審決取消請求事件 » 平成29年(行ケ)第10230号「ポリイミド、及びポリイミド前駆体」事件

名称:「ポリイミド、及びポリイミド前駆体」事件
特許取消決定取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29年(行ケ)第10230号 判決日:平成30年11月28日
判決:決定取消
特許法29条2項
キーワード:進歩性、容易想到性
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/170/088170_hanrei.pdf

[概要]
特許請求の範囲に記載のジアミン誘導体の光透過率に関し、着色の少ないジアミン誘導体を使用することが周知であるとしても、光透過率が80%~90%以上となるジアミン誘導体を使用することまでは周知であるということはできないとして、進歩性欠如等を理由に取り消した異議決定が取り消された事例。

[事件の経緯]
原告は、特許第5923887号の特許権者である。
当該特許について、特許異議の申立て(異議2016-701074号)がされ、原告は、訂正請求を請求したところ、被告は、当該特許を取り消したため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、決定を取り消した。

[本件発明]
【請求項1】(筆者にて適宜抜粋)
ジアミン誘導体(ジアミン類及びそれらの誘導体を含む。以下同じ)とテトラカルボン酸誘導体(テトラカルボン酸類及びそれらの誘導体を含む。以下同じ)を反応させてポリイミドを製造する方法であって、
(i)
光透過率が90%以上である芳香環を有しないジアミン誘導体(但し、ジアミン誘導体の透過率は、純水もしくはN、N-ジメチルアセトアミドに10質量%の濃度に溶解して得られた溶液に対する波長400nm、光路長1cmの光透過率を表す。以下、同じ。)、および
光透過率が80%以上であるテトラカルボン酸誘導体(但し、テトラカルボン酸誘導体の透過率は、2規定水酸化ナトリウム溶液に10質量%の濃度に溶解して得られた溶液に対する波長400nm、光路長1cmの透過率を表す。以下、同じ。)、
または
(ii)
光透過率が80%以上である芳香環を有するジアミン誘導体、および
光透過率が80%以上である脂環式テトラカルボン酸誘導体(但し、ビシクロ[2,2,2]オクタンテトラカルボン酸二無水物を除く)、
または光透過率が80%以上であって且つ3、3’、4、4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、・・・(略)・・・および4、4’-(1、4-フェニレンビス(オキシ))ジフタル酸二無水物からなる群より選ばれる芳香族テトラカルボン酸誘導体を使用し、
N、N-ジメチルアセトアミド、・・・(略)・・・およびジメチルスルホキシドからなる群より選ばれる溶媒を使用し、
イミド化反応は、200℃~500℃の温度で実施する
ことを特徴とするポリイミドの製造方法。

[決定の理由](筆者にて適宜抜粋)
『(1) 進歩性欠如
・・・(略)・・・
そうすると、甲4発明において、高い透明性を有するポリイミドを製造することの動機は十分に存在しているといえ、その際、原料モノマーである酸二無水物及びジアミンとして、甲4文献に記載されたものの中から適宜選択し、それらの純度が高いもの、すなわち、少なくとも可視域における光透過性に影響を与える不純物量が少ないものを使用することは、当業者が当然に想起することであって、上記のとおり、当該純度の指標としてポリイミドの透明度において重要であると理解されている「フィルムとしたときの波長400nmの光透過率」と全く同じ波長である波長400nmにおける指標である周知透明度指標を採用し、その透明度を測定する際の溶媒の種類や溶液の濃度を適宜設定することで、本件発明1において特定する測定条件とする程度のことは、当業者であれば容易になし得ることであり、それによる効果も格別のものとはいえない。』

[取消事由]
1 取消事由1(甲4発明の認定及び相違点1-1の認定の誤り)
2 取消事由2(相違点1-1に係る容易想到性の判断の誤り)
3 取消事由3(甲5発明の認定及び相違点の認定の誤り)
4 取消事由4(相違点2に係る容易想到性の判断の誤り)
5 取消事由5(サポート要件についての判断の誤り)
6 取消事由6(実施可能要件についての判断の誤り)
※以下、取消事由2についてのみ記載する。

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『(2) 前記(1)の各文献の記載を前提に、以下検討する。
ア 前記(1)で認定した甲3文献の・・・(略)・・・、甲7文献の・・・(略)・・・、乙2文献の・・・(略)・・・の各記載によると、本件特許の出願当時、光透過性に優れたポリイミドを得るために、波長400nm、光路長1cmの光透過率が80%以上のテトラカルボン酸誘導体を使用することは、当業者にとって周知であったと認められる。
イ また、前記(1)で認定した甲3文献の・・・(略)・・・、甲7文献の・・・(略)・・・、甲8文献の・・・(略)・・・、甲9文献の・・・(略)・・・によると、本件特許の出願当時、光透過性に優れたポリイミドを得るために、モノマーとして、着色の少ないジアミン誘導体を使用することは、当業者にとって周知であったと認められる。
ウ しかし、光透過性に優れたポリイミドを得るために、純水又はN、N-ジメチルアセトアミドに10質量%の濃度に溶解して得られた溶液に対する波長400nm、光路長1cmの光透過率(以下「本件光透過率」という。)が90%以上である芳香環を有しないジアミン誘導体又は本件光透過率が80%以上である芳香環を有するジアミン誘導体を使用することは、当業者にとって周知であったとはいえない。理由は以下のとおりである。
(ア) 確かに、着色の少ないジアミン誘導体を使用するということは、光透過性の高いジアミン誘導体を使用することを意味するものと理解できる。
しかし、本件証拠上、モノマーとして、本件光透過率が80%~90%以上のジアミン誘導体を使用することについて記載した文献は一切ない(なお、被告は、光透過性に優れたポリイミドの指標として、「フィルムとしたときの波長400nmの光透過率」を用いることは周知であると主張するが、同周知事項は、モノマーの光透過性の指標として用いられるものではない。)。
(イ) また、前記(1)のとおり、甲9文献には、「モノマーの純度も重要なファクターであり、見た目きれいな結晶をしていても僅かな不純物が光透過性を悪化する原因となる。図8には用いたジアミンの再結晶前後の光透過性について示したものである。活性炭を用いて再結晶した後のモノマーを用いた方が光透過性にやや優れている。光透過性では僅かな差ではあるが、着色の差としてはっきりと表れる。」との記載があり、同記載からすると、着色の度合いと光透過性との間の相関の程度は不明といわざるを得ず、他にこの点を認めるに足りる証拠もない。したがって、モノマーとして、着色の少ないジアミン誘導体を使用することが周知であるとしても、そのことから、本件光透過率が80%~90%以上となるジアミン誘導体を使用することまでも周知であるということはできないというべきである。
エ このように、光透過性に優れたポリイミドとするために、モノマーとして、本件光透過率が80%~90%以上のジアミン誘導体を使用することが周知であったということはできないから、甲4発明に本件証拠によって認められる周知技術を適用しても、本件発明1の構成に到らず、したがって、本件発明1は進歩性がないということはできない。』

『b(a) また、証拠(甲37)によると、以下の事実が認められる。
i 原告は、ジアミンの純度と光透過率との間の相関関係の有無について調べるために実験を行った(甲37実験)。
ii 甲37実験においては、t-DACHとして3社の製品(以下、それぞれ「製品①」、「製品②」、「製品③」という。)が、s-BPDAとして本件特許の参考例3の方法で精製したもの(以下「製品④」という。)が、a-BPDAとして本件特許の参考例4の方法で精製したもの(以下「製品⑤」という。)が、それぞれ使用された。
iii 製品①~製品③について、GC(ガスクロマトグラフィー)及びLC(液体クロマトグラフィー)による測定を行い、面積百分率法でその純度を算出したところ、製品①は、GCで99.83%、LCで99.89%、製品②は、GCで99.95%、LCで99.95%、製品③は、GCで99.86%、LCで99.93%との結果が出た。
iv 製品①~製品③の粉末を純粋に溶解し、10質量%水溶液を作り、同水溶液について、光路長1cm、400nmにおける光透過率を測定したところ、製品①は74%、製品②は1%、製品③は92%との結果が出た。
V 製品①、製品④及び製品⑤から製造した膜厚10μmのポリイミドフィルムの400nmにおける光透過率を測定したところ、76%となった。
Vi 製品②、製品④及び製品⑤から製造した膜厚10μmのポリイミドフィルムの400nmにおける光透過率を測定したところ、71%となった。
(b) 上記の実験結果によると、製品②の純度は製品①及び製品③よりも高いにもかかわらず、製品②の400nm、光路長1cmの光透過率は、製品①及び製品③の同透過率に比較して極めて低いのであるから、ジアミン誘導体の純度と光透過率は必ずしも相関しないものと認められる。』

[コメント]
異議決定では、高い透明性を有するポリイミドを製造する際に、ジアミン誘導体の純度が高いもの(=可視域における光透過性に影響を与える不純物量が少ないもの)を使用することは想起でき、かつ「フィルムとしたときの波長400nmの光透過率」と全く同じ波長である周知透明度指標を採用して測定条件を適宜設定できる等の理由により、本件発明1の進歩性を否定した。
一方、本判決では、当該ポリイミドを製造する際に、着色の少ないジアミン誘導体を使用する(=光透過性の高いジアミン誘導体を使用する)ことは周知であるとしながらも、1)光透過率が80%~90%以上のジアミン誘導体を使用することについて記載した文献が一切ないこと、2)上記の周知透明度指標は、モノマーの光透過性の指標として用いられるものではないこと、3)着色の度合いと光透過性との間の相関の程度が不明であることから、光透過率が80%~90%以上のジアミン誘導体を使用することまでは周知ではないとし、さらに、ジアミン誘導体の純度と光透過率は必ずしも相関しない事実を認定して、本件発明1の進歩性を否定した異議決定を取り消した。
上記の「光透過性の高いジアミン誘導体を使用すること」から、「光透過率が80%~90%以上のジアミン誘導体を使用すること」は、場合によっては、当業者による設計変更等として、容易に想到できると判断されるようにも思われる。
しかし、上記のとおり、原告は、ジアミン誘導体の純度≠光透過率であることを証明していることに加え、判決文には明記されていないが、被告の証拠には、本件明細書の実施例で開示されているような、(蒸留等ではなく、わざわざ)昇華によって精製されたジアミン誘導体(=光透過率が80%~90%以上のジアミン誘導体が内在しているもの)を原料とするポリイミドについて記載した文献がないようであること、また、本件明細書には、光透過率が86%の芳香環を有しないジアミン誘導体、光透過率が69%の芳香環を有するジアミン誘導体を用いた比較例が開示されていることが、進歩性を否定した異議決定を取り消す心証形成に有利に働いたのではないだろうか。

以上
(担当弁理士:片岡 慎吾)