IP case studies判例研究

平成28年(行ケ)第10150号「多接点端子を有する電気コネクタ」事件

名称:「多接点端子を有する電気コネクタ」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)第10150号 判決日:平成29年5月31日
判決:審決取消
特許法126条7項、同法29条第2項
キーワード:容易想到性判断の誤り
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/790/086790_hanrei.pdf
[概要]
当業者が、刊行物1発明に刊行物2記載の構成を適用するに当たり、刊行物1発明の「凹部」の構成のみをあえて残そうとすることは考え難いため、刊行物1発明に刊行物2記載の構成を適用したとしても、本件訂正発明の「凹部」が形成される構成とすることを当業者が容易に想到し得たとはいえないとして、本件訂正発明の進歩性が肯定された事例。
[事件の経緯]
(1)平成20年8月5日、「多接点端子を有する電気コネクタ」に係る特許出願(特願2008-201583号をし、平成25年2月15日に特許第5197216号として特許権の設定登録がなされた。
(2)平成27年7月28日、特許権侵害差止等請求事件(東京地方裁判所平成26年(ワ)第18842号)において、進歩性を欠くとの判断がなされた。
(3)平成27年12月15日、特許請求の範囲の減縮及び明瞭でない記載の釈明を目的とする訂正審判を請求した(訂正2015-390144号)。
(4)平成28年5月23日、「本件審判の請求は、成り立たない」との審決がなされた。
(5)原告は、平成28年7月1日にその取消しを求めたところ、知財高裁は原告の請求を認め、審決を取り消した。
[本件訂正発明]
【請求項1】
端子が複数の弾性腕を有し、相手コネクタとの嵌合時に、該複数の弾性腕の弾性部の先端側にそれぞれ形成された突状の接触部が斜縁の直線部分との接触を通じて相手端子に一つの接触線上で順次弾性接触するようになっており、端子は金属板の板面を維持したまま作られていて、該端子の板厚方向に間隔をもってハウジングに配列されている電気コネクタにおいて、
端子の複数の弾性腕は、相手端子との接触位置を通りコネクタ嵌合方向に延びる接触線に対して一方の側に位置しており、上位の弾性腕が上端から下方に延び上記接触線に向う斜縁を有していて該斜縁の下端に接触部を形成し且つ該斜縁よりも嵌合側と反対側に位置する下縁に凹部が形成されており、上記複数の弾性腕の接触部は、下方に向け順に位置しており、上位に位置する弾性腕の接触部に対して下位となる接触部を有する弾性腕の上端が上記上位の弾性腕の接触部に近接して位置付けられることにより有効嵌合長が長く確保されており、コネクタ嵌合時に相手端子と最初に接触する接触部から順に相手端子に対する接触圧が小さくなっており、上位に位置する弾性腕の弾性部の板面の幅が、下位に位置する弾性腕の弾性部の板面の幅より大きいことを特徴とする多接点端子を有する電気コネクタ。
[取消事由]
(1)刊行物1発明の認定の誤り、一致点の認定の誤り、相違点の看過(取消事由1)
(2)相違点1についての容易想到性判断の誤り(取消事由2)
(3)相違点2についての容易想到性判断の誤り(取消事由3)(裁判所の判断はなし。)
[原告の主張]
1.取消事由2
(1)「凹部」に係る技術的意義の相違
(2)刊行物1発明に刊行物2発明を適用する動機付けの欠如等
・発明は、構成要素の全体を1つの技術として把握する必要があるのであって、ある発明に開示されていない構成要素だけを別の発明から都合良く抜き出してそれを適用することは当然になし得るものではない。
・刊行物1発明及び刊行物2発明におけるそれぞれの端子形状にはそれぞれの技術的意味が存在するのであって、何らの理由もなく、形状を変更することなどあり得ない。
(3)刊行物1発明に周知技術(甲4の2)を適用する動機付けの欠如等
[裁判所の判断](筆者にて判決文から適宜抜粋)
1.取消事由2
『本件審決は、刊行物1発明と刊行物2発明が多接点端子を有する電気コネクタとしての構造を共通にすることから、刊行物1発明に刊行物2発明を適用する動機付けがあることを認めた上で、刊行物1発明の側方突出部26、28に刊行物2発明を適用して、「斜縁の直線部分との接触を通じて相手端子に順次弾性接触し、上位の弾性腕が上端から下方に延び上記接触線に向う斜縁を有していて該斜縁の下端に接触部を形成し且つ該斜縁よりも嵌合側と反対側に位置する下縁に凹部が形成され」るようにすることは当業者が容易になし得たことである旨判断し、この判断を前提として、刊行物1発明と刊行物2発明及び周知の技術事項(電気コネクタの技術分野において有効嵌合長を長く確保すること)に基づいて相違点1に係る本件訂正発明の構成とすることは、当業者が容易に想到し得たことである旨判断する。
しかしながら、以下に述べるとおり、刊行物1発明に刊行物2記載のコネクタの弾性舌部に係る構成を適用したとしても、上位の弾性腕の斜縁よりも嵌合側と反対側に位置する下縁に凹部が形成される構成とすることを当業者が容易に想到し得たものということはできない。
すなわち、まず、刊行物2記載のコネクタの複数の弾性舌部の脚部の先端側に形成された突状の接触部は、・・・(略)・・・、当該下縁には「凹部」が形成されていないから、刊行物1発明の側方突出部26の構成を、刊行物2記載のコネクタの弾性舌部に係る構成に単に置き換えたとしても、その下縁に「凹部」が形成される構成とならないことは明らかである。
そこで、刊行物1発明の側方突出部26に刊行物2記載のコネクタの弾性舌部に係る構成を適用することによりその下縁に「凹部」を形成する構成とするためには、刊行物1発明の側方突出部26の構成のうち、「下縁に凹部が形成され」た構成のみを残した上で、それ以外の構成を刊行物2記載のコネクタの弾性舌部に係る構成と置き換えることが必要となる(本件審決も、このような置換えを前提として、その容易性を認めたものと理解される。)。しかしながら、刊行物1発明の側方突出部26に刊行物2記載のコネクタの弾性舌部に係る構成を適用するに際し、上記側方突出部26が備える一体的構成の一部である下縁の「凹部」の構成のみを分離し、これを残すこととすべき合理的な理由は認められない。そもそも、刊行物1発明の側方突出部26の下縁に凹部が形成されている理由については、刊行物1に何ら記載されておらず、技術常識等に照らして明らかなことともいえないから、当該構成の技術的意義との関係でこれを残すべき理由があると認められるものではない。したがって、当業者が、刊行物1発明の側方突出部26に刊行物2記載のコネクタの弾性舌部に係る構成を適用するに当たり、刊行物1発明の側方突出部26における下縁の「凹部」の構成のみをあえて残そうとすることは、考え難いことというほかない。
してみると,刊行物1発明に刊行物2記載のコネクタの弾性舌部に係る構成を適用したとしても,相違点1に係る本件訂正発明の構成のうち,上位の弾性腕の斜縁よりも嵌合側と反対側に位置する下縁に凹部が形成される構成とすることを当業者が容易に想到し得たとはいえないから,相違点1に係る本件審決の上記判断は誤りである。』
[コメント]
訂正審判は、侵害訴訟で判断された進歩性欠如を解消するためになされたものである。審決では進歩性が否定されたものの、裁判所は「一体的構成の一部である要素のみを残すことの合理的な理由がない」ことを理由として審決を取り消した。構成要素の置換による進歩性欠如の拒絶理由がよく挙げられるため、進歩性を肯定した本判決の論理構成は、拒絶対応の実務に参考になると考える。
以上
(担当弁理士:丹野 寿典)

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