審決取消請求事件 » 平成30年(行ケ)第10016号「多成分物質の計量及び混合装置」事件

名称:「多成分物質の計量及び混合装置」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成30年(行ケ)第10016号 判決日:平成30年11月26日
判決:請求棄却
特許法29条2項、157条2項4号、159条2項
キーワード:独立特許要件、進歩性、周知技術、技術常識
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/165/088165_hanrei.pdf

[概要]
主引用発明(甲5発明)に周知技術を適用し、駆動機構に係る相違点の構成とすることは、当分野における技術常識を考慮すると、当業者が容易に想到し得たことであるとして、発明の進歩性を否定した審決が維持された事例。

[事件の経緯]
原告が、特許出願(特願2013-545358号)に係る拒絶査定不服審判(不服2016-16153号)を請求して補正したところ、特許庁(被告)が、請求不成立の拒絶審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。

[本願補正後発明]
【請求項1】
比較的大量に計量される材料成分と比較的少量で計量される材料成分とを含む多成分物質のための計量及び混合装置(1)であって、
(a)それぞれの物質成分を有する交換式カートリッジ(2.1,3.1)を収容するための、少なくとも2つの連結されているカートリッジ収容装置(2,3)、
(b)前記カートリッジ収容装置(2,3)又は前記カートリッジ中に押し入る吐出ピストンによって前記カートリッジ(2.1,3.1)から成分出口を通して前記物質成分を同時に吐出するための、吐出装置(4,5,8,9,11,16)、
及び
(c)前記成分出口に接続され、吐出される前記物質成分を混合し、かつそれらを混合状態で放出する、混合装置(7)、
を具備しており、
前記比較的大量に計量される材料成分と前記比較的少量で計量される材料成分との量比が50以上:1であり、かつ
(d)少なくとも1つの前記吐出ピストン(11)が、ねじ(11.1)を有し、それによって前記吐出ピストン(11)が、前記カートリッジ収容装置(2,3)に対して回転するときに、前記吐出ピストン(11)を前記ねじによって前方へ駆動できるようにされており、かつ前記比較的少量で計量される材料成分を吐出するために用いられる、多成分物質のための計量及び混合装置(1)。

[審決の理由の要点]
(1)相違点2
本願補正後発明1は、「前記比較的大量に計量される材料成分と前記比較的少量で計量される材料成分との量比が50以上:1」であり、また、上記「少なくとも1つの吐出ピストンが、駆動機構に接続され、吐出ピストンを駆動機構によって前方へ駆動できるようにされている」点に関して、本願補正発明1は、「少なくとも1つの前記吐出ピストンが、ねじを有し、それによって前記吐出ピストンが、前記カートリッジ収容装置に対して回転するときに、前記吐出ピストンを前記ねじによって前方へ駆動できるようにされており、かつ前記比較的少量で計量される材料成分を吐出するために用いられる」ものであるのに対し、
甲5発明は、硬化剤と主剤との量比が2:1であり、また、上記「少なくとも1つの吐出ピストンが、駆動機構に接続され、吐出ピストンを駆動機構によって前方へ駆動できるようにされている」点に関して、甲5発明は、ピストン杆17が、ギア機構18に接続され、ピストン杆17をギア機構18によって押圧移動できるようにされている点。

(2)相違点2についての判断
駆動機構において、歯車機構や流体圧駆動機構などよりねじ機構の方が操作量に対して駆動される量が小さく、細かな調整が可能であることは、機械分野一般の技術常識であるところ、定量で材料成分を注出する装置において、ねじによる駆動機構を採用したものは、例えば、甲6・・・(略)・・・や甲7・・・(略)・・・に記載されるように周知である。
そして、甲5発明において、複数の材料成分を計量して注出するに当たり、それらの材料成分をどのような量比で注出するかは、生成する混合物の種類により設定されるものであるところ、その量比が50以上:1という比の混合物である場合に、少量で計量される材料成分を精密に計量すべきことは、当業者であれば普通に想到する事項であり、その際、上記周知技術を採用して、ギア機構の代わりにねじ機構を採用することは、当業者が容易になし得たことである。

[取消事由]
1.相違点2の容易想到性判断の誤り(独立特許要件の適否)
2.手続違背の有無
3.理由不備の有無

[原告の主張]
・・・(略)・・・甲6は、高粘度の内容物を、力をかけずに片手だけで送出できるように、ねじによる駆動機構を採用した注射器バレルを開示しているのであり、この注射器バレルでは、定量で材料成分を注出するために、ねじによる駆動機構が採用されているわけではない。また、甲7も、比較的硬質な材料を、力をかけずに片手だけで供給できるように、ねじによる駆動機構を採用したシリンダを開示しているのであり、このシリンダでは、定量で材料成分を注出するために、ねじによる駆動機構が採用されているわけではない。
したがって、当業者が、甲6及び7に共通の技術を把握するとするのであれば、それは、「定量で材料成分を注出する装置において、ねじによる駆動機構を採用した」装置ではなく、「粘度が高い材料成分等を片手の操作のみで注出する装置において、ねじによる駆動機構が採用されている装置」である。
審決における上記認定は、甲6及び7に記載された「粘度が高い材料成分等を片手の操作のみで注出する装置」の技術内容を、「定量で材料成分を注出する装置」への技術内容に、抽象化、一般化、及び/又は上位概念化した認定であり、恣意的な判断を容れるおそれがあるため、許されない。

[被告の主張]
・・・(略)・・・甲6及び7は、「定量で材料成分を注出する装置において、ねじによる駆動機構を採用したもの」(以下「本件技術事項2」という。)を開示している。
(イ)審決は、甲6及び7を周知例として提示したものであり、当該各周知例から認定できる周知技術が、原告が主張するような共通の技術に限られなければならない理由はなく、当該各周知例が本件技術事項2を開示しているのであれば、本件技術事項2が周知であることを認定できる。

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
・取消事由1(相違点2の容易想到性判断の誤り)について
『前記ア及びイによると、少なくとも、「材料成分を注出する装置において、ねじによる駆動機構(雄ねじが設けられた部材に対し、雌ねじが設けられた部材を螺合し、雄ねじが設けられた部材を回転させることで、雌ねじが設けられた部材を、雄ねじが設けられた部材の長手方向に移動させる送りねじ機構)を採用したもの」は、本願優先日前における周知技術であると認められる。
そして、甲6技術の「注射器バレル102」及び甲7技術の「シリンダ12」は、それぞれ、その容量が決まっており、それらから注出される材料成分は「定量」であることが認められるから、本件技術事項2・・・(略)・・・も、本願優先日前における周知技術であると認められる。』
『d 以上によると、「部材を直線移動させるための駆動機構において、ラックピニオン機構より送りねじ機構の方が、駆動機構を大型化又は複雑化せずに、操作量に対して駆動される量が小さく、細かな調整が可能であること」は、機械分野一般における技術常識であると認めるのが相当である。・・・(略)・・・。
(イ)甲5の・・・(略)・・・記載によると、作業者が装置を携帯しながら作業を行うことができるよう、装置を小型化することは、甲5発明の課題であるといえるから、駆動機構を大型化又は複雑化しないことにより、装置を小型化するために、前記(ア)の技術常識を勘案して、甲5発明の少なくとも1つのピストン杆17の駆動手段として、前記(3)の周知技術を適用して、駆動機構に係る相違点2の本願補正後発明1の構成とすることは、当業者が容易に想到し得たことであると認められる。』

・取消事由2(手続違背)について
『(1)原告は、本件拒絶査定においては、甲5発明と甲6及び7によって示された周知技術・・・(略)・・・とに基づいて、進歩性が判断されているのに対し、審決は、さらに何ら根拠を示さずに技術常識・・・(略)・・・が存在するとした上で、甲5発明と上記周知技術に加えて、上記技術常識に基づいて、進歩性を判断したから、「査定の理由と異なる拒絶の理由」(特許法159条2項)が追加されているのであって、拒絶理由を通知して意見書提出の機会を与えるべきところ、審決には、これを欠いた手続違背がある旨主張する。
(2)しかし、審決は、甲5発明と・・・(略)・・・前記周知技術を組み合わせることは、前記技術常識を考えると、容易に想到できる旨を判断しているのであって、主引用発明とこれを組み合わせる対象となる副引用発明又は技術の内容が、本件拒絶査定の理由から変更されているとは認められない。容易想到性の判断において、主引用発明と副引用技術との組合せの動機付けを判断する場合において、その動機付けの有無を基礎付ける事情の一つとして、新たに、技術常識を認定したとしても、「査定の理由と異なる拒絶の理由」(特許法159条2項)を追加したということはできず、改めて拒絶理由通知等を行わなかったことをもって、手続違背があると認めることはできない。』

・取消事由3(理由不備)について
『(1)原告は、審決の「駆動機構において、歯車機構や流体圧駆動機構などよりねじ機構の方が操作量に対して駆動される量が小さく、細かな調整が可能であることは、機械分野一般の技術常識である」という認定は、根拠が示されていないから、審決は、特許法157条2項4号の規定に違背している旨主張する。
(2)しかし、「審決の理由」(特許法157条2項4号)は、最終的な結論を導き出すのに必要な限度で示されるものであって、その判断の過程において認定された全ての事実についてそれを認定する根拠となった証拠を事実毎に全て示さなければ、「審決の理由」(特許法157条2項4号)を記載したことにならないというものではない。
特に、「技術常識」は、当業者に一般的に知られている技術又は経験則から明らかな事項であるから、その根拠となった証拠を挙げなかったからといって、必ずしも「審決の理由」を記載しなかったことにはならない。』

[コメント]
主引用発明(甲5発明)に周知技術を適用し、駆動機構に係る相違点(相違点2)の構成とすることは、当業者が容易に想到し得たことであるとして、発明の進歩性を否定した審決が維持された。
主引用発明に周知技術を組み合わせて進歩性を否定しようと試みるケースにおいては、先行文献に具体的に記載された技術内容の抽象化、一般化、及び/又は、上位概念化による拡張が問題視されることがある。原告は、かかる観点から周知技術の認定に誤りがある旨を主張したものの、本判決では、審決における周知技術の認定は妥当であると判断された。甲6及び甲7に「定量で材料成分を注出する装置」が開示されていることは疑い無く、この判断は致し方ないと思われる。
原告は、甲5発明において、二液の混合比を2:1から50以上:1という混合比に変更した上で、甲6及び7のようなピストンに変更する(即ち、周知技術を適用する)ことは、二つの段階を経ているから容易想到性がないとし、いわゆる「容易の容易」による進歩性欠如の論理付けである旨を主張した。これに対し、本判決は、機能的な構成要素に係るもの(混合比)を設計的事項と判断し、機械的な構成要素に係るもの(駆動機構のピストン)に周知技術を適用するのは容易想到であると判断しているから、進歩性の判断方法として不適切でないと論じている。この混合比に係る相違と、駆動機構のピストンに係る相違は、いずれも相違点2に含まれるものではあるが、互いに独立して存在し、別個の相違点としても成立するものと思われることから、本判決の判示は妥当であろう。
審決では、特に根拠を示すことなく、「駆動機構において、歯車機構や流体圧駆動機構などよりねじ機構の方が操作量に対して駆動される量が小さく、細かな調整が可能であること」が技術常識であると認定された。『技術常識は、当業者に一般的に知られている技術又は経験則から明らかな事項であるから、その根拠となった証拠を挙げなかったからといって、必ずしも審決の理由を記載しなかったことにはならない』とはいえ、かかる技術常識が動機付けを基礎付ける事情の一つとして勘案されていることから、手続違背の有無を主張した原告の心情には共感できるところがある。
以上
(担当弁理士:椚田 泰司)