、酸化鉄を含有しない点。
・・・(略)・・・
<相違点4>
本件訂正発明1は、被覆層を有しない経口固形組成物であるのに対し、甲1発明は、被覆層(フィルムコート部分)を有する点。』
『相違点1について
医薬品において、着色剤は、視覚的に医薬品の外観を変化させて、識別性を高めることなどを主目的として使用される添加物であるところ、酸化鉄は、医薬品の着色剤としてもよく知られた物質であるから、これを着色剤として医薬品に含有させることは、本件特許の出願日当時の周知慣用技術であったと認めるのが相当である(甲2の段落【0007】、甲48、乙6の表2)。したがって、医薬品である甲1発明に係る組成物に酸化鉄を含有させること自体は、当業者が容易に想到できるものというべきである。』
『相違点4について
(ア) 甲2に記載されているとおり、酸化鉄は、光に対して不安定な薬物の安定性を高める成分であることが知られているとしても、甲1発明につき、相違点4に係る構成を備えるものとすることは、当業者が容易に想到できたものとはいえない。その理由は次のとおりである。
・・・(略)・・・
(エ) そうすると、甲1及び甲33(刊行物に接した当業者が把握する事項を認定する際には、当該刊行物全体の記載内容を参酌すべきである。)の記載に接した当業者は、上記(1)ウのアムロジピンに関する周知事項及び上記(ウ)の技術常識に鑑みれば、アムロジピン原体は、光により着色し、外観変化と分解物の生成を生じ得るものであるところ、甲1記載のノルバスク錠では、フィルムコーティングを施すことで、光に起因する着色による外観変化と分解物生成を防止していることが理解できる。
・・・(略)・・・
さらに、上記(1)ウにおいて認定したとおり、アムロジピンが苦みを有する成分であることは、本件特許の出願日当時における周知の事項であったから、上記(ウ)の技術常識を踏まえると、甲1記載のノルバスク錠が備えるフィルムコーティングは、苦みをマスキングする役割も果たしていることが理解できる。
・・・(略)・・・
(オ) 原告が主張するとおり、医薬品の服用性、取扱いやすさや、生産性、コストといった観点からより良い剤形を模索することは、当業者であれば当然に検討すべき技術的事項であって(甲9~17、19、乙14)、実際にも、本件特許の出願日当時において、我が国で少なくとも22品目について口腔内崩壊錠の医薬品が販売されていたとの事情が認められる(甲84)。
しかし、上記(イ)~(エ)において検討したところによれば、甲1発明のベシル酸アムロジピンを含有するフィルムコート錠を、敢えてフィルムコートを有しない経口固形組成物に変更することには、光による変色・分解物の発生のおそれ、苦み、薬剤の溶出挙動の変化等の観点から阻害要因があるというべきである。
・・・(略)・・・
(6) 小括
以上によれば、この点についての審決の判断は、結論において誤りがないというべきであるから、原告主張の取消事由1は理由がない。』

(取消事由3)
『(1) 原告は、本件当初明細書の実施例及び比較例の全てにマンニトールが等しく添加されている上に、被告が、本件原出願の審査過程において、進歩性欠如の拒絶理由に対して行った効果の顕著性に関する主張に鑑みれば、本件原出願に係る発明には、当該発明を構成する組成物の成分からマンニトールを積極的に除外しようという技術思想が含まれていなかったことが明らかであると主張する。
(2) そこで検討するに、本件当初明細書の実施例及び比較例では、いずれもマンニトールを含む組成物のみが用いられていることは当事者間に争いがない。しかし、本件当初明細書において、マンニトールは任意成分である賦形剤として記載されており、ソルビトール、マルチトール、還元澱粉糖化物、キシリトール、還元パラチノース及びエリスリトールなどの代替し得る成分も併せて記載されていることからすると(甲26の段落【0021】及び【0022】)、本件当初明細書の記載において、マンニトールを含有しない組成物が排除されているとはいえない。
また、原告は、本件原出願の審査過程における、効果の顕著性に関する被告の主張を問題とするが、分割出願に係る発明が原出願の当初の明細書等に記載された事項の範囲内であるか否かは、当該明細書及び出願時の技術常識等に基づいて客観的に判断するのが相当であるから、原告の主張はその前提において失当である。
・・・(略)・・・
したがって、原告の上記主張はいずれも採用することができない。
(3) 以上によれば、原告主張の取消事由3は理由がない。』

[コメント]
本件明細書には、「本発明者らは鋭意検討を行った結果、アムロジピンまたはその薬学上許容される塩に酸化鉄を配合することで、光安定化のために被覆層を必要とすることなく非常に簡便に光安定化されたアムロジピン含有経口固形組成物が得られることを見出した。」との記載の他、アムロジピン含有の経口固形組成物に酸化鉄を配合することが容易ではないとする記載が多く見られる。本判決では、甲1発明に係る組成物に酸化鉄を含有させる点については容易想到と判断されたが、甲1記載のノルバスク錠では、フィルムコーティングを施すことで、光に起因する着色による外観変化と分解物生成を防止している以上、甲1は、被覆層を有しない経口固形組成物に係る本件訂正発明1の進歩性を否定する主引例となり得ないのは明らかであり、裁判所の判断は妥当であろう。主引例の記載中に、本願(本件)発明の必須の構成を採用することに対する阻害要因を見出すことが、進歩性を主張する側にとって重要であることを改めて痛感する判決と言えるのではないか。

以上
(担当弁理士:山下 篤)