IP case studies判例研究

平成28年(行ケ)第10039号「医療用複室容器」事件

名称:「医療用複室容器」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)第10039号 判決日:平成29年2月23日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:進歩性、動機付け、阻害要因
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/528/086528_hanrei.pdf
[概要]
引用文献には本件発明の課題の記載がなくとも引用発明としての適格性があり、引用発明と周知技術を組み合わせる動機付けがあり、周知技術の認定は妥当であり、引用発明と周知技術との組合せに対する阻害要因はなく、容易想到性の判断も妥当であるとして請求が棄却された事例。
[事件の経緯]
原告は、特許第5512586号の特許権者である。
被告が、当該特許の請求項1-5に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2014-800166号)を請求し、原告が訂正を請求したところ、特許庁は訂正を認めたが、当該請求項1ないし2に係る発明を無効とする審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件訂正発明]
【請求項1】
可撓性材料により作製され、内部空間が剥離可能な仕切用弱シール部により第1の薬剤室と第2の薬剤室に区分された容器本体と、該容器本体の下端側シール部に固定され、前記第1の薬剤室の下端部と連通する排出ポートと、前記第1の薬剤室に収納された第1の薬剤と、前記第2の薬剤室に収納された第2の薬剤と、前記排出ポートの先端部の上方を取り囲むように形成され、前記第1の薬剤室と前記排出ポートとの連通を阻害しかつ剥離可能な連通阻害用弱シール部とを備える医療用複室容器であり、前記連通阻害用弱シール部と前記排出ポートと前記下端側シール部により形成され、空室となっている空間内に、0.1~0.5mlであり、かつ、該空間内の容積lml当たり、0.02~0.1mlの静脈より生体に投与されても無害である無菌水のみが添加され、かつ前記医療用複室容器が高圧蒸気滅菌されることにより、前記連通阻害用弱シール部と前記排出ポートと前記下端側シール部により形成された前記空間内に添加された前記水が蒸気化することにより前記空間内および前記空間を形成する内面が滅菌されていることを特徴とする医療用複室容器。
[取消事由]
1 取消事由1(引用発明としての適格性がないこと)
2 取消事由2(引用発明と周知技術を組み合わせる動機付けの不存在)
3 取消事由3(周知技術の認定の誤り)
4 取消事由4(引用発明と周知技術との組合せに対する阻害要因)
5 取消事由5(容易想到性に関する判断の誤り)
※以下、取消事由3以外について記載する。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
1.取消事由1(引用発明としての適格性がないこと)について
『原告は、引用文献には、本件明細書に記載された、「連通阻害用弱シール部を設けることにより形成される空間内を確実に滅菌できる医療用複室容器を提供する」という課題が記載されていないから、引用発明は、引用発明としての適格性がない、と主張する。
しかし、引用発明は、上記のとおり、本件発明と、技術分野を共通にし、かつ、相当程度その構成を共通にするから、引用文献に本件発明の課題の記載がなくとも、本件発明の技術分野における当業者が、技術的思想の創作の過程において当然に検討対象とするものであるといえる。当該課題が引用文献に明示的に記載されていないことを理由として、引用文献に記載された発明の引用発明としての適格性を否定することはできない。』
2.取消事由2(引用発明と周知技術を組み合わせる動機付けの不存在)について
『(2) 参照可能性について
原告は、甲8の2には引用文献が引用されているが、引用文献には甲8の2が引用されていないことを理由に、引用文献を出発点として、本件発明の構成を想到しようとしても、引用文献から甲8の2にアクセスすることができない、と主張する。
しかし、引用文献と甲8の2は、共に、本件優先日前の刊行物であり、用時混合して使用する複数の薬剤を収容した医療用容器に関する発明が記載されたものであるから、当業者であれば、本件優先日当時における技術的思想の創作に際し、引用文献及び甲8の2を共に参照することが可能であったと解され、このことは、一方の文献に他方の文献が引用されているか否かにより左右されない。』
『(3)動機付けについて
ア 引用発明のような医療用容器の滅菌等については、・・・(略)・・・薬液入りの医療用容器を製造するに当たっては、可能な場合には、高圧蒸気滅菌による最終滅菌が行われるものと認められる。
そして、前記(1)のとおり、甲8の2には、引用発明では、本件空間部には全く水分がないため、高圧蒸気滅菌を行ってもこの空間内部及び注排口内部は滅菌することはできない、という課題が記載されているから、甲8の2に接した当業者は、引用発明のような本件空間部を有する構成では、当該空間部に水分がないため滅菌できないとする課題を把握することができる。
イ これに対して、原告は、甲8の2は、「本件空間部には全く水分がないため、高圧蒸気滅菌を行ってもこの空間内及び注排口内部は滅菌することができない。」という引用発明の課題を解決しているから、甲8の2から引用発明に周知技術を組み合わせる動機付けがあるということはできない、と主張する。
しかし、甲8の2では、注排口を改良することによって、本件空間部に水分がないため空間内及び注排口内部を滅菌することができないという課題と、本件空間部に水分を入れようとする場合の問題点を、同時に解決したものであるところ、課題の解決方法は1つとは限らないし、甲8の2で引用発明の課題を解決していることによって、引用発明の課題自体を認識できなくなるわけではないから、認識した課題を別の方法で解決しようという動機までもがなくなるものではない。』
3.取消事由4(引用発明と周知技術との組合せに対する阻害要因)について
『原告は、審決が認定した引用発明の課題は、「本件空間部には全く水分がないため、高圧蒸気滅菌を行ってもこの空間内部及び注排口内部は滅菌することができない。」ことについて、①高圧蒸気滅菌のために空間部に水分を入れると、水分の充填工程が必要となって、製造工程が煩雑となる、②空間部を設けると、容器が長くなって保管時に邪魔になる、③空間部を設けると、注排口の手前の弱シール部も折り畳まねばならず、包装工程が煩雑となる、④空間部を設けると、包装後のサイズ(特に厚さ)が大きくなってしまう、と、空間部に水分を入れて高圧蒸気滅菌することを、4重に否定しているから、この課題自身が、引用発明に周知技術を組み合わせることに対する阻害要因となる、と主張する。
しかし、前記5(3)のとおり、引用発明の課題は「本件空間部には全く水分がないため、高圧蒸気滅菌を行ってもこの空間内及び注排口内部は滅菌することができない。」ことであって、上記①~④は引用発明自体の課題ではなく、引用発明の課題を本件空間部に水分を入れるという手法により解決する場合に生じ得る問題点である。
そして、①水分充填工程が必要となることは、本件空間部を高圧蒸気滅菌できるという利点を考慮すると、当業者が常に避けなければならないと考えるほど煩雑な要因とは解されない。また、②~④空間部を設けると容器が長くなり、保管時に邪魔で包装工程が煩雑で包装後のサイズが大きくなることは、引用発明の本件空間部が大きい場合には問題となるが、引用発明には本件空間部の大きさは何ら特定されていないから、当該空間部を適宜の大きさに調整することが可能である。したがって、本件空間部が大きいことを前提とする問題点は、本件空間部に水分を入れようとする手法を採用する場合についての阻害要因とはならない。』
4.取消事由5(容易想到性に関する判断の誤り)について
『(1)前記5~7より、当業者は、引用発明の本件空間部に水分がないためその内部を高圧蒸気滅菌することができないという課題を見出し、これに空間内部を滅菌するために水分を入れるという周知技術を適用するといえる。
・・・(略)・・・
イ これらの記載からすれば、相違点2に係る本件発明の水分量が好ましい、又は望ましいことは理解されるものの、高圧蒸気滅菌のために適当な量であるという以上の技術的意味があるとは理解されない。
また、相違点2に係る本件発明の水分量から、空間の容積を算出することはできるが、そのような空間の容積にどのような技術的意味があるのかは、本件明細書に記載も示唆もされていない。
よって、相違点2に係る本件発明の水分量には、高圧蒸気滅菌のために適当な量であるという以上の臨界的意義はなく、当業者が適宜選択できるものであると解される。』
[コメント]
本件発明1の課題の裏返しの作用効果として、「本発明の医療用複室容器によれば、排出ポートの先端部の形状に対応して、連通阻害用弱シール部と排出ポートの先端部の先端との距離が的確なものとなっているため、連通阻害用弱シール部と前記排出ポート間において、医療用複室容器を形成する樹脂シートのブロッキングによる密着を防止でき、ブロッキングによる連通阻害用弱シール部の難剥離状態が形成されることを阻止する。」との記載がある。
しかし、本件発明1の構成のうち、上記作用効果における「連通阻害用弱シール部と排出ポートの先端部の先端との距離が的確なもの」とすることに対応する構成は、「前記排出ポートの先端部の上方を取り囲むように形成され、前記第1の薬剤室と前記排出ポートとの連通を阻害しかつ剥離可能な連通阻害用弱シール部」であるところ、当該構成のみで「連通阻害用弱シール部と排出ポートの先端部の先端との距離が的確なもの」とすることができるとまではいえないのではないだろうか。
原告としては、上記作用効果に特化した構成(例えば、「排出ポート3の先端部の先端30dと連通阻害用弱シール部10の第2の部分12における排出ポート側端縁12aとの距離H1は、6~15mm」(段落0022)や、「排出ポート3の両側部に位置する閉塞部6a、6bの直線部分16a、16bのそれぞれの排出ポート側端P1、P2を結ぶ仮想線は、排出ポート3の先端部の先端30dより、連通阻害用弱シール部10側となっている。つまり、排出ポート3の先端部の先端30dは、閉塞部6a、6bの直線部分16a、16bのそれぞれの排出ポート側端P1、P2を結ぶ仮想線より、連通阻害用弱シール部10側に突出しない」(段落0023)等)に訂正請求において限定した上での対応が求められたものと思われる。
以上
(担当弁理士:藤井 康輔)

平成28年(行ケ)第10039号「医療用複室容器」事件

PDFは
こちら

Contactお問合せ

メールでのお問合せ

お電話でのお問合せ