審決取消請求事件 » 平成29年(行ケ)第10129号「米糖化物並びに米油及び/又はイノシトールを含有する食品」事件

名称:「米糖化物並びに米油及び/又はイノシトールを含有する食品」事件
特許取消決定取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29年(行ケ)第10129号 判決日:平成30年5月24日
判決:決定取消
特許法36条6項1号
キーワード:サポート要件、課題の認定と抽出
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/774/087774_hanrei.pdf

[概要]
サポート要件の判断において、出願時の技術水準等は、飽くまでその記載内容を理解するために補助的に参酌されるべき事項にすぎず、本来的には、課題を抽出するための事項として扱われるべきものではないとして、出願時の技術水準から課題を限定して認定した上でなされた決定を取り消した事例。

[事件の経緯]
原告は、特許第5813262号の特許権者である。
本件特許の請求項1~4に係る発明について特許異議申立(異議2016-700420号)があったところ、特許庁は本件特許を取り消すとの決定をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、決定を取り消した。

[本件訂正発明](下線は、訂正箇所)
【請求項1】
米糖化物、及びγ-オリザノールを1~5質量%含有する米油を含有するライスミルクであって、当該米油を0.5~5質量%含有するライスミルク。

[取消事由]
1 判断手法の誤り(取消事由1)
2 課題の認定の誤り(取消事由2)
3 課題を解決できると認識できる範囲の判断の誤り(取消事由3)

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『2 取消事由1(判断手法の誤り)について
特許法36条6項1号は、特許請求の範囲の記載は「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」との要件(サポート要件)に適合するものでなければならないと定めている。その趣旨は、発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると、公開されていない発明について独占的、排他的な権利を認めることになり、特許制度の趣旨に反するから、そのような特許請求の範囲を許容しないとしたものである。
そうすると、特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解するのが相当である。
原告は、上記判断基準は「特殊なケース」にのみ当てはまるものであって、本件においては当てはまらない(考慮すべきでない)と主張するが、同判断基準が、原告が主張するような「特殊なケース」にのみ妥当するものではなく、特許発明一般に関するものであることは、上記の立法趣旨からして明らかというべきである。
したがって、原告の主張は採用できない。』
『3 取消事由2(課題の認定の誤り)及び取消事由3(課題を解決できると認識できる範囲の判断の誤り)について
(1) 課題の認定について
ア 前記のとおり、特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
また、発明の詳細な説明は、「発明が解決しようとする課題及びその解決手段」その他当業者が発明の意義を理解するために必要な事項の記載が義務付けられているものである(特許法施行規則24条の2)。
以上を踏まえれば、サポート要件の適否を判断する前提としての当該発明の課題についても、原則として、技術常識を参酌しつつ、発明の詳細な説明の記載に基づいてこれを認定するのが相当である。
かかる観点から本件発明について検討するに、本件明細書の発明の詳細な説明には、米糖化物含有食品であるライスミルクの製造時に各種酵素を制御することなく加えると、プロテアーゼによりアミノ酸、オリゴペプチドが生成し、うまみ調味料様の雑味がついてしまい、用途が限られたこと(【0002】)、食感が滑らかで雑味がなくすっきりした味を持つ米糖化液としてアミノ酸濃度が一定範囲である米糖化液が開発されたが、甘味、コク(ミルク感)等の風味は十分に改善されておらず、必ずしも満足できるものではなかったこと、さらに、グラノーラ、パンケーキ等が流行する一方、牛乳アレルギー、大豆アレルギーの人口は増加傾向にあり、風味が改善された牛乳や豆乳の代用品が求められていたこと(【0003】)などが背景技術として記載されている。その上で、発明の詳細な説明には、発明が解決しようとする課題として、「本発明は、米糖化物含有食品のコク、甘味、美味しさ等を改善するという課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果見出されたものである。すなわち、本発明は、コク、甘味、美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供することを目的とする。さらに、従来牛乳や大豆を用いて製造又は調理されていた多数の食品を作ることを可能にする食品を提供することも目的とする。」との記載がある(【0006】)。
これらの記載からすれば、本件発明は、「コク、甘味、美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供すること」それ自体を課題とするものであることが明確に読み取れるといえる。
イ これに対し、異議決定は、「本件発明1の課題は、本件特許明細書の『コク、甘味、美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供すること』(【0006】)との記載及び実施例(【0031】~【0043】)において、『コク(ミルク感)』、『甘み』及び『美味しさ』の各評価項目について評価を行っていることから、『コク、甘味、美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供すること』と認められる。」と、一旦は上記アと同様に本件発明1の課題を認定しながら、最終的なサポート要件の適否判断に際しては、「本件発明1の課題は、上記aのとおり、具体的には、実施例1-1のライスミルクに比べてコク(ミルク感)、甘味及び美味しさについて優位な差を有するものを提供することであ(る)」とその課題を認定し直し、課題の解決手段についても、「本件発明1が課題を解決できると認識できるためには、…実施例1-1のライスミルクに比べてコク(ミルク感)、甘味及び美味しさについて優位な差を有することを認識できることが必要である。」としている(異議決定12頁16~25行)。
この点について、被告は、発明が解決しようとする課題とは、出願時の技術水準に照らして未解決であった課題であるから、本件発明1の「コク、甘味、美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供すること」という課題は、本件出願時の技術水準を構成する米糖化物含有食品(具体的には、実施例1-1のライスミルク)に比べて、コク、甘味、美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供することであり、したがって、異議決定においては、本件発明1の課題について、「具体的には、実施例1-1のライスミルクに比べてコク(ミルク感)、甘味及び美味しさについて優位な差を有するものを提供すること」としたものである(したがって、異議決定の課題の認定に誤りはない)と主張する。
確かに、発明が解決しようとする課題は、一般的には、出願時の技術水準に照らして未解決であった課題であるから、発明の詳細な説明に、課題に関する記載が全くないといった例外的な事情がある場合においては、技術水準から課題を認定するなどしてこれを補うことも全く許されないではないと考えられる。
しかしながら、記載要件の適否は、特許請求の範囲と発明の詳細な説明の記載に関する問題であるから、その判断は、第一次的にはこれらの記載に基づいてなされるべきであり、課題の認定、抽出に関しても、上記のような例外的な事情がある場合でない限りは同様であるといえる。
したがって、出願時の技術水準等は、飽くまでその記載内容を理解するために補助的に参酌されるべき事項にすぎず、本来的には、課題を抽出するための事項として扱われるべきものではない(換言すれば、サポート要件の適否に関しては、発明の詳細な説明から当該発明の課題が読み取れる以上は、これに従って判断すれば十分なのであって、出願時の技術水準を考慮するなどという名目で、あえて周知技術や公知技術を取り込み、発明の詳細な説明に記載された課題とは異なる課題を認定することは必要でないし、相当でもない。出願時の技術水準等との比較は、行うとすれば進歩性の問題として行うべきものである。)。
これを本件発明に関していえば、異議決定も一旦は発明の詳細な説明の記載から、その課題を「コク、甘味、美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供すること」と認定したように、発明の詳細な説明から課題が明確に把握できるのであるから、あえて、「出願時の技術水準」に基づいて、課題を認定し直す(更に限定する)必要性は全くない(さらにいえば、異議決定が技術水準であるとした実施例1-1は、そもそも公知の組成物ではない。)。
したがって、異議決定が課題を「実施例1-1のライスミルクに比べてコク(ミルク感)、甘味及び美味しさについて有意な差を有するものを提供すること」と認定し直したことは、発明の詳細な説明から発明の課題が明確に読み取れるにもかかわらず、その記載を離れて(解決すべき水準を上げて)課題を再設定するものであり、相当でない。
以上によれば、異議決定における課題の認定は妥当なものとはいえず、被告の主張は採用できない。』

[コメント]
取消事由1(判断手法の誤り)において、原告は、偏光フィルム事件大合議判決(知的財産高等裁判所平成17年(行ケ)第10042号同年11月11日特別部判決)が示すサポート要件の判断基準は、課題を解決するために不可欠な手段として規定されるパラメータ発明における特殊なケースであり、本件発明には適用されないものと主張したが、裁判所は、同判断基準は、サポート要件の立標趣旨から、「特殊なケース」にのみ妥当するものではなく、特許発明一般に関するものであることを判示した。近時の裁判例において、同判断基準は、パラメータ発明に留まらず、多様な形式の発明においてサポート要件を判断する際に採用されている現状にも沿う判断である(例えば、平成27年(行ケ)第10231号等)。
取消事由2(課題の認定の誤り)において、異議決定では、「本件特許異議申立に証拠として提示された甲第1号証である米国特許出願公開第2004/0213890号明細書(【0032】、【0034】)に記載の米油を2重量%含有するライスミルク、及び一般の米油がγ-オリザノールを0.1~0.5質量%含有すること(上記拒絶理由にて引用された特許第5596846号公報の【0011】参照。)は、いずれも周知である」点などから、本件発明の課題を、この周知の米油に該当する実施例1-1(γ-オリザノールの含有量が0.2質量%の米油)のライスミルクに比べてコク(ミルク感)、甘味及び美味しさについて有意な差を有するものを提供すること」と認定し直している。
特許庁の審査基準では、サポート要件の判断における課題の認定は、原則として、発明の詳細な説明の記載から把握するが、以下の(i)又は(ii)のいずれかの場合には、明細書及び図面の全ての記載事項に加え、出願時の技術常識を考慮して課題を把握することとしている。
(i) 発明の詳細な説明に明示的に課題が記載されていない場合
(ii) 明示的に記載された課題が、発明の詳細な説明の他の記載や出願時の技術常識からみて、請求項に係る発明の課題として不合理なものである場合
本件特許の明細書では、発明の詳細な説明に明示的に課題が記載されていたが、異議決定では、発明の詳細な説明の他の記載や出願時の技術常識から、さらに踏み込んで出願時の技術水準(周知技術や公知技術)を取り込んで検討し、課題を抽出するための事項として扱ってしまったため、課題が狭く認定されたものと考えられる。
本判決は、サポート要件の判断における課題の認定、抽出に関して、特許請求の範囲と発明の詳細な説明の記載に関する問題であるから、その判断は、第一次的にはこれらの記載に基づいてなされるべきであり、発明の詳細な説明に、課題に関する記載が全くないといった例外的な事情がある場合に限り、技術水準から課題を認定するなどしてこれを補うことがあり得ることが示された点で、実務上の意義を有する。
なお、異議決定では、実施例1-1と実施例1-2とでは、用いられている米油が異なっており、主成分は同じであっても他の成分が異なっているため、そのような他の成分が風味に影響を与えることは否定できないことが指摘されている。
食品分野では、実施例にて天然由来素材を用いる場合など、請求項で規定されている成分の存在/非存在のみ条件変更した対比試験や、その成分だけの含有量を振って条件変更した対比試験を行うことが難しい場合が多い。このような場合に、発明の課題を、一般的な「美味しさの向上」のように広く設定していると、当該素材に含まれる、請求項で規定されていない他の成分が風味に与える可能性を理由に、第三者によって無効化が検討されやすい。
影響を与える成分が、請求項で規定されている成分以外にも多種考えられる場合には、そのような成分による影響も実施例において検討することが推奨される。しかしながら、利用できる評価系の問題や、際限なく微量成分を検討することは実際的でないなどの事情もある。このような事情や、早期の出願を行う上では十分な検討ができない際には、課題を、着目する成分に密接に関連する程度にまで絞り込んで設定し、広く設定しすぎないことで無効化の検討ポイントになりにくくする等の工夫が重要である。
以上
(担当弁理士:春名 真徳)