審決取消請求事件 » 平成29年(行ケ)第10081号「引戸装置の改修方法及び改修引戸装置」事件

名称:「引戸装置の改修方法及び改修引戸装置」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29年(行ケ)第10081号 判決日:平成30年5月24日
判決:請求棄却
特許法36条6項2号、36条6項1号
キーワード:明確性、サポート要件
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/775/087775_hanrei.pdf

[概要]
明確性要件の判断をする際に、出願経過その他明細書に現れない事情を斟酌することは、かえって特許が付与された権利範囲を不明確にしかねないものといわざるを得ず、そのような事情を考慮することは相当ではないとされた事例。
本件発明の構成全てを備えた実施形態が存在しない場合であっても、本件発明の課題の解決に関係しない構成につき他の実施形態に記載の構成を採用することは、当業者であればごく普通に着想し得るとして、サポート要件を満たすとされた事例。

[事件の経緯]
被告は、特許第4839108号の特許権者である。
原告が、当該特許の請求項1~6に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2016-800061号)を請求したところ、特許庁が、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。

[本件発明]
【請求項1】
建物の開口部に取付けてあるアルミニウム合金の押出し形材から成る既設上枠、アルミニウム合金の押出し形材から成り室内側案内レールと室外側案内レールを備えた既設下枠、アルミニウム合金の押出し形材から成る既設竪枠を有する既設引戸枠を残存し、
前記既設下枠の室外側案内レールを付け根付近から切断して撤去し、前記既設下枠の室内寄りに取付け補助部材を設け、この取付け補助部材を既設下枠の底壁の最も室内側の端部に連なる背後壁の立面にビスで固着して取付け、
この後に、アルミニウム合金の押出し形材から成る改修用上枠、アルミニウム合金の押出し形材から成る改修用竪枠、アルミニウム合金の押出し形材から成り室外から室内に向かって上方へ段差を成して傾斜し、室外寄りが低く、室内寄りが室外寄りよりも高い底壁を備えた改修用下枠を有する改修用引戸枠を、前記既設引戸枠内に室外側から挿入し、その改修用下枠の室外寄りを、スペーサを介して既設下枠の室外寄りに接して支持すると共に、前記改修用下枠の室内寄りを前記取付け補助部材で支持し、前記背後壁の上端と改修用下枠の上端がほぼ同じ高さであり、
前記改修用下枠の前壁を、ビスによって既設下枠の前壁に固定することで、改修用引戸枠を取付け補助部材を基準として取付けることを特徴とする引戸装置の改修方法。

[審決]
「背後壁の上端と改修用下枠の上端がほぼ同じ高さであ」るとは、既設下枠の形状、寸法等に起因する、既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さのわずかな違いは許容するが、積極的に背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さを変えることを意図するものではなく、実質的に有効開口面積が減少するものではないということを意味すると解される。
そうすると、本件発明の「背後壁の上端と改修用下枠の上端がほぼ同じ高さであ」るとの特定事項について、当業者は実質的に有効開口面積が減少しないよう、できるだけ既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端が同じ高さとなるようにすればよいと理解するものであり、既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの差の許容範囲を認識する必要はない。すなわち、背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの差の許容範囲が示されていなければ、本件発明の要旨が認定できないわけではない。

[取消事由]
1.取消事由1(無効理由1(明確性要件違反)の判断における本件明細書の記載事項の誤解)
2.取消事由2(無効理由2(サポート要件違反)の判断における本件明細書の記載事項の誤解)

[被告の主張]
1.取消事由1(無効理由1(明確性要件違反)の判断における本件明細書の記載事項の誤解)に対し
「上記背後壁の上端と改修用下枠の上端がほぼ同じ高さであり」の文言は、本件特許の審査段階における平成23年6月21日付け拒絶理由通知書で示された指摘に対し、拒絶理由を解消する目的で、補正前の各請求項に記載された発明の構成(以下「前提構成」という。)において、広い開口面積を確保する本件発明の課題に対応した構成のみに限定する趣旨で書き加えたものである。
本件明細書には、図10に示された実施形態も本件発明の課題を解決し、その作用効果を奏することが示されている。この点は、本件発明の特許請求の範囲における「ほぼ同じ高さ」を含む文言の補正の前後において異ならない。そうである以上、上記補正により本件明細書【0092】及び図10が実施形態を説明するものでなくなるということはあり得ない。

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『3 本件発明の特徴
・・・(略)・・・本件発明は、従来技術(【0003】~【0009】)において、改修用下枠が既設下枠に載置された状態で既設下枠に固定されるので、改修用下枠と改修用上枠との間の空間の高さ方向の幅が小さくなり、有効開口面積が減少してしまうという問題(課題a、【0010】)、及び改修用下枠の下枠下地材は既設下枠の案内レール上に直接乗載され、その案内レールを基準として固定されるため、改修用下枠と改修用上枠との間の空間の高さ方向の幅がより小さくなり、有効開口面積が減少してしまうという問題(課題b、【0011】)があったため、これらの問題を、既設下枠の室外側案内レールを切断して撤去する(構成1)、既設下枠の室内寄りに取付け補助部材を設けるとともに、この取付け補助部材を既設下枠の底壁の最も室内側の端部に連なる背後壁の立面にビスで固着して取り付け、改修用下枠の室内寄りを取付け補助部材で支持し、取付け補助部材を基準として改修用引戸枠を既設引戸枠に取り付ける(構成2)ことにより解決したものである。』

『4 取消事由1(無効理由1(明確性要件違反)の判断における本件明細書の記載事項の誤解)について
(2) 本件発明に係る特許請求の範囲の記載のうち、「背後壁の上端と改修用下枠の上端がほぼ同じ高さであ」るとの特定事項につき、特許請求の範囲の記載によれば、まず、「前記背後壁」は、「既設下枠の底壁の最も室内側の端部に連なる」ものであるから、改修の前後でその「高さ」が変わるものではない。他方、「改修用下枠」は、その「室内寄りが、前記取付け補助部材で支持され」るものである。そうすると、「前記背後壁の上端と改修用下枠の上端がほぼ同じ高さであ」ることに寄与しているのは、「改修用下枠」を支持する「取付け補助部材」であることが理解される。
この「取付け補助部材」について、本件明細書の記載を見ると、「既設引戸枠の形状、寸法に応じた形状、寸法の取付け補助部材を用いることで、形状、寸法が異なる既設引戸枠に同一の改修用引戸枠を取付けできる。」(【0018】)、「その取付用補助部材106の高さ寸法を変えることで、異なる形状の既設下枠56にも同一形状の改修用下枠56を、その支持壁89と背後壁104を同一高さに取付けることが可能である。」(【0091】)との記載がある。
また、「ほぼ同じ高さ」について、本件明細書にはその定義を説明する記載はないけれども、寸法誤差、設計誤差等により「背後壁の上端」と「改修用下枠の上端」とが完全には「同じ高さ」とならない場合があることは技術常識であるといってよい。
そうすると、「前記背後壁の上端と改修用下枠の上端がほぼ同じ高さ」の「同じ高さ」とは、「取付け補助部材」により「改修用下枠」を支持することで「背後壁の上端」と「改修用下枠の上端」とを「同じ高さ」とした場合を意味するものと一義的に理解することができ、「ほぼ同じ高さ」とは、「取付け補助部材」の高さ寸法を既設下枠の寸法、形状等に合わせて調節し、「背後壁の上端」と「改修用下枠の上端」とを「同じ高さ」にしようとしたとしても、寸法誤差、設計誤差等より「背後壁の上端」と「改修用下枠の上端」とが厳密には「同じ高さ」とならない場合を含むが、その限度を超えるものは含まないことを意味すると解される。
特許請求の範囲の記載、願書に添付した明細書の記載及び当業者の出願時における技術的常識を考慮すると、「前記背後壁の上端と改修用下枠の上端がほぼ同じ高さ」との記載は、上記のように解されるところ、このように解した場合、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえない。
(3) ・・・(略)・・・本件明細書によれば、実施形態1については、「前壁102の上端部から室内68に向かって上方へ傾斜する…底壁103の最も室内68側の端部に連な…る背後壁104」が、「室内側案内レール67と同一高さまで立ち上がる」と記載され(【0027】)、「背後壁104」の上端と改修用下枠の上端である「室内側案内レール67」の上端が同一高さであることが示されている。また、実施形態2についても、「既設下枠56の背後壁104の上端部に室内68側に向かう横向片104aを有し、この横向片104aと改修用下枠69の支持壁89の上端が同一高さであること」と記載されており(【0069】)、「背後壁104」の上端と同じ高さである「横向片104a」の上面と図6の図面上「改修用下枠69」の上端と認められる「支持壁89」の上端とが同一高さである。これに対し、「背後壁」の上端と「改修用下枠」の上端の「高さ」に図面上明らかに差が認められる本件明細書の図10及び11に示された実施の形態については、「例えば、図10に示すように取付け補助部材106の高さ寸法を大きくして室内側壁部108を底壁103に当接し、かつ室内側案内レール115にビス110で取付ける。…この場合には、支持壁89が背後壁104より若干上方に突出する。」と記載され(【0092】)、「背後壁104」の上端と「改修用下枠」の上端である「支持壁89」の上端を「同一高さ」とすることは記載されておらず、また、その差をもって寸法誤差や設計誤差等によるものと見ることもできない。
したがって、本件明細書図10に示された実施の形態が「背後壁の上端と改修用下枠の上端がほぼ同じ高さであ」るとする理解を前提とする本件審決の説示は、誤りというべきである。
・・・(略)・・・。
(4) 被告らの主張について
・・・(略)・・・。
しかし、法36条6項2号は、前記(1)のとおり、特許請求の範囲が不明確となる場合に生じ得る第三者の不測の不利益を防止するために要求されるものであるから、その適否は明細書の記載から客観的に判断されるべきであって、出願経過その他明細書に現れない事情を斟酌することは、かえって特許が付与された権利範囲を不明確にしかねないものといわざるを得ない。そうである以上、明確性要件の判断をする際にそのような事情を考慮することは相当ではない。』

『5 取消事由2(無効理由2(サポート要件違反)の判断における本件明細書の記載事項の誤解)について
・・・(略)・・・。
本件発明において、課題a及びbを解決するためには、構成1及び2を採用することを要し、かつ、それで足りるところ、取付け補助部材106を既設下枠56の背後壁104にビス110で固着するか否か、改修用下枠69の底壁81の室外寄りをスペーサ301を介して既設下枠56の底壁103の室外寄りに支持するか否かは、課題a及びbの解決には直ちには関係しないし、これらのいずれかにしなければ本件発明の効果を奏しないというものでもない。当業者であれば、実施形態1において、本件明細書の記載から、課題a及びbの解決に関係しない構成につき実施形態2又は3に記載の構成を採用することは、ごく普通に着想し得ることといってよい。
・・・(略)・・・。
(5) 以上によれば、本件明細書の発明の詳細な説明には、当業者において、特許請求の範囲に記載された本件発明の課題とその解決手段その他当業者が本件発明を理解するために必要な技術的事項が記載されているものといえる。
したがって、本件発明は、本件明細書において十分に裏付けられ、開示されているものといってよく、サポート要件違反の有無に関する本件審決の判断の結論に誤りはない。この点に関する原告の主張は採用し得ず、取消事由2は理由がない。』

[コメント]
請求項における「ほぼ同じ高さ」という記載は、拒絶査定不服審判における拒絶理由通知に対する補正によって追加されたものである。
この記載について、原告は、「本件特許の出願経過を鑑みると、高さに明らかな差がある図10の実施形態は、手続補正の結果、本件発明の実施形態を記載するものではなくなった」と主張した。これに対し、被告は、「本件特許に係る出願経過において、拒絶理由を解消する目的で本件発明の課題に対応した構成のみに限定する趣旨で書き加えたものであり、補正により本件特許が図10の実施形態を説明するものでなくなるということはあり得ない」と主張した。
裁判所は、「明確性要件の適否は明細書の記載から客観的に判断されるべきであって、出願経過その他明細書に現れない事情を考慮することは相当ではない。」として、原告及び被告の何れの主張も採用せず、明細書の記載を忠実に解釈し、「ほぼ同じ高さ」には図10の実施形態が含まれないと判断した。

以上
(担当弁理士:小島 香奈子)