審決取消請求事件 » 平成28年(行ケ)第10022号「タンパク質からなる疣と新生物を溶解して除去できる薬物及びその用途」事件

名称:「タンパク質からなる疣と新生物を溶解して除去できる薬物及びその用途」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)第10022号 判決日:平成29年1月23日
判決:請求棄却
特許法29条1項3号、29条2項
キーワード:引用発明の認定、相違点の認定
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/471/086471_hanrei.pdf

[概要]
引用例の実施例では漢方成分が含まれている組成物しか開示されていないが、引用例の特許請求の範囲や明細書の記載を考慮することにより、漢方成分は必須の成分であると限定的に解釈されるべきではないとの引用発明の認定がなされ、漢方成分を発明特定事項としない本願発明の組成物についても新規性及び進歩性がないと判断された事例。

[事件の経緯]
原告が、特許出願(特願2012-525865号)に係る拒絶査定不服審判(不服2014-011151号)を請求して補正したところ、特許庁(被告)が、請求不成立の拒絶審決をしたため、原告は、その取消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。

[本願発明]
【請求項1】
病理組織と病原体を即時に溶解して除去できる薬物組成物において、前記薬物組成物は、総重量100重量部に対して、
a)1.0~60.0部の水酸化ナトリウムおよび/または水酸化カリウムと、
b)局所麻酔作用を果たす0.25~1.0部の純粋な化合物であるテトラカイン、ブファリンおよび/またはメントールと、
c)余分である水と、
から成ることを特徴とする薬物組成物。

[審決]
審決では、引用発明(引用例1に記載の発明)を以下のように認定した。
(引用発明)
水酸化ナトリウムまたは水酸化カリウム2~60重量部、
塩酸レボブピバカイン、がまの油、塩酸ブピバカイン、リドカイン、テトラカインまたはプロカイン0.75~1.0重量部、及び
100重量部までの残部の水
を含む、イボを解消し取り除くクリーム。

[取消事由]
(1) 引用発明の認定の誤り

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『2 引用発明
・・・(略)・・・
(2) 上記各記載のうち、引用例1の「特許請求の範囲」(上記(1)ア)には、「イボを解消し取り除く八仙消毒クリーム」の発明が記載されるとともに、当該「八仙消毒クリーム」の構成成分のうち、水酸化ナトリウム又は水酸化カリウムの配合比が(重量で)2~60であること、塩酸レボブピバカイン(又はがまの油、塩酸ブピバカイン、リドカイン、テトラカイン若しくはプロカイン)の配合比が(重量で)0.75~1.0であること、及び残量の水を(重量で)100まで加えることが規定される一方、カンゾウ、オウキン、オウバク、ダイオウ、メントール、水酸化カルシウム及びカルボマー941については、配合比が(重量で)0すなわち配合されない態様が記載されている。
そうすると、引用例1の「特許請求の範囲」には、「配合比が(重量で)、水酸化ナトリウム又は水酸化カリウム2~60、塩酸レボブピバカイン(又はがまの油、塩酸ブピバカイン、リドカイン、テトラカイン若しくはプロカイン)0.75~1.0、残量の水を100まで加える、イボを解消し取り除く八仙消毒クリーム」の発明が記載されていると見るべきである。これは、本件審決の認定に係る引用発明とは、若干の表現上の差異はあるものの、実質的な差異はない。
したがって、本件審決の引用発明の認定に誤りはないというべきである。
(3) 原告らの主張について
ア まず、原告らは、引用発明が必須成分とする水酸化ナトリウム又は水酸化カリウムは、いずれも強アルカリ性を示し、人体の組織を破壊する性質を有するものであるから、本願優先日当時の技術常識からすれば、これら以外の成分を含有しない場合、とても人体に塗布できるものではなく、引用例1の記載をも併せ考慮すれば、「カンゾウ、オウキン、オウバク、ダイオウ、メントール」は、人体に塗布するクリームから人体組織を守るために、水酸化ナトリウム又は水酸化カリウムとともに含有されることが必須の成分であると考えられていたといえる旨主張する。
しかし、引用例1記載の「八仙消毒クリーム」の成分のうち、カンゾウ、オウキン、オウバク、ダイオウ及びメントールは、主要な原料であるとはされていない(上記(1)イ(ケ))。また、オウキン、オウバク及びダイオウは抗菌抗病毒であるとされ、カンゾウ及びオウキンは免疫調節機能を有し、有害な組織反応を抑制するとされ、メントールは爽やかで臭いを取り除き痛みを止めるとされているものの(上記(1)イ(エ))、これらの成分がイボを解消し取り除く作用を有する旨の記載はなく、本願優先日当時、これらの成分がそのような作用を有するとの技術常識があったことを示す証拠もない。そうすると、引用例1に接した当業者は、カンゾウ、オウキン、オウバク、ダイオウ及びメントールにつき、イボを解消し取り除くという「八仙消毒クリーム」の目的を達成するための必須成分であるとまでは認識し得ないというべきである。
さらに、上記のとおり、オウキン、オウバク及びダイオウは抗菌抗病毒であるとされ、カンゾウ及びオウキンは免疫調節機能を有し、有害な組織反応を抑制するとされ、メントールは爽やかで臭いを取り除き痛みを止めるとされているものの、これらの成分が、水酸化ナトリウム又は水酸化カリウムの強アルカリ性から人体組織を守る作用を有する旨の記載は引用例1にはない。本願優先日当時、そのような作用を有するとの技術常識があったことを示す証拠もない。そうすると、引用例1に接した当業者は、カンゾウ、オウキン、オウバク、ダイオウ及びメントールにつき、人体に塗布するクリームから人体組織を守るために、水酸化ナトリウム又は水酸化カリウムとともに含有されることが必須の成分であるとまでは認識し得ないというべきである。
したがって、上記原告らの主張は採用し得ない。
イ 次に、原告らは、引用例1には漢方薬が含まれていない実施例や実施形態が記載されておらず、また、漢方に含まれる成分は非常に複雑で、種々の成分の組合せ及び除外による生体への影響は当業者といえども予測できないことなどからすると、当業者であればなおさら、引用例1の実施例を参照しようとするのが通常であって、各種漢方成分を安易に除外することは想定しづらいなどと主張する。
確かに、引用例1の実施例1~4において、「八仙消毒クリーム」100g中、カンゾウ、オウキン、オウバク、ダイオウ及びメントールはいずれも0.5g以上含まれている(上記(1)イ(オ)~(ク))。
しかし、引用例1には「本発明にはさらに他の実施例もあるが、ここでは逐一列挙しない。本発明の内容は実施例のみに限られない。本発明の特許請求の範囲に属するものは全て本発明の保護の対象に含まれる。」とも記載されていること(上記(1)イ(コ))に鑑みると、引用例1に記載された発明は、上記実施例の記載により限定的に解釈されるべきものではなく、その特許請求の範囲の記載から把握し得るもの全てを包含するものとして理解されるべきである。
したがって、上記原告らの主張も採用し得ない。』

[コメント]
引用例1の実施例では、全ての実施例において漢方成分が含まれている。原告は、このような実施例や、引用例1における「強アルカリ性の水酸化ナトリウムを生石灰の代わりに用い、賦形剤として適量の水酸化カリウムを加え、さらに黄芩、黄柏、大黄(三黄散)を加えてクリーム状にすると、すぐに腫瘍組織を溶かし、即日で病変が溶解解除され、傷口の感染も減少し、良好な結果が得られることが分かった。」との記載、本願優先日当時の技術常識などに基づいて、漢方成分が引用発明には必須の構成であり、漢方成分の有無が本願発明との相違点になるとの主張を行った。
しかしながら、裁判所は、引用例1の特許請求の範囲において、漢方成分は配合比が「0」(配合されない態様)との記載があること、明細書における本願発明の主要な原料に漢方成分が記載されていないこと、及び、漢方成分が水酸化ナトリウム又は水酸化カリウムとともに含有されることが必須であることを裏付ける技術常識も示されていないことから、漢方成分は本願発明に必須の成分であると認識し得ないと判断した。
強アルカリ性を原因とするものを含む人体の外的損傷に対して、黄芩、黄柏、大黄等が頻用されている等の技術常識は証拠により示されていなかったため、引用例1の請求項や明細書の記載からは、裁判所の判断が妥当であると考えられる。
また、裁判所は、引用例1の「本発明の内容は実施例のみに限られない。本発明の特許請求の範囲に属するものは全て本発明の保護の対象に含まれる。」との記載も参照して、実施例の記載により限定的に解釈されるべきものではなく、その特許請求の範囲の記載から把握し得るもの全てを包含するものとして理解されるべきとの判断を行っている。
このような記載は定型的に用いられるものであるが、先行文献としての後願排除効を広く確保するために有効であることが再認識される。
なお、事案は異なるが、引用発明が実施例の記載に限定して認定されるべきか否かを争った裁判例として、平成13年(行ケ)第409号も参考になる。
この裁判例では、「複数の成分の組合せの発明の特許性(新規性・進歩性)について判断するに当たり、比較検討の対象となるべき引用発明は、複数の成分の組合せの発明として認定するのが、その後の比較検討の作業を能率よくする上で好ましいのが、一般的であろう。しかしながら、そのことは、特許公報から引用発明として複数の成分の組合せの発明を認定するに当たり、認定の根拠を実施例の記載だけに限定する理由とはなり得ない。実施例の記載以外の記載であっても、複数の成分の組合せの発明を把握できる場合には、当然に、引用発明の認定の根拠となり得る。」と判示されている。
以上
(担当弁理士:春名 真徳)