審決取消請求事件 » 平成28年(行ケ)第10033号「フッ素置換オレフィンを含有する組成物」事件

名称:「フッ素置換オレフィンを含有する組成物」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)第10033号 判決日:平成29年2月22日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:発明の要旨認定、引用発明の認定、相違点の判断
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/537/086537_hanrei.pdf

[概要]
自動車の空調装置における冷媒の使用に係る本件発明1の認定に際し、地球温暖化係数(GWP)などの特定の特性を考慮せずに本件発明を認定しても誤りはなく、かつ引用発明に係る化合物の具体的なデータが記載されていないとしても、他の化合物の実施例から同様の特性を備えることが推認可能である以上、引用発明の認定に誤りはないと判断された事例。

[事件の経緯]
原告は、特許第4571183号の特許権者である。
被告が、本件特許を無効とする無効審判(無効2011-800075号)を請求し、原告が訂正を請求したところ、特許庁が該訂正を認めた上で、当該特許を無効とする審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。

[本件発明]
【請求項1(訂正後)】
自動車の空調装置における2,3,3,3-テトラフルオロプロペン(HFO-1234yf)を含む組成物の冷媒としての使用。

[審決]
審決では、本件発明1と、主引例である甲5発明との一致点および相違点を下記の如く認定した。
(一致点)
「空調装置における2,3,3,3-テトラフルオロプロペン(HFO-1234yf)を含む組成物の冷媒としての使用」
(相違点)
本件発明1では、「自動車の空調装置」であるのに対して、甲5発明では、「ヒートポンプ」である点。

審決では、カーエアコン等の蒸気圧縮型空調装置の冷媒化合物を選定するにあたり、使用温度領域(環境温度及び排出温度(凝縮温度))がその冷媒化合物の(標準)沸点以上臨界温度未満の範囲にないと冷媒として使用できるものではないことが当業者の技術常識であると判断した上で、従来、自動車用のものを含む空調装置における冷媒として使用されるCFC-12の蒸発温度および凝集温度のデータから、HFO-1234yfを含む熱媒体組成物を、自動車の空調装置における冷媒として選択することは当業者が適宜なし得ることであり、かつ阻害要因も見当たらないと判断した。その上で、本件発明1に係るHFO-1234yfは、従来技術であるHFC-134aを使用した場合に比して、相対COP(成績係数)(比)及び排出温度の点で劣るものと認められるから、冷却/空調サイクルにおける熱力学的特性の点で、本件発明1に係る冷媒(組成物)が格別顕著な効果を奏するものとは認められず、また、環境問題に係る効果につき、オゾン破壊係数(ODP)及び地球温暖化係数(GWP)は、いずれもその物質の有意量が大気中に放出された場合に関する物質の特性であって、実質的な閉鎖系である自動車の空調装置の循環系の中での冷媒としての使用における発明の効果であるとはいえないと判断した。その結果、上記相違点は容易想到であって、格別顕著な効果を奏するものでもないとの理由により、審決では本件発明1の進歩性が否定された。

[取消事由]
取消事由1(本件発明1の認定の誤り-「自動車の空調装置」において使用される冷媒)
取消事由2(引用発明の認定の誤り)
取消事由3(相違点の判断の誤り(1)-HFO-1234yfの沸点及び臨界温度を技術常識として認定したことの誤り)
取消事由4(相違点の判断の誤り(2)-甲5文献の阻害事由の看過)
取消事由5(相違点の判断の誤り(3)-予想外かつ顕著な効果の看過)
取消事由6(相違点の判断の誤り(4)-不飽和化合物の使用に関する阻害事由の看過)
※以下、取消事由1および2についてのみ記載する。

[原告の主張]
(取消事由1)
本件優先日当時、「自動車の空調装置」において使用される冷媒については、沸点及び臨界温度によって画される温度範囲が「自動車の空調装置」の使用温度領域を包含するという特性のみならず、(ⅰ)地球温暖化防止のため、低減されたGWP、(ⅱ)既存の自動車の空調装置に大幅な変更を施す必要がないように、HFC-134a(本件優先日に自動車の空調装置に使用されていた冷媒)の能力及びCOP(とりわけ能力)とほぼ等しい能力及びCOPといった特性をも有する必要があることは、技術常識であった。この点で、本件審決は、「自動車の空調装置」において使用される冷媒の認定を誤っている。
「自動車の空調装置」において使用される冷媒には、能力及びCOPがHFC-134aよりも高いことが求められていたわけではなく、HFC-134aよりも低いGWPを有し、かつ、HFC-134aとほぼ同等の能力及びCOPを有する冷媒が求められていた。そのような冷媒は稀にしか存在しないところ、HFO-1234yfの能力及びCOPはHFC-134aのそれらと予想外にもほぼ等しいことが見いだされたのである。にもかかわらず、本件審決は、GWPを無視したことに加え、冷媒の能力及びCOPのいずれもがHFC-134aのものよりも高くあるべきであるとの誤った認定に基づく判断をした。

(取消事由2)
甲5文献に記載された実施例のうち実施例5がHFO-1234yfに関するものであるところ、実施例1~4には具体的な結果が記載されているのに対し、実施例5のみ記載の具体性が著しく乏しい上、そこで「ほぼ同様の結果が得られた」とする実施例1の結果も誤っている。したがって、HFO-1234yfのヒートポンプにおける使用は、甲5文献には記載されていないというべきである。

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
(取消事由1)
『本件優先日当時、自動車の空調装置や家庭用冷蔵庫等の様々な蒸気圧縮サイクルを使用した装置に使用される冷媒一般において、より低減されたGWPを有する代替冷媒への転換が進められ、各装置に適した代替冷媒が用いられていたこと、自動車の空調装置においては、他の装置と異なり金属配管ではなくゴム製ホースを用いているため冷媒が外部に漏れるところ、これを防ぐために接続方法や素材の改良等が行われていたことがうかがわれる。他方、自動車の空調装置において使用される冷媒につき、他の装置と異なる要求として、低減されたGWPであることが求められていたことをうかがわせる証拠はない。そうすると、本件審決が、「自動車の空調装置」において使用される冷媒に必要な固有の特性としてGWPにつき検討しなかったからといって、「自動車の空調装置」において使用される冷媒の認定を誤ったということはできないというべきである。』
『装置の仕様を(あまり)変更しなくて済む冷媒であるか否かを判断するに当たっては、COPと能力が重要なパラメータであるところ、CFC-12とその代替冷媒であるHFC-134aとは、能力及びCOPがほぼ等しいことが知られていたことが認められる。他方で、自動車の空調装置における代替冷媒につき、自動車の空調装置の特殊性から、他の空調装置と異なって、装置の仕様を(あまり)変更しなくて済む冷媒に限られるとともに、代替冷媒の能力及びCOPは現行冷媒とほぼ等しいことが必須とされていたことが技術常識であったことを認めるに足りる証拠はない。なお、原告は、この点につき、自動車の空調装置においては、サイズ及び重量の制限等から再設計は受け入れられない旨を指摘するけれども、再設計に伴い多額の経費その他のコストが必要となることなどは他の空調装置等でも生じ得ることなどを考えると、その指摘は当たらないというべきである。
(ウ)そうすると、本件審決が、「自動車の空調装置」において使用される冷媒に必要な特性として、本件優先日当時の現行冷媒であるHFC-134aとの比較において能力及びCOPがほぼ等しいことを検討しなかったからといって、「自動車の空調装置」において使用される冷媒の認定を誤ったということはできないというべきである。』

(取消事由2)
『HFO-1234yf(2,3,3,3-テトラフルオロプロペン)は、甲5文献の「特許請求の範囲」に記載の「熱媒体」として実施例5に示されているところ、「実施例1と同様にして、ヒートポンプの運転を行ったところ、実施例1とほぼ同様の結果が得られた。」との記載は、HFO-1234yfをヒートポンプにおいて使用し得ることを確認した記載であると解される。そうすると、甲5文献には、他の実施例に係る化合物と異なり、HFO-1234yf自体の沸点及び臨界温度等の物性値やヒートポンプにおいて使用した際のCOP及び冷凍能力について具体的なデータは記載されていないものの、なお、分子式C3HmFnで示される化合物に含まれる具体的化合物であるHFO-1234yfも、実施例1の3,3,3-トリフルオロ-1-プロペン(HFO-1243zf)と同様に、ヒートポンプにおける熱媒体として使用されるものであることが記載されているものと理解し得る。また、「本発明で使用するC3HmFnで示される化合物…は、ヒートポンプ用の熱媒体に対して要求される一般的な特性(例えば、潤滑油との相溶性、材料に対する非浸蝕性など)に関しても、問題はないことが確認されている。」との記載から、甲5文献には、分子式C3HmFnで示される化合物と潤滑油を含む組成物として用いることも記載されているということができる。そうすると、甲5文献には、「分子式:C3HmFn(ただし、m=1~5、n=1~5かつm+n=6)で示され且つ分子構造中に二重結合を1個有する有機化合物からなる熱媒体であって、該有機化合物は2,3,3,3-テトラフルオロプロペンである場合を含む熱媒体と、ヒートポンプ用の熱媒体に用いられる潤滑油とからなる熱媒体組成物の、ヒートポンプにおける使用」という発明が記載されていると認められる。すなわち、本件審決の甲5発明の認定に誤りはない。』

[コメント]
審査基準の第I部第2章第1節の「2.本願発明の認定」では、「審査官は、請求項に係る発明の認定を、請求項の記載に基づいて行う。この認定において、審査官は、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮して請求項に記載されている用語の意義を解釈する。」と記載されている。この審査基準を考慮すると、本件発明1の請求項の記載自体が明確である以上、請求項に記載されていないGWPおよびCOPなどは認定する必要はないように思われ、GWPおよびCOPなどはあくまでも、引用発明から本件発明1の特定用途への使用に想到するための動機付け(阻害要因)になり得るかという点のみで議論対象になるように思われた。
進歩性判断において、本件発明および引用発明の認定の誤りは議論になることが多いが、請求項に記載の無い事項に関し、認定の誤りを争った事例は珍しいと思われ、参考になる。
以上
(担当弁理士:山下 篤)