審決取消請求事件 » 平成28年(行ケ)第10215号「鋼の連続鋳造用モールドパウダー」事件

「鋼の連続鋳造用モールドパウダー」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)第10215号 判決日:平成29年10月26日
判決:審決取消
特許法36条6項1号
キーワード:サポート要件
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/193/087193_hanrei.pdf

[概要]
当業者は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載又は本件特許出願時の技術常識から、請求項1に記載の(1)式及び(2)式を満たすモールドパウダーが、発明の課題を解決することができると認識可能であるとはいえないとして、本件特許がサポート要件に適合するものとした審決が取り消された事例。

[事件の経緯]
被告は、特許第4725133号の特許権者である。
原告が、当該特許の請求項1~2に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2014-800175号)を請求し、被告が訂正を請求したところ、特許庁が、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。

[本件訂正発明]
【請求項1】
「C:0.02~0.05質量%(但し、0.05質量%を除く)、Si:0.1質量%以下、Mn:0.05~0.3質量%、P:0.002~0.035質量%、S:0.005~0.015質量%、sol.Al:0.02~0.05質量%を含有する低炭素アルミキルド鋼の連続鋳造に使用される、少なくともSiO2、CaO、及びNa2Oを含有し、二次冷却帯においては鋳片表面からの剥離性に優れ、二次冷却帯での鋳片の冷却能を高めることが可能な、鋼の連続鋳造用モールドパウダーであって、前記モールドパウダーのSiO2含有量とNa2O含有量との関係が、下記の(1)式を満たす範囲であり、且つ、前記モールドパウダーの塩基度とNa2O含有量との関係が、下記の(2)式を満たす範囲である(但し、[%SiO2]=35%、[%Na2O]=8%、かつ、[%CaO]=35%の場合、[%SiO2]=31.4%、[%Na2O]=9.6%、かつ、[%CaO]=25.1%の場合、[%SiO2]=32.8%、[%Na2O]=9.0%、かつ、[%CaO]=26.3%の場合、[%SiO2]=34.4%、[%Na2O]=6.3%、かつ、[%CaO]=34.2%の場合、[%SiO2]=32.3%、[%Na2O]=7.5%、かつ、[%CaO]=32.1%の場合、[%SiO2]=43.3%、[%Na2O]=12.8%、かつ、[%CaO]=28.8%の場合、[%SiO2]=47.2%、[%Na2O]=12.8%、かつ、[%CaO]=28.8%の場合、[%SiO2]=36.5%、[%Na2O]=7.9%、かつ、[%CaO]=38.4%の場合、[%SiO2]=34.5%、[%Na2O]=7.9%、かつ、[%CaO]=38.4%の場合、[%SiO2]=34.5%、[%Na2O]=7.9%、かつ、[%CaO]=37.0%の場合、[%SiO2]=33.5%、[%Na2O]=7.9%、かつ、[%CaO]=34.2%の場合、[%SiO2]=34.5%、[%Na2O]=7.9%、かつ、[%CaO]=35.6%の場合、[%SiO2=34.6%、[%Na2O]=5.2%、かつ、[%CaO]=38.5%の場合、及び[%SiO2]=31.5%、[%Na2O]=5.2%、かつ、[%CaO]=38.5%の場合を除く)ことを特徴とする、鋼の連続鋳造用モールドパウダー。
0.65×[%Na2O]+25≦[%SiO2]≦2.08×[%Na2O]+25・・・(1)
-0.078×[%Na2O]+1.4≦CaO/SiO2≦-0.077×[%Na2O]+1.8・・・(2)
但し、(1)式及び(2)式において、[%Na2O]は前記モールドパウダーのNa2O含有量(質量%)、[%SiO2]は前記モールドパウダーのSiO2含有量(質量%)、[%CaO]は前記モールドパウダーのCaO含有量(質量%)、CaO/SiO2は前記モールドパウダーの塩基度である。」

[審決]
本件発明にかかる特許は、発明の詳細な説明の記載が、特許法36条6項1号に規定する要件(サポート要件)に違反して、特許されたものということはできないとして、本件特許は、無効とすることはできない。

[取消事由]
本件発明のサポート要件についての判断の誤り(取消事由1)

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『(1) 特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり、明細書のサポート要件の存在は、特許権者が証明責任を負うと解するのが相当である(当庁平成17年(行ケ)第10042号同年11月11日特別部判決・判例タイムズ1192号164頁参照)。
・・・(略)・・・
(3)ア 前記1(1)イのとおり、本件発明の課題は、二次冷却帯における鋳片の冷却能を高めることを可能とする、鋳片表面からの剥離性に優れる、鋼の連続鋳造用モールドパウダーを提供することである(【0009】)。
イ そして、前記(2)のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明【0010】、【0011】及び【0012】には、課題を解決する手段として、「第1の発明」及び「第2の発明」のモールドパウダー、すなわち、本件発明が記載され、また、前記1(1)オのとおり、剥離性の試験結果を示した図1及び図2に基づき、請求項1に記載された式(1)及び(2)を満たすモールドパウダーが、剥離性に優れることが分かったとされている(同【0018】~【0024】)。
具体的には、図1及び図2は、溶融させて1300℃に保持したモールドパウダーを鉄製矩形容器内に流し込み、溶融したモールドパウダーが固化完了する前に矩形容器を解体して、矩形容器壁面へのモールドパウダーの付着した面積率で評価し、付着した面積率が50%未満の場合を、剥離性に優れると評価し、逆に、付着した面積率が50%以上の場合を、剥離性が悪いと評価し(同【0017】。以下、この試験を「モデル試験」という。)、その結果を、図1は、モールドパウダーのSiO2含有量(質量%)及びNa2O含有量(質量%)と剥離性との関係を示し、図2は、モールドパウダーの塩基度(CaO/SiO2)及びNa2O含有量(質量%)と剥離性との関係を示すようにプロットしたものである(同【0018】)。
また、前記1(1)のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明には、実施例1として、連続鋳造機において、表1の組成を有し、(1)式及び(2)式のどちらも満足しないモールドパウダーAと、(1)式及び(2)式を満足するモールドパウダーBの2種類のモールドパウダーを用い、・・・(略)・・・そのときの湯面変動を調査した結果、モールドパウダーAでは、平均湯面変動量は約15mmであり、モールドパウダーBでは、平均湯面変動量は約7mmであったことが記載されている(同【0030】【0031】)。この記載は、モデル実験の結果を示す図1及び図2から導かれた式(1)及び(2)を満たすモールドパウダーは、連続鋳造に用いた場合に、実際に鋳片からの剥離性に優れ、二次冷却帯における鋳片の冷却能を高めることを可能とするものであるかどうかを、バルジング湯面変動の抑制効果によって評価することを意図したものであると認められる。
ウ 実施例について
(ア) 証拠(甲3、5、7、8、10、19)及び弁論の全趣旨によると、次の技術常識が認められる。
・・・(略)・・・
(イ) これらの技術常識を考え合わせると、凝固シェルの厚みは、鋳型直下でのモールドパウダーの鋳片表面からの剥離性及びそれに伴う二次冷却帯での冷却効率のみによって決まるものではなく、モールドパウダーの組成によって異なる凝固温度にも影響されると認められる。
(ウ) 本件明細書記載の実施例において、モールドパウダーBとモールドパウダーAについて、鋳型内における冷却強度の指標となる凝固シェルの厚みに影響を与え得る凝固温度は記載されていない。また、モールドパウダーAとモールドパウダーBの組成が記載された表1には、化学成分として、SiO2、Al2O3、CaO、MgO、Na2Oのみが挙げられ、それらの量を合計しても、モールドパウダーAで80.6%、モールドパウダーBで78.7%であり、残りの成分が何であったのか不明であるから、その組成から凝固温度を推測することもできない。
また、本件明細書記載の実施例において、(1)式及び(2)式を満たすものと満たさないものについての連続鋳造の際のバルジング性湯面変動の測定は、それぞれ、モールドパウダーBとモールドパウダーAの一つずつで行われたにとどまる。
これらのことから、本件明細書の発明の詳細な説明において、モールドパウダーBがモールドパウダーAよりもバルジング性湯面変動を抑制できたことが示されていても、モールドパウダーBがモールドパウダーAと比較してバルジング性湯面変動を抑制することができたのは、モールドパウダーが(1)式及び(2)式を満たす組成であることによるのか否かは、本件明細書の発明の詳細な説明からは、不明であるといわざるを得ない。
エ モデル実験について
(ア) 本件明細書においては、モデル実験について、「剥離性は、溶融させて1300℃に保持したモールドパウダーを鉄製矩形容器内に流し込み、溶融したモールドパウダーが固化完了する前に矩形容器を解体し、矩形容器壁面へのモールドパウダーの付着した面積率で評価した」(甲26【0017】)と記載されているにすぎず、矩形容器の大きさ・厚さ、矩形容器に流し込むモールドパウダーの量や速度、矩形容器を解体するタイミング、鉄及びモールドパウダーの組成の全容など、多くの点で詳細な条件が不明である。
この点について、被告は、本件審判において、これらの具体的な条件について主張している(甲29)が、それらは、本件明細書には全く記載されていない。
・・・(略)・・・
したがって、モデル実験は、それ自体が再現性に乏しいということができる。
(イ) 証拠(甲2、3、8、9、13、18、19)及び弁論の全趣旨によると、連続鋳造にモールドパウダーを用いた場合、モールドパウダーは、主に、固体(粉末)の状態で、鋳型に入れられ、固体の状態で入れられた場合は、溶鋼が固体化する過程にある鋳片からの熱伝達により融解し、鋳片と鋳型の間においてパウダーフィルムを形成し、鋳型直下では鋳片に接していない側から冷却されることが認められる。
一方、前記認定事実(1(1)オ)及び弁論の全趣旨によると、モデル実験においては、モールドパウダーは、融解した液体の状態で、鉄製の矩形容器に注ぎ込まれたのであって、鋳片に見立てた鉄板の側から冷却されたことが認められる。
そうすると、モデル実験においては、熱の移動方向が実際の連続鋳造における熱の移動方向とは逆になっていることになる。
・・・(略)・・・
(ウ) よって、モデル実験は、鋳型直下での鋳片表面からのモールドパウダーの剥離性を評価するための実験として妥当なものであると認めることはできない。
オ 以上によると、当業者は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載又は本件特許出願時の技術常識から、(1)式及び(2)式を満たす本件発明のモールドパウダーが発明の課題を解決することができると認識可能であるとはいえない。
したがって、本件特許は、本件出願日当時の技術常識を有する当業者が本件明細書において本件訂正発明の課題が解決できることを認識できるように記載された範囲を超えるものであって、特許法36条6項1号所定のサポート要件に適合するものということはできない。』

[コメント]
本判決では、審決とは異なり、請求項1に記載のパタメーターを満たすモールドパウダーが、本件発明の課題(二次冷却帯における鋳片の冷却能を高めることを可能とする、鋳片表面からの剥離性に優れる、鋼の連続鋳造用モールドパウダーを提供すること)を解決することが認識できないとして、本件特許のサポート要件が否定された。
この理由の一つとして、本件明細書の記載および出願時の技術常識からは、上記のモールドパウダーの鋳片表面からの剥離性の評価における具体的な実験条件が不明(開示不十分)であり、また、(開示が不十分であるがゆえに)その実験自体の再現性に乏しく、さらには、そもそも、その実験が実際の連続鋳造時におけるモールドパウダーの剥離の状況を反映した結果が得られる実験ではないとされた点にある。
このように、本判決では、パラメーターにかかる技術的意義(モールドパウダーの剥離性と鋳片冷却との因果関係)を示すための実験そのものの妥当性が否定されており、パラメーターの技術的意義をサポートするための実施例の必要な開示や、パラメーターと作用効果との妥当性が、厳格に判断された事件といえる。
本件特許のように、独自性のあるパラメーターを用いて発明を特定する場合、サポート要件等の記載要件違反を回避するため、パラメーターの技術的意義の記載のみならず、それをサポートするためのデータ、パラメーターと作用効果との関係性、測定条件等の記載には、十分に注意すべきである。
以上
(担当弁理士:片岡 慎吾)