審決取消請求事件 » 平成27年(行ケ)第10247号「紙オムツへの吸水剤の使用」事件

名称:「紙オムツへの吸水剤の使用」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成27年(行ケ)第10247号 判決日:平成29年3月16日
判決:審決取消
特許法29条2項
キーワード:引用発明の認定、相違点の判断、周知技術ないし技術常識の認定
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail?id=4609

[概要]
審決では、引用発明における自己架橋型の内部架橋と、本件発明の内部架橋型の内部架橋との相違点が想到困難とされたが、本件優先日当時の紙オムツ等の吸水剤に関する周知技術ないし技術常識を参酌すれば、前記相違点は当業者が容易に想到し得るとして、本件発明の進歩性を肯定した審決が取り消された事例。

[事件の経緯]
被告は、特許第5143073号の特許権者である。
原告が、当該特許の請求項1に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2014-800155号)を請求し、被告が訂正を請求したところ、特許庁が、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。

[本願発明]
【請求項1】(また、便宜上、原告の構成要件の分説に従って、構成要件に分説して示す。)
A 吸水剤として下記の吸水剤を用いることを特徴とする、紙オムツへの吸水剤の使用。
B 2個以上の重合性不飽和基または2個以上の反応性基を有する内部架橋剤を共重合または反応させたポリアクリル酸ナトリウム塩部分中和物架橋体からなる吸水性樹脂を含み
C 該吸水性樹脂はその表面近傍が前記ポリアクリル酸ナトリウム塩部分中和物架橋体のカルボキシル基と反応し得る表面架橋剤でさらに架橋処理されてなるものであり、かつ、
D 該吸水性樹脂100重量部に対し0.0001~10重量部の配合割合で、ジエチレントリアミンペンタ酢酸、トリエチレンテトラアミンヘキサ酢酸およびこれらの塩の中から選ばれるイオン封鎖剤が配合されてなる、
E 吸水剤。

[取消事由]
相違点1の判断の誤り

[相違点1]
架橋剤で架橋処理される前の対象物であるポリアクリル酸ナトリウム塩部分中和物について、本件訂正発明は、「架橋体」からなり「2個以上の重合性不飽和基または2個以上の反応性基を有する内部架橋剤を共重合または反応させた」ものであると特定するのに対し、甲1発明は、「アクリル酸又はアクリル酸アルカリ金属塩等の水溶性ビニルモノマーに対して、重合開始剤として0.03~0.4重量%の量の過硫酸カリウム、過硫酸アンモニウムなどの過硫酸塩を使用して重合し」て得られた「生成ポリマー」と特定する点。
[相違点2]
架橋剤による架橋処理について、本件訂正発明は、吸水性樹脂の表面近傍が更に架橋処理されてなると特定するのに対し、甲1発明は、表面を架橋することに関し特に明記していない点。
[相違点3]
イオン封鎖剤(キレート化合物)の種類について、本件訂正発明は、「ジエチレントリアミンペンタ酢酸、トリエチレンテトラアミンヘキサ酢酸およびこれらの塩の中から選ばれる」と特定するのに対し、甲1発明は、単に「キレート化合物」と特定する点。

[審決]
自己架橋により内部架橋して得られた吸収体と、内部架橋剤を使用して内部架橋して得られた吸収体は、両者の分子構造および特性が異なるため、甲1発明に接した当業者は、甲1発明における自己架橋型の内部架橋に代えて、内部架橋型の内部架橋を適用する動機づけがなく、甲1発明から相違点1にかかる構成を想到することは困難であると判断された。
また、相違点1によってもたらされる、吸水性樹脂の吸水諸特性をバランスよく改善しつつ、尿を吸収したときの経時的な劣化の少ない、耐尿性に優れるという効果は、当業者が予測し得るものであるとはいえないとして、引用発明と比較した有利な効果が認められた。
以上より、相違点2及び3について検討されずに、本願発明の進歩性が認められた。

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『(2) 本件訂正発明と甲1発明の対比について
前記認定によれば、本件訂正発明と甲1発明とは、審決認定のとおり、前記第2の4(1)イの点で一致し、同ウの相違点1~3で相違する。
(3) 紙オムツ等に使用される吸収体に関する技術常識について
ア 審決認定のとおり、本件優先日当時、一般に、使い捨ておむつ等における吸収体において、内部架橋をすること、また、そのための具体的な手段として、内部架橋剤を使用せず、重合開始剤である過酸化物や過硫酸塩を使用した自己架橋型や、内部架橋剤を使用した内部架橋剤型があることは、当業者の技術常識であったことは、当事者間に争いがない。
・・・(略)・・・・
(イ) 前記(ア)によれば、本件優先日当時、紙オムツ等に使用される吸収体を、内部架橋剤を使用せず、重合開始剤である過硫酸塩を使用した自己架橋型として製造することと、内部架橋剤を使用した内部架橋剤型として製造することとは、当業者が任意に選択可能な技術であったということができる。
・・・・(略)・・・
(イ) 前記(ア)によれば、本件優先日当時、前記イ(イ)のとおり、紙オムツ等に使用される吸収体を、自己架橋型として製造することと、内部架橋剤型として製造することとは、当業者が任意に選択可能な技術であったが、当業者には、自己架橋型の内部架橋は一般に吸水剤として使用するには架橋度が不足すること(甲18の1、4、5)、他方、内部架橋剤型の内部架橋は、要求される性能(吸水能、吸水速度等)が自己架橋型では不十分な場合に用いることができ(甲16の5、6)、吸水諸性能をバランスよく保つために必要であり(甲18の2、6)、得られる重合体の架橋密度を自由に制御できること(甲18の3)が、既に知られていたものと認められる。
そうすると、本件優先日当時、自己架橋型の内部架橋と比較して、内部架橋剤型の内部架橋には、例えば、吸収体の架橋密度を制御し、吸水諸性能をバランスよく保つことができる等の利点があることが、当業者の技術常識であったということができる。
・・・(略)・・・
(イ) 前記 (ア)によれば、「重合時」に内部架橋剤を添加させると共に、「重合後」に表面架橋剤を添加すること(甲12の5)、「架橋剤としてメチレンビスアクリルアミド」を混合した「重合性単量体水溶液」等により得られた「吸水性樹脂粒子」に、「ポリグリセロールポリグリシジルエーテル」を含む「表面架橋剤」を添加すること(甲12の4)、周知の架橋剤である「N、N’-メチレンビスアクリルアミド」を加えて「重合後」に、周知の架橋剤である「ポリエチレングリコールジグリシジルエーテル」を添加すること(甲12の5)が記載されているから、本件優先日当時、紙オムツ等に使用される吸収体を、内部架橋剤と表面架橋剤とを併用して製造することは、当業者の周知技術であったということができる。
(4) 相違点1の容易想到性について
ア 前記(2)のとおり、本件訂正発明と甲1発明とは、相違点1・・(略)・・・において相違するが、甲1発明の「アクリル酸又はアクリル酸アルカリ金属塩等の水溶性ビニルモノマーに対して、重合開始剤として0.03~0.4重量%の量の過硫酸カリウム、過硫酸アンモニウムなどの過硫酸塩を使用して重合し」て得られた「生成ポリマー」は、甲1に「過硫酸塩を用いる場合には、架橋反応も伴」うことが記載されている(【0020】)ことからすると、自己架橋型の内部架橋を有するものである。
他方、本件訂正発明は、「2個以上の重合性不飽和基または2個以上の反応性基を有する内部架橋剤」を用いた内部架橋剤型の内部架橋を有するものである。
そうすると、相違点1は、「架橋剤で架橋処理される前の対象物であるポリアクリル酸ナトリウム塩部分中和物について、本件訂正発明は、『2個以上の重合性不飽和基または2個以上の反応性基を有する内部架橋剤』を用いた内部架橋剤型の内部架橋を有するものであるのに対し、甲1発明は、自己架橋型の内部架橋を有するものである点」(相違点1’)において相違するということができる。
イ そして、本件優先日当時、前記(3)イ(イ)のとおり、紙オムツ等に使用される吸収体を、自己架橋型として製造することと、内部架橋剤型として製造することとは、当業者が任意に選択可能な技術であり、同ウ(イ)のとおり、自己架橋型の内部架橋と比較して、内部架橋剤型の内部架橋には、例えば、吸収体の架橋密度を制御し、吸水諸性能をバランスよく保つことができる等の利点があることが、当業者の技術常識であったものと認められる。
そうすると、本件優先日当時の当業者には、甲1発明において、使い捨ておむつや生理用ナプキン等の吸収性物品に用いられる高吸水性樹脂に一般に求められる、架橋密度を制御して吸水諸性能をバランスよく保つ等の課題を解決するために、自己架橋型の内部架橋に代えて、内部架橋剤型の内部架橋を採用する動機があったものということができる。
また、相違点1’に係る容易想到性の判断は、「架橋剤で架橋処理される前の対象物であるポリアクリル酸ナトリウム塩部分中和物」について、自己架橋型の内部架橋に代えて、内部架橋剤型の内部架橋を採用することが容易想到であるかを検討すべきものであるから、後に「架橋剤で架橋処理される」こと(表面架橋)が予定されていることが内部架橋剤型の内部架橋を採用することの妨げとなるかを検討しても、前記(3)エ(イ)のとおり、本件優先日当時、紙オムツ等に使用される吸収体を、内部架橋剤と表面架橋剤とを併用して製造することは、当業者の周知技術であったと認められるから、後に表面架橋が予定されていることが内部架橋剤型の内部架橋を採用することを阻害するとはいえない。同様に、甲1に内部架橋剤と表面架橋剤とを併用する旨の記載がなかったとしても、当業者が、甲1発明において、「重合後」に架橋剤を添加することに加えて、更に架橋剤を「重合前」又は「重合時」にも添加することを想到することが困難であったとも認められない。
したがって、甲1発明において、自己架橋型の内部架橋とすることに代えて、内部架橋剤型の内部架橋とすることは、当業者が容易に想到し得るものと認められる。
・・・(略)・・・
ウ よって、甲1発明において、相違点1’に係る本件訂正発明の構成とすることは、当業者が容易に想到し得ることであるといえるから、相違点1に係る本件訂正発明の構成とすることも、当業者が容易に想到し得るものと認められる。』

『ウ 被告は、本件訂正発明の課題は、「内部架橋剤による内部架橋処理」と「表面架橋剤による表面架橋処理」とを併用して「吸水性樹脂の吸水諸特性(吸水量、荷重下吸水量)をバランスよく改良すること」を前提とした上で、さらに、「表面架橋された吸水性樹脂が金属イオンと尿中に含まれるL-アスコルビン酸により劣化することを防止すること」であり、本件訂正発明は、その課題に対する具体的な解決手段を提供したものであから、耐尿性だけでなく、吸水性樹脂の吸水諸特性(吸水量、荷重下吸水量)がバランスよく維持されていることも、本件訂正発明の効果であって、審決は、本件訂正発明の課題及び効果について正しく認定しており、適切な判断に基づくものといえるなどと主張する。
・・・(略)・・・
したがって、吸水性樹脂の吸水諸特性をバランスよく改善しつつ、尿を吸収したときの経時的な劣化が少なく、耐尿性に優れるという本件訂正発明の効果は、相違点1’に係る「2個以上の重合性不飽和基または2個以上の反応性基を有する内部架橋剤」を用いることのみにより奏される効果とはいえず、相違点2に係る表面架橋の有無や、相違点3に係るイオン封鎖剤の種類が大きく影響すると推認される・・・(略)・・・。そうすると、相違点1に係る本件訂正発明の構成の容易想到性を判断するに当たって、本件訂正発明の他の構成(相違点)に基づく効果も含めて検討することは相当でなく、この点は、本件訂正発明全体の有する効果として別途検討すべきものといえる。
被告の主張は、理由がない。
エ 被告は、本件訂正発明が、(ⅰ)「内部架橋剤による内部架橋処理」と、(ⅱ)「表面架橋剤による表面架橋処理」とを併用した上で、さらに、(ⅲ)「特定の限られたイオン封鎖剤」を組み合わせた構成に特徴があり、かかる特徴的な構成ゆえに、(ⅳ)「吸水性樹脂の吸水諸特性(“吸水量”及び“荷重下吸水量”)をバランスよく維持しつつ、尿による経時的な劣化の指標である“劣化可溶性成分溶出量”を低く抑え得る」という優れた効果を奏するものであって、このような本件訂正発明の特徴的な構成の組合せやその奏する効果について考慮せず、本件訂正発明の各構成要件につき個別に議論することは失当であると主張する。
しかしながら、前記第2の4のとおり、審決は、本件訂正発明と甲1発明との相違点として、相違点1~3を認定した上で、相違点2及び3について判断せずに、相違点1のみ判断しているのであるから、その取消訴訟である本件訴訟において、審決が判断していない相違点3に係る「特定の限られたイオン封鎖剤」やこれに基づく効果等に関する判断をすることは許されない。
被告の主張は、理由がない。』

[コメント]
審決では、甲1発明における自己架橋型の内部架橋に代えて、内部架橋型の内部架橋を適用する動機づけがなく、相違点1にかかる構成を想到することは困難であると判断され、また、それによってもたらされる、本願発明の作用効果(吸水性樹脂の吸水諸特性をバランスよく改善しつつ、尿を吸収したときの経時的な劣化の少ない、耐尿性に優れる効果)は、当業者が予測し得るものであるとはいえないと判断された。
これに対し、本判決では、本件優先日当時、①紙オムツ等に使用される吸収体を、自己架橋型として製造すること、内部架橋剤型として製造することは、当業者が任意に選択可能な技術であること、②自己架橋型の内部架橋と比較して、内部架橋剤型の内部架橋には、吸水諸性能などを向上させる利点があることが、当業者の技術常識であったこと、③内部架橋剤と表面架橋剤とを併用して製造することは、当業者の周知技術であったということができるため、相違点1にかかる構成を想到することは容易であると判断された。さらに、上記の本願発明の作用効果は、相違点1にのみにより奏される効果とはいえない(他の構成(相違点)に基づく効果が含まれる)ため、本願発明全体の有する効果として別途検討すべきものと判断された。
本判決において相違点1にかかる判断が審決の場合と異なった主な理由は、取消訴訟で新たに提出された多数の補強的な証拠に基づいて、上記の①~③にかかる出願当時の周知技術ないし技術常識が認定されたためであると考察される。                 以上
(担当弁理士:片岡 慎吾)