IP case studies判例研究

平成28年(行ケ)第10218号「トール様受容体に基づく免疫反応を調整する免疫調節ヌクレオチド化合物」事件

名称:「トール様受容体に基づく免疫反応を調整する免疫調節ヌクレオチド化合物」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)第10218号 判決日:平成30年1月30日
判決:審決取消
特許法159条2項、36条4項1号、36条6項1号
キーワード:手続違背、実施可能要件、サポート要件
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/452/087452_hanrei.pdf
[概要]
審判段階において、TLR7及び8を選択肢として含む請求項に対して、拒絶審決の理由で言及しているTLR7及び8については、実質的に拒絶理由を通知せず、これらに係る発明を削除する機会が失われ、特許要件を充足する選択肢に係る発明までも拒絶審決となることとなったため、手続違背の違法があると判断された事例。
[事件の経緯]
原告が、特許出願(特願2008-535681号)に係る拒絶査定不服審判(不服2014-14059号)を請求して補正したところ、特許庁(被告)が、請求不成立の拒絶審決をしたため、原告は、その取消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。
[本願発明]
請求項1を引用する請求項14を更に引用する請求項15に係る発明を「本願発明」という。
【請求項1】
免疫調節オリゴヌクレオチド(IRO)化合物であって、前記化合物が、構造:
5’-Nm-N3N2N1CGN1N2N3-Nm-3’
式中:・・・(略)・・・
(以下,上記構造を有する免疫調節オリゴヌクレオチド(IRO)化合物を「本願IRO化合物」といい,本願IRO化合物の構造である「5’-Nm-N3N2N1CGN1N2N3-Nm-3’」のうち「N2N1CG」部分を「N2N1CGモチーフ」という。)
【請求項14】
請求項1~7のいずれか一項に記載の化合物を含む、TLRにより媒介される疾患を有する脊椎動物を治療的に処置するための組成物であって、TLRが、TLR7、TLR8および/またはTLR9である、前記組成物。
【請求項15】
疾患が、癌、自己免疫疾患、気道炎症、炎症性疾患、感染症、皮膚疾患、アレルギー、ぜんそくまたは病原体により引き起こされる疾患である、請求項14に記載の組成物。
[主な取消事由]
取消事由1(手続違背)
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『 ア 特許法50条を準用する同法159条2項の意義
特許法50条本文は、拒絶査定をしようとする場合は、出願人に対し拒絶の理由を通知し、相当の期間を指定して意見書を提出する機会を与えなければならないと規定し、同法17条の2第1項1号に基づき、出願人には指定された期間内に補正をする機会が与えられ、これらの規定は、同法159条2項により、拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合にも準用される。この準用の趣旨は、審査段階で示されなかった拒絶理由に基づいて直ちに請求不成立の審決を行うことは、審査段階と異なりその後の補正の機会も設けられていない(もとより審決取消訴訟においては補正をする余地はない。)以上、出願人である審判請求人にとって不意打ちとなり、過酷であるため、手続保障の観点から、出願人に意見書の提出の機会を与えて適正な審判の実現を図るとともに、補正の機会を与えることによって、出願された特許発明の保護を図ったものと理解される(知的財産高等裁判所平成22年(行ケ)第10298号同23年10月4日判決、知的財産高等裁判所平成25年(行ケ)第10131号同26年2月5日判決各参照)。
このような適正な審判の実現と特許発明の保護との調和は、複数の発明が同時に出願されている場合の拒絶査定不服審判において、従前の拒絶査定の理由が解消されている一方、複数の発明に対する上記拒絶査定の理由とは異なる拒絶理由について、一方の発明に対してはこれを通知したものの、他方の発明に対しては実質的にこれを通知しなかったため、審判請求人が補正により特許要件を欠く上記他方の発明を削除する可能性が認められたのにこれを削除することができず、特許要件を充足する上記一方の発明についてまで拒絶査定不服審判の不成立審決を最終的に免れる機会を失ったといえるときにも、当然妥当するものであって、このようなときには、当該審決に、特許法50条を準用する同法159条2項に規定する手続違背の違法があるというべきである。・・・(略)・・・
イ これを本件についてみると、前提となる事実に後掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。・・・(略)・・・
(ウ) 原告は、本件拒絶査定不服審判において、平成27年9月16日付けの拒絶理由通知(甲16)を受けた(以下、当該拒絶理由通知を「本件拒絶理由通知」といい、本件拒絶理由通知に係る拒絶理由を「本件拒絶理由」という。)。請求項1、請求項8及び請求項13に対する本件拒絶理由は、大要次のとおりである。
a 請求項1、3、4及び7ないし17(請求項3を追加する前のもの)証拠(甲16)及び弁論の全趣旨によれば、本件拒絶理由通知では、実施例においてアンタゴニスト作用を有することが証明された化合物のうち、本願IRO化合物に含まれるものは、IRO5、10、17、25、26、33、34、37、39、41、43及び98であるとして、これらの12種類化合物に限定して検討を加えていること、12種類化合物は、いずれもTLR9に対してアンタゴニスト作用を有するものであるが、IRO5に限り、TLR9のほか、TLR7及び8に対してもアンタゴニスト作用を有するものであること、本件拒絶理由通知では、12種類化合物を全体として比較して、N2N1CGモチーフの5’末端側に隣接する部分の塩基配列及びN2N1CGモチーフの3’末端側に隣接する部分の塩基配列が、それぞれ類似の二通りのみであることを根拠として、請求項1、3、4及び7ないし17に係る各発明の実施可能要件及びサポート要件違反を示していること、そのため、本件拒絶理由通知では、IRO5に固有の問題を検討するものではなく、TLR9に対するアンタゴニスト作用を有する12種類化合物のみの問題を検討していること、以上の事実が認められる。
上記認定事実によれば、本件拒絶理由通知は、TLR9に対してアンタゴニスト作用を有する12種類化合物のみの問題を検討するにとどまり、TLR7及び8に対してもアンタゴニスト作用を有するIRO5に固有の問題を検討した上で拒絶理由を通知するものではないから、実質的にはTLR7及び8に対する拒絶理由を示すものではないと認めるのが相当である。
・・・(略)・・・
c 請求項14(請求項3を追加する前のもの)
本件拒絶理由通知には、請求項14のみに存在する拒絶理由は示されていない。
(エ) 原告は、平成28年3月17日、本件拒絶理由を踏まえ、手続補正書(甲17)を提出し、・・・(略)・・・さらに、次のとおり、本件拒絶理由は解消した旨を記載した意見書(甲18)を提出した。
「審判官殿は、補正後の請求項9(現請求項8)の「TLR媒介免疫反応」および補正後の請求項14(現請求項13)の「TLRにより媒介される疾患」について、「本願明細書ではTLRとして「TLR7」、「TLR8」及び「TLR9」に対する各種IROのアンタゴニスト作用を確認しただけであって、他のTLRに対してもアンタゴニスト作用を有することは確認されていない」旨認定されました。しかしながら、上記補正のとおり、TLRが「TLR7」、「TLR8」および/または「TLR9」に限定されましたので、この点における理由1、2は解消したものと思料します。」
(オ) その後、特許庁は、原告に対し、改めて拒絶理由を通知することなく、平成28年5月20日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をした。
ウ 前記イ(ウ)aによれば、本件拒絶理由通知は、TLR9に対してアンタゴニスト作用を有する12種類化合物のみの問題を検討するにとどまり、TLR7及び8に対してアンタゴニスト作用を有するIRO5に固有の問題を検討した上で拒絶理由を通知するものではないから、実質的にはTLR7及び8に対する拒絶理由を示すものではないことが認められる。のみならず、TLR7及び8については、本件反転作用を裏付ける実施例はない上、そもそも認識するアゴニストの対象が、TLR9とは異なり、一本鎖RNAウイルスであると認められるのであるから、TLR7及び8の拒絶理由には、TLR9の拒絶理由とは異なる固有の理由が存在することは明らかであるにもかかわらず、本件拒絶理由通知は、これを通知していないことが認められる。
そして、前記イ(エ)によれば、原告は、本件拒絶理由を受けて、その理由を解消するために、TLR1ないし6に係る発明部分を削除しているのであり、このような経緯に鑑みると、原告は、TLR7及び8についても拒絶理由を実質的に通知されていた場合には、TLR7及び8に係る発明部分についても、TLR1ないし6に係る発明部分と併せて補正によって削除した可能性が高いものと認められる。
・・・(略)・・・そうすると、TLR7ないし9についてもアンタゴニスト作用を有するものであるとすることはできないとして、本願発明が実施可能要件及びサポート要件に適合しないとした審決の判断は、実質的にみれば、上記の経過に照らし、原告にとっては、不意打ちというほかなく、不当であるというほかない。これらの事情の下においては、本件拒絶査定不服審判において、従前の拒絶査定の理由とは異なる拒絶理由について、TLR9に係る発明に対してはこれを通知したものの、TLR7及び8に係る各発明に対しては実質的にこれを通知しなかったため、原告が補正により特許要件を欠くTLR7及び8に係る各発明を削除する可能性が認められたのにこれを削除することができず、特許要件を充足するTLR9に係る発明についてまで本件拒絶査定不服審判の不成立審決を最終的に免れる機会を失ったものと認められる。
したがって、審決には、特許法50条を準用する同法159条2項に規定する手続違背の違法があるというべきであり、当該手続違背の違法は、審決の結論に影響を及ぼすというべきであるから、取消事由1は、理由があるものと認められる。』
[コメント]
審判段階において、実施可能要件・サポート要件の拒絶理由が指摘されなかったTLR7~9に限定する補正をした後、新たな拒絶理由通知を受けることなく、TLR7~9についても実施可能要件・サポート要件を満たさないとする審決を受けている。裁判所では、TLR9については実施可能要件・サポート要件を満たすとの判断がなされたため、審判段階において、TLR7、8について、実質的に拒絶理由が通知されていたのか否かという点や、その拒絶理由解消の機会が与えられていたのか否かという点が問題となった。
拒絶査定不服審判において、出願人の希望に沿った特許審決が得られない場合もあり得るため、審判請求時等に、審査係属を維持するための分割出願を行う事例も多い。バックアップとしての分割出願は、審判審理の状況を考慮に入れた方策にて権利化が進められる。
以上
(担当弁理士:春名 真徳)

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