審決取消請求事件 » 平成29年(行ケ)第10159号「シートカッター」事件

名称:「シートカッター」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29年(行ケ)第10159号 判決日:平成30年4月11日
判決:請求棄却
特許法36条6項1号、39条2項
キーワード:サポート要件、発明の同一性、分割出願
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/760/087760_hanrei.pdf

[概要]
分割出願の際に新たに追加した「前記本体が前記ガイド板に対して動く」ことにより「ガイド板から刃が出る」という発明特定事項を備えた本件特許発明1は、「本体がシャフトを軸にしてガイド板に対して傾く」以外の動きをする発明も含めて、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明であると判断された事例。

[事件の経緯]
被告は特許第5374419号(本件特許)および特許第5745000号(分割特許)の特許権者である。
原告が、本件特許の請求項1に係る発明について特許無効審判請求(無効2016-800018号)をしたところ、特許庁が、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。

[本件特許発明1]
第1の刃と、
第2の刃と、
前記第1の刃と前記第2の刃を設けた本体と、
前記本体と可動的に接続され、該本体と略平行に接続された平板状のガイド板とを有し、
前記ガイド板の一辺が切断対象物の表面に接する状態で、前記本体が前記ガイド板に対して動くことにより前記ガイド板から前記第1の刃または前記第2の刃が該ガイド板に隣接した位置から該ガイド板と略平行に出ることを特徴とするカッター。

[分割特許発明2]
第1の刃と、
第2の刃と、
前記第1の刃と前記第2の刃を設けた本体と、
前記本体と略平行に接続され、前記第1の刃または前記第2の刃と略平行であり、
前記本体の下端部から少なくとも一部が露出している平板状のガイド板とを有し、
前記本体を前記ガイド板に対して傾けることにより前記ガイド板から前記第1の刃または前記第2の刃が該ガイド板に隣接した位置から該ガイド板と略平行に出ることを特徴とするカッター。

[主な争点]
サポート要件の判断の誤り(取消事由3-1)
特許法39条2項の発明の同一性判断の誤り(取消事由1)

[原告の主張]
取消事由3-1について
『審決は、「本件特許明細書等には、『ガイド板(4)』と『本体(1)』とが『シャフト(3)』を共通軸として可動に軸着されたものが記載されている。」という根拠に基づき、「そして、可動であるから、本体がガイド板に対して『動く』ことは明らかである。」という結論を導いたが、論理の飛躍がある。
「軸着」とは、「軸で回転自在に取り付けること」(甲7)を意味するから、上記根拠に基づく正しい結論は、「本体が『シャフト(3)』を中心としてガイド板に対して『回転自在に動く』」であり、均等の範囲として、「本体が『共通軸』を中心としてガイド板に対して『回転自在に動く』」も認められるが、単に「本体がガイド板に対して『動く』」という事実ではない。
審決は、「機能的に表現された『動く』」の解釈を、「軸着」とは無関係に「動く」態様にまで、拡大解釈したものであり、極めて不当で、不公正である。』

取消事由1について
『本件特許発明1の「動く」は、明細書には記載されていない上、出願後、原告の製品を見た後に、後知恵に基づく補正によって導入された文言であるから、その解釈については、当初明細書に基づいて、更なる試行錯誤を必要とせず、当業者が実施できる発明の範囲(特許法36条4項1号)を超えないように解釈しなければならない点に、特に留意する必要がある。
それにもかかわらず、審決は、そのような留意をせずに、「動く」が「傾ける」の上位概念であるという国語的解釈を堅持して、本件特許発明1と分割特許発明2は実質同一ではないと判断したが、これは、本件特許発明1に対する解釈を誤り、前件審決によって確定した特許請求の範囲を超える解釈をしたものであるから、違法である。』

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
1 取消事由3-1(サポート要件の判断の誤り)について
『・・・(略)・・・、本件特許発明1の課題は、「直定規とカッターナイフでノンスリップシートなどの凹凸に沿って、真っすぐ切断する際、光の向きや照度により見づらく、きれいに切断しにくかった」という問題を解決することである。そして、本件明細書には、発明の効果として、①「このシートカッターはノンスリップシートなどの表面の凹凸に、ガイド板(4)を合わせ、シャフト(3)を軸に本体を傾けるだけで、設けてあるカッターナイフの刃(2)が出てくる」、②「後はノンスリップシートなどの凹凸に沿わせ滑らせるだけで、光の向きや照度に左右される事なく、簡単できれい、かつ迅速にノンスリップシートなどを切断できる」(【0006】)と記載されているところ、当業者は、前記課題に直接対応するのは②であり、本件特許発明1の課題の解決には、②において利用される①により達成される状態、すなわち「ガイド板から刃が出る」ように構成すれば十分であり、本体をガイド板に対して「傾ける」構成は上記課題の解決に必須の構成ではないことを、容易に理解することができる。
そうすると、当業者は、本件明細書において、「ガイド板から刃が出る」ようにする実施例として、本体をシャフトを軸にしてガイド板に対して傾ける実施例しか記載されていないとしても、本件明細書の記載から、本体がガイド板に対して動くことにより「ガイド板から刃が出る」ようにする構成を認識することができると認められる。
したがって、「前記本体が前記ガイド板に対して動く」ことにより「ガイド板から刃が出る」という発明特定事項を備えた本件特許発明1は、「本体がシャフトを軸にしてガイド板に対して傾く」以外の動きをする発明も含めて、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明であるということができる。また、上記のとおり、本件明細書に接した当業者は、「直定規とカッターナイフでノンスリップシートなどの凹凸に沿って、真っすぐ切断する際、光の向きや照度により見づらく、きれいに切断しにくかった」という問題を解決するという本件特許発明1の課題を、「ガイド板から刃が出る」ように構成することにより解決できることを容易に理解することができるから、「前記本体が前記ガイド板に対して動く」ことにより「ガイド板から刃が出る」という発明特定事項を備えた本件特許発明1は、発明の詳細な説明の記載により当業者がその発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるということができる。』

4 取消事由1(特許法背39条2項の発明の同一性判断の誤り)について
『(2)本件特許発明1と分割特許発明2の同一性について
ア 本件特許発明1と分割特許発明2(前記第2の2(4)ア)とを対比すると、審決認定のとおり、前記第2の4(4)ア(ア)aの一致点で一致し、少なくとも同dの相違点3(以下に再掲)で相違すると認められる。
(相違点3)
「前記ガイド板から前記第1の刃または前記第2の刃が該ガイド板に隣接した位置から該ガイド板と略平行に出」すために、本件特許発明1は、「前記ガイド板の一辺が切断対象物の表面に接する状態で、前記本体が前記ガイド板に対して動くことに」よるものであるのに対し、分割特許発明2は、「前記本体を前記ガイド板に対して傾ける」ものである点。
イ 分割特許発明2は、第1の刃又は第2の刃をガイド板から出すために、本体をガイド板に対して「傾ける」ものである。そして、分割特許の明細書及び図面(甲1。以下、「分割明細書」という。)には、ガイド板をノンスリップシートなどの表面の凹凸に合わせて、「本体を傾けるだけ」でカッターナイフの刃が出てくることにより、凹凸にガイド板を沿わせて滑らせるだけで光の向きや照度に左右されることなく、簡単できれいかつ迅速にノンスリップシートなどを切断できること(【0006】)が記載されている。そうすると、分割特許発明2において、本体をガイド板に「傾ける」だけで第1の刃又は第2の刃をガイド板から出すことができることには、簡単かつ迅速な切断を実現するという作用効果の観点から、技術的意義があると認められる。
他方、本件特許発明1は、第1の刃又は第2の刃をガイド板から出すものではあるが、その際の動作は、本体がガイド板に対して単に「動く」ことによるものであり、分割特許発明2のように「傾ける」に限定された動作とは異なるものである。したがって、相違点3は、実質的な相違点であると認められる。
そうすると、本件特許発明1と分割特許発明2とは、特許法39条2項の「同一の発明」であるとはいえない。』

[コメント]
原告および被告は、本訴訟に先んじて侵害訴訟でも争っており(一審;平成25年(ワ)32665、二審;平成26年(ネ)10124)、一審で被告(本訴訟での原告)は、「構成要件Dの「前記本体と可動的に接続された」と、構成要件Eの「前記本体が前記ガイド板に対して動く」は、いわゆる機能的クレームである。そのため、特許請求の範囲の記載だけではその内容を具体的に特定することができないから、特許法70条2項により本件明細書の記載を参酌し、上記の機能表現の意義を解釈しなければならない。」と主張した。これに対し、東京地裁は「構成要件Eの上記文言は、発明の構成をそれが果たすべき機能によって特定したものであり、いわゆる機能的クレームに当たるから、上記の機能を有するものであればすべてこれを充足するとみるのは必ずしも相当でなく、本件明細書に開示された具体的構成を参酌しながらその意義を解釈するのが相当である。」と判示しつつも、被告製品は構成要件D及びEを充足し、本件特許発明の技術的範囲に属すると判断した。
本訴訟(および侵害訴訟)によると、構造物に係る発明が機能的クレームで記載され、明細書中に具体例が一つしかない場合に、かかる具体例とは異なる構成を有する(相違点を有する)ものであっても、当業者において該相違点はかかる機能を発揮し得る構成として容易に想到し得る(置換容易性あり)と判断されるケースがあるということになる。しかしながら、第三者はかかる置換容易性がどの程度まで認められるか?予測困難なように思われる。したがって、単純な構造物に係る先行品が機能的クレームで記載された特許品である場合、後行品を開発する者は特に留意する必要がある。
以上
(担当弁理士:山下 篤)